突如サリーヌが起き上がり、ダイの顔面を右手で掴んだ。ものすごい力だった。
「ぐっ…」
「サイヴァがいらんこと言ったようだね。ああ、そうさ。私は二重人格。サイヴァは私が知らないと思っていたようだけれど、それは違う。自分のことだからね。自覚していたよ。貴様を愛しいと思うフィーダと言う人格は確かに私の中に存在する。だが女帝サリーヌにそんなことは関係ない。私がフィーダを通して貴様と寝たのは貴様のドラゴニックオーラが欲しかっただけだ!」
サリーヌの魔力がどんどん上がっていく。姿もフィーダの姿からサリーヌに戻っている。その形相たるや魔女。ダイの顔を掴むサリーヌの力はすさまじい。ダイの力を持っても振りほどけない。
「はああああっ!」
そしてサリーヌは力任せにダイを壁まで投げ飛ばした。
ダイは壁にめり込むほどに叩きつけられた。サリーヌの攻撃は止まらない。
「死ね!」
雷神の槌さながらの蹴りがダイの顔面を直撃した。
「ぐおっ…!」
「ふううう…」
そしてダイは見た。徐々にサリーヌの姿が変わっていくのを。
「おおおおおっっ!」
サリーヌの黒い翼が、二倍、三倍と大きくなっていく。身を包んでいた優雅な女帝の衣は破れ、一糸まとわぬ姿になった直後、皮膚はさながらドラゴンのように鱗に包まれ、髪の毛は金色に変わり、彼女の闘気になびいて天を突く。指先の爪はオリハルコンのような強度を有しながら鋭利な刃物と化し、乳房と下半身は、女性の象徴をガードするかのように真っ白な体毛に覆われた。そしてダイは見た。サリーヌの額。なんと今まで存在しなかった第三の瞳が現れた。
「馬鹿な…。その瞳…!」
「光栄に思うのだね…。私がこの姿になるのを見たのは貴様が最初だ…。そして最後になる」
「鬼眼王バーン…!貴様バーンとも!」
「ああ、そうだ。出来れば若いあいつの精をもらいたかったけれどね…。年を取っている姿のあいつからいただいた。望んだのはやつだ。しょせん男なんてどんなに威張っていても女の色香には敵わない。誘ったらすぐさ。お前が身命賭けて戦った男も底の知れた助平野郎ってことだ」
そして、異様な黒い翼。間違いなくサリーヌはヴェルザーからも精を接収している。
「ヴェルザーからもか…」
「そう、ヒュンケルの体になってから、すぐに私が拉致って来た人間の女たちをくれてやった。一度人間の男の体でセックスの快楽を覚えたら、アッサリそれに溺れていきやがった。それからだよ、アイツが人間の女を猿みたいに抱きだしたのは。私はその中の女の一人に化けて、あいつの精を取り込んだ。笑っちゃうだろう?ベンガーナを滅ぼしたのだって黒のコアの使用を危惧してじゃないんだ。ただの女狩りだよ」
「…最悪だな、男の体液から特技と呪文を得られるという能力を使い、挙句の果てになった姿がそれか」
「貴様に何が分かる」
「なに…?」
「この得た力一つ一つが私の体を切り売りした代価さ。人間の女だって時に身を売って、糧を得ているだろう」
「……」
「だから私は貴様を許さない。生まれた血や遺伝子だけで、何の労苦もなく力を手に入れた貴様がな!」
ダイの頭を鷲掴みするサリーヌ。
「あっさり死ぬんじゃないよ、ダイ様。私の体でさんざんいい思いをしたのだから、今度は私にいい思いをさせて死ね」
ダイは感じた。この女には部下も兵もいらない。単身で地上を廃墟にできると。桁違いのパワーである。
「はあっ!」
ダイは力任せにサリーヌに投げられた。女帝の間の壁に叩きつけられ、そのまま突き破り、魔女宮殿の外に放り出された。魔界の宙に舞うダイ。それを稲妻のように追撃するサリーヌ。ダイは体制を整え、右手を掲げた。すると真魔剛竜剣はダイの手に一瞬で戻った。サリーヌはかまわず突進する。
魔界の空で繰り広げられる最終決戦。地上の誰も知らないすさまじい一騎打ちが始まる。
女帝サリーヌが現れた!
