アウラ、ルーターに祈れ   作:ほりぃー

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アウラ、ママチャリに乗れ

 

 ぴっぴー

 

 口にくわえた笛を吹きながらアウラは交通整理をしていた。路上で何時間も立って無限にやってくる車を誘導する仕事である。かなり地味な仕事だが社会にはなくてはならない仕事ともいえる、しかし残念ながら高貴な魔族は死にそうな顔をしていた。

 

「…………」

 

 ぴっぴー。

 

 工事現場の前で手に持った誘導棒を振りながらアウラは今にも倒れそうな顔で交通整理を続けていた。時間は昼。純粋に暑いし、単調すぎて疲労を感じやすい。しかし彼女のような身元不明な魔族には仕事を選ぶ権利はない。

 

 通り過ぎていく車を見ながらアウラは考えている。馬で引くわけもなく動く金属の塊はおそらく魔力とは別の動力があるのだろう。そこは腐っても聡明な魔族である。仕組みの詳しい部分は分からずともなんとなくの理解は的を得ていた。

 

 だが、買う金はない。

 

 アウラは最近移動手段が徒歩しかないことを考えていた。車とは言わずに何か楽に移動する手段はないだろうかと思う。墓場に行って死体を操り担がせるかとも考えたがよくよく考えたら魔法を使えないので無理である。

 

 そのアウラの前をシャーと自転車が通った。ツインテールのピンクの髪をした女の子が細いフレームの自転車乗っている。彼女は一度きゅっと止まりアウラを見た。リーニエのそっくりなあの子だった。彼女はクロスバイクに跨っている。学校の帰りだろうか鞄が背中にあった。

 

「……」

「なによ」

 

 アウラはじっと見てくるリーニエに聞いたが彼女は何も言わずに鞄からスポーツドリンクのペットボトルを出すと哀れな魔族にお恵みをした。

 

「ん」

「…………」

 

 かつての部下にそっくな女の子に憐れみをかけられてアウラは泣きそうになったが、精いっぱい強がった。

 

「ふ、ふん。あ、ありがとう」

 

 もらったスポーツドリンクをごきゅごきゅと飲んだ。買ったばかりなのだろうかキンキンに冷えたそれはアウラの体に染み渡った。熱く火照った体に久しぶりの冷えた飲み物。ほのかに甘いスポーツドリンクは前の世界にもなかった美味である。

 

 その時アウラはふと思った。リーニエのように自転車を買えばどうだろうか。結構楽になるかもしれない。そう思った。

 

 善は急げという。

 

 

 アウラは退勤してからすぐに行きつけにリサイクルショップに顔を出した。リサイクルショップには様々なものがあるが興味のないものは視界に入らない。しかし、今日の彼女には店の外に並んでいる自転車達はしっかり認識できた。

 

「……た、高いわね」

 

 リーニエの乗っていたクロスバイクはほとんどない。いわゆるママチャリと言われる通常の自転車が多く並んでいた。ところどころ錆が見えたりするのはあくまで中古品だからだろう。彼女はそれらを見て「5800円!」と書かれた比較的状態のよさそうなシルバーの自転車を見つけた。

 

 アウラはポケットから安物の財布を取り出してべりべりとマジックテープをはがして中を見る。これもリサイクルショップで買ったものだ。なんと今日は一万円札がある。

 

「寿司」

 

 アウラは無意識に口走った。ここ最近コンビニ弁当ばかり食べているので何かいいものを食べたい欲はある。移動手段が欲しいのも事実であった。アウラは一万円を指でつまんで取り出す。

 

「う、うう」

 

 そこに書かれたのは人間の英雄か何かの肖像だろう。誰かは全く知らないがアウラの一番好きな男性は一万円札に書かれた男かもしれない。彼女は意を決して店員を呼んだ。

 

「これください」

 

 ☆

 

「ありえない……この私が」

 

 アパート横の公園で練習をしているアウラ。

 

 自転車というものは意外と難しいということが分かった。二つのタイヤで立つことはかなり不安定であり彼女は自転車とともに倒れてしまった。地を這う屈辱に身を震わせながら、子供たちが「あれなにやってんの~」と言っている声が聞こえる。

 

「何やってんだ」

 

 リーニエもアパートの横に住んでいる。見かけたからだろう外に出てきた。学校指定のジャージを着ていた。

 

 アウラは立ち上がる。

 

「自転車の練習をしているんじゃない」

「自転車……?」

 

 リーニエはこの没落した魔族を憐れみの目で見た。顔には自転車にも乗れないのかとか書いてあった。しかし彼女には流石にこの目の前の魔族がかつては強力な魔法を駆使して人類を脅かす存在などとは思いもよらない。いつもコンビニ弁当を買ってきて低スペックPCを触っている頭に角の飾り物をつけた変人として見ている。

 

 それはあるいは事実を羅列しているだけだが、リーニエはだからこそ自転車の練習を手伝いくらいしてやろうと思った。

 

