さらに数十年の歳月が流れた。もはやバーンとヴェルザーと戦った勇士たちは天寿を全うし生きてはいない。その勇士たちの活躍もすでに伝説となったころだった。
「勇者アバンの嫡子アルフレッド王、長女ベンガーナ女王フレデリカが死去」
「ふむ…」
「大魔道士ポップ、剣士ヒュンケル、武闘家マァムの子らも同じく年老い死んでいます」
「そうか」
「名工ロンも既に死に、レオナ姫と匠王ノヴァの嫡子パプニカ王ヴァースも先年に亡くなり、とにかくかの時代の勇士たちは無論のこと、その子供も全員年老い死にました。もう孫か曾孫の時代と相成っています」
「各国の軍事力は?」
「国ではないですが、一番油断出来ないのはやはり大魔道士ポップが作ったソアラ・カンパニーの軍事力でしょう。略奪目的の海賊を退けるためらしいですが、それでも各国海軍など問題にならない軍事力です。現社長はポップの子孫でラウダという男らしいですが、先祖の七光りを使わずに社長の座についた中々の切れ者と聞いています。味方につけるべく動いてみますか?」
「必要ない。何のために、かの大戦の勇士たちが年老いて死に。その子まで年老いて死ぬのを待ったと思っている。孫世代なら平和ボケもしているし、ハドラー、バーン、ヴェルザーの脅威も忘れて油断もしているだろう。恐ろしいのはメドローアやアバン流の剣であって鉄砲や大砲に頼る軍事力なら怖くはない」
ここは魔女宮殿の女帝の間。声の主は女帝サリーヌと参謀サイヴァであった。ヴェルザーとの戦いから長き歳月が経っているのに容姿の衰えは微塵もなく、二人は美しいままであった。そこに黒装束の男が入ってきた。
「サリーヌ様」
「地上の視察、ご苦労だった、ヘル」
「はっ」
「では調査内容を報告しなさい」
「はっ、私は各国の関係について調査してまいりました。ヴェルザーとの戦いから半世紀以上が経過し、各大陸には多くの国と町が誕生してきています。すでに賢王アバンの神通力も薄れ、今は小競り合いが国同士で乱発しているようです」
「具体的にはどんな理由で?」
「上げられるのは、やはり宗教。あとは領土への欲望。ロモスなどは名君レンドルの孫の王があまりに暗愚で革命が起き、ロモス王室は領民に皆殺しにされたとか」
「くっくくくく…。相変わらず人間は笑わせてくれるわね。それにしても宗教か。神様なんていやしないのに。あとアレに対する備えはまだ健在なのかい?」
「『黒のコア』に対する備えは、何とも滑稽なことにアバンの子、アルフレッド王の死後ほどなく解かれました。もう、あの爆弾を使う者はいないだろうと勝手に認識しているようです。まあその備えがあること自体、人間に不安を与えていたようですから、アバンの孫はその不安を人間から消すために『黒のコアに対する備え』を解くよう、世界に発布したのでしょうなあ。と言うわけで、もう備えが解かれてから数年ほど経過していますよ」
それを聞くとサリーヌは笑った。
「くっくくくく、人間が我らへの警戒を解いたと目安にするために、あえて人間に教えた『黒のコア』の接収だったけれども、こうも理解しやすい結果になるなんてね。人間はもう平和ボケしてしまっている。馬鹿な連中ね。あっはははははっ!」
サリーヌは天界を滅ぼす時に、黒のコアをすべて使い切ってしまった。
当然、他の魔族らはそれなら戦っても勝てると見込み、叛旗を翻したが、それはとんだ見込み違いであった。
サリーヌにとって、真の最終兵器は勇者ダイの遺伝子から接収した『竜闘気』。これであったと言っていい。しかも竜魔人のような異形の姿にならなくても、さながら無尽蔵のように撃ってくる。謀反を企てた一派はわずか半日で根こそぎ殺された。
魔界を統一して、力ある魔族の若者を食らい続けたサリーヌはほぼ無限とも言えるパワーの持ち主となっている。
もはや、女帝に刃向かうことの無意味さを痛感した魔族たちはサリーヌに屈した。そして同時にこうも思った。彼女ならば地上を手に出来るのではないかと。