「ギガブレイク!」
魔界の空に稲光が現れ、それが真魔剛竜剣に降りる。そしてその大刀は突進してくるサリーヌを振り下ろされる。
「遅い!」
サリーヌはダイのギガブレイクの間合いギリギリで止まり、両手を構えた。
「なっ…!」
「天地魔闘!」
真魔剛竜剣が振り下ろされる。だが
「フェニックスウイング!」
ギガブレイクは受け止められた。そして天地魔闘による怒涛の連続の反撃!
「カラミティエンド!」
漆黒の鎧がサリーヌの手刀に切り裂かれた。その手刀の威力はダイの肉体も切り裂く。かつてバーンに斬られた同じ場所から鮮血が吹き出た。
「ぐあッ!」
ダイが傷を押さえた、その刹那。天地魔闘、最後の『魔』の攻撃が繰り出された。バーンはカイザーフェニックスを使った。だがサリーヌは
「ダブルフェニックス!」
カイザーフェニックスを左右の手から同時に放った。
カイザーフェニックスの炎にダイは包まれた。地獄の業火がダイを襲う。ダイは業火に包まれる。サリーヌの攻撃はまだ終わらない。ダイの延髄にすさまじい蹴りが入った。木っ端のごとくダイは吹っ飛んだ。
「ぐああああッッ!」
攻撃は止まらない。吹っ飛ぶダイに黒い翼の爆風が襲い掛かり、もはや音速の勢いで吹っ飛ばされ魔界の大地に叩きつけられる。
「死ね!」
ダイが倒れた場所にサリーヌはイオナズンとベギラゴンを何発も放ち、
「最後に貴様からもらった技を馳走してやる!」
もはや、次の技を出す溜めがサリーヌには一切ない。強大な攻撃呪文を撃ち終えた直後に、サリーヌの両手はドラゴンの異形をしていた。
「ドルオーラ!」
サリーヌはこの攻撃で、魔女宮殿のあった魔界の大陸の半分を失ってしまった。
「ちっ、半分くらい削っちまったか。だが仕方ないわね。それなりの敵なんだから」
油断はない。サリーヌはダイが吹っ飛ばされた場所を見つめている。構えも解いていない。そのサリーヌの構えに呼応するがごとく、ダイはサリーヌ目がけて飛んだ。相手がダイでさえでなければ完全に勝負は決まっていたサリーヌの攻撃。だがダイはまだ戦う。ダメージはあるが竜闘気と呪文で防御をし、致命傷は受けていない。魔法力をまとい、一直線に飛んでくる。
「私が上で待ち、やつが下から迫る…。地の利、私にあり!」
サリーヌは体毛を抜き、一本一本を鋼の千本と変えた。そして一直線に飛んでくるダイの顔面に投げ撃った。研ぎ澄まされた鋭利な千本がダイの顔面に降り注ぐ。今の速度で千本を顔面に受けたら、それこそ蜂の巣である。だがダイは止まらない。
千本は顔面に刺さった。その次の瞬間、ダイの体はサリーヌの前から消えた。
「残像…ッッ!」
サリーヌの背後にダイは一瞬で回っていた。サリーヌの首を刎ねるべく真魔剛竜剣の横なぎ一閃!
