ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第七話 ポップの決意

ベンガーナにてレオナへ暴言を吐いた数日後、ポップは一日の仕事を終えて、久しぶりにまっすぐ屋敷に帰った。

「ただいま~」

「パパ~おかえり~」

ドアを開けると娘のダイアがポップに走り寄った。それを抱き上げるポップ。

「おう、ただいま!あはは!」

その後ろからゆっくりとメルルが歩いてきた。ニコリと笑いポップの手荷物を受け取った。

「お帰りなさい、あなた」

「ただいま、メルル、食事にしよう」

「はい、すぐ用意いたします。それから…」

「ん?なんだ?」

「お食事のあと、お話があります」

嫌な予感がするポップは

「い、いや、反省しているんだ。先日は酔っぱらって姫さんに暴言吐くわで本当に反省している。テランに帰るなんて言わないでくれよ。だから今日は港の事務所から真っすぐ帰ってきただろ?」

「ち、違います。そんな話じゃないので安心して下さい」

「そ、そうか。とにかく食事にしよう。あ、その後ダイアを風呂に入れるからその後じゃ駄目かな?」

 

帰りに遊びで寄り道するにしても、また真っ直ぐに帰宅しても、いずれにせよ一つの組織の長であるポップの帰宅は遅い方である。この日は久しぶりに夕食時に帰ってきたので、食事は父のジャンクと母のスティーヌも一緒に、賑やかなものとなった。

しかし、メルルは少し落ち着かない様子で義両親やポップと話していた。ポップもそんなメルルの態度が気になった。

 

食事後、愛娘との入浴を済ませたあと、ポップとメルルは夫婦の部屋のソファーに座った。

「で、話とは?」

メルルは黙って、レオナから預かった手紙を渡した。

「先生の手紙…姫さん宛じゃないか」

「女王から直々に渡されたものです。あなたに見せるようにと」

「姫さんから渡された…。じゃあパプニカに行ったのか?」

「はい、先日のあなたの無礼をお詫びに…」

「よ…」

『余計なことを』と思わず口走りそうになったがポップはやめた。静かに自分を見つめるメルルの目、レオナへの謝罪が本題では無いことを示している。

「そうか、ありがとう…。姫さん何だって?」

「それについては後でお話します。まずは手紙に目を通してください」

レオナ宛と言っても師アバンの手紙である。ポップは手紙に一礼をして、静かに広げた。そして文面に読んでいくうち、どんどん顔がこわばっていった。

 

「…マァムの舞台が襲われただと!」

その手紙はアバンがマァムの報告を聞いて書いたものである。ヴェルザーの名前を記したのはレオナ宛の手紙だけであるが、他国にも『バーンに変わる新たな脅威が世界を襲うかもしれません。無駄になるのを願いつつも、カールは軍備の増強をいたします』と公式文書を送った。軍備増強の理由と他国にも警戒をするようにと言う意味合いも込められていた。手紙を読んだレオナは事の重大性を思いポップにも知らせることを決めたのだ。無論、アバンも了承している。

 

(そして、その赤い鎧の騎士は言った『ヴェルザー』と)

手紙を握るポップの手が震える。

「ヴェルザーだと…!」

かつてポップはバーンパレスでバーンとヴェルザーの会話を聞いている。そしてその時、バーンの瞳に閉じ込められていたアバンとレオナもそれは聞いている。この地上の支配を絶対にあきらめていないというヴェルザーの意思をピロロ、いやキルバーンからも聞いている。

 

「ヴェルザーの封印が解けたと云うのか…」

竜の騎士バランによって倒されたあと天界の精霊たちに封印されたというのもヴェルザーとバーンの会話から知っている。岩となって古の祠に鎮座されている状態だとか。それが解けてしまったのか。背筋に寒さを感じたポップ

「あなた…」

「すまないが…一人にしてくれないか」

「…はい」

メルルは部屋を出て行った。テーブルに置いたアバンの手紙を見つめる。ポップは考えた。

(…ヴェルザーも地上を侵攻となると相応の兵力をもってのこととなるだろう。ハドラーとバーンの地上侵攻失敗を反面教師とし、完璧な作戦を立てて侵攻してくるに違いない…。いや、バーンと魔界の勢力争いをしていたほどの竜、単体でも手に負えるか。どうする…どうする…!)

