「ぐおあああああっっ!!」
眼鏡を鼻元に置く紅蓮の皮膚色をしたドラゴンがヴェルザーの眼前に立った。
「ドラゴラムだと?愚かな!竜になったとて本物の竜に敵うはずがあるまい!」
「アバンを中心に陣形を整えろ!右翼に俺とマァム!左翼はラーハルトとヒュンケル!ポップは後陣で呪文を高め続けろ!」
ロンの指示でパーティーは陣形を整えた。ロンも闘気を高めた。
(アバンのドラゴラムとはいえ、ヴェルザー相手ではそう持つまい…。急がなければ!)
ドラゴラムを使うと術者は身も心にドラゴンになりきり、理性を失いかねない危険な呪文である。ゆえに魔法使いや賢者もドラゴラムを体得していたとしても自分の力が自分のものでなくなる危険なドラゴラムをあえて禁じ手として自己に封印している者も多い。
ポップもそうである。ドラゴラムは元々魔法使いの呪文である。すでにバーンと対峙したころには体得していた。だが彼は禁じ手として封印している。マトリフから叩き込まれた『魔法使いは常にクールでなければならない』と言う教え。ドラゴラムを使いドラゴンとなり理性を失えばクールどころではない。マトリフさえ生涯ただ一度も使わなかったと言われている。まさに心技体が強固に揃っているアバンだからこそ、御しえる大呪文である。
理性は失っていない。それどころか古の智将たちにも劣らない頭脳をもったドラゴンがヴェルザーの前に立った。
まずアバンの取るべき行動は、ヴェルザーの注意点をすべて自分に注がせることである。そして他の仲間たちにヴェルザーを攻撃させて、ポップのメドローアと繋ぎ、そしてヒュンケルにあの技を撃たせること。
ロン、ラーハルト、ヒュンケル、ポップ、マァムはドラゴンとなったアバンを中心に攻撃陣形を整えた。アバンの攻撃と同時に討って出るつもりである。
「皆さん、少し離れていてください。巻き添えを食います。私とヴェルザーから間合いを取って待機。そして私の指示で一斉に攻撃してください」
「アバン…?」
「心配無用です、ロン殿。考えがあってのことです。闘気と魔法力を高めながら待機。いつ私が攻撃の指示を出すかは分かりません。備えていてください」
「分かった」
ロンたちがアバンとヴェルザーから後退した直後だった。
「おおおおおおおおっっ!」
ドラゴンとなったアバンは冥竜城が咆哮の衝撃で砕けんばかりに雄たけびをあげた。
「吼えたとて!人間の化けたドラゴンが本物のドラゴンに勝てるものか!」
ヴェルザーがアバンに突進する。アバンは動かない。
「雷よ…」
上空の雨雲から、一直線に稲妻がヴェルザーに落ちた。
「ぐあああああッッ!」
脳天からまともに稲妻の直撃を受けたのである。さしものヴェルザーもひとたまりもない。
「ば、馬鹿な…!雷だと…!」
ヴェルザーはアバンの化身に一つの幻を見た。
「ボリクス…。雷竜ボリクス…!」
だがすぐに自分の見た幻を否定した。
「違う、アバンは勇者。『電撃呪文』を体得しているはずだ。バランも使っていたではないか。ボリクスの雷とは違う。落ち着け…っ」
そしてアバンは一瞬ひるんだヴェルザーの首にドラゴンの顎で突進と共に噛み付いた。
「ぐおおおっ!」
ヴェルザーの首の肉が裂け、脊椎はもはや轟音ともいえる音で悲鳴を上げた!両足で踏ん張ろうとするヴェルザー。だがアバンの突進は止まらない。
「ちいいい!尾に力が入らぬッ!」
そのまま首をドラゴンに噛まれたまま壁に激突するヴェルザー。アバンはこのまま首をへし折るつもりで噛んでいた。彼は長い首のほぼ正確の中心点を噛み、同時にドラゴンの腕で肩をピクリとも動かぬよう押さえつけている。尾に力が入らない今、同じ大きさのドラゴンに組み敷かれたら、そう身動きが取れない。へし折るために横向きになっている自分の顎を元の位置に噛んだまま強引に戻す。このまま行けば関節技によるテコの原理で首は折れる。
ヴェルザーの意識が遠のき始めた。首と肩の骨が悲鳴を上げている。その激痛たるや気が狂いそうな痛みである。
「ぐっ…ぐぉぉ…」
(ここで死ぬのか…っ!人間が化けたドラゴンに冥竜王が敵わぬと云うか…!)
