アウラ、ルーターに祈れ   作:ほりぃー

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アウラ、野球しろ 後編

 

 殺気を感じた。

 

 アウラは百戦錬磨の魔族である。永い時の中で多くの戦いを潜り抜けてきて今はアルバイトをしている。しかし鍛えられた感覚だけは残っていた。

 

「……なんなのよ」

 

 熱気を感じるのは太陽の熱だけではない。アウラの視線の先にいる一人の少女、深い緑色の髪をサイドテールにしたユーベルから気圧されるような何かを感じた。もちろんアウラはなぜそうなったかわからない。先ほどよろけてキャッチャーの男の子であるラントに抱き着いた後くらいからそうなった気がする。

 

 ユーベルはジトっとした目でアウラを見ている。ぺろりと自分の唇をなめるのは獲物を狙う蛇のようだった。彼女は足を挙げてそのまま腰をひねる。先ほどまでの下手投げとは違う、限界まで体をひねるその投法はかつてメジャーを沸かせた大投手の投法であった。

 

 トルネード投法。ユーベルはその華奢な体を十分にひねり、そしてボールを放つ。アウラの顔の近くに。

 

「ひ、ひえっ」

 

 アウラは顔を背けた、ちょっと泣きそうになった。しかしボールは彼女の手前で曲がり、キャッチャーの捕球の音が心地よく響く。見事なカーブだった。きれいな弧を描いたそれはアウラにぶつかるところだった。

 

「ストらーいく!」

 

 審判をしているデンケンが言った。ユーベルは地面を蹴ってジトっとした目でアウラを見ている。

 

 アウラは体勢を崩して女の子座りで座り込んでいた。そこにキャッチャーが手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ラントは無表情のままアウラに手を伸ばす。アウラはこくりこくりとうなずく。なんだろうか、あの投手は自分を抹殺しに来ている気がしていた。

 

(いや、さすがに気のせいかしら)

 

 アウラはそう思ってラントの手を握る。ユーベルはそれを見ている。彼女は微笑みを張り付けている。結局アウラはそのまま三振した。

 

 余談であるがベンチではソリテールは楽しそうににこにこしている。

 

 

 

 試合は進む。草野球の試合などそこまで時間はかからない。打って打たれてが当たり前なのだが意外にも投手戦の様相を示していた。アウラのチームのピッチャーマウンドに立つのはリーニエ。そして相手はユーベル。若々しい女子高生の投手戦である。

 

 リーニエは無表情であるがオーバースローから繰り出される微妙に速いストレートとほんのり落ちるフォーク。そして必殺技としての付け焼刃のスライダー。全体的に打てそうで打てない微妙なレベルのピッチングではあったがなんとか抑えていた。

 

「よっしゃー」

 

 三振を取ると無表情でそう言うリーニエには妙なかわいらしさがある。帽子が少し大きいらしくボールを投げると少しずれて片目を隠すことがある。

 

「なんだよー」

 

 帽子に文句を言うリーニエ。それを見ながら大きな欠伸をするアウラ。ライトにボールが飛んでこないのである。

 

 しかしその油断があだとなった。

 

 バッターボックスに立ったのは七崩賢であるマハトである。美形で長身の彼が構えると威圧感があった。しかしリーニエは「けっ」と無表情で言って渾身のストレートを放った。

 

 快音が鳴った。マハトのスイングはボールを真芯でとらえていた。ボールは一直線にライト方向に飛んでいく。アウラはそれを見てあわてて追いかけていくと壁にぶつかった。そしてボールはスタンドに入った。

 

 ホームランである。ダイヤモンドを回りながらマハトは片手をあげ、彼のチームは歓声を上げている。これで勝ち越されたのである。リーニエは「くっそー、むかつくなー」とつぶやいた。

 

 試合は進む。

 

 マハトのホームラン以降リーニエは得点を許さなかったが、かといってユーベルも得点を許さない。この三白眼の少女の投球も打てそうで皆が打てない。不思議に皆がおもつている中ソリテールだけはわかっていた。

 

(あのキャッチャー……いいリードね)

 

 目立たないがメガネの少年であるラント。キャッチャーとして少々声出しなどができてない彼のリードとそこに忠実に投げ込むユーベルのコンビは素晴らしいと彼女は思った。ソリテールは監督としてどうやって勝つべきかくらいは考えるべきかと思った。

 

 場面は最終回である。

 

