冥竜城の最終決戦、竜の騎士ダイと大魔道士ポップの戦いは終わった。どちらが勝ったのかは分からない。たとえ相手を死に至らしめたとしても生き残った方は自分を勝者とは言わないだろう。
天の瞳から、その一部始終を見つめていた三主神。ゼニス、神竜、ルシファーはテーブルを囲み、各々がその脳裏に冥竜城での出来事を映していた。
「ホッホッホ…よもや人間にのう…」
人間の神ゼニスは笑った。
「意外な結末でしたが…まあ、こういう展開もありでしょう。しかし人間を滅ぼすと言う我らの思惑は外れてしまいましたが、まだしばらくは人間を生かしておいてやりますか?」
テーブルの上のチェス盤を見つめて神竜が言った。その言葉にルシファーは首を振る。
「そうも行きますまい。このままだと人間はわずかな歳月でも地上を食い荒らす害虫として増え続ける。やはり滅ぼす必要があるかと」
チェス盤の駒を右手で軽くなぎ落とすルシファー。そして何も乗っていない盤面の中心に駒を置いた。
「もう一度竜の騎士を作ろうと?」
神竜の問いに再びルシファーは首を振った。
「いえ、同じ刺客ではつまらないでしょう。新たな魔王を作ろうかと。今回は竜の王でしたから、今度は魔の王を」
「なるほど、再びバーンを?」
「さよう、今度は竜の騎士がおりませぬゆえ、新バーンは滞りなく人間を滅ぼすでしょう」
ふと、ルシファーは後の大魔王バーンを作り出したことを思い出した。
魔族の中で傑出した力を持つ者などは地上の人間たちが語り継ぐ古来の伝承などに登場することがある。その中で特に女の悪魔で邪の象徴と呼ばれていたのがリリスである。
だがすでにこのリリスは死んでいる。ルシファーに伽を命じられ、そして懐妊後にルシファーに殺されたのだ。腹を裂かれて胎内に宿る子を無理やり取り上げられ、絶命したのだ。母リリスの悪魔としての力、父ルシファーの魔神としての力の遺伝子を持つ赤子。それが後の大魔王バーンだった。
そしてその胎児を魔法陣に入れて、繰り返しルシファーが呪詛を唱え、赤子の状態のままで魔王としての力を注入していく。この魔法陣が子宮なのだ。
魔神の子であるバーンは不死と思えるほどに寿命が長い。赤子の状態でいるのもこれまた長い。その長き時間をずっと魔法陣の中で過ごし、父の力が与えられていく。自分の子であり、自分の能力を持ち、そして同じ容貌。まさに魔族の神ルシファーの分身である。
神竜も同じ方法でヴェルザーを作り、何も知らない冥竜族の長ヴェリアルの妻サラマンダーの胎内に転送した。
ルシファーも同様に魔族の夫婦の元へと転送する。ヴェルザーと異なるのは、彼の場合それなりの地位にある竜族の元へと転送されたが、バーンは魔界にどこでもいる平凡な夫婦の元へと送られた。自分の分身ならば恵まれない出生であっても必ずや頭角を現すと言う自信があってのことだった。
やがてバーンはルシファーの思うとおり頭角を現した。父母を何のためらいもなく殺し、モンスター兵を率いる一つの勢力となった。若き日は分別もない殺戮者であったが戦いに明け暮れた長き時間にて、彼は智謀を身につけ、魔王としての威厳や風格も自然と身についていった。
やがて地上に野心を抱くものの、ついには竜の騎士として完全覚醒した勇者ダイに討ち取られることになるが、その竜の騎士さえ、元を辿れば父親のルシファーが二人の神と共に生み出した作品とは皮肉な話である。
神々にとり、息子と言う概念などない。ただ自分の分身がどうやって地上を侵略し、同じく自分たちの作品である竜の騎士とどう渡り合うのか、これが興味の対象だった。例えバーンが地上を黒のコアで破壊したとしても、おそらくは「意外な展開だった」と一笑に付して終わりだったろう。
バーンとて、魔族を魔界と言う不毛の大地に自分たちを押しやった神々を憎んではいた。だがまさかその神々の一人に父親がいるなんてことは、いかに彼とて知らないことであった。
バーンの時と違い、今度は『人間を滅ぼせ』という神々の思惑が新バーンには植えつけられることになる。『日輪が照らす大地を我が手に』ではなく完全に殺戮者として新たなバーンは降臨される。今回は神々も竜の騎士を作らず、新バーンの思うがままに地上を襲わせるつもりである。
