『大魔王バーンは倒れ、世界は勇者ダイにより救われた。仲間たちはダイを探すが発見に至らず、パプニカの岬に刺さった『ダイの剣』の放つ光のみが彼の生存を示す』
後の歴史家たちはダイの冒険記やポップやヒュンケルの伝承を書く時、この場面を一つの区切りにしているものである。
だが、キルバーンの人形と共に空に飛んでいき、黒のコアの爆発を竜闘気により抑えたダイは傷つき倒れた。アバンやポップにとり一つの区切りであった時期であっても、ダイにとってはそのままの時間が流れていた。
大魔王バーンとの大戦後、数ヶ月経ったころ。
「もし…もし?」
「う…ここは?」
「ここはエルフの村です」
「え…?」
「気づきましたか、勇者ダイ様」
「貴女は?」
「私はフィーダ…。見ての通りエルフです。あ、まだ動いてはなりません」
キルバーンの人形と共に、ダイは上空へと飛び立ち、そして消えた。どのくらい彼は眠っていただろうか。
「そうか、俺生きているんだな」
「ええ、でもひどい傷でしたよ」
ダイが目覚めた場所は質素な小屋の中であった。どうやら、このフィーダというエルフの娘の家らしい。
「ありがとう、貴女が助けてくれたんですね」
「たまたま、貴方が倒れていたのを私が見つけたのです。このエルフの村まであの爆発で飛んできたみたいで」
「爆発…。そうか、俺はキルバーンの黒のコアで…」
ダイを再び横にさせて、フィーダは湿ったタオルをダイの額に置いた。
「貴方は世界を救った勇者ダイ…。お会い出来て光栄です」
「…あれから世界は?」
「平和です。アバン様たちが懸命にダイ様を捜索したようですが、このエルフの村は人間が入り込めない結界の中にあります。アバン様たちには気の毒ですが…」
亜麻色の長い髪に、青い円らな瞳。まだ女性をさほど意識する歳でもないダイだか、その愛らしい容貌に思わず顔を赤めてしまう。
「とにかく、完全にダイ様がお体を治されるのには少しの時が必要です。狭い家ですがここで療養してください」
「あ、ありがとう…」
(そういえば、父さんもヴェルザーとの戦いで負傷して倒れていたのを母さんに助けられたと言っていたっけ…。フィーダさんか…。きっと母さんもこのくらい美人だったんだろうなあ…)
二人の蜜月は続いた。フィーダはダイに何の見返りも求めずに尽くした。ダイの好きな料理も作り、ダイが話す仲間のことや、大冒険のことも楽しそうに聞いてくれた。やがてダイはフィーダに恋をしていったのである。
エルフの村のはずれに、養生によい温泉がある。秘湯らしく、それはフィーダしか知らなかった。ダイはフィーダにその温泉を薦められ、湯につかった。
すると、そこにフィーダが入ってきた。一糸まとわない透き通るような裸体を見せながら。
「フィーダ…!」
「一緒に入ってもよいですか?」
ダイが答えるより先に、フィーダはダイのすぐ隣に座った。そしてダイに体を寄せたのである。体の負傷はすでに癒えており、何よりフィーダの作る料理は精がつくものばかりであった。もはや体つきは少年から若者へとなりつつある。ダイはたまらず、そのままフィーダを求めた。
そのまま、楽しく、幸せな日々は続いた。ダイにとってフィーダは命の恩人であり、そして最愛の人となったのであるが、その蜜月も終わりを告げる時が来た。
エルフの村の結界を破り、人間が攻めてきたのである。若く美しいまま長く生き続けるエルフの娘は人間の男にとり、絶好の獲物である。また流す涙はルビーへと変わるので、ゴールドにもなる。強欲な人間がこれを逃すはずもない。
人間たちはダイが森の中に薪を取りに行った時、フィーダを襲った。急変を知ったダイは急ぎ家に戻るもフィーダはおらず、家の中が散乱していた。
必死に、懸命にフィーダの行方を探すダイ。ようやく見つけたフィーダは見るも無残な姿で死んでいた。フィーダの亡骸に泣きすがるダイ。だがまだ耳に聞こえてきた。エルフの村を蹂躙する人間たちの声が。強欲で醜い男たちの声が。
ダイは憎悪の化身となり、その人間たちを次々と屠っていく。ダイには、この時父のバランの気持ちが嫌と言うほどに分かったであろう。父と同じ言葉をダイはフィーダを抱きしめながら言った。
「守ってやったりはしなかった…!あんな連中と知っていれば…!」
