「私たちのこれからの仕事?」
「交易商人だよ」
「こ、交易商人?」
「姫さんとベンガーナのデパートに行った時、彼女が言っていた『パプニカの布地や金属はベンガーナでは高く売れる』と!」
「そ、そんなせっかくいただいたお祝いの品をお金に変えるなんて!」
「まあ最後まで聞いてくれ」
ポップは自分のカバンから世界地図を出した。勇者ダイと共に旅をしていた当時から持っていたもので、それぞれの地域、国、街での様子を記したポップの走り書きなども記してあった。それをテーブルに広げてメルルの前で見せた。
「パプニカの布地や金属はベンガーナでは高価に売れる。転じてベンガーナでは安価で手に入る木材や鋳物、陶磁器はパプニカとオーザムでは高価に売れる」
「それの転売を繰り返そうというのですか?」
「そうなんだ。以前にダイと共に旅をして各々の町に立ち寄った時、それをやれば儲かるななんて考えたことがあった。平和になったらそれで一山当てようかなんてダイと冗談で話したことあるけれど…あながち的外れな考えじゃない」
「あなた…」
「テランやランカークスで平穏無事な生活もいいが、俺…やってみたい」
各国各地の名産、特産の転売、交易商法はこの時代はまだ確立させられた商売ではなかった。いやハドラーとバーンの侵攻で着手出来なかった事業というほうが正しい。また、村や町で生まれた者が海の向こうの国々まで行くことがほとんど考えられなかった時代である。交易はだいたい国営で行われているものであった。
元手のある金持ちもこの商売に手を出さなかったのは、狂暴な海棲モンスターに太刀打ちできないからである。船の武器となる大砲はベンガーナ王国しか製造しておらず、入手は困難かつ高価。
また腕の立つ用心棒を雇えば、その人件費で支出が収入を上回り利益にならない。海賊などの武装船もハドラーとバーン侵攻の世にほとんど海の藻屑となっており、海上で人間の賊徒に襲われる心配はないものの、海には生半可の腕では太刀打ちできない海棲モンスターや鮫やシャチなどの危険な巨大魚がいる。
また気球も交易に利益をもたらすほどの積載量はなく、現状は盗賊と山賊がはびこる陸路による馬車輸送しかなかったのである。それさえも用心棒代により利益は少なく、一介の商人が手を出せる事業ではなかった。王国が騎士団を護衛につけて行う交易しかなく、ハドラーとバーンの脅威が無くなっても容易に行える事業ではない。つまり海路や陸路にしても遠距離交易は行えない状況であった。
ポップの考えた輸送手段はやはり海路である。彼自身ルーラが使えるが魔法使いの間で『金儲けに使うことは外道』とされており、それは出来ない。そしてルーラでは積載量にも問題がある。
結論は今回アバンとレオナから贈られた祝いの品を、高値で買うところで売り、その地の特産と名産をその金で買い、さらにそれを高く買う地で売る。そういう転売を繰り返して資金を増やして船を入手し、それをポップ自身が用心棒となり運ぶことである。
最初はただの思い付きにも思えたポップの提案だが、メルルもだんだんポップの話に関心を示した。
これから二人で生きていくには無論のこと金が必要である。バーンによる乱世が終わったのであるのなら必要なのは武の技ではなく、知の技なのである。
田舎に引っ込み、細々と暮らすにはまだ自分たちは若すぎる。彼の言うとおり、発端は思いつきにしても的外れな考えではない。
大きい袋の中をさらに見てみると、カールの名産である水晶や織物もある。これらをしかるべきところに売却し転売を繰り返せば船を購入するくらいのお金になるかもしれない。
「本気なのですね、あなた」
「ああ、やってみよう!」
「では、ことは慎重に運びませんと。各国や各自治領、村と町の特産品と、その相場を調べて…。ハドラーとバーンの侵攻以前に同様の交易商をした人はいるでしょうから、その人の実例や失敗例も調べ…とにかく情報を集めて学び取り、それから取り掛かりましょう。思いつきの見切り発車は危険ですから」
その言葉にポップは呆然としてメルルの顔を見た。
「な、なんです?」
