冥竜城からアバンとポップが凱旋した。カール国民、各国の兵士たちは歓喜の声を上げた。
『我らが英雄!』と冥竜王ヴェルザーを倒した戦士たちを出迎えた。
しかし、当の英雄たちの顔は達成感をとうてい表しているものではなかった。確かにヴェルザーは倒した。しかしその後に起きた戦いはあまりにも辛すぎた。
メドローアとドルオーラを撃ちあい、そして立っていた者はポップだった。ダイは自分の放ったドルオーラとメドローアの直撃を受けたのか死体すら残っていなかった。ポップはダイが立っていた場所に触れて号泣した。
今回の戦いでマァムは父ロカを、ポップは親友ダイを殺したことになる。マァムの演劇の師パノンと母のレイラがカールの港でマァムを出迎えた。戦いの緊張が取れたあとのことである。マァムはこらえていた涙が溢れ、母に抱きすがり泣いた。レイラとパノンから見て、それは歓喜の涙とは程遠いものに思えた。父が望んだ死であろうと、やはり自分が手を下したと言う事実をそう甘受出来るものではない。マァムの涙が止まることは無かった。
メルルは夫ポップの生還に喜び、潜水艇から降りてきたポップに抱きついた。それをポップは笑顔で応えた。しかし、その笑顔はアバンから見て痛々しいほどであった。
そしてフローラから知らされた『黒のコア』が敵に奪われたと。アバンは勝利の美酒も味わうこともなく、すぐに全世界に調査隊を派遣した。しかし見つからなかった。
ヴェルザーを倒した翌日に再び改めてサミットは開催され、全世界に『黒のコア』に備えるべく調査部隊が置かれることとなった。突然使用された場合には何の意味も持たない部隊であることは誰もが知っている。だがもしも事前に使用される場所と時間を察知出来たなら食い止められることも可能かもしれない。そのわずかな希望を願い、黒のコアへの備えは配置された。
いつどこで、人類が滅亡する悪魔の光が炸裂するか分からない。そんな恐怖に人々は怯えていった。
ヴェルザーの戦い以後、ポップに異変が起きた。心の病にかかったのである。食べ物も受け付けず、ただ焦点の定まらない瞳を泳がせているだけだった。重度の心の病であった。ダイから受けた精神攻撃はゴメのメガザルで癒えたものの、やはりダイを手にかけたと言う事実が彼の心を蝕んだのだろう。
やむなく、ソアラ・カンパニーの社長はバロンが引き継ぎ業務に当たり、ポップとその家族たちは心の治療によさそうな緑豊かな場所に移り住んだ。ポップが子供のころ、よく釣りに出かけたランカークス村にほど近くにある湖。その湖畔に建てられた山荘。元は余暇を楽しむために建てたポップの別荘であるが、彼の心の傷を癒すために家族たちはここにポップを連れてきた。毎日窓から湖を見つめるだけの生活だった。家族ともほとんど口を利かなかった。
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「どうですか。社長は…」
ポップを見舞いに来たバロンがメルルに訊ねた。メルルは黙って首を振った。
「そうですか…」
「バロンさん…。ヴェルザーを倒した後に何があったんですか?アバン様は私に教えてくれません…。レオナ様も主人と同じように心の病にかかったと聞いています。その場にいたマァムさんたちも教えて下さらず正直私はどうしたら良いか…。私の占いでも主人の心の病を治す術は見つかりません。知っていたら教えてください。お願いです。決してバロンさんに迷惑をかけませんから」
アバンたちがメルルを始め、主なる者にヴェルザーと戦った後のことを話さなかったのは『勇者ダイが人間を滅ぼす竜の騎士として現れた』と言う事実を受け入れ難かったからである。
心の病にはレオナもかかっていた。待ち焦がれたダイが敵として現れ、そしてそうなった原因は、あの魔族の女と言うこともレオナは知っていた。あまりにも衝撃的な事実をレオナは受け止め切れなかった。
ヴェルザー戦のあとに起きたことは、レオナを案じてバロンがパプニカに訪れた時にレオナから教えられた。当初話そうとしなかったレオナだがバロンの『お話になった方が楽になります』と諭され、ようやく話したのである。そしてその内容はバロンにとっても、あまりに衝撃的なことであった。
「分かりました。お話しましょう…」
「バロンさん…」
「社長は…勇者ダイを討ったのです」
「え?」
「ドルオーラとメドローアを撃ち合い、そして社長が勝った。ダイは自分の放ったドルオーラとメドローアの直撃を受け…死体すら残らなかったそうです」
「そんな…!どうしてダイくんと!」
「それは…」
バロンは知りうる限りメルルに語った。もはや隠していても意味がないし、またメルルは知る権利があると思ったからである。