地上にいる人間。さらにいえば動物も魚も魔族からすれば無上のご馳走である。あの女に付き従えばそれにありつけるかもしれない。強い者に味方するのは魔族の常。征服された魔族たちがサリーヌの尖兵になることを受け入れるにそう時間は要さなかった。
「サリーヌ様、そろそろ動く時期かと。もはや人間に強者はおりません。天界を滅ぼし、魔界を制圧した我らに残るターゲットは…!」
「分かっている、サイヴァ」
サリーヌは玉座から立ち上がった。
「地上から人間を一人残らず殺して、我ら魔族の楽園を作る!戦の支度だ。しかし最初の戦では人間の大半は残しておきな」
「は?」
「くっくくくく…」
サリーヌは嬉しそうな顔を浮かべて言った。
「いいかい?我々がモンスター兵を引き連れて地上に攻める。そして人間どもをほどほどに殺戮しまくる。だが特に何の領土も財貨も奪わない。奪い去るのは食い物だけでいい。その後に一兵残らず引き上げる。しかし、一つ二つ面白い話を置いていく」
サイヴァとヘルも主君サリーヌの言わんとすることが分かった。
「ふっふふふふ…。サリーヌ様もお人が悪いですね」
「人間同士で殺させようと?くっくくくく…。人間はサリーヌ様の手の平の上で踊らされているとも知らずに…哀れな…」
サリーヌの意図はまさに父ザボエラに匹敵する悪魔の発想だった。
「そうだね…。まず、モンスターや魔族が人間に変身して虎視眈々と人間を滅ぼそうとしていると全世界に広める。病気一つも魔族の仕業、天災さえもモンスターの仕業。しかもそれをやっているのは人間に変身した魔族とモンスターと流布させる。くくくくく…。ゾクゾクするね。するとどうするだろうね、人間は!」
「ふっふふふふ…。疑心暗鬼に陥り、殺しあいますね…。最高のショーではないですか!」
「だろう、ヘル?まったく玉座なんて座っていると悪いことばかり考えていけないね。あははははははっ!私は面倒くさがりやなんだ。三主神の視点で人間が自滅していく様を見物しようじゃないか。はっははははははっ!」
「貴様たちがそのショーを見られることはない…」
「なに?」
ヘルヴェルザーがその声に振り向いた瞬間、円月の軌跡がヘルの首を飛ばした。
切れた首の断面から不快な機械音を鳴らし、ヘルはそのまま倒れた。機械音が聞こえなくなった。ヘルはあっけなく絶命した。
「何者だ!」
サイヴァは身構えた。
「『俺が化け物なら、貴様らはケダモノだ…』覚えているか、この言葉?」
「な…ッ!?」
魔界の空に生じた稲妻、それは魔女宮殿の屋根を突き破り、サイヴァに落ちた。
「ぐああああッッ!」
サイヴァに魔界の雷が落ちてきた。その直撃を受けたサイヴァは黒コゲとなり倒れた。一瞬だった。
サリーヌが魔界を制覇した時、その両翼となって働いたサイヴァとヘルがまさに一瞬で倒された。バーンにとってミストとキルと匹敵するほどの両翼が信じられないほどにあっけなく。
「虚をつけば戦いなんてこんなものだ。まさか卑怯だなんて言わないだろうな」
「貴様…!?」
「そろそろ動くと思っていたよ」
「生きていたのか…!」
「ああ」
漆黒の鎧に、あの大刀を持つ武人がゆっくりと女帝の間に入ってきた。
「神のイヌが…!どうやってここまで!」
「俺にはさほど出入りが困難な場所とは思えなかったがな」
「勇者ダイ…ッ!」
「初対面…じゃないな。女帝サリーヌ」
「どうして生きている…。ドルオーラとメドローア二つの直撃を受けてどうして生きていられる!」
ダイは一つのペンダントを見せた。付けられているのは三角錐の小さなブローチ。その中心には宝石が詰まっていたような跡があった。つまり中の宝石を使った後と云うことになる。
「『命の石』…ッ!」
「そう、我が師アバンが一命を取り留めたアイテム。地上では『カールの守り』というがな。確かに俺はドルオーラとメドローアの直撃を食らい死ぬはずだった。しかし俺は忘れていた。ある少女からこいつをもらい、お守りにしていたのをな」