 ここで得点をしなければ焼肉はない。絶望的な顔をしているアウラの顔をソリテールはスマートフォンで撮りそうになったが我慢した。

 

「うう」

 

 すみっこで落ち込んでいるシュタルクは本日全くいいところがない。男子高校生という期待されるポジションにいながらダメであった。

 

 

 最終回の攻撃は一番リーニエから。

 

「よし。ホームラン」

 

 ホームランと決めているのかリーニエは金属バットを手にバッターボックスに歩いていく。その後ろ姿にソリテールは声援を送る。

 

「ここで打ってくれたら。ジュースをおごってあげるわ」

「うん」

 

 リーニエが振り返って無表情で返す。ソリテールの口角が上がる。彼女は笑顔のまま続ける。

 

「相手のバッテリー夫婦はいいところに投げてくるから気を付けて」

「うす」

 

 リーニエとソリテールの会話の中の『バッテリー夫婦』の言葉にピッチャーマウンドに立っているユーベルの肩がピクリと動いた、表情は動かない。

 

 そしてリーニエに甘い球が来た。かきーんと打ち返したライトオーバーでリーニエは二塁へ走る。彼女は無表情で二塁で腕を上げる。ソリテールはぱちぱちと手を叩ている。この女の策略に気が付いているものは誰もいない。

 

 バッターボックスにはそして大魔族であるノーヒット・アウラが立った。彼女はこの大切な場面に回ってきたことの重大さはわかっている。リンゴジュースか焼肉か……その岐路に立っている。さっきからアウラに対してだけはユーベルはトルネード投法を使ってくる。理由はわからないがアウラはこう結論づけた。

 

(魔力がないといってもこの私相手だからこそ、本気を出しているのね)

 

 思い上がった予想であるがアウラはそう信じている。かつて大魔族だったとか魔王軍の幹部だったとかなんの価値もない。それが現代社会である。

 

 ユーベルはセットポジションをとる。セットポジションとはランナーがいる時に足をあまり上げず、盗塁などをさせないために簡略化された投球方法である。そしてこれこそが彼女の真骨頂であった。

 

 サイドスロー、ユーベルは横投げに切り替えた。白い歯を見せて笑いながら投球する彼女には迫力があった。アウラは繰り出された白球に対してバットを振るが空ぶった。オーバースローとも下手投げとも違う軌道を描く横投げをとらえるのは難しいといわれている。

 

 しかしアウラとて負けられないのである。焼肉がかかっている。この魔族はバットを握りなおした。

 

 ユーベルもアウラを見た。二人の女性の視線が交差する。ユーベルは足を上げて踏み込む。そしてそのサイドスローから繰り出される白球はアウラに向かう。

 

(そのボールはもう見た)

 

 手前で曲がるんだろう。わかっていた。だからこそアウラは踏み込んで渾身の力でバットを振る。

 

「あ」

 

 ユーベルが何か言っているのが聞こえて、そのあとに顔面に軟式のボールが叩きつけられた。アウラはその場で後じさりして後ろに倒れこんだ。ソリテールが幸せそうな顔をしている。

 

 死球。アウラはその身をチームのためにささげたといえなくもない。

 

「いたた」

 

 さすがに女の投げる軟球であるからアウラはすぐに立ち上がった。審判のデンケンに一塁に行くように言われて彼女はほうと思った。ルールはよくわからないがボールに当たると出塁できるという、魔族的合理性として全員死球になればいいのではないかと彼女は思った。

 

 次のバッターはシュタルク。赤毛の少年は気合を入れてバッターボックスに入った。

 

 そしてこの瞬間にソリテールの監督として勝負に出た。彼女はサインを出す。ヒットエンドランである。ヒットエンドランというのはピッチャーが投げた瞬間にランナーも走り出し、バッターは少し無理やりにでもボールを打つ作戦である。

 

 シュタルクは「よし、ヒットエンドラン」といった。キャッチャーのラントは内心でバカだなこいつと思ったもちろん外すつもりでユーベルにサインを出す。ピッチャーマウンドの彼女はうなずく。そしてボールを投げた。外角に大きく外れたボールである。

 

「おい!」

 

 

 走り出したリーニエは作戦がばれていることに気が付いた。何でばれたのかはわからない。バッターがそのまんま口に出したとはさすがに想像できなかった。アウラも走りだす。

 

(くそ)

 

 