ダイには田舎の村人程度残しておけと伝えていた三主神だが、もし新バーンが人間を絶滅させたとしても、またぞろ『意外な展開だったな』と一笑に付して終わりだろう。また新しく御しやすい人間の男女を何百人か作ればそれで済むことなのだから。
ルシファーの提言にゼニス、神竜に異存はなかった。ルシファーは考えた。今度のバーンの母親を誰にするか…。誰に伽を命じるか…。現在、女の悪魔でもっとも力を有しているのはサリーヌであるが彼女は男の体液を卵子に結合させるのではなく自分の能力に転換する。それでは子を成しようがない。
どの女にするか、そうルシファーが天の瞳で魔界を見つめ、女の品定めをしているころ地上では衝撃の事実が判明した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ない!」
アキームは雪原に膝を落とした。
「何てことだ…!」
永久氷壁に大きく開いた穴。洞窟とも言っていい穴である。その穴を隅々まで探した。見つかるよう祈るように、フローラから派遣された先発隊六人は探した。だが黒のコアは見つからなかった。バロンは無念のあまり拳を氷壁に叩きつける。
「これで大地は…我々人類は常に邪悪からナイフを突きつけられているも同然…!」
ブリザードを寒がるゆとりすらないほど、六人は絶望した。
「くっ…」
クロコダインも氷壁を叩いた。
「奪い去ったやつは黒のコアを何に使うつもりだ。バーンと同じ使い方では地上全土がこの死の大地のようになってしまう…。何も生み出さない大地に何の価値があると!」
答えが出ないまま、六人はルーラでカールに戻った。カール本陣はその報告を受けて戦慄した。
「なんということでしょう…。せっかくヴェルザーを討ったと言うのに…!」
ヴェルザーのように、野心をあらわにして攻め込んでくれるほうが、どれだけ対しやすいか。しかし黒のコアを持ち出した者たちはそのまま地下に潜んだのである。フローラは冥竜城から戻ってくるアバンにどう報告すればよいのか、途方にくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数ヶ月。黒のコアを持ち出した者たちは動いた。すでにサリーヌは魔界を制した。バーンとヴェルザーも成しえなかった魔界の制覇。それはザボエラの娘であるサリーヌによって成し遂げられた。魔界の歴史上初となる女帝の君臨である。
ハドラー台頭前に起きた地上の人間同士の戦では、時に勢力同士で同盟を結ぶ外交戦術や水面下での謀略戦が繰り広げられていたものだが、魔界の戦はそんな道理など存在しない。武力による完全な併呑以外にないのである。
天界の神々もそれは黙って見ている。三主神同士で決められていることがある。それは自分の力を用いて竜、魔、人の勢力拡大に関わらないことである。代行者を使うことが絶対のルールとなっているのである。だから魔族の神ルシファーにとり、サリーヌの台頭は意外なことではあったのだが、これも時の流れと見て特に関心は持たなかった。
サリーヌはそれを知っている。だから遠慮はない。ダイから得た能力『竜闘気』はこの魔界戦争ですさまじい威力を発揮した。魔界には竜族の残党もいれば、クロコダイン、フレイザード、そしてハドラー親衛騎団にも劣らないモンスターも多勢いる。しかしその強さもサリーヌの前では意味すらなかった。そして黒のコアである。
サリーヌは部下のサイヴァとヘルに黒のコアの研究をさせ、うまく軍事に活用し、ほぼ自分の兵も領土も損なうこともなく魔界を制覇した。
黒のコアの原料となるのは魔界の辺境で発掘できる黒魔晶であるが、バーンは後に黒のコアが使われることを危惧してミストバーンに命じ全て消滅させている。つまり新たに黒のコアを作ることは不可能だったのだ。だからサリーヌとサイヴァは前大戦で使われることなく凍結させられた黒のコアを探し、ようやく入手し、それを切り札として使ったのだ。
魔界を制圧し、新たに築城されたサリーヌの居城の『魔女宮殿』冥竜城やバーンパレスにも劣らない巨大な城であった。それは制圧した魔族たちの奴隷たちで作られた豪華絢爛な居城であった。魔族の若々しく美男の者は、ほとんどサリーヌの食事になった。
