ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第四十六話 存在しなかったもの

「黒のコア…!」

カール本陣にいた者全てがフローラの言葉に戦慄した。

 

バーンとの大戦のあと、世界六箇所に点在した黒のコアの処分は秘密裏に行われた。その任に当たったのもわずか三名。アバン、マトリフ、ポップである。

ピラァ・オブ・バーンに設置されていた黒のコアを台座ごと凍らせ、三人はオーザムのはるか北に位置する死の大地の永久氷壁地帯に運搬して氷壁の奥に封印した。

しかもマトリフの呪術により幾重にも封印したのである。たとえ場所を発見されても解くことが出来ないほどの封印をマトリフと共にアバンとポップも行ったのである。

無論のこと、その場所には目印すら置いていない。アバンとポップも周りの風景程度でしか、その場所を記憶しなかった。

しかし、ベンガーナ王クルテマッカ七世は膨大な国費を用いて、ついにその場所を突き止めた。アバンの脅威を払拭するため暴走してしまった。

 

発見後、呪術に長けた者を大量に雇いマトリフたちの封印を解かせる作業に当たらせるが、マトリフ、アバン、ポップの封印は並みの者にどうこう出来るものではない。時間が必要だった。

サリーヌとサイヴァは国王クルテマッカ七世の企てを掴み、場所は特定出来ないもののベンガーナの王が黒のコアの封印を解こうとしているとヴェルザーに報告した。黒のコアの凄まじさを知るヴェルザーは、そのベンガーナに攻め寄せ、クルテマッカ七世を殺害、ついにはベンガーナを滅ぼした。

 

前もってベンガーナに潜伏していたサイヴァはベンガーナ王女キャサリンがその場所を父親から聞かされていたことを掴んだ。よってベンガーナ城が陥落する際も、あえて王女は殺さず生かしたうえ彼女から聞き出すことに成功していた。

場所を掴むと、サリーヌとサイヴァは黒のコアの場所を掴むためにベンガーナに雇われた者たちをすべて殺した。

そして、場所を教えたキャサリンも殺したのである。美貌の誉れ高かった彼女がまるでミイラのような遺体となって送り返されたのである。房中術に長けたサイヴァの籠絡の術中にはまり、キャサリンはサイヴァに夢中となって黒のコアの在る場所を容易に教えてしまった。そして、そのあと生気を残らずサイヴァに吸収されてしまったのである。自己を滅ぼす黒い快楽の中、キャサリンは死んでいった。

 

だがマトリフ、アバン、ポップが三人がかりで行った封印である。いかにサリーヌとサイヴァであろうと容易に解けなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「まったく、こんな糞寒い所に封じたうえに面倒な呪術を施してくれたものだね」

「ええ、これはさすがに敵ながら見事と言うしかございません。とはいえ数日中には黒のコアに辿り着くでしょう」

死の大地の、さらに北の永久氷壁地帯にサリーヌとサイヴァ主従はいた。雪原に立つ彼らは部下の魔道士らの封印解除作業を見守っていた。そこにヘルヴェルザーがやってきた。

 

「サリーヌ様」

ごろん、と丸い物体を差し出した。アグリッサこと精霊カトレアの首である。

「ご苦労」

実の母親の首をサリーヌは鞠のように足で弄んだ。

「ふうん、これがあの女の素顔かい。意外、精霊さんとは思わなかったよ」

初めて見る母の素顔だが、わずか残る魔力の質が一致する。間違いなく母のアグリッサだ。

「ふん」

サリーヌは母アグリッサの頭を踏み潰した。

「何か言っていたかい?」

「はあ、ですが…」

「かまわない、言ってごらん」

「は、『アバズレのメス豚』と」

「そうかい」

冷たい笑顔を、すでに肉塊となっている母の頭に向けた。

 