「ぐああああっ!」
背後に回っていたダイ。その横なぎの一閃は空を斬った。その相手もまた残像を使った。
そしてダイの背中に突き刺さったもの。それは
「ヘルズクロー!?」
ダイの纏う鎧はポップに黒騎士といわれた当時のものと同じ漆黒の鎧。その防御力と鋼の筋肉とも言えるダイの肉体が貫通していた。ラーハルトも同じ技で深手を負わされたが、その時のヘルズクローは一本。しかし真の姿を現したサリーヌの右手にはハドラーと同じく三本の爪があった。
「ちっ、運のいいやつ。心臓を外したか。まあいい、このままカイザーフェニックスを食らわせてやる」
ヘルズクローからダイの体内に直接カイザーフェニックスを叩き込もうとするサリーヌ。だがヘルズクローから呪文に集中転換した、ほんの一秒にも満たない時間の隙をダイは見逃さなかった。サリーヌの腹に蹴りを入れた。ヘルズクローは抜かれた。急ぎ自分に回復魔法を唱えるダイ。三つの穴は塞がった。
「悪あがきを!」
「どうかな」
蹴りを入れて、わずかにサリーヌとダイの間合いが離れた瞬間だった。
上空に稲光が走った。ハッとサリーヌは気づいて空を見た。
「しまった!」
「ギガデイン!!」
「ちいいいいっ!マホカンタが間に合わない!」
反射してダイに返すことをやめて、サリーヌはギガデインの雷から身を退けた。素早さならばサリーヌも負けてはいない。何とか直撃は避けた。
息を切らし、忌々しそうにダイを見るサリーヌ。やはり強い、そう感じていた。そのダイもサリーヌを見ていた。
「ヘルズクロー…。まさかハドラーからも精を取ったというのか…」
「見れば分かるだろうが。まあ、あいつはバーンよりも単純だったね。あの男が超魔生物になってほどなく近づいた。やつは余命がいくばくもないことを知っていたのかもしれないね。まるでこの世に未練を残すまいと私を一晩中離さなかったよ。あっははははは!寂しかったんだろうねえ!どうせなら部下のクイーンとやればいいのにねえ!オリハルコンで出来た体じゃ女としての機能はないだろうから無理ないか!あはははははははは!」
「ハドラーを侮辱することは許さんぞ」
「ふん、かつての好敵手をコケにされると腹でも立つと?吐き気がしそうな武人の魂だ。バーンとヴェルザーは『地上を我が手に』ハドラーは『打倒アバンの使徒』くっくくくくく、ずいぶんご大層な野望なこと。笑わせるんじゃない、身の程を知れってんだ。しょせんあいつらは私の上で快楽に酔っていた馬鹿野郎たちだ。貴様も含めてな」
「哀れな女だ。逆を考えれば貴様もハドラーたちにそう思われていたのが分からないのか?簡単に抱けるお手軽な女だと。女としての貴様など女王アルビナスの百分の一の重みもない」
サリーヌの顔から笑みが消えた。
「…今の言葉、必ず後悔させてやる…。楽に死ねると思うなよ…。体中の骨を砕いて、最後は私の食事にしてやろうと思ったが気が変わった。快楽のうちに殺してなるか。痛みと言う痛みをこれでもかと味わわせてブッ殺す!それこそお前が早く殺してくれと言わんばかりにな!」
「…言わせたのは貴様だ…」
「だまれ!」
舌戦は終わり、再び力と力の激突が始まった。魔界の空中で剛剣と剛爪がぶつかり、稲妻のような蹴りや拳、手刀が衝突する。繰り出される呪文も高密度な大呪文のみ。まさに一つの技、一つの呪文ごとに魔界の大気は震えた。だが拮抗は徐々に崩れだした。
「はあはあ…」
サリーヌは肩で息をしだした。ダイもかなりの疲労とダメージであるがサリーヌほど呼吸を乱していない。
(おかしい…無限のスタミナを誇る私が…)
と、一瞬ダイから自分のスタミナに注意が移った瞬間だった。
ダイの拳がサリーヌの顔面に直撃した。
「あぐッ!」
サリーヌは吹っ飛び、ダイとの間合いが大きく開いた。そして突進する。剣の柄を逆手で握りなおし、アバン流刀殺法の構えをとった。そして放つ。
「アバンストラッシュ!」
「なめるな!人間ごときが編み出した技に私が遅れを取ると思っているのか!」
アバンストラッシュはダイの手により、さらに進化している。ダイの横なぎの一閃と共に魔界の空さえ切り裂かん半月の光刃がサリーヌを襲った。音速のごとく、サリーヌに襲うアバンストラッシュの光刃。その後ろにさらにダイは続き、剣を横一閃の構えにとる。
サリーヌは再び自分の体毛を抜き、鋼の千本としてダイに放った。今度は意思を持った千本となり、突進してくるダイに襲った。
「かああああっ!」