「……」
「そう、これはお前が俺にくれたものだ。どういうつもりで俺にこいつをくれたのかは知らないが皮肉な結果となったなサリーヌ。いや…」
命の石の抜け殻であるブローチを無造作に放るダイ。
「フィーダ!」
サリーヌは放られたブローチを見た。確かに自分が大昔に持っていたアイテムである。しかしダイに贈ったという記憶がない。だが今はそんな記憶をたどるゆとりなどない。
「まだ分からないことがある。ヴェルザーとの戦いから随分と経つ。人間にとっては悠久と言える歳月だ。なのに、どうしてお前は若い姿で生きている」
ダイはサリーヌの言うとおり、三十歳ほどの成人男性の容貌をしている。父バランを真似たのか口髭も生やし、威風堂々の武人と言える。
「『カールの守り』で、俺は一命を取り留めた。だが負傷は重かった。師と同様に海上で浮かんでいる時に目覚めたが、もはやかつての仲間たちと合わせる顔もない。そのまま海に沈んで死のうと思ったが、額の紋章が輝き、ルーラの光が俺をまとい、強制的にテランのドラゴン神殿に運ばれた」
「……」
「そこにはマザードラゴンの意思のようなものが残っていたのか、俺の死のうなんて願望は無視されて『竜水晶』の中に包まれて治療が行われた」
その治療中に思念でマザードラゴンはダイに言った。
『貴方の使命は終わっていません。どうして運命は貴方を生きながらえさせたか、それを考えなさい。まだなすべきことがあるからです。三主神の意思ではなく、この大地の森羅万象が貴方を生かせたと考えなさい。今の貴方が生きているのはかつて私が貴方に命を与えたからです。勝手に死ぬのは私に対する侮辱です。生きなさい。ダイ』
その時、ダイの脳裏には水色の髪をなびかす美しい女が見えた。その女はダイの負傷一つ一つに触れて、そして優しく微笑んだのである。その女こそ、ダイの母ソアラである。ダイは二人の母親に助けられた。
「人間と竜の騎士の混血である俺がどうしてお前たち魔族と同じ悠久の時を生きているのかは分からない。だが俺は一度バーンと戦い絶命した。それを蘇生させたのは父の願いと、そしてマザードラゴンの命そのもの。俺の生命はその時に混血児からドラゴンのものに変化したのかもしれんな」
「そうかい…。あともう一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「どうして私とフィーダが同一人物と知った?」
「お前は魔界と天界と目立ちすぎた。だから最初は竜の騎士として注意していたが途中で気づいたのさ、同じ匂いだということにな」
「匂いだと?」
「お前のその亜麻色の髪の香りだよ。初めての女の香り。お前は笑うだろうが俺は忘れなかった。それだけだ」
「ふん、お前にとっちゃ死んでいたと思っていた初めての女と劇的な再会というわけかい。お久しぶりですね、ダイ様…。なあんて言うと思ったかい?童貞野郎」
「女を教えてくれた礼と『命の石』をくれた報いで、せめて今まで生かしておいてやったんだ。感謝しろ、あばずれ」
「口の利き方に気をつけな!」
サリーヌのメラゾーマが炸裂した。ダイはそれを片手で受け止め、握りつぶした。
それとほぼ同時だった。首のないヘルの胴体がにわかに立ち上がり、背後から大鎌をダイに振り降ろした。
だがダイは刃先を指二本でつまんで止めた。まさに光速で振り下ろされた大鎌を何事もなかったように。そして背後に立つヘルの腹に強烈な肘撃を当てる。ヘルは吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
ダイは吹っ飛んだヘルに掴み取った鎌を放った。鎌はヘルに深々と突き刺さった。
首の断面から見える機械の光が不快な音と共に消えた。ダイの肘撃を受けた腹部は風穴が空いている。かつて彼の父バランもヘルと同じ型で作られたキルをたやすく一刀両断している。それを再現させるほどの、ダイの強さである。
