アバンはその後も賢王として仁政を布き、国を治めた。
しかし、自分の統治力が他国を恐れさせたと言う事実に彼は逃げずに向かい合い、外交などの他国との親密を上げることに余念がなかった。その成果か、アバンとその息子アルフレッドがカールを統治していた時代は各国間で小競り合いすら起きなかった。創造は易く守成は難しと言うが、アバンはその創造と守成を見事に治めたのであった。
彼は五十一歳でカール国王の座を息子に譲った。医療技術未発達の世では、この歳でも老境と言える。しかし突然の退位に周囲は驚いた。
それは愛妻フローラの介護のためだった。フローラは病に倒れ車椅子の生活を余儀なくされた。当然のことながら王宮には医師もいれば王妃に仕える侍女もいる。しかしアバンは『私がフローラについています』と申し出、息子に政治を委ねて退位したのである。
フローラの病状は軽くなかった。言語も不自由になり食事も一人ではままならない。介護をするアバンはフローラの手を常に握り、優しい言葉をかけ続けた。フローラもまた優しく微笑む夫に頼り、甘えた。
結婚と同時に国王と王妃となった二人にとり、ようやく訪れた政務からの解放であったのかもしれない。さながら恋人同士のようだった。そのアバンの暖かく優しい介護で、今日でさえ不治と呼ばれる病が治癒したのである。
病の快癒した、その数年後にフローラは世を去るが最期の時、夫アバンへ言った。
「愛しています。もし生まれ変われたのなら再びあなたの妻として生まれます」
フローラの言葉にアバンも
「私も貴女の夫として生まれます。そして今度はことが片付いても…もう貴女の前から消えませんから」
フローラはその言葉にニコリと笑い、息をひきとった。
アバンの生家は学者筋であるので彼も学問好きである。アバンは妻フローラの介護のため医学を研究した。勇者であるもののその頭脳は並みの賢者をゆうに凌駕する彼である。気がつけばカール屈指の名医となっていた。加えて卓越した回復呪文や解毒呪文の数々。アバンはフローラを看取ったあと医者になった。
城下町郊外の庵に移り住み、小さな診療所を開院し元国王でありながらも市井の人々の医療に専念した。貧しい者からはゴールドも取らず、急病と聞けば、その患者の家まですっ飛んでいった。
そのアバンの助手と日常の世話をしていたのは、かつてアバンに見出されたマグダレーナだった。
醜女よ大女よと心無い者たちから笑われ続けた彼女を最初に認め重用したアバン。その恩を彼女は忘れず、アバンの下野に彼女もついていった。
マグダレーナは歳を取るにつれ、それは美しくなったと言われている。単に容貌の美しさではなく人を安心させ癒す美しさだった。おそらくは年齢と共に、その内面の美しさが表に出たのだろう。
アバンの診療所に訪れる者は多かったが、単に名医と言うことではなくアバンの人柄とマグダレーナの優しさに触れるのが何よりの癒しだった。
アバンとマグタレーナは結婚こそしなかったものの、それは仲が良かったと治療を受けた患者たちは述懐している。天国の王妃が焼きもちを焼くのではないかと思うほどだったらしい。しかしフローラはそんな狭量な女ではない。きっと自分亡き後に夫を支えてくれていたマグダレーナに天国から感謝していただろう。
歴史家はフローラ亡き後のアバンを『大医アバン』と呼ぶ。つまり後世にそれほどの称号をもって呼ばれるほどにアバンは名医だった。そして医者として最高の心の持ち主であった。
またアバンは長生きをした。『黒のコア』に対する危惧がそうさせたかもしれない。妻フローラの分まで世の中を見届けねばならないと健康に気遣い、人間男性の平均寿命が五十歳と言われる当時で九十歳まで齢を重ねた。自分の歳のことが話題になるとアバンはいつも笑ってこう言ったという。
「あの世には、もう魔物も病人もいないでしょうから私のような者に用はないのでしょう」
だが、とうとう最期の時が来た。アバンは息子アルフレッドと娘フレデリカ、そしてマグダレーナに看取られて安らかに逝った。だが死の直前にアルフレッドだけを枕元に呼びつけてアバンは言った。
「良いですか『黒のコア』への警戒だけは解いてはなりません。長き年月使わなかったから、もう大丈夫だと思うのはとんだ思い違いです。ヴェルザーとの戦いから半世紀以上経ったとは言え、魔族にしてみれば半世紀などほんの泡沫です。我々人類がその警戒を解いた時を魔族は狙っているかもしれないからです。分かりましたね、アルフレッド」