「すごいよ、メルル。それで勢いだけで突っ走りそうな俺が立ち止まれたよ。急がば回れだもんな。メルルは仕事でも俺の良きパートナーになってくれると確信したよ!」
「ほ、ほめすぎです…」
顔を赤らめ、メルルは照れくさそうに笑った。
「うん、 敵を知り、己を知れば百戦危うからず!まずは情報収集と先人たちの実例を学ぼう!忙しくなるぞ!」
「はい!では…」
メルルは占いの道具を出した。かつて強い剣を探すためメルルがキーワードである『ランカークス』の言葉を抽出した、あの古代占布術である。
「占い師は自分や家族のことを占うのは禁じています。私たちの商売の是非を占うことは一切いたしません。また自己の利益のために卦を出すのも占い師にはご法度です。交易のために占術は使えません。これからやるのは、私達が商売の根拠地を置く場所に幸運な場所を割り出すのです。これぐらいの卦を出しても占いの神のお叱りを受けることもないですから」
「ありがたい、じゃやってみよう」
メルルから炎の灯る皿をポップは渡され、両手で握り頭にキーワードを浮かべた。メルルは精神を集中させている。
(夫ポップと私メルルの交易商売の根拠地…)
「どうぞ、炎を垂らしてください」
「うん」
ポップは占布に炎のしずくを垂らした。その炎の軌跡をメルルは読んだ。
「…ソ…ソア…ソアラ…」
「ソアラ?旧アルキード王国にできたと言う町だな」
「はい」
「新しく出来た移民の町か。考えてみれば、俺たちにうってつけだ。アバンの使徒としての俺の顔を知る人もいないだろうしな。よし、そこを俺たちの根拠地にしよう」
「そうしましょう。ところで…アバン様とレオナ様には何と…」
「この商売が軌道に乗ったら、ちゃんと報告しよう。いくら何でも祝い物をもらった翌日に売ってしまうと決めたなんて言えない…」
「そうですね」
メルルは微笑んだ。
そしてそれから三年以上が流れた。
ポップとメルルが始めた交易は大成功。今では何艘も船を持つ交易商人となりソアラの町に大きい社屋を構え使用人さえ持つ身となった。
時期が良かったのだろう。当時はまだバーンの攻撃の傷跡も著しく、食料が不足しがちであった。ポップは豊作の地で安価に穀物などを仕入れ、それを不作のところに運んだのである。また食料不足の地の足元を見ず、価格を上げることを絶対にせず、買占めも一切しなかった。利益を独占するとロクなことがないことを彼は知っていたのである。ハドラーの台頭前に利益を独占して、結局は自滅した商人の記録を学んでいた成果である。
無論、最初から順調だったわけではない。時には煮え湯を飲まされたが、ポップとメルルは挫けなかった。そして成功しても自分に煮え湯を飲ませた者に仕返しをしようとはしなかったのである。これも仕返しをしたことにより手痛い逆襲を食った商人の失敗例を学んでいたからである。煮え湯による怒りを徳によって返し、ポップとメルルはその相手をも味方にしたのである。
最初は若いポップとメルルを軽視していた他国の商人たちも徐々に胸襟を開き、商売相手も増えだした。三年経った今、世界屈指の交易商人となっていたのである。
ポップの両親も息子の本拠地であるソアラに移民してきた。この町ではジャンクは剣の鍛冶ではなく農耕具や車輪、そして息子ポップの船に必要であろう船具などを造っていた。まさに職人ならではの素晴らしい出来栄えで、ポップの船がただの一度も沈没する憂き目に会わなかったのも父ジャンクの作る船具のおかげと言っていい。
ポップは会社をソアラに作った。カール、パプニカ、ロモス、ベンガーナの御用商人ともなり株主ともした。
今では誰も彼を昔の呼称である『大魔道士ポップ』と呼ばず『海商王』と呼んだ。会社の名前は町の名前を取り『ソアラ・カンパニー』と云い世界初の株式会社である。社長と言う肩書きを世界で最初に名乗ったのはポップである。
だが、その成功に伴い弊害もあった。ポップが驕りだしたのだ。
突然に莫大な収入が入ると人間は少なからず堕落するものであるが、彼は妻メルルがおとなしい性格であるのをいいことに他の女とも遊んだ。
父ジャンクと母スティーヌの叱責も聞く耳持たず。メルルは二人の間に生まれた子供と共に夫のあまり帰らない家を清廉に営んでいた。