少なからず、ダイがバーンとの戦いであれほどに人間のために戦えたというのは、やはりダイの年齢が十二歳ほどで少年の純粋さを持っていたからだろう。だが、その人間に愛する少女を殺されて、どうして『人間が好きだ』なんて言えるだろうか。
ダイの容赦ない逆襲に、人間たちはおびえ、ダイに言った。
「化け物…!」
「俺が化け物ならば…貴様たちはケダモノだ!」
竜魔人と化していたダイはその男の頭を掴み、力任せに握りつぶした。
何体もの人間の躯がエルフの村の地に横たわり、緑豊かな草原は血の色と化した。ダイは一人でこの地に攻め込んできた人間たちを残らず殺したのである。
愛する少女の仇は討った。だがダイの気持ちは空しさと怒りで一杯であった。ダイはフィーダを弔い、尽きることのない涙を落としながらエルフの村から去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから間もなく、ダイは三主神のいる天空城に召された。正確に言えば彼らの力によって強制的に招待されたと言っていいだろう。
ダイはエルフの村を出たあとも、フィーダが忘れられず、彼女と過ごした場所と似たような森林を見つけて、そこで孤独に日々を送っていた。もはやレオナやポップとも会う気は無かった。理由は簡単である。レオナとポップは人間なのだ。
そんな日々を送っていたある朝、ダイは見知らぬ場所で目覚めた。天空城、竜の騎士を作った三主神の居城である。
「お目覚めかね」
声の主を見てダイは驚愕した。
「バ、バーン!?」
「残念ながら人違いだ。私の名前はルシファー」
「ル、ルシファー?」
髪の色、顔、そして服装にいたるまで、ダイの見たバーンと酷似している。だがよく見れば『真バーン』より、若干齢を重ねている容貌だった。
「バーンは私のいわば分身だ。彼は魔族の王、私は魔族の神だ」
「魔族の神…?」
「父親のバランに聞いているだろう。竜の騎士は竜、魔、人、それぞれの種族の神が作り出した戦士だと。私はその魔族の神である」
「……」
「まあ、いきなりそんなことを言われてもピンと来ないであろうが…大事な用があるゆえ我ら三主神、そなたをここへ召しだした。落ち着いたら最上階にある『三主の間』に来るがいい。竜と人の神もそこにいる」
天空城、それは雲に浮かぶ広大な城であった。三つのエリアに別れ、神竜の城、ゼニスの館、ルシファー宮殿と位置づけられ、この三つのエリアが争った歴史はなく、三主神に選ばれた者たちだけが住むことを許されている広大な城である。
種族的には『天空人』と位置づけられているが、人間と容貌も能力も大して変わらない。だが人間とは比較にならないほどの長寿である。
ダイはルシファーの使いの者に案内され、主神の三人が待っている三主の間に連れて行かれた。
「ようこそ、勇者ダイ」
水色の法衣、そして真っ白な長髪と美髯を流す老人が訪れたダイに言った。
「貴方は?」
「私はゼニス。つまり人間の神だ。地上の人間たちが信仰する神、それが私だ。そして竜の騎士を作った三主神の一人である」
「人間の神!?」
「ははは、こんなくたびれた年寄りがと意外かね?」
ゼニスという老人の持つ威圧と雰囲気、それはさほど信心深くないダイにも、神であるのを信じさせるに十分であった。
「しかし、私たちが作った者とはいえ、ここに訪れた竜の騎士は君が初めてだよ」
黒いドラゴンローブを着て、黒い長髪。額にはドラゴンを思わせる雄々しい一本の角が見える。眼球は赤く、穏やかな微笑を浮かべて座っていても、その威圧は凄まじいものであった。
「初めまして、私は神竜。人の姿をしているが、その名の通り竜族の神だ」
「では貴方たちが竜の騎士を作ったと言うのか!?」
「いかにも、大昔の話であるがね」
ルシファーが答えた。バーンとほぼ容貌が変わらない彼の言葉に、ダイは戸惑うばかりである。
「ホッホッホ」
ゼニスは自慢の美髯を撫でた。
「そう構えることもない。我らが君を召しだしたのには理由がある」
「理由?」
「これ、あれを」
ゼニスが言うと、美しい精霊の娘が一振りの大刀をもって、ダイに跪いた。
「どうぞ」
「……!この剣!」
「はい、ダイ様のお父上、バラン様の使われていた…」
「真魔剛竜剣!」
「はい、お受け取り下さい。天界で新たに作られた宝剣でございます」
「新たに?」