「真竜の戦い…」
ロンがつぶやいた。
「ああ、話に聞いていたのと同じだ。この熱気、全く近づけない…」
ラーハルトも魔槍を構えながら汗をかく。強力なドラゴンが戦った時に発するエネルギーなのか、ドラゴニックオーラに近しいものなのか、とにかくロンたちはアバンとヴェルザーに近寄れない。
「しかし、万能に見えるドラゴラムだが、その実は案外にもろい。このまま先生がヴェルザーを倒してくれるなんて思うなよ」
ポップはアバンの指示どおりメドローアの詠唱に余念がない。あと一発しか撃てない見込みか完全を期すためアバンの作ってくれた時間を使い慎重に炎と氷を練成している。
「案外もろい?どういうことポップ」
マァムの問いにポップは答えた。
「ドラゴラムの攻撃パターンは二つ。炎を吐くか、鉄拳で敵を粉砕するかだ。魔法使いとて、ドラゴラム中にはメラすら唱えられないんだ。噛み付いたり、電撃を落とすなんて出来るのはまさに先生なればこそだが、その絶大なドラゴンの力を維持し続けるのには時間が限られる。そろそろ先生の顎はもう力が抜け始めているはずだ」
「そうだな、時間的に言っても師がドラゴンの体を維持するにはそろそろ限界のはず。与えてくれたダメージも申し分ない。さすが我が師…!」
ヒュンケルの準備も整った。アバンは後ろの弟子たちの闘気と魔法力でその充実を認識した。そしてポップが見越したとおりそろそろ顎に力が入らなくなってきた。
(そろそろですね。私も人間に戻り、一瞬で後退しなければ…)
と、一瞬アバンが後ろに気を向けた時である。噛み付く力が抜けていっていることもそれに手伝った。
「がああああああっっ!」
なんとヴェルザーの折れた尾が翻り、アバンの首を絞めた。
「ぐおっ!」
ヴェルザーの尾が根元から先端の脊椎にかけ、ドミノ倒しのように破壊されていった。だがヴェルザーはかまわず激痛走る尾を使った。
「不覚…ッ!骨は折れようが神経は繋がっていようにっ!」
いま、この場で人間の姿に戻っても、締める尾には人間の胴体も締めつぶすほどの強さである。呼吸が出来ない。たまらず首から牙を離すアバン。
「貴様ぁぁ!」
アバンが顎を自分から離すと同時に怒り狂うヴェルザーはアバンを襲いだした。首を絞めたまま、己と同じ体重ほどあるアバンを床に壁に叩きつけた。尾の内側から露出した骨が四方に飛び散る。しかしヴェルザーはそんなことはお構いなしだった。
すごい震動であるが、ラーハルトたちは構えを崩さない。骨が砕けている損壊著しい尾でそう何度も同じ体躯のドラゴンを振り回せるはずがない。そしてアバンは全闘気を使い防御に徹している。ドラゴンの右手はいつでもロンたちにハンドシグナルを送れるように向けていた。アバンのハンドシグナルが動いた。次に壁に叩きつけられた時、ヴェルザーの尾は自分から離れると見込んだからである。そしてそれは的中した。
アバンの首からヴェルザーの尾が外れた。
「今です!みなさん!」
アバンは瞬時に本来の人間の姿に戻り、自分にベホマを使った。アバンの指示でロンとマァムがヴェルザーの右翼から、ヒュンケルとラーハルトが左翼から、そしてポップは動かずメドローアの体制を取った。
そしてアバンもすかさず稲妻の剣を抜きヴェルザーに正面から迫った。
「行くぞお!」
ロンとマァムが右翼、ヒュンケルとラーハルトが左翼とヴェルザーの死角から飛んだ。ロンの烈蹴とマァムの閃華烈光拳がヴェルザーの右側頭部、ヒュンケルの斬撃、ラーハルトの疾風の魔槍が左側頭部に、そしてアバンのアバンストラッシュが顔面に叩き込まれた。