「何てことなの…!」
メルルは涙をポロポロと落とした。
「奥さん…」
バロンの耳にメルルのすすり泣く声が重く響いた。
その後バロンはポップとも会った。
「社長…」
「……」
椅子に座り、窓から見える湖を見つめているポップ。バロンの言葉に返事もしなかった。
「辛かったでしょう…。しかし、その辛さを自分に中に押し込めては、辛さが増すばかり。奥さんやご両親にもっと甘えられたらいかがですか。そのための家族ではないですか」
「……」
「私は一時、社長の椅子に座っているに過ぎません。また貴方が陣頭に立つのを社員一同待っています。私たちにも甘えてください。仲間じゃないですか、貴方は言った。『カンパニーと言う意味は同じ釜の飯を食う仲間』と…」
「……」
「失礼します…。お大事に」
バロンがポップの部屋を出て行こうとした時であった。
「バ…ロン」
「え?」
久しぶりに聞くポップの言葉だった。
「ありがとう…」
「社長…!」
別荘の外にバロンと共に見舞いに訪れたディーネとダンクの親子がいた。バロンが出てきたのでポップの様子を訊ねた。
「バロンさん、社長のご様子は?」
「ああ、少しずつだが回復に向かっているぞ。お話になった」
「ああ…良かった」
娘の肩に手を置くダンク。
「まったくだな。彼がいないとソアラに来てもつまらない。早く良くなってもらいたいものだ」
「うん…。何ていったって、ウチの社の女たちは私も含めて給金のアップよりも社長に褒めてもらえることの方が嬉しいのだもの。早くまた元気なお姿でお戻りになって欲しい」
「あははは、モテモテだな、ポップ殿は」
その後、徐々にポップの容態は快癒に向かっていった。メルルと母スティーヌの献身的な看護で元気を取り戻して行った。元気を取り戻し、現場に復帰した時には社員全員が歓呼の声で出迎えた。
それとほぼ同時期にレオナもまたアポロやマリン、エイミの看護の甲斐あって容態は良くなっていった。
ヴェルザーとの戦いから数年の時が流れた。黒のコアの恐怖があろうと人々には営みが続いていく。
それはハドラー、バーン、ヴェルザーと戦った勇士たちも同じである。彼らにその後、どんな人生が待っていたのであろうか。
ヒュンケルはオーザムに招かれ、極寒のオーザムの大地に広大な麦畑を根付かせるに至った。ハドラーとバーンが破壊した緑も彼の手により大半が蘇り、砂漠地帯に作物を実らせることに成功した。
ソアラ・カンパニーはヒュンケルの活動を全面支援した。無論、各々に食糧不足に頭を抱えている王国や町も彼に協力を惜しまなかった。誰ももうヒュンケルをパプニカに攻め入った裏切り者などと呼ばない。行く先々で『プロフェッサー』や『大学者』と尊敬の念をこめられて呼ばれた。
ロモスにてヒュンケルにブーメランの手ほどきを受けたジージョを始めとする少年たちは、ヒュンケルの活動を知り、あれほどなりたかった兵士の道を捨て、農学者としてヒュンケルの弟子となり師と同様に食料の実りに人生を賭けた。
エイミとの間に生まれた二人の息子、二人の娘も父と同じ道を進み、その信念は、そのまた子や弟子たちに伝えられ、ヒュンケルは世界の食糧難を救ったとして比肩なき偉人として称えられた。
息つく暇もなく、東西奔走していたヒュンケルだったが、ついにその激務が彼の戦士としての体を凌駕する時が訪れた。パプニカにて稲作の指導をしていた時、彼は胸を押さえて倒れこんでしまった。
女王レオナは絶対に彼を助けなさいと国中の医師達を総動員させたが時すでに遅し。意識は取り戻したが、やがて彼は帰らぬ人となった。
かつてバーンの尖兵として、自分が攻めて滅ぼした国パプニカ。自分の偽者が攻め入り、死刑判決を受けたパプニカ。そこが彼の終焉の地だった。死を悟ったヒュンケルは看取るレオナに言った。
「お許し下さい…」
レオナは答えた。
「許します」
その言葉に微笑み、ヒュンケルは愛妻エイミの手を握りながら逝った。
エイミはシスターとなり、夫の墓を守り続け八十歳の天寿をまっとうした。臨終の時、エイミはこう言った。
「こんな皺くちゃな婆さんになっちゃって…。あの人は私と分かってくれるかな…。あの人はハンサムなおじさんのままで死んじゃったから、今ごろ天国で若い子と暮らしているかもしれないし」
娘のミーナはこう答えた。
「大丈夫、ママは可愛いお婆ちゃんだもの。頭のいいパパのことだから一目で分かるよ」
娘の言葉に照れ笑いを浮かべてエイミは逝った。
ヒュンケルとエイミの墓はパプニカに夫婦仲むつまじく並んで建てられ、永久の愛を誓う男女がよく訪れるという。