ダイは真魔剛竜剣を握って三主神を見た。神竜が答えた。
「つまり、三主神の名をもって君を改めてこの時代の竜の騎士に命じる、と言うことだ」
「な…!」
ダイは強く首を振った。
「お断りだ!もう人間を守りたくない。バーンは倒した。誰と戦えって言うんだ!」
「誰が人間を守れと言ったかね?」
と、ゼニス。
「…え?」
「君の愛しい女性を殺した者は誰だった?」
微笑を浮かべてルシファーが言った。
「まさか…!」
「そうだ、竜の騎士よ」
神竜は言った。
「つまり君が倒すのは人間である」
三主神とダイは沈黙の中見つめあい…そしてダイは言った。
「分かりました」
ダイは自分で驚くほどに、あっさりと三主神の命と真魔剛竜剣を受けた。
ダイはルシファーから漆黒の鎧とマントを贈られた。正式名は『魔界の鎧』『魔界の盾』『魔界の兜』『魔王のマント』である。普通の人間が装備すれば、あっという間にその装備に溶かされるが、竜闘気を持つダイには問題なく、鎧一連もダイを主人と認めたように、数日経てばダイにとり着慣れた木綿のシャツのような装備感となった。
新たな真魔剛竜剣もまた同じように、ダイの右手になじんだ。またブラスやアバン以外に学問を習ったことのないダイにゼニスは惜しみなく知恵を与えた。この世の成り立ち、神々の足跡、そして、どうして人間を倒さなくてはならないかと言うことを。
ゼニスは教えた。今から数年後に冥竜王ヴェルザーが地上に侵攻を開始する。その戦いを天から見ていれば、より地上の害虫たる人間たちの中心人物らが把握できる。それらが分に過ぎた力を持つ者たちである人間には無用の力ゆえに駆逐せよ、そういう教えだった。
三主神は人間の絶滅をダイに命じず、地上に野心を持たない田舎の素朴な人々などは生かしておくように伝えた。
本来太刀打ちできないはずの魔族と竜族を竜の騎士の助力があったとはいえ、ことごとく倒してきた人間。そして彼ら自身、大砲や戦艦などの火器も開発し、自国の領土を広げるため森林を伐採し、海も埋め立てた。三主神から見て、もはや看過できない存在となったのである。
この上は増えすぎて、かつ無用な力を持つ種族の人間を駆逐して、再び一部の御しやすい無力かつ信心深い人間にゆだね、地上の再構築をするつもりなのである。
だから、バーンと戦った使徒たちは『無用な力を持つ者』と位置づけられる。三主神の名の下にアバン、ポップ、マァム、ヒュンケルらは竜の騎士に掃討される対象となったのである。たとえ彼らに野心があろうとなかろうと関係ないのだ。
バーンを倒した者たちが、その後に現れるヴェルザーに倒されるのなら直接に手を下す必要はない。だがヴェルザーが人間に倒された場合は、いよいよ竜の騎士の名前をもってアバン一党を駆逐せよ。そののち、地上の人間の総人口の九割を殺し、無用な文明も残らず灰とせよ。『一度すべて元に戻す』。それが『神の意思』だった。
ダイはそれを受け入れた。愛しいフィーダを殺した人間、そして神々から徹底的に叩き込まれた『いかに人間が醜悪であるか』と言う理。ダイ自身、ベンガーナでの筆舌しがたい辛い経験がある。
彼はまだ思春期を迎えようとする未熟な若者。たとえどんなに桁違いの力を有していても彼は幼さの残る少年なのだ。神々にとり変えるのは容易であっただろう。知識が惜しまず神々から与えられる。知識が上がると同時に、自分のパワーのコントロールの要領もおのずと身についていく。ダイは強くなった。
『ヴェルザー動く』の情報は神竜が掴みダイに伝えた。このころ、すでにダイはまさに三主神の切り札と化していた。
まずは水面下でヴェルザーとアバン陣営の戦いを見送ることにしたダイ。しかしかつて共にバーンと戦ったポップに対しては、久しぶりに会ってみたいと思う気持ちと少し意地悪な心が共に働き、脅しをかけておこうと、本格的にヴェルザーが動く前に彼自身が『黒騎士』としてポップの前に立ち、力を見せつけ『ヴェルザー』と言う言葉だけを残して立ち去ったのである。
後に冥竜城で再びポップの前に姿を現すまで、彼はヴェルザー対アバンたちの戦いを高みの見物に興じていたわけである。無論、アバン、ポップ、マァム、ヒュンケル、ロン、ラーハルトが必死になってヴェルザーと戦っている時さえも。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