「おのれええッッ!」
頭部から血液を噴出するがヴェルザーは倒れない。閃華烈光拳が単なる正拳突きにさえ思えてしまうほどの防御力である。それどころか彼は反撃に転じる。ドラゴンの黒い翼がしなる鉄板のごときロン、マァム、ラーハルトを直撃した。ヒュンケルも食らったがほとんどダメージは受けなかった。さすがはオリハルコンの鎧である。
ヒュンケルはポップにメドローアを撃たせるためにロンたちと共に前衛に加わり突撃に加わった。
だが彼はアバン流刀殺法もブラッディースクライドも使わなかった。ただの上段の斬撃である。集中した闘気を無駄遣いしないためである。そして彼はヴェルザーの黒い翼を受けたがダメージはゼロ。しかし彼は叩き飛ばされた位置に膝をつき動かなかった。呼吸を整え再び闘気の集中を始めた。
マァム、ロン、ラーハルトは技を出した直後ゆえに、まともにドラゴンの羽の攻撃を受けた。ロンの魔甲蹴はこれで砕け、マァムの二つの魔甲拳ももはやボロボロで、ロンの作った魔甲拳はもう用をなしていない。その時だった。
マァムの体が紅蓮の光に包まれた。精霊カトレアが作った魔甲拳は瞬時に自己修復し、ボロボロになっていたロンの魔甲拳を取り込み、一つの魔甲拳として生まれ変わった。
「父さん…!私を守ってくれているのね…!」
それと同時だった。マァムの頭に一つの技が記憶された。そして厳しくも優しい言葉が聞こえた。
(行け…!)
「はい!」
マァムは拳でなく、右の手刀を下段に構えた。左手を沿え、呼吸を整えながら闘気を高める。収まることのない高揚感があるが、自分が驚くほどに落ち着いていることがマァムには分かった。
「あれは…剣こそないものの…ロカの!」
若き日のアバンが常に傍らで見ていた戦友の必殺剣である。忘れるはずがない。そしてマァムは手刀を下段に構え、かつ姿勢を低くし、ヴェルザーに突進した。
「馬鹿が小娘!防御も無しに特攻か!」
ヴェルザーの剛爪がマァムに振り下ろされる。マァムはひるまない。そして闘気を帯びた手刀が竜王の間の床を切り裂く。強固な岩で出来ているであろう床がまるで海を切り裂く海波斬のように裂けていく。
マァムは紙一重でヴェルザーの剛爪を避け、次の瞬間、さながら熟練した剣士の抜刀のごとく手刀を炸裂させた。
「これぞ父ロカの最大の技!」
それは地から空へと一直線に駆け上がる一閃だった。
「ドラゴンバスター!!」
地から炎の昇竜のごとき一閃がヴェルザーの右手を粉砕した。まさに剛剣の士である父ロカの剛力が娘マァムに乗り移ったかのような一閃だった。
「ぐああああっっっ!」
このすさまじい闘気の放出技でも、カトレアが作った『赤い魔甲拳』のナックルはヒビ一つ入らない。マァムはすぐに次の攻撃に移っていた。彼女自身の最大の拳。
「猛虎破砕拳!」
ヴェルザーの腹部にそれは直撃した。闘気は虎の顔を象り、衝撃は腹部を貫通して背中から大量の血が噴出した。
「お、おのれ小娘ェェ!」
「今よ!みんなあ!」
マァムの攻撃と気合がダメージ著しいロンとラーハルトを奮起させ立たせた。そして彼らもマァムに応え、最後の力を振り絞り必殺技を繰り出す。アバンも息も絶え絶えながら愛弟子に乗り移った戦友の意思に応えた。
「アバンストラッシュ!」
「ハーケンディストール!」
「竜撃脚!」
「ぐおお!」
怒涛の連続攻撃によろめいた、その瞬間。…閃光!