「それはそうと、カール陣に脅しはかけておいたかい?」

「はっ、言われる通りにこの場所を記すベンガーナ座標のメモをフローラ王妃に渡しておきましたが…本当によろしかったので?」

「ああ、こちらが『黒のコア』と言うワイルドカードを持っていることを教えておきたかったのでね。考えがあってのこと。心配いらないよ」

「そうですか…。あ!」

「どうした?」

「報告が遅れました。ヴェルザーはアバンたちに討ち取られました」

「ほほう、やるもんだ。あはは!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

カール本陣は騒然としていた。ヴェルザーを倒したという報告は入っていた。しかし状況は彼らを戦勝の美酒に至らせることは出来ない。フローラが指示を出す。

「至急、今から現地に赴き、調査をしなければなりません。死の大地にルーラを使える者は?」

ノヴァ、フォブスター、アポロが名乗り出た。

「ことは急を要します。三人とも疲れているでしょうが準備を整えてすぐに向かってください」

「分かりました。我ら三人で一人ずつくらいは運べるでしょう。都合六人で向かいます。アキーム殿、獣王殿、バロン殿を連れて行きたいと思うのですが」

ヴェルザーが死んだのであれば、もはや邪竜の意思はクロコダインに影響を与えない。

「よろしいでしょう。ノヴァの言、お三方いかが?」

「異存ありません。我らも至急準備いたします」

と、バロン。アキームとクロコダインも頷く。

「ありがとう。ですがよほどのことがないかぎり敵と交戦状態に入らないで下さい。近くに黒のコアがある場合はかなりの危険が想定されます。皆さんの任はあくまで調査です。アバンやポップが海上要塞から戻ってきましたら、我々もすぐに向います」

「承知しました」

ノヴァが答える。早速先発隊は極寒の地に旅立つ準備に取り掛かった。だがアキームは

 

「アキーム殿?」

「妃殿下…申し訳ございません」

「何がです?」

「『黒のコア』の場所、姫様…キャサリン様が敵方に漏らしたと聞きました」

「…口止めしておくべきでしたね…。アキーム殿に言ってはならぬと」

「滅んでもなお…世界に厄災をもたらしてしまい…何とお詫びを…ッ!」

「アキーム殿、見限っては駄目よ」

「え?」

「キャサリン嬢を見限っては駄目。たとえ今は亡き人でも」

「妃殿下…」

「人の口に戸板は立てられない。此度の件が世に知れればキャサリン嬢は歴史に悪名を残しかねません。だから貴方が庇ってあげるのです。まだ少女の姫を守ってあげられるのは貴方だけなのですよ」

「私が…」

「そして此度のことで責を感じ、短気を起こすことはなりません。よいですね?」

「はっ」

「では、アキーム殿。死の大地へ向かう準備を」

「かしこまいりました」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

そして、ここは冥竜城、ダイとアバン、ポップ、ラーハルトが対峙している。『瞳』に封印されているレオナとマァムは戦うことを止めるように必死に叫ぶ。エイミは盲目状態なので、まだ状況が掴めないままである。

 

ロンと意識を取り戻したヒュンケルは『瞳』の中で黙って成り行きを見ていた。それしか術が無い。

ダイと敵として対峙したことのあるヒュンケルは昔の自分とダイが重なって見えた。今のダイはかつての『倒れた敵に手を差し伸べ許してきた』ダイではなく『倒れて戦えなくなった者を笑ってなぶり殺す』ダイとなっている。

 

かつて師のアバンを父バルトスの仇として憎んでいた自分。人間と正義を恨んできた自分。後にそれはとんでもない誤りであったことは父バルトスの言葉で分かったものの、ダイの人間を憎悪する理由が誤りであるとは限らない。そこまで追いやったのも紛れもなく人間なのであるから。

ダイがこの数年で味わったものは知らない。しかしあそこまで変貌する理由はダイ自身が言った大切なものを理不尽に奪われたがゆえと察するには容易だった。自分が父と死別したと同じように。

 

だからこそ、ヒュンケルはダイを止めたい。兄弟子として救ってやりたい。しかし彼の体は再び戦うことが出来ない体となってしまっている。どうしようもなかった。どんなに言葉で訴えても何の効果もないことは自身の経験から学んでいる。もはやこの運命の皮肉を、神々のいたずらを見届けるしか術はない。

「ダイ…」

『瞳』の中で腰かけ、ヒュンケルはダイと、それと対峙するポップたちを見つめていた。

 

