冥竜城の一角で魂の貝殻に残る父ロカのメッセージを聴くマァム
『そして、とうとうアグリッサ様の研究の成果がいよいよ実る時がきた。冥竜王ヴェルザーの復活の準備がすべて整ったのだ。アグリッサ様のオメガ・ルーラを使い、私とキルは天界からヴェルザーの本体を奪取し、テランの湖にその本体を隠した。バランとの戦いで傷ついていたヴェルザーの体は損傷が激しく、すぐに魂を開放しても、その傷だらけの体では役に立たない。テランのドラゴンの神殿には竜の騎士しか入れんが湖の水にはドラゴンの肉体を癒す効果がある。もう少し時を置かないとヴェルザーの肉体は復活しない。だからヴェルザーは強い心と剣技の持ち主、ヒュンケルを自分の仮の肉体とするために彼を狙い、サリーヌに奪わせ、続けてアグリッサ様はポップくんとお前の殺害を命じたのだ。前大戦の使徒たちは人類の希望、早めに討っておくべきと』
「大魔道士ポップは商人、武闘家マァムは女優、ヒュンケルは大学教授、バーンの死から数年経ち、のんびりと平和を謳歌しているようね。こんなの将官クラスが行くことはないわ。雑兵で大丈夫でしょう。レッド、この仕事に適した兵を選び、地上に行く準備を整え…どうしたのレッド?」
冥竜城のアグリッサの私室にロカは呼ばれていた。そしてヴェルザーからの命令を腹心のレッドに伝えていたのである。だがレッドは押し黙っていた。
「アグリッサ様、マァムを討つ役目は私に任せてはもらえませんか?」
「…せめて娘は自分で討ってやりたいと?」
「はい」
「ふむ…」
娘であるマァムをレッドが殺せたのなら彼はいっそう非情な戦士となるかもしれないと、アグリッサはそう考えた。レッドは今まですべての任務で素晴らしい成果で成し遂げた側近である。アグリッサは頷いた。
「分かりました。マァムの始末は貴方に任せます。ポップの方は私が雑兵を手配しますので、貴方はマァムの方に集中しなさい」
「御意」
「だけど相手は実の娘。いかに貴方でも矛先が鈍ることもありうる。兜を貸しなさい」
「はっ」
アグリッサは兜に呪文を施した。
「これでいい、きっと愛娘の首さえ花を摘むように取れるでしょう」
「……」
『しかし、結果はマァムも知っての通りだ。私はお前と一合か二合打ち合い、そしてヴェルザーの名前を教えて帰るつもりだった。劇場の観客たちを眼力で失神させたのも、これほどの芸当が出来る者がヴェルザーの配下にいると言うことを知らせ、アバンやお前たちに備えさせるためだった。だが実際、私は兜にかけられた呪術によるアグリッサ様の命令思念に逆らえず、お前と芸人パノンを斬らないのが精一杯だった。その矛先がお前の仲間へと行ってしまった。全て言い訳になるであろうが…すまない…』
「父さん…」
『マァム、今お前は女優だそうだな。しかも私が劇場を襲った日に演じていた役はレイラと聞いた。そんな娘の晴れの舞台を壊してしまうとは私は最低の父親だ。ヴェルザーの打倒が成った後、再びお前が女優となって舞台に立つ時があるのなら私は地獄からそれを観たいと思う。今からそれが楽しみだよ』
涙がとめどなく溢れるマァム。父の慈愛が込められた声と言葉。一言一句がマァムにとりかけがえのないものであった。
「父さん…!」
『マァム、よい男性と巡り合い、たくさんの子を産んでくれ。その中の一人に…許されるなら私は生まれ変わりたい…』
「う…うう…」
『幸せになれ。レイラを、お母さんを大切にな…』
まだ雨は降り止まない。マァムの涙雨は大海原に降り注いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして冥竜城の竜王の間に乗り込んだ勇士たちは、とうとうヒュンケルの姿となっている冥竜王ヴェルザーの元に辿り着いた。
稲光の轟音、荒れる海の波音、そんなものが石のような沈黙に思えるほどに目の前にいる黒髪の男の威圧は圧巻だった。紅蓮の眼球、静かに玉座に座る男。冥竜王ヴェルザー。
そのヴェルザーの横にはヒムがいた。ヴェルザーがゆっくりと話した。
「我が居城へようこそ」
