家賃2万円のボロアパートの中は熱い。冷房がないからだ。
なにもないフローリングの床に置かれたミカン箱の机の前で一人の少女が四苦八苦していた。
ピンク色の髪を顔の左右で束ねた色白の整った顔立ちをしている。彼女はミカン箱の上にあるノートパソコンを立ち上げて首をかしげている。その頭には大きな二本の角があった。それは飾りなどではなく、本当に彼女から生えているものだった。
彼女の名はアウラ。魔王直属の幹部「七崩賢」の一人であり500年以上生きた大魔族である。そしてこのボロアパートの部屋の主であった。
「ネットってものにつながらないじゃない……」
格安で買ったノートパソコンと「ルーター」なる黒い箱をつなげてみたがネットというものにつながらない。デスクトップのグールル・クロームンをダブルクリックしてもつながらないことを謝罪されるページが開くばかりだ。謝られすぎてアウラは腹が立ってきた。
――アウラはある日この世界で目を覚ました。
前の記憶がぼんやりしているがなんだかとても嫌な目に遭った気がする。たまに首筋にひんやりした感覚を覚えて涙を出しそうになる。何でなのかは記憶がない。
この世界には魔法がないということが分かった。そこで彼女は魔族らしい合理性をもって人間の社会に入り込んでいくことなるが、最初にもらったティッシュ配りのバイトで「誰ももらってくれないじゃない」などと弱音を吐いた。
住み込みなどいろいろとやったがなんとかこの保証人なしのアパートに入居して今に至る。マイナンバーカードを求められたときは何かの魔法かと彼女は勘違いした。
しかし流石に通信手段がないということが不便らしくバイト先の上司に何か用意するように言われた。携帯電話などは身分証明がないと買えないのでネットにつなげるためにリサイクルで型落ちのPCとルーターを買って今に至る。
こんこんとドアをノックする音がした。
「ひっ」
アウラは情けない声をだした。
「あけろこのやろー」
外からかわいらしい声音の物騒な言葉が聞こえる。アウラは恐る恐る出てみれば、そこにはゴスロリの愛らしい服装をした少女が立っている。ピンクのツインテールで大きな瞳をしていた。リーニエそっくりであるが頭に角はない。
この世界にはアウラの元居た世界のそっくりな人間がいる。この前は元々の人物と親しいわけではないがソリテールそっくりの奴がデパートでミニ四駆なるおもちゃを子供とやっていた。声とかはかけなかった。そのため最も恐れているのはフリーレンのそっくりさんに出会うということだ。
リーニエそっくりの少女はアウラに言う。ちなみに女子高生らしい。
「家賃」
「す、少し待ってほしいんだけど」
「いつもまってるだろー。ふざけんなよー」
無表情で柄が悪い。昔の部下と同じ顔なので扱いづらい。このアパートのオーナーの一族なのでさらにたちが悪い。3重に相性の悪い彼女に対してアウラはなんとか話をずらした。
「今、ネットを設定しているのだけど。あなたわかる?」
「……?」
そうしてリーニエと一緒に部屋に戻る。立ち上がったパソコンはマド7 というOSだった。リーニエはPCのキーボードをカタカタしてから振り向いた。
「わからない」
「なんで触ったのよ」
しかし、どうすればいいのだろうか。おそらくネットにつなげるには黒い箱である「ルーター」をなんとかする必要がない。中古品で買ったため説明書はない。そしてこのネット社会においてアウラはネットにつながる方法を持たない。
優秀な魔族と言っても流石に知らないことは知らない。魔力を隠す巧妙さを見抜けなくて――アウラはなぜか涙が出てきた。
「ど、どーした」
リーニエがおろおろし始めた。あくまでそっくりさんの彼女は魔族ほど冷たくはない。
「あり得ない、この私が」
「パソコンの設定がそんなに悔しい? 元気出して」