『そう神々だ』の言葉をダイが発した時、ダイとポップたちとの間に沈黙が流れた。信じられない事実である。そしてようやくポップが言葉を搾り出した。

「神々…だと?」

「そう、いつかロンが言っていただろう?真魔剛竜剣は神々が作った剣だと。父バランの剣はバーンを倒す時に消滅しているってのに新しい真魔剛竜剣が俺の手元にある。つまり神が造ったものが俺の手元にあるってことが神の意思で俺が来たと思うことが自然だろう?」

「では神が…人類を滅ぼそうとしているということか?」

「まあ、すべての人類と言うわけではないけれど、そう思ってもらっていいと思うよ、ポップ」

「何故だ…。本当にベンガーナ王がカールに野心を抱いたってのが理由なのかよ!」

「それだけじゃ無いけどね」

頭を掻きながらダイは語った。

「地上を作ったのは神だと言うだろ?しかしその神にも人間の神、魔族の神、竜族の神と言うのがいるのは知っているよね?」

「……」

「人間の神ゼニス、魔族の神ルシファー、そして竜族の神である神竜、それが世に伝えられ、それぞれの信仰を集め、竜の騎士を作った神たちの名前さ。彼らを総じて『三主神』と言うけれども、三主神はいつも天界から地上を見ている。そして戦わせている」

「な…?」

「最弱の種、人間。最強の種、竜。その間の強さである種、魔。これらがバランスをもって成り立っていることを知っているかい?最弱ゆえに人間には肥沃かつ太陽の光注ぐ地上。最強ゆえに数も少なく不毛な大地の魔界、かつ、その辺境に住む竜族。人間より強く、竜より弱いゆえに魔界の中心種として生き、竜より数多く存在する魔族。考えてみればバランスが取れているだろ?そしてそのバランスを崩す者が現れたら駆逐するのが竜の騎士の使命なんだ」

 

神への信仰が根強い世界であるアバンたちのいる地上。ポップは無宗教を気取っているが、それでも時には都合の良い神頼みをしていたものだった。

それが、その神が人間に対して刺客を送り込んできたという事実は衝撃だった。ダイの言うことをすべて鵜呑みにして良いものかと、そんなことを考える余裕などありはしない。現実に真魔剛竜剣を持つ竜の騎士が人間を駆逐しようと目の前にいるのであるから。

 

「ポップ、メルルのお婆ちゃんのナバラが言った言葉を覚えているかい?」

「『もし竜の騎士様が人間を滅ぼそうとしているのであれば、それは私ら人間が悪いんだ。それが運命なんだよ』か?」

「そう、つまり神の意思だ。そして真っ先に駆逐すべきはたった今ヴェルザーを倒したポップたちだ。無用な力を持ち過ぎた。ポップたちを殺した後、ゆっくり他の人間も排除する」

真魔剛竜剣の切っ先をポップに突きつけるダイ。

 

「ふざけるな…!俺はともかく、この世界の人々はみな信心深いだろうが!なのに何故滅ぼさなければならないんだ!これまでの神様への信仰は何だと言うんだ!」

「それは人間の勝手な憧憬だろ?当人には関係ない。人間に限らず、竜も魔も三主神にはチェスの駒と同じさ。竜の騎士はその盤上に混乱が生じた場合、すべてを元通りに振り出しに戻す駒なわけだよ」

「じゃあ何か?俺たち人間はその三主神とやらの退屈しのぎで、地上という盤面で竜と魔と戦う駒と言うことか?」

「その通り」

ダイは真魔剛竜剣を肩に担いで笑った。

 

「何と言うことだ…。それが事実ならば世の人々の神に対しての信仰は何だったのだ?天を敬う精神はなんだったのだ?天道など人類創世のころから無かったと言うことではないか…!」

『天道』つまり『天』これは神々に限らず、人がすがり、祈る対象のすべての総称と言っていい。魔法文明が発展して科学技術がさほど進んでいない世においては、もはや絶対的な理念であった。

 

「そう、無いんだよ、そんなもんは。先生」

「ダイくん…!」

「自分が絶対正しいはずなのに、間違ってはいないのに、邪悪に倒された事例は歴史上たくさんある。悪いやつほどよく眠る。操行は悪く、世の中の秩序を乱しながらも逸楽して富貴を楽しむ者が少なくない一方で、常に恭謙で正しき道を歩みながらも不幸な者は数知れない。そういう後者の者は、天に無念の拳をかかげてこう言うね。『天道はどこにある!』と。はははは」