その噂は、かつての同胞レオナの耳にも届き、苦々しく思っていた。しかしそんな放蕩三昧の日々も終わる時がきた。
ある春先の頃である。ポップはベンガーナに商用で出かけた。そしてその夜は高級レストランの一室を借り切り、妓館の女たちと宴会を上げていた。
「よーし!踊りの一番上手かった女には千ゴールドやるぞ!」
高級な葡萄酒を片手に、ご機嫌なポップ。フロアの中央にある壇上には肌を露出した踊り子たちが舞っていた。
周りには社長のポップにつられて浮かれる社員たちと取引先のベンガーナ商人衆。社員たちはポップと共に馬鹿騒ぎをして、商人衆もポップの機嫌を取りながらも楽しんでいた。
「おっと、ちょっとご不浄に」
用を足すため、ポップは踊り子たちと共にフロアを出た。
「社長さん、大丈夫?フラフラよ」
「だいじょーぶ!」
両手に女たちを抱きながら、レストランの廊下を歩く。その時、VIPルームからも三人の人物が出てきて両手に踊り子を抱くポップを見た。
「……」
やがて、その廊下でポップとその一行はすれ違った。ポップはその三人と面識があるのに、全く気づかない。
「あはは!ちょっと飲みすぎたかな。これじゃナニも使い物にならんかも!あはは!」
「…情けない」
その言葉にポップはゆっくりと振り向いた。
「おお、これは姫さん…」
ポップとすれ違った一行、それはパプニカ女王レオナとアポロ、マリンであった。
「メルルを家に置いて女遊びとはね…。大魔道士、地に落ちたものね。噂は本当だった。商売に成功して思い上がりお金を湯水のように使う、あきれた放蕩三昧。こんなことなら二人の結婚にパプニカの布地など贈るのではなかったわ」
「そんなキッツイことを言わないで!姫さんも一緒にどうですか?」
酒臭い息を吐きながら、ポップはレオナに馬鹿笑いしながら話す。たまらずアポロが間に入った。
「ポップ殿、控えられよ!」
「あらら、オッカナイ顔。アポロさんも俺の部屋に来てくださいよ!きれいどころがたくさんいますよ!あははは!」
「何を言っても無駄よ、あなた。行きましょう」
軽蔑の言葉を含めてマリンは言った。
「そんなこと言わないで!マリンさんも来ませんか?上手に踊ると千ゴールドの賞金も出るんだから!」
「無礼な!」
メルルとの結婚を報告してきたポップと同一人物とは思えず、マリンはポップに失望した思いだった。
「二人とも、行くわよ」
レオナはポップを見ようともせず、足早にレストランの出口へと歩き始めた。
「…まだダイを待っているのですか?姫さん…」
レオナは歩みを止め、振り返りポップを睨みつけた。
「無駄ですよ。きっとダイも今ごろどこかの世界で姫さん以上の美女を見つけて平和に暮らしていますよ。姫さんのことなど忘れて…」
レオナは力任せにポップを平手で叩いた。
「あいたた…」
「行くわよ、アポロ、マリン」
「アハ、男を待ち続けイラついている女はキツいや。いきなりビンタときたよ!あははは!」
その言葉に激怒したアポロは思わず剣の柄を握った。
「もう一度言ってみろ!」
「やめなさい」
レオナが制した。
「しかし女王!」
「彼はもう斬る価値も無い男のようです。行きますよ」
ポップに背を向けて歩き去るレオナ。その肩は怒りに震えていた。酔いながらも、その肩の震えを見逃さなかったポップは叩かれた頬を押さえて静かに笑った。
「フッ……ハハハ…」
悲しく空虚な笑いだった。そして自分が出てきた宴会場の入り口を見た。賑やかではあるが乱れきった場だった。
「斬る価値もない男…か。その通りだわ…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後、メルルがレオナの元に訪れた。夫ポップの無礼を詫びるための陳謝の品を持っての来訪であった。ソアラ・カンパニーの社員の中で、ポップとレオナのやり取りを見ていたものが、パプニカとの商線を切れるのを危惧してポップの妻のメルルに報告したのである。仰天したメルルは大慌てでパプニカに使いを出して女王レオナに謁見を申し出た。レオナは快諾してメルルと会うことに。