下野したとはいえ、アバンは息子が『黒のコア』に対してさほどの用心をしていないことを知っていたのである。息子アルフレッドは父の言葉を遺訓として受け止め、黒のコアに対して再び強固な備えを取った。
アバンはハドラー、バーン、ヴェルザー三魔王との戦いが人々の間でもはや伝説になったころ、その天寿を全うした。
カール国民すべてがその死に涙としたと言われている。まさに『巨星、落つ』の大往生だった。マグダレーナもその数ヶ月後に亡くなった。笑顔を浮かべ
「アバン様、お側に…」
と言い、安らかに逝った。
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ベンガーナはアバンとフローラの長女フレデリカが継いだ。アキームがアバンとフローラに懇願したのである。最後までベンガーナ将軍として職責を全うした君こそ王になるべきではないかとアバンは言ったが、自分はしょせん番頭の器しかないと思うアキームはあきらめずにアバンに頼み込んだ。彼自身、これが『自分がすべきこと』と思っていたからである。
アキームの熱意に打たれたアバンは了承し、掌中の珠と言うべき愛娘フレデリカを託した。以後カールの兄弟国としてベンガーナは各国支援の元に再興していき、アキームは再び将軍の座に就き、アバンの娘フレデリカを支えていった。
母フローラの才幹を受け継ぐフレデリカは『復興の女神』とも呼ばれ、優秀な子を何人も生み、ベンガーナの王を継ぐ者は、以後フレデリカ二世、三世と名乗り、将軍職に就く者はアキームの功績を称え、任命と同時に頭を丸めることが慣わしとなった。
アキームはフレデリカが成人して女王として独り立ちしたころ将軍職を辞し、僧侶となってかつての主君クルテマッカ七世とキャサリンを弔い、墓守となって七十九歳で波乱に富んだ人生の幕を閉じた。復興後のベンガーナ最初の国葬がアキームであった。
レオナはパプニカをよく治めていたが、そろそろ世継ぎのことを心配しなくてはならない。女王を続けるも王妃となるも、しかるべき男性を迎えて、子孫を残し明日のパプニカを継がせなければならない。そしてレオナが選んだ男はノヴァだった。
心の病にかかり、何もかも嫌になった時、常にノヴァはそばにいた。自暴自棄になり手首に刃物を当てたレオナを懸命に止め、彼女の罵倒も辛抱強くノヴァは聞き続けた。アポロとマリン、エイミもそばにいたが、それぞれ家族を持っている。一番多く辛い時のレオナを支えたのはノヴァだった。
そしてノヴァは何の見返りも求めず、レオナが回復するとパプニカを去り、師の工房に戻り昔と同じく鍛冶の修行に入った。好きであるのは本心。だが身分が違うし、心の病にかかっている時の姿を見続けた自分を女王が快く思うはずがない。そう思い、鍛冶の修行に邁進したが、そんなある日、師のロンに破門されてしまった。理由を聞いても師は答えてくれない。納得出来ず、食って掛かるノヴァにロンは黙って家の出入り口を指した。そしてその場にはレオナが立っていたのである。
レオナは禅譲、つまり夫となったノヴァに王位を譲ろうとしたがノヴァは『私は君主の器にあらず』と拒否し公式の場では臣下としてレオナに仕えた。
パプニカの外交史に名を残す名外務大臣となった彼は政務の傍ら、鍛冶の修行をつづけ、ついに師のロンに『星皇十字剣』を使っても消滅しない剣を贈ることが出来た。レオナとの間には四人の子に恵まれ、パプニカは繁栄していく。
公式の場では、お互いに線を引いて政務を行っていたが普段の日常における二人の仲むつまじさは、周囲に安らぎを与えるほどに愛情に満ちていた。
一般にレオナ治世の功績の中にはノヴァが行ったものも多い。だがノヴァはその功績をすべて妻であるレオナに譲り、レオナの失敗は自分の失敗として、時に家臣や国民の罵声を進んで浴びたのだ。
『妻に仕え、そして、その妻に無限に愛された男』
と後世の賞賛はアバンとポップにも劣らない。
ノヴァは六十八歳で亡くなり、レオナもまた夫を追うようにその翌年に眠りについた。ノヴァは死して改めて、息子であるパプニカ王ヴァースに王の称号を贈られた。
ノヴァは生存中、パプニカ女王レオナの夫でありながら、ついに『王』を名乗らなかった。ノヴァの匠の技はパプニカで広められ、それが一つの文化となり、国を豊かにもさせた。息子であり弟子でもあったヴァースは父に『匠王ノヴァ』の称号を贈った。国の王ではなく、匠、つまり職人の王と称させたのは、息子の粋な計らいとも言える。以後、歴史家はヴェルザーとの戦い以後のノヴァをそう呼ぶことが慣例となった。