サリーヌにとり、魔界の統一は自分の欲望を満たすための手段であるに過ぎない。もはや自分に敵対する者はない。魔界全土が彼女の領土である。
その魔女宮殿の女帝の間。女帝サリーヌと参謀のサイヴァがいた。玉座に座る女帝が参謀に訊ねた。
「サイヴァ、黒のコアはいくつ残っている?」
「三つにございます」
「そうか、半分使ったが本来の目的には支障はないな」
「ようやく、お聞かせ願えるのですね。本当の使い道を」
頷くと同時に、サリーヌはサイヴァに口頭での会話を止めるようにハンドシグナルで合図した。そしてそのまま手話で会話を始めた。口頭で話した場合、それを察知される可能性があるからである。
サリーヌが魔界を制することに、いかに三主神が関与しなくても、その三主神に対する言葉は彼らに察知される危険がある。口頭で話すことが出来ない。特別に訓練したわけではないが、そういう状況から自然と身についた特技であった。
(まあ、そんなにもったいぶるほどでもないんだけどさ)
サリーヌは天井を指して笑った。
(地上に落とすと?)
(違うよ、我が陣営の参謀がそんな浅知恵じゃ困るわね)
(では…)
(天界に落とす)
(やはり天界に…)
(天界さえ消せば、こんな手話で話す必要もなくなるわ。いつあの野郎が聞き耳立てているか分からないからね)
(ご決心は固そうでございますね)
(意外とは言わせないわよ。アンタにアバンしか使えなかった『リリルーラ』そしてルラムーン草の研究をさせた時点で分かっていたはずでしょ?)
(まあ確かに)
(私はね…。ルシファーを許さない。神だなんて言ってもあいつは男。ダイ篭絡の命令を受けにやつの前に行った時、ついでにこの私に伽を命じやがった。私はルシファーの能力も身に付けられると思い、受け入れた。だがあいつは私が男の精液から能力をコピー出来る特殊な魔族と知っていた。だからあいつは私の中に精液を出さなかった。こともあろうにこの顔に浴びせやがった!)
玉座の肘掛を力任せに叩くサリーヌ。
(いかに私でも精液に含まれる能力の遺伝子を皮膚から接収できない。神が聞いてあきれる。あの男は私にタダ乗りしやがったんだ。手向かっても私に勝ち目はない。それを知っていたあいつは私の顔にひっかけやがった。小なりとはいえ当時の私は魔族の一勢力の長。その誇りを土足で踏みにじられた。許しはしない。タダ乗り野郎はブッ殺す!)
(主君の屈辱は臣下の屈辱でもあります。で、いつ実行されますか?)
深呼吸を一つして、サリーヌは怒りを静め、サイヴァに聞いた。
(天界の正確な面積は?)
(地上のホルキア大陸とほぼ同じ面積ほどで、そのほぼ中心の地に三主神の居城はあります。中央にゼニスの館。東に神竜城、西にルシファー宮殿です。無論のこと正確な位置も私が把握してございます。そしてこれをことごとく破壊し、三主神を死に至らしめるのであれば残る黒のコアの全てを使うことを進言します。魔界の支配が成り、天界消滅の大願も成就すれば、どのみち我々は黒のコアを持て余します。地上で黒のコア一つでも使ったら大地は全崩壊か、もしくは半壊します。しかし半壊でも塵が上空に舞い、間違いなく氷河期到来となりますから使うことはできません。出し惜しみせず一気に使うべきかと)
(よし、サイヴァの言を採用する。三つの黒のコアの時限装置を明日の零時に合わせろ。二十三時五十九分、リリルーラで天界に移動し、そしてルーラで魔界に戻る)
サリーヌが魔界に覇を唱えてから、時々ルシファーはサリーヌの動向や言動に注意をしたが、それを読んでいたサリーヌは危険を伴う会話はすべて手話で済ませていた。そしてあくまで自分の狙いは地上の征服であることを常に印象付けるよう務めていたのである。
神々とはいえ、天界に収まり平和に暮らしている者である。くどいくらいに念を押し、天界の警戒を逸らす努力をし続けたサリーヌの術中にハマり、いつしか神の、天の瞳でサリーヌを見ることもさほどしなくなっていた。それをサリーヌはずっと待っていたのである。
サリーヌとサイヴァ主従は地上に立った。時刻二十三時五十八分。
(ルシファーは切れ者だが、一つミスをした)
(サリーヌ様を怒らせたことですか?)