「主人の無礼…まことに申し訳ございませんでした」
「貴女も苦労するわね…」
レオナはことさら気にしていないという態度でメルルに対した。
「彼の悪い噂は聞いていたけど…予想以上で少し驚いたわね」
苦笑するレオナ、メルルを気遣っての笑いであろう。
「あの人は私のためにダイくんを探す旅をやめましたから…。ずいぶんと年月が経ちましたが今だ手がかり一つなく…。また若くして商売に成功して敵も多く、カンパニーの部下に親しい人はいても心から腹を割って話せる人や友人はおりません。カンパニーが大きくなるに連れ、増す孤独感…。責任ある立場にもなって、うかつに冗談と愚痴も言えない日々。だから余計にダイくんが恋しいのと思います。お酒と女遊びくらいでしか、その寂しさを埋められないのでしょう」
「だから許すの?」
「……」
「それは違うわね。貴女自身、それを理由にして波風立てるのを億劫がっているようにも聞こえるわよ。今じゃポップくんも何百人の生活を預かる交易共同体、カンパニーの長でしょう?周りに彼を注意する者がカンパニーにいなければ、貴女が注意しないと」
「女王…」
「ポップくんは貴方に甘えているのね…。でも、これからはそれを許しちゃ駄目。いい?メルル」
「はい」
「そう!それが先日のポップくんの無礼を許す条件よ。貴方がキッチリバッチリ彼の手綱を握らないとね」
「わ、分かりました。そうします」
「そういえば…貴方とポップくんの子供、女の子だったわね…。名前は何ていうの?」
「ダイアです」
「…そう、いい名前ね」
レオナは女王の間を人払いさせた。あとに残るのはアポロとマリンだけである。
「…女王?」
レオナは玉座から立ち上がり、メルルに歩み寄った。そして一つの書状を差し出した。
「アバン様から女王への手紙…」
「読んでごらん」
「女王宛の手紙を私が読んでは…」
「かまわない。読んでみて。貴女にも他人事ではないはずだから」
メルルは言われるまま書状に一礼してから読んだ。
「こ、これ…!」
「それをポップくんに渡してほしいの」
「…分かりました」
「事態は私たちが考えているより深刻かもしれません。万全の備えが必要となります。もしポップくんがそれを見て動かなければパプニカはソアラ・カンパニーとは決裂です。義よりも金儲けが大事になってしまった男に用はありませんからね」
「女王…」
「あともう一つ」
「は?」
一つため息を出してレオナは言った。
「パプニカから帰る前に、ダイくんの剣を見て行きなさい」
「え…?」
怪訝そうな顔をするメルルに答えを言わずに、レオナはメルルが持ってきた陳謝の品を見た。
「酒樽に牛肉ですか。それもかなり上質な物を…。ありがとうメルル。さっきも言いましたが、事態は私たちが考えているよりも深刻かもしれません。再び戦いとなる可能性もあります。この二つの品、兵たちの士気をあげるため喜んでいただくわ」
「え、は…はい」
王城を出ると、メルルはレオナに言われた通り『ダイの剣』が刺さっている岬へと歩いていった。見送りがてら一緒にアポロもいた。
「アポロさん、すみません。女王を侮辱するようなことを主人が言って…」
「確かに女王は寛大な態度をメルル殿に取りましたが、主君が侮辱されれば臣下は自分が侮辱されるよりも腹を立てるものです。メルル殿のお気持ちは察しますが、私はすぐに彼を許す気にはなりません」
「そうですね…。後日必ず、主人から女王へお詫びさせます」
「それを願いたいですね。きちんとした謝罪を女王にしていただければ私もマリンも忘れることにいたしますから」
夫の愚行を気に病むメルルにアポロはニコリと笑い気遣った。やがて二人はダイの剣が刺さっている岬に到着した。メルルはレオナに言われる通りダイの剣を見た。
「………!?」
「…こういうことです」
「そんな…!」
メルルは思わず、この瞬間は夫ポップの愚行を忘れてしまった。それほどの衝撃が目の前にあったのである。アポロが説明した。
「こうなったのは、今から半月前のことです」
「ダイくんの…剣の宝珠の光が…!」
潮風がメルルの黒髪とアポロのローブを流した。
「消えている…!」