ヒュンケルは戦士としてではなく、近代農学の祖として歴史に名を残した。後に豊穣の神と敬われ、彼を祀る教会や寺社が世界各地に建築された。死後に『神』と人々に敬われたのはバーンと戦った勇士の中でも彼だけである。バーンの恐怖からではなく、飢えの恐怖から救ってくれた彼への恩を後の人々は決して忘れなかったのである。
ラーハルトはダイを討ったポップを責めもせず、また称えもしなかった。冥竜城での激闘直後、彼は姿を消し、以後彼が歴史の表舞台に出ることはなかった。
一説では母マチルダを侮辱したサリーヌとサイヴァ主従を追い、返り討ちに遭ったともあるが真実は不明である。魔界の史書にもラーハルトがサリーヌたちに挑んだ記録はない。ヴェルザー討伐から数年後、彼の魔槍が作り手のロン・ベルクの元に飛んできた。ロンはこの時にラーハルトが死んだと悟った。彼がどこで死んだのかは、今日をもってしても、いまだ不明である。
だが彼の主君バランが世を去った場所である死の大地。ここに名もない墓標が一つある。この死の大地に訪れた海賊の航海日誌に『白骨化した魔族を発見し、我らはそれを埋葬した』と記してあり、歴史家はそれがラーハルトではないかと言っている。
諸説色々あるが、真実は当人のラーハルトしか知らないことである。
マァムは大戦から数ヶ月後、再び女優に戻り舞台に立った。ソアラ・カンパニーの全面支援により復興中のベンガーナに巨大なテントによる劇場が設置され、マァムはそこで母のレイラを演じたのである。
勇者アバンの冒険記、マァムの演劇の師であるパノンが指揮を取り歴史に残る大舞台となった。それはヴェルザー侵攻の傷跡に沈む人々へ勇気を与えるに十分なものであった。ロカ役は以前と同じくオーザム王国のグレンが演じた。
グレンは口にしないものの、マァムが大戦において父ロカと戦い殺してしまったことは知っていた。だからこそ彼は全身全霊を注ぎロカを演じた。他の共演者がそれこそ圧倒されるほどにロカを熱く演じた。
劇中にロカとレイラが抱き合うシーンがあるが、レイラ役を通して舞台に蘇った父の胸に飛び込むマァムの気持ちはどんなものだったのだろう。泣くシーンではなかったのにマァムはグレンの胸で子供のように泣いた。『父をこの手で殺した』という罪の意識がグレンを通じてロカに癒されていくようで彼女の心の傷も回復していくことになった。
勇者アバンの冒険記はこれより以後、上演されることはなかった。後に続く役者が『とても、グレンとマァム以上のロカとレイラは演じきれない』と考えたからだと言う話もある。
そして、この劇を見て感動し、マァムに心底惚れてしまった男がいた。リンガイア王ギリアムである。
彼はファンの立場から本当にマァムに恋心を抱き、不器用ながらも熱心にアプローチし、ついにマァムのハートを射止めるに至った。マァムはリンガイア王妃となる。
同じくファンであったオーザム国王ライドはずいぶん悔しい思いをしたらしいが、ギリアムとマァムの結婚式には招待に応じて山のような花束を送った。役者を辞めてオーザム騎士団将軍となったグレンも国王ライドと共に式に参加。ロカを演じた彼は劇中の愛妻を祝福した。ちなみに彼は勇者アバンの冒険記でフローラを演じた女優セイラと結婚していた。
マァムは大戦後に父の形見の『赤い魔甲拳』をネイル村に持ち帰り、偽りの亡骸しか入っていなかった父ロカの墓にこっそり埋めた。棺の上に置き、そのまま埋めたのだ。これでロカはネイル村に帰還を、そして愛妻レイラとの再会をやっと果たしたのである。
そしてこれはマァム自身の『武』を封じる決心でもあった。桁違いの剛勇を誇る彼女ではあるが、マァムはこの後の生涯にて一度も拳を使うことはなかった。女傑のイメージが強いマァムだが、マァムの輝聖石が光を放つ源は彼女の『慈愛』の心である。元来、優しい女性であった。
彼女は貞淑で慎み深い女性になり歩行の出来ない夫の杖と車椅子となって優秀な子も産み、良妻賢母としてもリンガイア女性の手本となった。王妃となったマァムは舞台に立つことはなかったが、城下町に劇団を旗揚げして後進の指導にあたった。
それが後にリンガイアの一つの文化となり、リンガイアは城塞国家から演劇の国として変わっていった。
後に勇者ダイの冒険記もリンガイアで上演されたが、自分を演じる少女を見てマァムはこう言った。
「私の少女の頃より、ずっと可愛いし、凛々しいわ」
こう言う人柄が国民の心を掴み、やがて彼女が天寿を全うした時は盛大な国葬が行われ、マァムを主人公にした勇者ダイの冒険記の演劇も行われた。マァムはリンガイアに演劇を根付かせた王妃として『楽妃マァム』として伝えられていった。