「メドローア!」
「うおおおおおおっ!!」
ヴェルザーはなりふりかまわずにそれを避けた。ヴェルザーの右上半身が吹っ飛んだ。だがまだヴェルザーは死んでいない。
「ぐおおおお…!」
メドローアの直撃を何とか避けたヴェルザーだが、もう一人いた。自分に対して必殺の闘気を放たんとしているものを。
「ヒム、行くぞ!俺とお前の最大の必殺技をやつに叩き込むぞ!」
ヒムの鎧、そしてヒュンケル自身も輝きだしている。
「これが最後だ!ヴェルザー!」
パーティーもヒュンケルを見た。もう彼らも体力の限界に来ていて動くことができない。祈るようにヒュンケルを見た。
暗黒の夜、冥竜城に一瞬の閃光が輝いた。
「グランドクルス!!」
「ぐあああああああぁぁっっ!!」
冥竜城は吹っ飛んだ。ヴェルザーと共に。
ヴェルザーの竜体は十字に切り裂かれていた。もはや彼も死は免れない。
「ぐ…おお…。よもや人間の戦士に…俺が討たれるとは…」
大木が山肌に倒れるように、ヴェルザーは崩れ落ちていった。
ヒュンケルは闘気を使い果たしたように、そのまま倒れていった。彼は再び武具を持たない丸腰の状態となっていた。ヒムの装備はまるで役目を果たしたかのようにヒュンケルから消えていた。
意識朦朧のヒュンケルにヒムの言葉が聞こえた。
『…やったな、ヒュンケル。ヴェルザーを倒したぜ』
「ヒ…ヒム…」
『一足先にあの世に行くぜ。お前さんとのリターンマッチは当分お預けだな』
「ヒム…!」
『クロコダインのおっさんがお前に言ったんだってな『今度生まれ来るときは人間に』と。俺もそれに乗りたいものだ。そして俺が生まれ変わる時は、きっとお前の仕事でこの地上は緑の田園に包まれているのだろうな。楽しみだ…」
ヒムの声がだんだん小さくなってきた。そしてヒムはヒュンケルではない誰かと話していた。
『シグマ、アルビナス、ブロック、フェンブレン…。少し遅れたが今行くぞ。よりによってアバンの使徒に命をくれてやって死んだ俺だけどよ。まあ許してくれよ。かつてハドラー様が死してもアバンを守った気持ち、お前らも分かっているだろ…?』
「ヒ…ム…」
ヒュンケルは倒れた。たとえグランドクルスのフルパワーの衝撃をヒムの鎧が受けたとはいえ、彼のダメージも甚大である。
そのヒュンケルの元にアバンたちも歩き出した。その時である。
「ぐおおおおっ!」
何とヴェルザーはまだ生きていた。体がどんどんゾンビ化していく。ロンは青ざめた。
「いかん!ヴェルザーのやつ、ドラゴンゾンビになる気だ!」
「なんて執念だ…。ちきしょう、今ドラゴンゾンビとなんぞ戦ったら全滅だぞ…」
肩で息をしながらポップはヴェルザーを見た。ゾンビ化を防げない。ヴェルザーの体はゾンビであるが、徐々に整った体型を成してきた。マァムは下唇を噛んだ。
「何てことなの…。ここまで戦って…まだ…!?」
その時、マァムは見た。ドラゴンゾンビと化していくヴェルザーの体が縦から真っ二つ切られた瞬間を。
「場違いな役者は舞台から降りてもらおう…か。その通りだね。ヴェルザー」
ゾンビの瞳でヴェルザーは死の直前に見た。
「…バ…バラ…ン?」
「へえ、そんなに父さんの若い頃と今の俺は似ているのかい?」
「ダイ様!」
ヴェルザーとの戦いの前、姿を現したかつての黒騎士、ダイが再びアバンたちの前に出た。
「やあ、ラーハルト」
ダイはそのまま真っ二つとなっているドラゴンゾンビとなったヴェルザーにギガデインを撃った。ヴェルザーの肉体は、その電撃によって塵と化していく。
「せめて父と同じ技で葬ってやるさ…」
冥竜城へ吹き荒ぶ風に乗ってヴェルザーの肉体は消滅していった。
ヴェルザーを倒した。
全員息も絶え絶えである。よく倒せたと全員信じられない思いである。だがポップの顔に笑顔は無い。ダイがヴェルザーにとどめを刺す瞬間の顔。忘れない、それはバーンさながらに残酷な男の顔だったからである。
(我が君…)
(…アグリッ…)
(待っておりました…)
(アグリッサ…いや…そうではない)
(え…)
(やっと…すべて思い出したよ…)
(我が君)
(カトレア…愛しい…妻よ)
(我が君ヴェルザー様…!)
(もう…疲れたよ…。眠って良いか)
(…はい、お目覚めまでお側におります)
(そうか…眠っていいのだな…)
(おやすみなさい…あなた…)