何とダイは気合の息吹一つで飛んでくる千本をすべて消滅させた。ダイは止まらない。攻撃呪文も矢継ぎ早に放つが、それでもダイは止まらない。
アバンストラッシュの光刃はうなりをあげて、サリーヌめがけて飛んできており、その後ろにもうダイはいる。
「ちいっ!」
サリーヌは辛うじて光刃を避けた。だがその避けた瞬間、それをダイは狙っていた。ダイは片手横一閃の構えから手を持ち替え、剣を両手に握った。
「しま…ッ!」
上段に構える刀身にはギガデインが落ちている。サリーヌはそれを防備すべく、再び『天地魔闘』の構えを執ろうとするが遅かった。
「ギガブレイク!」
「おのれェェッッ!」
サリーヌは袈裟懸けに切られて、地面に叩き落された。
「ぐうあああああっ!」
必殺技の数ならば、はるかにサリーヌの方が上であるが、それを使いこなす経験が圧倒的にダイより不足していた。他の者ならば身につけた強大な呪文と特技で圧倒することは容易であるが、ダイ相手ではそうもいかない。
「くそっ…!」
ダイはサリーヌの倒れる場に降りた。
「どうやら能力は奪えても、それに伴う技の熟練度まではコピー出来ないようだな」
「まだだ…っ!負けるか…っ!」
回復魔法を自分に使おうとするサリーヌ。
「忠告しておくが…」
「なに…?」
「回復魔法を使うのはやめておけ」
「ふざけるな…!すぐに回復して貴様を…ッッ!!??」
なんとサリーヌの全身の毛穴から血液が噴出した。
「なっ…!」
「だから言っただろう」
「な…ぜ…ッ!」
「お前の側近のサイヴァは『パワーアップに伴い、サリーヌ様の体にはその反動も副作用も生じない』と言ったようだが、それはその姿にならなければの話だ。そんな都合のいい体など竜と魔であろうと生物である以上ありえない。お前は俺を打倒するためにその姿になった。いわば一気に今まで得た力を開放したのさ。そのパワーアップの成れの果てが今のお前の姿だ。安易に能力が得られる貴様は肝心要の、その技を使いこなす肉体の修練を怠った。自分の究極である戦闘変化を行ったおかげで、今のお前はもはや破裂直前の風船のようなものだ。ギガブレイクの大ダメージを受けたその体にベホマなどかけたらどうなる。無理な回復に内臓は悲鳴をあげる。お前は今、自分にマホイミをかけたと同じだ」
「くそったれ…ッ!」
血の噴出と共に、サリーヌの全身に狂わんほどの激痛が襲った。
「うぎゃあああああああっっ!」
魔界の大地で、七転八倒するサリーヌ。もはやさきほどの姿は保てなくなり、元の姿に戻っている。眼球は一定を保てず、眼窟の中を上下左右に回転し、爪は手足の二十枚全てが剥がれだす。大小便を失禁し、脱水症状を起こして、嘔吐も繰り返し、しまいには血を吐いた。亜麻色の髪は白髪となり、もはや呼吸もままならない。燃える様な熱さと凍てつくような悪寒が交互に襲ってくる。
「ぐがああああああっっ!きぎゃあああああっっ!」
魔界に女帝の断末魔の叫びがこだまする。
「…意図はどうあれ、貴様は俺の知るだだ一人の女だ…。いま楽にしてやろう」
と、ダイがサリーヌに歩み寄った瞬間だった。
サリーヌはダイの顔を両手で掴んだ。
「ぐあああああっっ!」
「な…ッ!」
もはや、サリーヌの眼の焦点はあっていない。もはや体を動かせる状態でもないはず。だが彼女は動いた。彼女はもうこれしか考えていない。ダイを殺すのだと言うことだけを。そして両手から放たれる呪文は
「馬鹿な…!メガンテだと!」
もう話す力もないサリーヌは思念でダイに言った。
(…そうとも、貴様は言ったな。もう俺たちの出番はないと。ならば私と一緒に舞台から降りてもらう。一緒に死ね!)
いまだ、血の噴出は止まらない。だがサリーヌの最後の執念か、ダイの顔面を押さえる力はすさまじかった。振り払うことは出来ない。それどころか指がめり込んでくる。そしてサリーヌは一瞬の隙を衝いて、ダイの手にある真魔剛竜剣を蹴り飛ばした。
(なにが…お前をこれほどに…!)
(私はお前を許さない…。そう言ったろう!生まれついての血だけで強大な力を手に入れ、勇者などと呼ばれる貴様が!パワーアップの成れの果てだと?お前に言われる筋合いはない!安易に能力を得られるだと?安易だと!私がどんな思いで一つ一つの能力を体得したか分かるものか…ッ!愛してもいない男にこの身をくれてやる女の痛みを…ッ!悔しさを…ッ!情けなさを…ッ!そうしなければ、何も得られない自分への怒りを…ッッ!)