話は少し時間を巻き戻す。
ダイがエルフの村から出て、ほんの数時間後のことである。
フィーダの墓の地面から手が出てきた。
「よいしょっと」
フィーダは生きていたのである。
「うーん、よく寝た~。ん?」
彼女の前に一人の男が跪いていた。
「お目覚めですか」
この男はエルフの村に攻め込んできた人間の賊徒たちのリーダーである。彼もダイに頭を握り潰されたが何ごとも無かったように生きている。
「ああ、よく寝た」
「……」
「何だい?ジロジロ見て」
「いえ、その純粋なエルフの娘の姿も美しゅうございます」
「何だ、お前…。少女趣味があったのかい?」
フィーダの墓は小高い丘の上にあった。彼女はその丘の上から眼下を見た。そこにはダイに殺された人間たちが無残に横たわっていた。
「ほう、派手に殺したね、勇者様は」
「私も彼に殺される役を演じましたが、背筋が寒くなるほどでしたよ」
「しかし、ルシファーの命令とは言え、つまらない時間を過ごしたものさ。あんな男に従順な女、二度と演じたくないね」
「それもお似合いでしたよ」
「よしてくれ」
「さて、この擬似世界のエルフの村を維持する魔力がそろそろ尽きます。この箱庭からそろそろ撤退しましょう」
「お、もうそんな時間か。私の腹にお宝も仕込んだし、命令も遂行したし、もう用はないね。行くよ」
フィーダは本来の姿に戻った。従順なエルフの娘の姿から桃色の戦闘服を纏い、背には美しい黒い翼の魔族の女に。
「やはり、そのお姿が一番美しゅうございます、サリーヌ様」
「おだてても何も出ないよ、私のことよりアンタもその貧相な人間の姿やめな」
「はっ」
男も本来の悪魔神官の姿に戻った。ダイに『ケダモノ』と呼ばれ、殺された男の正体はサリーヌの側近悪魔神官サイヴァだった。
「ですが、ダイに殺された人間ども…。私が連れてきておいて何ですが、涙がルビーになる。女は若く美しいと言ったらアッという間に人数揃いました。度し難い強欲、いや愚かさですな。くっくくくく…」
「ああ、土くれで出来た人形とも知らずに、楽しそうに腰使って…くっくくくく」
サリーヌ主従の上空に空間の歪みが生じた。
「おっと、笑える思い出話はあとだ、行くよ」
「はっ」
エルフの村は跡形もなく、空間の中に消えた。かの村は膨大な魔力を持つサリーヌが作り上げた擬似世界の箱庭だった。知らぬのはサイヴァにそそのかされて、かの地に攻め込み殺された人間と、その人間たちを殺したダイだけであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここは死の大地、サリーヌとサイヴァ主従は『黒のコア』を永久氷壁から掘り出す作業を見守っていた。サリーヌの部下は筆頭にサイヴァ、次席にヘルヴェルザー、兵たちはすべて魔道士系のモンスターである。父ザボエラが使っていた妖魔師団を彼女はそのまま子飼いにしていたのである。
「しかし、さすがに我らでもこのブリザードでは少し寒いですね。兵たちは作業中だから逆に暑いくらいでしょうが…」
「サイボーグの私は寒さなど感じないのだけれども、サイヴァくん、ここは人間にならい『カマクラ』でも作ってサリーヌ様に暖を取っていただくかね?」
「そんな必要はない。私はいま少し暑いんだ」
「は?」
サリーヌはミニスカートであるから、そばで見ている方が寒く感じるほどであるが、彼女は明らかに顔が紅潮していた。そして下腹部に手を当てている。
「やっとタダで何発もやらせてやった恩恵がきたかしら…。くっくくくく」
「サリーヌ様、それでは!」
「そうとも、サイヴァ。いよいよ私の腹に仕込んだお宝が開花する!ふはははは!」
「まさか勇者ダイの子を生む気で?」
「違うぞ、ヘル。サリーヌ様は特殊なスキルをお持ちなのだ」
「と言うと?」
「サリーヌ様は勇者ダイの体液を得た。しかも初精、その目的はダイの子を生むことではなく…」
サリーヌの体が黄金の光に包まれる。
「おお!この光、まさか!」
ヘルは思わず大鎌を落とした。作業中の兵たちも驚愕してサリーヌを見つめる。
「力が湧いてくる、すばらしい、これほどたあねえ!」
「サ、サイヴァくん、サリーヌ様を包む、この光はまさか!」
「その通り、ドラゴニックオーラ!」