ヘルは破壊され、そして腹心のサイヴァは仮面を残して黒コゲの状態。女帝の間はサリーヌ一人である。ダイはサリーヌを再び見た。
「驚いたよ、よもやザボエラの娘がこんな強大な存在になるなんて。地獄であの変態野郎も喜んでいるんじゃないか?…とまあポップでもいたらこう言うかな?」
「まだ私の体が忘れられないのだったら、特別にタダでやらせてやってもいいんだよ。フィーダの姿になってもいいんだけど?」
「下品な女だ…」
「はん、女に夢でも持っているのかい?歳くっても相変わらずお前は童貞野郎だ。言っておくがフィーダみたいな女はこの世にはいやしないんだ。美しい顔、整ったラインに大きい乳房、性格は優しく、男に尽くし、なおかつ安易にやらせる女…。そんな男に都合がいい女がいるかい?」
「ああ、あの時の自分はいかに目が見えなかったか、よく分かるよ」
「今は見えるとでも?」
「いや、相変わらずさ…。俺は女をお前しか知らない」
「そうだろうね、最初にあんな美味しい思いすれば、他の女の体なんか馬鹿らしいだろうから!あっはははは!」
「ふっ…」
ダイは真魔剛竜剣を抜いた。
「だからこそ、お前が野心を持たない限りは放っておいてやるつもりだった。だがお前が地上に使い魔二匹派遣して情報収集しているのを見て、そろそろかと思えば当たりだった。先生やポップ、その子が年老いて死ぬまで待った用心深さは褒めてやるが…」
剣の切っ先をサリーヌに向けるダイ。
「まだ俺がいる。竜の騎士の務めは地上に厄災をもたらす者を討つことだ。フィーダ、いや女帝サリーヌ、覚悟しろ!」
気丈に振舞ってはいるが、サリーヌは恐怖を感じていた。いかに竜闘気を身につけたとはいえ、本家のダイにそれが及ぶはずがない。ましてやダイには絶対的な必殺技までに進化させたアバン流刀殺法、そして電撃呪文もある。
ダイがここまでやってきたということは、すでに魔女宮殿にいる兵や他の将帥も倒されていることを示している。サイヴァもヘルもあっけなく倒してしまうほどのダイの力にサリーヌは魔界を統一してから初めて敵に対して恐れを抱いた。
「…人間はどうした?神の犬ころとして地上に厄災をもたらす害虫を滅ぼすのじゃなかったのか?」
「確かに神々は無学の俺に知識を与えてくれた。その意図はどうあれ個人的には感謝はしている。だがお前が神々を滅ぼさなければ、いずれ俺がやっていたことだろう。何度も言うが地上に厄災をもたらすものを討つのが俺の使命だ。お前がわざわざ手の込んだ偽りのエルフ村を作りフィーダとして俺の前に現れたのも、元々ルシファーが仕掛けた篭絡策と言うのも分かっている。状況があれば倒していたであろう者たちの命令など俺にはもう関係ない。それに己たちの存在を害虫とするか否かは人間が決めることだ。厄災をもたらし続け、ついには自滅するのか、それとも途中で気がつくのか。いずれにせよ、そんなことは人間が判断していくことだ。別に俺たちがどうこう言うことじゃないだろう。分からないのか。お前や俺に、もう出番はないんだよ。ポップや師アバンが愛した大地。それを蹂躙しようとする者は誰であろうと許さない」
サリーヌはフィーダに姿を変えた。
「ダイ様…」
「……」
「お懐かしゅうございます…。また私のところに戻ってきて下さったのですね」
「馬鹿な…。さっきお前が言ったばかりだろう。フィーダみたいな女は存在しないと」
「私はここにいます。また二人で仲良く暮らしましょう。ダイ様…!」
「そうか…」
「ダイ様…。分かっていただけたのですね?」
「ああ」
「あぐっ!」
ダイは何のためらいもなくフィーダの姿をしたサリーヌを斬った。
「見苦しいぞ…。仮にも女帝を名乗ったのなら潔く…」
フィーダはダイの足を掴んだ。
「ダ…イ…様…」
「!?」
フィーダはそのまま倒れた。
「…?馬鹿な…死に際までフィーダで…!?」
「二重人格というのをご存知か?」
サイヴァのつけていた仮面が何かに憑かれたかのように話し出した。
「な…?」