サリーヌの目には、脱水症状の水分とは違う何かが溢れている。
(自分自身が望んだことだろう!いらぬ支配欲を持ち、そのために貴様は力を貪欲に手に入れようとした。バーンからも、ヴェルザーからも、俺からも…っ!すべて貴様が望み選んだ結果だ!一人の魔族として生きて力を欲したとしても、自分で修行を積んで強くなれば良かったはずだ!やはりお前は安易に強くなろうとしたんだ!その選択をしなければ、貴様にそんな哀れな最期などなかったはずだ!違うか!)
(私の父は、あのザボエラ…ッ!魔界最大の恥知らずな男だ…っ!どんなに魔力と頭脳を持っていようとあの男は魔界でもっとも忌み嫌われていた男だった。バーンに仕えてもそれは変わらなかった。そんな私が今までどんな嘲笑を受けてきたと思う?貴様の親父のように敵味方にも認められ、畏怖され、敬意を受けるような男じゃない!最低のくされ外道だ!みんなそう言って私を笑った!馬鹿にした…ッ!私のことなど見やしない!ザボエラの娘と言うだけで私は嘲りを受けてきた…!だから滅ぼしてやろうと思った。父のザボエラを通じて私を笑う者…!魔界を、天界を、地上を!みんなブッ殺してやると!だから力を…!全てを滅ぼすほどの強大な力が欲しかった!何かおかしいか?貴様、それを笑うか、笑うか!)
ダイは否定出来なかった。考えは違えども、自分も地上を滅ぼすことを一度は思った。ベンガーナで白い眼で見られた時のように、誰も自分を認めない、ただ恐れるだけ。だから居場所がない。行くつく先はサリーヌと同じ『壊してやる』だった。
ダイは自分の頭を掴むサリーヌの腕から手を離し、静かに目を閉じた。あえて地に落ちている剣も再び取ろうとはしなかった。
(ふん…観念したか。それとも愛しいフィーダに同情でもしたか?どっちでもいい、どのみち貴様は私とここで死ぬ)
魔界の大地に立ち、奇妙な形で向かい合う男と女、ダイとサリーヌ。メガンテの魔法力は、まるで燃え尽きる前の炎のように、赤々と光を放つ。
(今まで嫌いな男とばかり寝てきた私…。なんてことはない、あの馬鹿な母親と私は同じじゃないか。だが、そんな馬鹿な女が最期に道連れにできる男が勇者ダイとは、中々乙な終焉じゃないか!あーはははははは!)
ダイは動かなかった。その気になれば、サリーヌを振り払うことが出来たかもしれない。だがダイはそれをしなかった。サリーヌほど力を有した者が放つメガンテ、いかにドラゴニックオーラで防御しようと無駄である。ダイは不思議と恐怖を感じなかった。
サリーヌの吐血、吹き出す血、脱水症状の水分がダイに降りかかる。だがダイは何故かそれが汚いと思わなかった。
(乙な終焉か…。ちがいない)
(やめて…)
(な…!?)
(サリーヌ、あなたも哀れな女性です。でももういいでしょう、楽になりましょう)
(ふ、ふざけるな!私に宿る寄生虫の分際で…私に説教たれる気か!)
さらに血の噴出が激しくなる。サリーヌの体は血の霧に包まれている。
(お前に何が分かる…!やるだけで能力が得られる、安いものと虚勢張ったけれど、本当は嫌で嫌でたまらなかったんだ!誰が好きこのんで、好きでもない男に抱かれるのを望むものか!強くなるために仕方ないと自分に言い聞かせても、ホントはヘドが出るほどに嫌だったんだ!お前は愛しいダイ様に抱かれてよかったろうさ。でも私にはそんな経験一度だってないんだ!好きな男に抱かれたことなんて一度もない!便所と同じさ!男の性欲処理のみだったよ!実の母親にアバズレのメス豚と言われた私の気持ちが分かるか!?お前なんかに私の何がわかるんだああッッ!)