(いや、もっと単純だ。私とやりたいばかりに自分の居城に私を入れたことさ。つまり天界がどんなに地上から離れていようとも…)
(リリルーラで到着できる)
(その通り!)
時計の針が動いた。
「二十三時五十九分!作戦開始!」
「はっ、『リリルーラ』」
サリーヌとサイヴァ主従は瞬時に天界に到着した。そして目にも止まらぬ速さで三主神それぞれの居城に黒のコアを仕掛けた。
「あと五秒、退くよ!」
「ははっ」
二人の姿は天界から消えた。
「2.1…ゼロ!」
黒のコア三つが同時に爆発した。
ゼニスと神竜は即死、だがルシファーは自分を焼く業火の中にいた。
「おのれサリーヌ!神殺しを!」
右手をかかげ、何かをしようとしたルシファー、だが地獄の業火とも言える黒のコアの炎の中では何も出来なかった。新バーンを作るために、ルシファーはようやく魔族の女で納得できる力を持ち、かつ美しい女を見つけて居城へ強制的に魔力で拉致し、今この時ちょうどその女を楽しんでいる時だった。
何の前触れもなく、いきなり天界に三つの悪魔の閃光が輝いたのである。自分の下で美しい肢体を見せていた女は一瞬で蒸気と化した。ルシファー自身も紅蓮の炎で焼かれる。自分に何度もマヒャドを唱えても炎は消えない。まさに地獄の業火だった。
彼を突如に襲った黒のコアは元々、彼の分身である大魔王バーンが作ったもの。皮肉にもルシファーは自分の分身が作った作品に滅ぼされる結果となった。
「無念…!だがこの世は我ら三人が作ったもの…。我ら無くしてどうする…!」
『人間はどうか知らないが、少なくとも魔族はアンタたちなんかいらないね』
「サリーヌ!貴様っ!」
サリーヌは思念で業火の中にいるルシファーに語りかけた。
『ふん、天界で偉そうにふんぞり返り、戦いを忘れた精神デブのアンタにゃそんな最期が相応しいよ。みじめだね、神様だなんて言っても最期はタダ乗りされた女の仕返しで死んでいやがる』
「貴様…っ!」
『神なんていらねえよ、人間の神を敬う精神である『天道』は今まで存在もせず、これからも存在はしねえのさ』
もうルシファーから返事がなかった。最期に業火に焼ける苦しみの声だけを残して。
分身のバーンは勇者ダイとの壮絶な一騎打ちの果てに倒れた。敗者となったとしても、まさに大魔王の最期だと言っていいだろう。
しかしルシファーは恥辱を与えた女の仕返しで殺される結果となった。こんな形で、こんなにあっけなくと彼は思っただろう。だがわずかな火種が歴史を動かす大動乱に発展することもある。だが逆に壮大な足跡を残した者があっけなく殺されることもある。それが歴史。自分はそんな最期ではないと誰もが思う。だが魔神ルシファーに訪れた死はそういうあっけないものだった。因果は巡る。常に天から生ける者を見下し弄んでいた三主神はその見下していた者に殺されたのである。
地上はるか上空に天界は位置する。地上にいる者たちには天界の大爆発など知りようもなかった。誰も気づいてはいないだろう。この世にはもう神々はいないのだと言うことを。この瞬間『天道』は消滅したのである。