「心配はいりませんよ。私はもう死んでおり、地獄に行く前にこの仮面にとり憑き、貴方と話しているのです」
「二重人格だと!?どういうことだ!」
「サリーヌ様は少女期に父ザボエラと母アグリッサに疎まれ、家を飛び出しましたが、その直後に魔族の男たちに輪姦されました。それが彼女自身の力の覚醒の切っ掛けとなったわけですが、少女期のそういう体験は自分で意識していなくてもトラウマとして残るものです。その心の均衡を保つために一人の別の人格がサリーヌ様の中に生まれました。それがフィーダです。普段の彼女とはまったく正反対な、素直で優しい、まるで男の理想の少女のようなフィーダ。ヒムを騙した時のようなモシャスではありません、正真正銘一人のエルフです」
「なんだと…!」
「ルシファーの指示でサリーヌ様は貴方を篭絡するように命じられ、私はサリーヌ様の命令で貴方がどんな女性を好むのか調べたところ、驚くほどにもう一人の人格フィーダと似ていました。容貌を貴方の好む姿に変え、ルシファーが教えてくれた場所で負傷し倒れていた貴方を探し当てた時、サリーヌ様は完全を期すために貴方の好む女へと気持ちを変えた。サリーヌ様は自分で性格を切り替えたと思っておいでのようでしたが実は違う。本来の性格を眠らせた時、もう一つの人格であるフィーダが出てきました。つまりキルバーンの人形の爆発で重傷を負った貴方を看護し、夜を共にしたのは演技ではなく、フィーダの気持ちそのものでした。サリーヌ様の体に眠る、もう一人の人格が貴方を愛していたのです」
ダイはガクリと膝をついた。
「そんな…そんなことがあるのか…!」
「その後、私は手はずどおりに人間たちと徒党を組んで偽りのエルフの村に攻め入りました。その時に至るまでサリーヌ様はフィーダのままでおりました。しかし人間の男たちに追い詰められ、犯される直前にフィーダは眠り、サリーヌ様の人格が出てきて自分を襲う人間を殺しました。その後にサリーヌ様は衣服と性器を汚したあと自分を仮死状態にしたということです。貴方はそれを見てフィーダは人間に殺されたと認識し、復讐の竜魔人と化した。すべてサリーヌ様の計略どおりです」
「……」
「他の二重人格と少し異なるのは、本体であるサリーヌ様にフィーダであった時の記憶は半分ほど残るということです。ですからサリーヌ様自身、モシャスにおける自分のたくみな演技だったと思い込んでいるのです。しかし、そうではなかった。フィーダはサリーヌ様の中に確かに存在した美少女。貴方の命を救った『命の石』を与えたのも、フィーダが本心から貴方を愛せばこそ。与えた記憶はサリーヌ様の方にはなくてもです。さきほどにしても、サリーヌ様が貴方を騙そうとしたのではなく、モシャスと同時に無意識にフィーダの人格が出て本心から貴方に愛を伝えていました。それを貴方は今、その最愛の少女を自分で殺したのです」
「だまれ…!」
「臣下として、感謝しています。サリーヌ様は生まれてから一度も愛する男に抱かれた経験がなく、たとえサリーヌ様の思惑が貴方の遺伝子を接収することであっても、フィーダとなって愛する男に抱かれたのですから。二重人格と言いましてもフィーダが姿を見せたのは勇者ダイ、貴方にだけなのです」
「だまれ!」
ダイは真魔剛竜剣をサイヴァの仮面に投げた。悪魔神官の仮面は砕け散り、サイヴァの声も二度と聞こえなくなった。
「フィーダ…」
ダイはフィーダとして横たわるサリーヌの側に腰を下ろした。信じたくないサイヴァの言葉。フィーダとサリーヌは同一人物ではあるが、人格はまったくの別人。さっき出てきたフィーダがサイヴァの言うとおり完全な一個の人格であるのなら、彼は自分自身で最愛の女性を殺したことになる。
フィーダの顔に手を触れようとしたその時だった。カッとフィーダの目が開いた。フィーダの手がダイの顔を掴んだ。偽りのエルフの村で見た優しい少女の顔が魔女の形相に変わっていた。
「馬鹿が!武器を投げるなんてな!」
次回、最終回です。