良策などは浮かばない。ポップはテーブルを叩いた。アバンの手紙が床に落ちた。それを拾うポップ。ため息しか出なかった。

 

しばらくしてメルルは部屋に戻ってきた。

「どういたしますか?あなた…」

「どうもこうもない。バーンとの戦いから何年経っている。俺を含めて、みんな戦いを忘れている。どうしろと言うんだ」

「……」

「俺は…動かない…」

「あなた…」

「俺には家族がいる。カンパニーの社員とその家族たちに対しての責任もある。死ぬわけにはいかない」

「ちょっと待ってください!もし本当にヴェルザーの侵攻が始まってしまい、何ら抵抗もしなかったらカンパニーもろとも世界は終わりです!」

ダイが行方不明であるのなら、アバンやレオナ、そして他の仲間たちもポップを頼りとするはずである。最後まで勇者ダイと共にバーンを前に両の足で立っていたのはポップだけなのだから。だが彼は動こうとしない。

「君の言うとおりかもしれない…。でもな、メルル…俺は正直怖いんだ。再び戦場に戻ることが…」

「……」

「バーンとの戦い…俺はダイがいるからこそ戦えた…。単純にダイの強さに頼っていたわけじゃない。俺はダイが大好きだ。そしてダイと同じ目標を持って歩いていることが誇りだった…。だから俺は巨悪に挑めた。バランに対してメガンテをぶっ放せる覚悟だって決められた。だがダイはもういない…」

 

(ダイくんがいなければ戦えないのですか)と云う言葉をメルルは呑みこんだ。絶対に言ってはいけない言葉である。むしろ、この言葉が脳裏に浮かんだことをメルルは恥じた。

戦いにおいて士気と云うものは不可欠。ポップにとって、その士気の源は親友のダイだった。彼と一緒にいたからこそ、ポップが勇気を出せた場面は幾度もあった。

世界の誰もが、軽はずみに一人では何もできないのかとポップに言う資格は無い。その二人の鉄の絆があったればこそ、こうして今、世界は平和なのであるのだから。

まして敵はバーンと同等の脅威であろうヴェルザー。相棒がいない今、ポップが戦場に出るのを拒むのを誰が責められるだろうか。

 

会話が途切れ、二人の間に長い沈黙が流れる。やがてメルルが話し出した。先日のレオナの言葉を伝えたのである。すべて聞き終えるとポップは苦笑した。

「動かなければソアラ・カンパニーと決裂か。こっちの都合も考えないでいい気なものだ」

「あなた…」

「君に嘘をつかせる形となりすまないが、俺はこの手紙の内容に応えることで先日の暴言を姫さんに詫びることはできない。俺は戦わない。いや…戦えない」

 

「…あともう一つあります…」

「ん…?」

これから、夫が驚愕することを言わなくてはならない。メルルはテーブルの上においてあった水差しからコップに水を入れて一気に飲み干した。

「落ち着いて聴いて下さい」

「なんだよ、もったいぶって」

一呼吸置いてメルルは言った。

 

「ダイくんの剣の柄にある宝珠の光が消えていました」

ポップはメルルの顔を見たまま唖然としていた。

「な…なんて言った…?今…?」

「…ダイくんの剣の柄にある宝珠の光が消えていました」

あの剣の宝珠の光が消えたということはダイの身に何かあったということ。

勇者ダイの命の光とも言えた。それが消えたということは…。

「嘘をつくな!」

ソファーから立ち上がりポップは怒鳴る。絶対に信じたくないメルルの言葉だった。

「本当です!私がこの目で見ました!かつてあった輝きが…もう微塵も…!」

ポップは全身の力が抜けたように床に崩れ落ちた。膝をつき、焦点の定まらない目を天井に泳がせている。目には溢れんばかりの涙を浮かべて。

「嘘だと言ってくれ…」

「あなた…」

メルルは再び部屋を出た。一人で泣かせてあげたかった。ドアを閉めるとポップの泣き声がメルルの耳に響いた。

 