(分かります…何故なら…)
(……)
(私は貴女でもあるのですから…)
サリーヌの指の力が一瞬ゆるんだ。でもダイはそれを振り払わなかった。
「ダ…イ…さま」
「フィーダ…!」
「今度生まれ来る時は…」
だがもうメガンテは止まらない。一瞬意識を失いフィーダが出たが再びサリーヌになった。思念ではなく、鬼気迫る形相でダイに叫んだ。
「これで最期だ!勇者ダイ!」
「フィーダッ!」
「メガンテ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここはランカークスの町。中央広場に向かう少年少女たちがいた。
「はい、みんな~こっちに来なさ~い」
引率の保母に連れられた子供たち。純粋な笑顔で保母に連れられて歩く子供たちを見て、広場を歩く人々も微笑んでいた。広場の真ん中に建てられている銅像の前に来た。
「はい、みんな、この銅像の人を知っているかな~?」
「はーい!大魔道士ポップ様でーす!」
「じゃあ隣にいる人は~?」
「はーい!勇者ダイ様でーす!」
「せいかーい!勇者ダイ様と大魔道士ポップ様は、みんながもう少しお兄ちゃん、お姉ちゃんになった歳のころ大魔王バーンと戦ったのよ~。倒したこともすごいけれども、そんなこわーい敵に立ち向かう勇気!私たちはこのことを、この偉大な勇者様たちからお勉強しましょうね!いいかな~?」
「「はーい!」」
「それじゃあ、ここでお弁当にしましょうね!」
「「やったー!」」
その様子を遠くから見て微笑んでいる一人の老人がいた。銅像の勇者ダイと同じく、右頬にバッテンの傷跡がある老人だった。
「先生、あのお爺ちゃん、こっち見ているよ~」
「あ!あのおじいちゃん、ダイ様と同じでホッペにバッテンの傷跡があるよ~」
「え?」
保母はその『バッテンの傷跡』が気になって老人を見た。老人は静かに微笑み、保母にペコリと頭を下げて、その場から立ち去った。
「どーしたの~?フィーダ先生」
「え?いえなんでも…」
地上の人々は平和だった。王国間ではたまに小競り合いもあるが、一町民、市民には特に関係のないことであった。人々はこの世からすでに神がいないことは知らない。だが世界は各国統治のもと平和だった。それがいつまで続くかは分からない。だが、それは勇者ダイが言ったとおり人間が判断し決めていくことである。
ランカークスの町にいた老人は駅馬車に乗り、ソアラに向かった。あの大魔道士ポップが作ったというソアラ・カンパニーを見に。老人の正体は誰も知らないが、彼はカール、パプニカといった、かつて勇者ダイの仲間たちのいた場所を見て歩き、最後はデルムリン島にたどり着き、友となったモンスターたちと晴耕雨読の日々を送った。だがとうとう最期の時が来た。
その臨終の時に彼が見た夢、それは亜麻色の髪も美しい愛妻とかわいい子供たちに囲まれ、かつて冒険を共にした仲間たちと平和を喜ぶように酒をくみかわし、時が経ち、老人となり、自分の栄光は世の中から忘れ去られ、家の庭でひなたぼっこをしているうちに老衰で死んでいく、そんな夢だった。
平凡な、ごく当たり前にありそうな夢だった。彼が望んだ人生はそれだったのだろう。彼は死の直前、こんな空耳が聞こえた。かつて共に命を賭けて巨悪に挑んだ相棒の声だった。
『こんど生まれてくる時は…そんな人生がいいな…。ダイ』
「ああ、ポップ…」
幼い頃、生まれ育ったデルムリン島、勇者ダイはここで友達となったモンスターたちに看取られ、静かに眠りについた。朋友ポップと同じく、それは満ち足りた笑顔であった。
どうも、越路遼介です。このお話は私が当時運営していたホームページ『ねこきゅう』にて連載していた小説です。1年間かけた連載小説でして、2005年の3月に連載終了をしたので、およそ20年前の作品です。
一度ハーメルンに投稿しましたが諸事情がありまして削除したものの、元読者さんの要望を聴き思い切って再投稿いたしました。
今回は無事に最終回まで投稿出来て良かったです。私もネット小説を書いて長いのですが二次創作とオリジナル共に全作品を完結させていることが物書きとして唯一の自慢なのです。このお話を気に入ってくれたなら私の他作品も読んでもらえたら嬉しいなと思います。二次創作はすべてここハーメルンに。オリジナルは『アルファポリス』と『小説家になろう』に越路遼介の名で投稿しています。