ポップのソアラ・カンパニーは世界一の交易会社として躍進していく。心の病から回復したポップは再び社長の座に落ち着き、世界の国々をわたり商売をしていった。メルルとの間にはその後二人の子に恵まれ、幸せに過ごしていた。
バーンとヴェルザーを倒すに至り、稀代の英雄と呼ばれるポップ。しかも彼は平民の出である。それがより民衆の支持される理由ともなった。彼の故郷、ランカークス村には郷土の誇りとして。そしてオーザム領の漁師町ヴィオラには、大型船を提供して村を救った大恩人として銅像すら建っているほどである。商売にも成功し、海商王の名前に恥じない。
しかし運命はこういう男に齢を与えない。ヴェルザー討伐から数年後、ポップは病に倒れた。心の病ではない。癌だった。
ポップは家族、師、仲間たち、そして多くの社員に看取られ、静かに息をひきとった。顔は満ち足りた笑顔、まさに閃光のように生きた生涯であった。
メルルはその後、正式にカンパニーをバロンに委ね、シスターとなりポップの菩提を弔い、五十一歳でその生涯を閉じた。夫の形見である輝聖石と結婚指輪の『いのりのゆびわ』を片時も手放さず、輝聖石を握り締めたまま眠るように死んでいった。
ポップ死しても、彼の作ったソアラ・カンパニーは後の世にも人から人へと伝えられ、今日も隆盛を誇っている。
ヴェルザーが根拠地とした冥竜城も、後日に少しのエピソードがある。戦いのあと同城は完全に破壊されたが、その土台となっていた浮島は『移動する島』として、注目を浴びてカールとパプニカを除く三国が欲した。
島の面積はデルムリン島とほぼ同じであり、かつ自由に移動できるのであればこんなに便利なものはない。この島を取り合って戦争が起きてはと危惧したカール国王アバンとパプニカ女王レオナは当時ソアラ・カンパニー社長を代行していたバロンに『平和的にあの島を何とかできないか』と相談した。考えたバロンは思い切った方法を取った。
『冥竜城の破壊と撤去を行ったのは我が社である。この島を必要とするならば、それに伴った経費を要求する』
と告知した。莫大な金額である。当時も後の世も世界でゴールドを一番に有している組織はソアラ・カンパニーである。彼らゆえに瓦礫の山となった海上要塞を撤去し島を新地に出来たのである。
もっとも、その瓦礫からも石材、木材、金属、そしてアグリッサの研究機器と『からくり兵』の残骸などを回収し新たに得られた技術の多さたるやゴールドには変えられない。長期的展望から見れば、撤去作業はカンパニーに多大な利益をもたらす結果となっている。
『欲しいなら金を出せ』と言うバロンの言葉に、当然のことながら非難は起きた。『やはりアイツは裏切り者よ』と言う声も出た。しかし実際にバロンが提示した額面は撤去作業にかかったものどおりであり、適切な値段であったのであるが国が払える額ではなかった。
心の病から回復したポップも、この島をカンパニーが手に入れたことを喜び、その責任者にバロンを命じたのである。
だが、どんなに便利な島であろうと、ヴェルザーが使っていた浮島である。少なからず黒いイメージはあるがバロンはここに一大娯楽施設を作ったのである。娯楽施設と言ってもカジノや娼館などではなく様々なアトラクションを楽しめる乗り物や施設、つまり後年の『遊園地』第一号を建設した。
それだけではなく、劇場、ショッピングセンター、球場、プール、世界のグルメを集めた飲食街、巨大入浴施設、ホテルなどなど庶民の楽しめる場を安価で提供したのだ。それこそ、子供の小遣いでも十分に楽しめるほどの安価で。ハドラー、バーン、ヴェルザー、この三魔王の侵攻の傷跡に沈んでいた人々に娯楽と笑いを与えたのだ。
さすがに三国の王たちも、まさかこんな方法に使うとは思わず、バロンの行為を手放しで称賛した。この施設は『ソアラランド』と名づけられた。世界の人々は定期的に訪れるソアラランドの到着を楽しみにしていた。それは今日に至るまで続いている。
そして、この島の興行のためにバロンが雇った者、それは三魔王侵攻に伴い身寄りをなくした者たちだった。浮浪児の少年少女たちも積極的に雇い入れ、住む場所と仕事を与え、また学問も教えた。