「あなた…!」
エイミはヒュンケルの姿を見て呼びかけた。
「ふふふ…。ヒュンケルの妻か。どんなに呼びかけても無駄だ。もうこの体内にヒュンケルの残存意識などありはしないからな」
「…お前は私の夫を殺したのか!?」
「目の前に生きているではないか。ただし中身は冥竜王なだけだ。何なら抱いてやろうか?冥竜王の子を産んでみるか?」
「ふ、ふざけんじゃないわよォォッッ!」
激怒したエイミの手から呪文の炎が放出される。しかしヴェルザーに撃つ瞬間にエイミはそれを止めた。ヒュンケルの体に呪文を撃つことなどエイミには出来ない。
「エイミさん…」
ポップが小声で話しかけた。
「え?」
「ヴェルザーはヒュンケルの残存意識は無いと言うが俺はそう思わない。ヒュンケルのことだ。ミストバーンに対してもやったように乗っ取られる寸前に一つ二つの隠し玉くらいは仕掛けていると思う。ヴェルザーに気付かれないように眠ったふりをしているのかもしれない」
「ポップくん…」
「しかし、ヴェルザーの精神体を追い出すのは容易ではないはずだ。少し痛めつける必要はあるだろう。ヴェルザーが俺たちの攻撃により劣勢に陥り、冷静さを欠いたなら、もう一度ヒュンケルに呼びかけてみるんだ」
「私もポップくんの意見に賛成だわ。エイミ、最後まであきらめちゃ駄目よ!」
「姫様…」
だが、冥竜城に乗り込んだ時にポップの言った『最悪の場合は覚悟していてくれ』この言葉をエイミは心に刻んだ。ヒュンケルを斬るまいと力を押さえて倒せる相手ではないことは明らか。自分のわがままでパーティーが全滅し、やがてヒュンケルの姿をしたヴェルザーが地上を破壊したら…。エイミは目をつぶり、苦渋の言葉を発した。
「いいえ…姫様、全力で戦いましょう。ポップくんも隙あらばメドローアを」
「メドローアが直撃したらヒュンケルの体は…」
「私はヒュンケルの妻…。私だってヴェルザーが彼の姿で地上を蹂躙するのは耐えられない!それはあの人も同じ!ヴェルザーをあの人の体から追い出すのが不可能ならば…倒してあげるしかない!」
「エイミ…」
「姫様、私とヒュンケルを思って下さりありがとうございます。しかし、それゆえにこちらが全力を出せずに全滅してしまったら、私とヒュンケルは人々にどう許しを請えるでしょう。だから遠慮はいたしません。私は全力でヴェルザーと戦います。それが私の…」
愛刀『妖精の剣』をヴェルザーに突きつけるエイミ。
「あの人への愛の証です!」
「何をひそひそと話している。逃げ出す相談か?」
ヒムが前に出た。
「パプニカの女王よ、貴様はヒュンケルを無実と知りながらも処刑しようとした。ヴェルザーごとヒュンケルもついでにこの場で殺すつもりだろう」
「何を馬鹿なことを!」
「ああ、俺は馬鹿だからな。お国の事情の何たらとかは全然分からんし理解しようとも思わん。だが俺の戦友を処刑しようとした貴様らに俺は退くつもりはない」
「何を言っても無駄のようね。でもこれだけは確かよ。私はたとえヒュンケルを取り戻すことが成し遂げられなくても彼の潔白を一生言い続ける。それがせめてもの私の償いよ!」
「…口では何とでも言える」
「二手に分かれよう」
と、アバン。
「あのヒムにはロン殿とパプニカ勢、でろりん殿、ずるぼんさん、フォブスター殿であたる。私、ポップ、ノヴァ、ラーハルト殿はヴェルザーだ」
「いいだろう」
ロンは魔甲蹴のつまさきを床にトントンと叩いた。もう戦闘準備は整っている。アバンも稲妻の剣を抜いた。ポップ、ノヴァも、ラーハルトも、全員が身構えた。
「愚かな…」
玉座に座るヴェルザーが言った。
「人間とは愚かで、宗教、人種偏見、兵器を量産して儲ける死の商人どもの策謀で、この地上では絶えず紛争が続き、凶悪兵器や戦争の危機は果てしない…」
「兵器を量産だ?馬鹿を言うな。俺のカンパニーは一度として戦争で儲けたことなどないぞ」
「別に君を名指しで言っているわけではないのだが?」
ポップの言葉にヴェルザーは笑った。