ずれた励ましをするリーニエと忘却しているはずの記憶から攻撃を受けるアウラ。しかしネットにはつながらない。
「そうだとなりに住んでいるじじいに聞こう」
リーニエはそういうとアウラを連れて外に出た。2階建てのアパートは入り口がすべてのむき出しである。錆びた階段はそのまま下の階から出口になっている。リーニエはどんどんと隣の部屋を叩いた。
「おいじじい。開けろ」
しばらくして中から老人ができてた。優しげな顔で頭の禿げた老人だった。彼はリーニエを見るや言った。
「もうおぬしに教えることはない」
アウラは不安だった。ボケているのではないだろうかと一瞬で思った。隣の住んでるこの老人は会うたびにアウラに免許皆伝みたいなことを言ってくる。無視しているがなんでこいつにものを聞かないといけないのだろう思う。
「じじい、ネットのつなぎ方を教えて」
リーニエが聞くと老人は言った。
「武の道に果てはない……」
その言葉を無視してリーニエは家の中に上がり込んでいく。アウラがひょいと中を見るとテレビや調度品がちゃんとあり。ソファーまである。アウラは自分の家を思い出して下唇をかんだ。
中ではリーニエが老人のものだろうパソコンとルーターを見ていた。かたかたと触っている。
「よし分かった」
それだけ言うと彼女は外に出てアウラの家に戻っていく。
「ちょっと何が分かったの?」
「私は昔から見たことならちゃんとできるんだよね」
そういうとリーニエはミカン箱の上のパソコンとルーターをLANケーブルで繋ぎ。さらにルーターの設定画面をパソコンから開いた。さらにアパート備え付けのケーブルテレビの設置したネット回線用のモジュールにつなげる。ちなみにケーブル類はじじいの部屋から持ってきた。
「よくぞここまで。もうおぬしに教えることはない」
勝手に上がり込んだ老人がリーニエの傍で何か言っている。
リーニエは完全に無視してパソコンを叩いている。しばらくして彼女は振り返った。
「……? つながらない」
「貸してみなさいよ」
アウラが触ってもやはりつながらない。なぜだろうと二人の少女は首を同じタイミングでかしげる。中古のPCのため動作がもっさりしているがアウラからすれば比較対象がないのでよくわからない。買った時メモリは2GBと書いてあった。とにかく安かった。
何をしてもつながらない。ルーターの設定は終わっているとリーニエは言っている。
「あとは祈りじゃな」
老人がいらないことをいったがアウラは真に受けた。
この世界とアウラの世界では文化が違う。アウラの世界では僧侶が様々な祈りをもって多くのことを為した。かつて世界を救った勇者ヒンメルの同行者ハイターなども僧侶だ。
文化の摩擦とでもいえばいいのだろうか。悲劇の根源はそれだった。
「なるほどやってみようじゃない」
魔族とは合理的存在だ。アウラは見様見真似だがルーターに祈りをささげた。もちろん人間の文化の見よう見まねである。
リーニエはそれを見下しながら「なにやってんだ」と冷ややかに呟いている。しかし、老人は満足げに「もう教えることはない」と何度目かの言葉を吐いて部屋から出ていった。
祈りをささげるアウラをしり目にリーニエがルーターの電源を再起動する。そうするとしばらくしてPCとネットが繋がった。リーニエがグールル・クロームンのアイコンをダブルクリックするとようこそとネットに歓迎するような文字が出てきた。
その時にアウラは眼を開けた。目の前にはネットにつながったPCがある。
ぱあぁと微笑む彼女。そして舞台は第二ラウンドのメール設定に移っていくのであった――
第二話予告
アウラ、餅をこねろ
公民館で餅つきを手伝うことになったアウラ。杵をもつリーニエという恐ろしい状況で餅をこねる仕事を任される。
一方見物にやってきたスイスからの留学生フリーレンのそっくりさんが現れる。
アウラは生き残ることができるのか。