ベンガーナから海上要塞に拉致された娘たちは『ヴェルザーのお手つき』と蔑まされる結果となり、バロンはこの娘たちも保護している。ヴェルザーに幾度も性行為を強要されたあげく生還してみれば周囲の冷たい視線。彼女たちの心の傷は深かったが、バロンは後に『心のケア』と呼ばれるものも、この時に確立し時間をかけて彼女たちの心の傷を治し、その後にソアラランドに雇った。
彼女たちは、それこそ何の見返りも求めず自分たちの心の傷を癒してくれたうえ雇用までしてくれたバロンに恩返しをするため懸命に働いた。この時の娘たちの中には、後に大女優や名コックになった者や船長職についた者だっている。
正式に二代目となったバロンは初代ポップの商売理念に基づき、利益の独占をしようとはしなかった。ポップが口癖のように言っていた『己の利益だけ考えたら必ず自滅する』はそのまま二代目にも受け継がれた。
ソアラランドには各国からの商人を招き、自由に商売もさせて関税を取らなかった。まだ世界の各国、村や町にいるであろう三魔王の侵攻の傷跡に困窮する者を支援し、ヒュンケルの活動も全面的に支持した。
バロンは二代目社長として富も名声も人望も手にしたが、生活は驚くほどに質素であり自己の収入はほとんど元浮浪児たちの教育や、ヴェルザーに傷を受けた娘たちの治療に当てていた。愛人を持つことが否でなかった時代なのに愛妻ネネだけを愛し、生まれた二人の子も、そんな父を見て育ち、後年にカンパニーを支える人物となった。
造船所長はヴィオラ出身のトウヤが受け継ぎ、以後もソアラ・カンパニーは船で世界をまたにかける商売にはげみ、ますます発展していき、フォブスターも船長職を部下にゆずり、出版の機関をカンパニーに立ち上げた。
アバンの戦記やダイの伝承なども新たに編さんし、発表の場を持たない世界中にいるだろう作家たちに門戸を開いた。フォブスターの夢は歴史家であったが、仕事に追われて、ついに実現はできなかった。
しかし息子のコナンがそれを継ぎ歴史家の大家となっている。後に伝わる『カール湾海戦』の伝承はコナンの執筆によるものだった。
バロンは五十歳で二代目を退き、三代目はベンガーナ出身の元浮浪児アランが任じられた。
彼は幼い頃にヴェルザーの攻撃で両親を亡くして孤児となった。その後は流れ着いた町でゴミ箱あさりをしていたが寒さで凍える浮浪児仲間のために、その町を訪れていたバロンに『金を出せ!』と一人で正面から木切れを持って襲い掛かった。
この時のバロンは護衛として巨漢のゴメスとラーバも連れていたのに少年は一人で、しかも正面から襲いかかった。
その度胸に感心したバロンは彼とその浮浪児仲間ごと召し抱えた。彼はバロンに拾われた後、懸命に学び、修業し、ガムシャラに働いた。修行時代にポップの娘ダイアと恋に落ちて結婚もした。つまり初代の娘婿ということになるが三代目襲名の際、それを理由に不平を言う者は皆無だった。そんなことで次代を引き継げるほどソアラ・カンパニーは甘くないと皆知っている。アランの業績や指導力は誰もが認めることであった。
それから十数年後、ソアラの町で愛妻と共に隠居生活を送っていたバロンは病に倒れた。死を悟ったバロンは後に続く者にこう言い残した。
「初代は平民で、二代目の私は裏切り者、三代目は浮浪児である。だから利益に溺れ、驕りそうになった時は、それを思い出せ。平民の男と裏切り者の男が、カンパニーの基盤を作り、それを元浮浪児の若者が継ぎ、さらに発展させたのだと。そしてけして人を粗末にしてはならぬ。私とて乞食同然のところを初代に拾われて今がある。どんな過去を持つ者にも必ず見出す点がある。人を大切にせよ、その中で最も大切にすべきはチェスで言えば兵士…。よいか、一番下で汗を流し努力する者を評価せよ、大切にせよ。『カンパニーと言う意味は同じ釜の飯を食う仲間たち』それが初代と私の教えと知れ」
バロンは愛妻ネネ、長男カイト、長女ノエル、孫たち、バロンから恩を受けた者たち、同胞のマリン、エイミ、アポロ、そして主君レオナに看取られ安らかに逝った。レオナはバロンに『パプニカ大賢者』の称号を贈った。
黒のコアを持ち去った者は動かなかった。いや人間が『持ち去った者たち』の動きを知らなかっただけであろう。すでに黒のコアの三つは魔界戦争で兵器として使われ、残る三つも天界を破壊するために使ってしまい、すでにこの世には存在しない。だが地上の誰もがそんな事実は知らない。
いよいよ、ラスト2話です。いや、昔の私は根気があったなと改めて思います。こんな長いお話よく書けたと思います。今やれと言われても無理ですよ。