 荷台に手でつかみアウラが乗ることを補助する。

 

「ママチャリで練習するの難しいな……うわっ」

 

 リーニエは呟いたがアウラがペダルを踏むと意外と前進してしまう。それに追いつくためにリーニエも走るが、子供用の自転車とは違い支えているのが難しい。

 

「補助輪でもあればいいのに」

「補助輪……? そんなのがあるのかしら。つけてみようかしら」

「まじかおまえ」

 

 アウラは賢い「補助輪」という言葉から乗ることを補助するためのものと認識した。まさか小学生低学年程度が使うものとは思わない。リーニエは本心から「まじか」といった。冗談で言ったつもりだったのだ。

 

 そんなことだからリーニエは手を放してしまった。

 

「あっ」

 

 アウラはふらふらと前進して横に無駄な抵抗をしてドリフトしながら地面に倒れる。こんな難しいものを人間たちは使っていたのかと思った。

 

 その時であった。

 

 公園の入り口に一人の少女が佇んでいる。

 

 エメラルドグリーンの艶やで長い髪。穏やかな表情。白いワンピースの上から穏やかな赤の上着。おしとやかさを感じさせる彼女を見てアウラは戦慄した。

 

 ソリテール、にそっくりな女性が立って笑っている。

 

「大丈夫?」

「え、ええ」

 

 近づいてきたソリテールは優しい声音でアウラに手を差し伸べた。その手を取ったアウラ。ソリテールはにこっと微笑んだ。

 

(警戒のし過ぎか……魔族ではなく人間のそっくりさんなのだから)

 

「自転車の練習ならいい方法があるわ」

「へえ」

 

 ソリテールの声音はあくまで優しい。獲物を引きずり込むために伸ばした手は丁寧なものだ。

 

「ええ、もう大丈夫。怖くないよ。お姉さんと一緒に練習しようよ」

 

 こいついくつだ? とアウラは思ったが、楽な方法があるならそれに越したことはない。付いていくことにした。リーニエを見ると無言で固まっている。なぜか気になるが、その前にソリテールが言った。

 

「あ、ちゃんと自己紹介しないとね。私は――」

 

 その時一陣の風がふいて聞き取れなかった。アウラは自分も名乗った。ソリテールはアウラの手を掴んで引いていく。リーニエはやばいにおいをかぎ取っていたが言わなかった。

 

 

 アウラは戦慄していた。

 

 のこのこついていった先は長い坂の上だった。

 

「面白いでしょ?」

 

 ソリテールが笑顔で言っているのをアウラは心中で「何が!?」と思った。彼女は自転車にまたがったまま固まっている。閑静な住宅街を登っていくとここに来た。ソリテールは自転車の荷台をぐいぐいと押してくる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

「練習ってね失敗するものなのよ。たくさんたくさん失敗して、最後にうまくいくものなの」

 

 この女やばい。アウラが思った時はもう遅かった。ソリテールはおもいきり荷台を押してきた。

 

「次に行こうよアウラ」

 

 アウラはその瞬間に自転車が坂を下り始める感覚を覚えた。

 

 自らがペダルをこがずとも坂を駆け下りていく。かわいく手を振っているソリテールが離れていく。しゃーと制御不能なまま加速していく自転車。焦るアウラ。のほほんと歩いていたら轢かれそうになって逃げるシュタルク。

 

「なに!? なんなの!??」

 

 赤い髪の少年もすさまじい速さで坂を駆け下りていく。涙を流しながら轢かれないように必死だった。アウラはそんなことに気を回す余裕はない。彼女はブレーキをかけようとしたが壊れていることに今気が付いた。所詮安物である。

 

「ああああ」

「ああああ」

 

 アウラとシュタルクが叫んだ。加速していく自転車。人生最高速を出すシュタルク。微笑むソリテール。

 

 しかし、その時だった。アウラはぴきーんと頭の中で自転車の感覚をつかんだ気がした。ペダルに足をのせて自らの意志で自転車を操作し始める。命の危機に彼女の感覚は覚醒した。彼女は坂の終わりの曲がり角を体重移動で曲がる。シュタルクはこける。

 

「あひん!」

 

 情けない男子高校生を置いてアウラは移動手段を得たことと生き残ったことに涙していた。

 

 それを見ながらソリテールは微笑んでいた。

 

 興味深いものを見つけた目は怪しげに光っている。

 

 

 

 

 




次回四話

アウラ、野球しろ

近所のやばいお姉さんソリテールにより自転車に乗れるようなったアウラだが、生活には問題が山積していた。食糧問題を解決するべく頭をひねっていたアウラのもとにソリテールがやってくる。地域の草野球に参加しないかという誘いであった。勝ったら打ち上げで焼き肉のおまけつきである。

野球という競技を全くしらないアウラだったが背に腹は代えられない。食費のために承諾するのだった。相手チームは隣町の野球チーム。メガネをかけた少年と緑の髪の不良少女がいた。

果たしてアウラは生き残れるのか
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