 シュタルクは大きく外れたボールがゆっくりと見えた。ピッチャーのしてやったりと笑っているように見えた。彼はそれに燃えた。片手にバットを持って、飛びつくように振る。

 

「うおおお!」

 

 シュタルクの叫びとともに無理やり彼はボールを打った。ショートを超えて外野に飛ぶ。リーニエは止まらずホームに帰ってくる。アウラもそれに続こう三塁を蹴る、

 

 しかし外野にはマハトがいた。彼はボールをとるとホームまで投げる。レーザービームのように一直線にキャッチャーに返ってくる。アウラの目の前でラントがボールをとる。

 

「ひえっ」

 

 

 それを見たアウラは三塁に戻ろうとした。ラントが追いかける。三塁にボールを彼は投げた。アウラは逆にホームに向かう。挟まれたのである。

 

 意外とアウラは粘る。走って、ターンしてを繰り返して粘る。哀れであった。大魔族がこのようなことになるとは思わなかっただろう。

 

「やきにく……やきにく」

 

 魔法にはならない呪文をつぶやきながらアウラは涙目で必死に逃げる。

 

「メガネ君」

 

 アウラの後ろ、三塁側にピッチャーのユーベルがカバーに来た。メガネ君と呼ばれたラントがボールを投げて彼女がとる。にやっと笑ってアウラを追ってくる。アウラは必死に逃げた。今日一番のスピードを彼女は出した。目の前にはラントがいるが、もう止まらない。アウラは全力で走っていく。

 

 ラントにぶつかる直前にアウラは彼をよけた。すこし足首がぐきっといったが構っていられなかった。だが振り返らなかった。後ろで何か音がしたが気にする余裕はなかった。

 

 アウラはホームベースを踏んだ。両手を挙げて喜びながら。

 

 これで逆転。アウラはそう思ってやっと後ろを振り返ると、ラントとユーベルが倒れていた。ラントの上にユーベルが乗っかる形で倒れている。アウラを追っていたユーベルがおそらく勢い余って彼にぶつかったのだろう。

 

 ユーベルが無言で立ち上がる。表情は変わらないが目を背けている。そしてラントを軽く蹴った。

 

「蹴るな。君が突っ込んできたんだろう」

 

 抗議する彼も無表情で立ち上がる。

 

 

 

 結局試合は2-1で勝った。

 

 アウラは喜んだ。野球など二度とやりたくないが、これで食費が浮くのである。ソリテールもご満悦であった。彼女はチームの全員に今から打ち上げで焼肉に行くというと、まずはリーニエが無表情なのに目を輝かせた。キラキラした瞳なのに表情が動いてない。

 

 シュタルクは純粋に喜んで、チームの大人たちは少年少女の喜びようを温かく見守っていた。アウラは端っこでクールぶっている。

 

 そうして焼き肉屋「ゼンゼ」にみんなでやってきた。

 

 負けたマハトのチームも一緒の打ち上げとあとで知ったがアウラはそんなことどうでもよかった。

 

 焼き肉屋は先に予約をされていたようでいくつかの席に分散して座った。18人以上いるのだからそうせざるを得なかったのだろう。

 

 アウラは同じ席にシュタルク、リーニエ、ラント、そして彼女の目の前にセーラー服を着て髪を下ろした少女であるユーベルがいた。さらにフェルンがいた。

 

 ユーべルはなぜかアウラを見てかちんかちんとトングを鳴らしている。

 

「な、なんなのよ」

 

 意味が分からずおびえるアウラだったが、それを見ているソリテールが遠くから優しく微笑む。

 

 そう、わかっていないのだった。アウラが送り込まれたのは獣の席。運動で疲れた女子高生と男子高生を集合させたという戦場である。

 

「ふふふ」

 

 そんなことを知らずに幸せそうに微笑むアウラ。ほくそ笑むソリテール。

 

 真の戦いが今幕を開ける

 

 

 

 




次回。第六話

アウラ、焼肉を勝ち取れ

のほほんとした気持ちで焼肉屋にのこのこやってきたアウラだったが、送り込まれた席は魔物の巣であった。送り込まれる肉はリーニエとフェルンがどんどん消化していく、カボチャをかじるシュタルク。もくもくと食べるラント。そして肉をアウラから避けるユーベル。

アウラは肉を前に付け合わせのキムチでご飯を食べる状況に逆襲を決意する。

果たしてアウラは生き残ることができるのか
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