数分くらい経ち、メルルは部屋に入った。ポップはソファーに座り、ただ茫然としていた。テーブルに置いてあったワイン一本が飲み干されていた。無念のあまり、一気に飲み干したのだろう。メルルが再び部屋に入ってきたのに、それを見ようともせず、うつむいていた。

「あなた…」

「そうか、宝珠の光が消えていたか…。姫さんが俺の言葉に激怒するのは当たり前だ。知らぬこととは言え許される言葉じゃなかったな…」

「……」

「もう…どうでもよくなった…」

「え?」

「どう戦えるって言うんだ…。バーンさえ一目置いたヴェルザーだぞ…」

「あなた…」

「ましてや…もうダイはいない…!」

「…訊ねてもいいですか?」

「ん?」

「ダイくんとあなたが必死に勝ち取った今の平和…。それをヴェルザーに蹂躙されてもあなたは何とも思わないのですか?」

いつもの従順なメルルの瞳ではなかった。厳しい瞳でポップを見つめていた。

「世界がヴェルザーの手により滅べば…私たちの愛する娘ダイアだって死んでしまうのですよ。あなたがあの子に『ダイ』の名を入れたのは、ダイくんのように元気に、そして強い子となってもらいたいと言う願いから。でもヴェルザーに世界が滅ぼされてしまったら、私たちはあの子の笑顔も、元気な声も、強い子に育ったのも見ることも聞くこともできないのです」

「出て行ってくれ…」

「嫌です!」

メルルは拳を握り締め、瞳には涙を浮かべて夫に訴えていた。

「確かにヴェルザーは強いのでしょう。でも…だからと言って世界の滅亡を指くわえて見ているのですか?誰かが何とかしてくれるのを待つ、それはもっともあなたが軽蔑していた人間のはず。あなたはそれになろうとしているのです!それが勇者ダイの仲間、大魔導士ポップの姿なのですか!」

「俺に戦いに出て死ねと云うのか、メルル!!」

「違います!私はあなたに後悔してほしくないのです!国王という立場上、アバン様、フローラ様、レオナ様はヴェルザーに立ち向かわざるをえません。もし、あなたが、私たちが戦わずに、カールとパプニカが滅び、みんな死んでしまったら私たちは何の面目あって生きていられますか!どう許しを請うつもりですか!アバン様たちが勝ったとしても、私たちは一生アバン様やレオナ様に顔向けできません!」

「メルル…」

「あなたは仲間を置いて逃げてしまう、かつての自分を恥じていました。もう一度、それに戻ってしまうのですか?世界の平和のためなんかじゃなくてもいい!ダイアのため、そして自分自身の誇りのため!この困難に立ち向かって下さい!私も戦います!死ぬ時は一緒です!」

かつてテランにおいて『あなたのこと嫌いになりました』以来の、メルルの怒った声だった。真っすぐにポップを見つめるメルル。その視線を逸らしポップは微笑を浮かべた。

「…ダイアのため…か…」

「私たちの愛するダイアのために。あの子の未来のために…そして、あなたは一人ではありません。アバン様も、レオナ様も、マァムさんも、ヒュンケルさんも、カンパニーのみんなも、そして…」

「メルルも…」

妻の顔を見つめ、ポップはニコリと笑った。

「はい、共にあります」

「分かった。戦おう…!」

「あなた…!」

「ダイアと…そしてメルルのために俺はもう一度大魔道士となる。一緒にヴェルザーと戦おう、メルル」

「はい!」

 

メルルを抱きしめて、ポップは決意を妻に言った。カンパニーが大きくなるにつれて、日々感じた孤独感。そして今日知ったダイの死と言ってもいい知らせ。ダイの帰還が無くなった事実は悲しいことであった。だが感じていた孤独感はどんどんポップの心から消えていくようだった。

『あなたは一人ではない』。

メルルの言葉が嬉しかった。孤独なんかじゃなかったのだ。こんなにも自分を想ってくれている妻がいるのである。

「死ぬ時は…一緒です…」

ポップの胸の中で、メルルはもう一度誓いの言葉を言った。

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