 

ロンもまた黙ってダイの言葉を『瞳』の中で聞いていた。納得の出来ないこともあるが、不思議と腹も立たない。

ポップの父ジャンクと出会うまで、徹底して人間との交わりを避けてきた自分。それは自分が人間を嫌っていたからに他ならない。その嫌う理由もダイと似たようなものだった。

臆病で狭量にも関わらず、卑怯さ加減は魔族さえ凌駕しよう人間をロンは嫌っていた。ジャンク、ポップ、ヒュンケル、ダイ、そしてノヴァと出会うまでは。

だがまさか、こんなむごい結末が訪れようとは悠久の時を生きてきた彼さえ予想は出来なかった。

ドラゴンゾンビになりかけたヴェルザーをただの一閃で唐竹割りにしたダイ。たとえアバンたちが全回復しようとも勝機は無きに等しい。ロンはやがて訪れる残酷な結末を思い、無念に目を瞑る。

 

ポップもまた目を瞑り、溜まっていた息を吐き出し、静かに言った。

「先生、ラーハルト、そろそろ始めよう。これ以上今のダイを見るのは、もはや耐えられない」

「ポップ…」

「……」

ポップの両脇にアバンとラーハルトが並ぶ。ダイにとっては師、親友、部下である三人、そして三人にとってもかけがえのない少年であるダイ。運命は残酷であった。

「バーンを倒してから数年…。言葉にすれば一言だがダイを腐らせるには十分な時間だったようだ」

「違うな、時間なんていらないよ。ほんの一瞬の時で生ける者は変わる。ポップ、お前は全く変わらなかったとでも?」

「変わったさ。過ぎた富と名声を得て天狗にもなった。だが俺は戻ることができた。お前もどうやら俺と同じでぶん殴られなきゃ分からねえらしい。俺は姫さんに殴られて我に返った。だからお前は俺がぶん殴ってやるよ」

「出来るかな?」

「ダイ、もう一つ聞かせろ」

「なんだい?」

「お前の父バランは額の紋章から発動するドルオーラで一瞬にアルキード王国を滅ぼしたが…そういう芸当は今のお前でもできるのか?」

「もちろん、ギルドメイン大陸を一瞬で焦土に出来るよ」

「そうか、ならば倒す」

アバンは稲妻の剣を構え、ラーハルトは魔槍を構えた。

「倒す…か。殺すと言わないのがポップの弱さだね」

「勘違いするな」

「え?」

「殺す価値も無いってことだよ!今のてめえは!」

口元を吊り上げて、ダイは笑った。

「結構!さあ、いつでもいいよ!」

ダイの全身をドラゴニックオーラが包む。始まってしまった。レオナとマァム、そしてようやく状況を把握したエイミも『瞳』の中で泣きながら戦わないよう叫んだ。だが止まらない。ヒュンケルとロンは運命を呪い、黙ってそれを見つめていた。

 

ダイは初めから双竜紋を発動させて、闘気を高める。

「これを見せるのは初めてだね…。バーンを倒した時、俺はこの姿だった。ポップ、先生、ラーハルトを殺すには、この姿の方が相応しい…。全力で行くよ!」

 

ダイの発動するドルオーラで浮島全体が揺れだした。ダイがどんどん異形となっていく。

「それが…お前の竜魔人となった姿か!」

ダイの竜魔人化は同時に爆風も起こす。ポップのバンダナがバサバサとなびく。

「そう、そしてこの姿になったら、もう抑えが利かない。一瞬で殺されてしまうかもしれないけれども許してくれ。せめて痛くないように殺すから」

 

「そう簡単に討ち取られませんぞ!ダイ様!」

ラーハルトは闘気を高めて槍の柄をしごく。

「弟子が誤った道に進めば、それを正すが師の務め…。私も全力で行きますよ、ダイくん!」

アバンストラッシュの構えでアバンも闘気を高める。

竜魔人化するダイ。ポップはメドローアの構えを取った。

「まさか…。お前に撃つ日が来るなんてな…!」

 

ダイの竜魔人化が終わった。

「うおおおおおおおおっっ!」

そしてヴェルザーが比較にならない咆哮をあげ、言った。

「さあ勝負だ!かかって来い!」

 

竜魔人ダイが現れた!

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