「君は歴史にはあまり興味ないかな?この地上には八ヶ国あったと言うが、それは違う。大なり小なり、もっと国はあった。ハドラー台頭より以前、各国の水面下に潜み、戦争を誘導した武器商人たちは枚挙に暇がないぞ。あの裕福だったベンガーナなど初代は武器商人から身を起こし、隣接する強国二つに武器を流し、戦争をあおり続けた。そしてその二国が疲弊したら、その商人は挙兵し二国ごと攻め滅ぼし国を作った。カールとて、アバンより四代前に同盟国へ騙し討ち同然で攻め入り自国の領土とした。その国にミスリル鉱山があると分かったからだ。リンガイアは自国の宗教を隣国に押し付け、やがて力で無理やり改宗させ、その後に併呑した。オーザムはギルドメイン大陸の奥地に住む文明未発達な部族を労働力として拉致して奴隷として働かせた。寒い風土の中で酷使し、そして搾取し続け、その大半を死に追いやった。まことに愚か。たとえここで俺を倒しても結局は同種族で殺し合うのが人間。人類の滅亡など早いか遅いかの違いでしかない。ふっはははは」
「よくしゃべる…」
忌々しそうにロンは唾を吐いた。その言葉が聞こえたヴェルザーも薄ら笑いを浮かべ言った。
「そなたらと戦うもいいが、一つだけ訊いておこう」
「何をですか?」
と、アバン
「俺を倒して、人間の世に平和が訪れたとする。それからどうするのかね?各国とも騎士団は常駐し、船には大砲も積み、何より、どんな辺境の村にも武器屋は存在する。人間はいったい誰と戦うつもりなのかね?分かりきった問いよな、人間は人間と戦う。領地を取り合い殺しあう。何てことはない、俺を倒して得た平和も、そなたら自らが壊していくことになる。ふっはははは」
ロンが前に出て、ヴェルザーを指して言った。
「屁理屈を抜かすなヴェルザー!歴史になぞってそれを言うのであるのなら分かるだろう。人間、魔族、竜族、この三種族の間にも永久の平和がないように同種族間でも争いが絶えない。つまり、この世に恒久平和は存在しない。勇者アバンが魔王ハドラーを、勇者ダイが大魔王バーンを倒したことも悲しいが永遠ならざる平和を掴むための戦いと言っていいだろう。それが、この世界に生を受けた者の業ならば、我らはそれに目を背けず、向かい合っていくしかない。今更そんなことを言って我らを惑わすつもりなら時間の無駄だ!後の乱を理由に目の前の邪悪を放っておく馬鹿がどこにいるか!」
「くっくくくくく…そうか。この世に恒久平和はない。よく分かっておいでだ。だがロンよ、裏を返せば恒久の暗黒は存在するかもしれん。いや、すでに我らがいる場所そのものが、恒久の暗黒世界なのかもしれんがな。ちがうか?海商王とやら?」
「難しいことは分からねえけどな…」
ポップはブラックロッドの穂先をヴェルザーに突きつける。
「だが分かっていることは一つ、お前を倒して『永遠ならざる平和』を掴み取る。それだけだ」
「結構、開戦前には楽しめた討論だった。どうにも『王』なんて名乗っていると前置きが長くなっていかんな」
玉座から立ち上がり、漆黒のドラゴンローブをヴェルザーは脱ぎ捨てた。黒竜の鎧が全身を覆うヴェルザー。
「さあ、いつでもいいぞ!」
アバン、ポップ、ノヴァ、ラーハルトは構えた。
「ちっ」
勝手なことを、とヒムはヴェルザーの前にたち、アバンたちの攻撃に備えた。その瞬間、ヒムの首に大鉈のような一撃が入った。ロンの回し蹴りである。
「ぐああっ」
ヒムは竜王の間の壁まで吹っ飛んだ。
「ヒュンケルを守りたい気持ちは察するが、邪魔をするなら容赦しない!」
「こいつ…」
壁の瓦礫から起き上がろうとした瞬間、レオナのルカニがヒムに直撃した。防御力が桁違いに高いヒムには逆に作用が絶大な敵防御力降下呪文である。
「しま…ッ!」
ロンの烈蹴がヒムの左腕を砕き落とした。
「くっ!」
「ヒム、貴方に礼を言わなければなりません。よくヒュンケルの処刑を止めてくれました。だが、今の貴方は明らかにヴェルザーの味方をしています。もはや前大戦の同胞とは思いません。パプニカの女王レオナ、貴方に制裁を加えます!」
レオナは周りで陣を固める四人にピオリムを唱えた!
「四方陣!旋風の極!」
レオナの周りをバロン、アポロ、マリン、エイミが右旋回で回りはじめた。ピオリムの呪文で四人の素早さは飛躍的に上がっている。レオナの指示が四人に伝わる。
「東西、再びルカニ!南北、斬撃!目標は足!」
指示が終わると同時にマリンとエイミからルカニがヒムに放たれた。
「くそっ!」
完全にヒムの劣勢である。自分に対する者の中でロン以外は大した力はあるまいと侮ったことが致命的なミスとなった。
亡き主君ハドラーから耳にタコが出来るほど諭された『人間を侮るな』と言う言葉。それを肝に命じたはずのヒム。しかし、その人間とはヒュンケルやポップと言うアバンの使徒たちであって、エイミやアポロなどは対象外であった。
しかし現実、自分はその対象外の人間にここまで追い込まれている。『その油断こそが竜の騎士に値する大敵』とサリーヌが言ったと聞く。その油断でヒムも墓穴を掘った。自分に呆れながら、ヒムは右手にオーラナックルの闘気を集中させた。アグリッサより受けたパワーアップで、その闘気の集中も早い。
だがいざ撃とうとした時、ヒムに躊躇いが生じた。自分と戦っているロンたちの目。かつて死の大地で戦ったアバンの使徒たちと同じ意思を宿す目だった。アバン、ポップ、ラーハルトはバーンと向かい合った時と同じ目をしている。
だが自分はなんだ。戦う意義がまるでない。ヴェルザーのためになど戦えない。自分が命を投げ打ってまで戦うのはハドラー様のため、そして…ヒュンケルのため…。
そして同時に思う。
(待てよ、こいつらがヒュンケルの姿をしたヴェルザーを倒す理由はなんだ?世界の平和のためもあるだろうが、ヒュンケルの奪回がもし不可能であれば、ヒュンケルのためにも倒してやるのが情けではないのか。あいつならばそれを望むはず…。自分の姿をしたものが世界を破壊するのをあの男が我慢できるはずない。殺してやるのも、また情けじゃねえか!)
ヒムの拳からオーラが消えていく。
(何てことだよ…。俺にこいつらと戦う理由なんてなかった。もう少し早く気づけばアバンの味方についてヴェルザーと対峙出来たのによ…。自分に呆れて何も言えねえ…。サリーヌが言ったとおりだ。俺の脳みそは鉄屑らしいな)
アポロとバロンの斬撃がまともにヒムの足に入った。ヒムは苦痛の声もあげずに黙って斬られた。ヒムの両足は用をなさなくなった。それにずるぼんのバギマとフォブスターとでろりんのイオラが炸裂した。
オリハルコン相手に殺傷能力はない三つの呪文だが、真空と爆発の呪文が同時に襲ってきたら、その爆風はすさまじいものになる。ヒムは何の抵抗もせずに吹っ飛ばされ、とどめにロンが再び強烈な回し蹴りを入れた。
ヒムはロン率いるパーティーに一矢も報いられず、いや、あえて報わなかったのかもしれない。その場に倒れた。
アバンたちと向かい合っているヴェルザーは顔色一つ変えず、それを見ていた。
「ふん、偉そうな口を叩いておいて、その様か。本気を出せば人間どもは無論、ロンとて簡単に殺せたろうに。いらぬ情に流されおったか」
「違うなヴェルザー。途中で彼は気づいた。我らと戦う理由など無いことをな」
「ほう、ではロンよ、どうしてそいつにそれほどの容赦ない攻撃をしたのかね?転じてそいつは私を倒すための強力な助っ人になったかもしれないのだぞ」
「どうであれ、一度対峙した戦士に対して情けなどかけられるものか。俺は敵手に恥はかかせない」
「つまらん武人の魂だ…」
ヴェルザーは赤い眼球からヒムに怪光線を出した。そしてそれはヒムに直撃した。
「ぐああああっ!」
「俺としたことが、とんだ買いかぶりだったな。大口を叩くくせにいざという時に使えないやつほど腹の立つ者はいない。あの世に行け」
ヒムと対していた者たちも、ヴェルザーを見た。非情かつ残酷な魔の竜を。いよいよ決戦である。
「いよいよ余一人か。我が冥竜軍も地に落ちたものだな」
「それはお前の責任だヴェルザー。お前はバーンのように自分で軍の構造を図らず人任せにした。しかも知恵者ではあるが軍事は素人の科学者の女にな。お前にミストバーンのような男がいれば、展開は変わっていたかもしれないが…まあ無意味な仮定か」
今まで言葉を発しなかったラーハルトが言った。ヴェルザーに歩み寄る。白銀の鎧が薄く光る。ヴェルザーの赤い瞳を臆することなく見据える槍術の男。微笑を浮かべヴェルザーは言った。
「耳の痛いことを言ってくれる。お前は確か…」
「陸戦騎ラーハルト」
「陸戦騎?ほう、バランの部下だった男か」
「そうだ。主君バランに変わり、もう一度貴様を地獄に送り返してやる!覚悟しろ、ヴェルザー!」