焼肉「ゼンゼ」は食べ放題に飲み放題が主体のリーズナブルなお店である。お店には髪の毛が印象的な女の子のマスコットが置いてあり、TVCMも流しているがアウラの家にはテレビがないので彼女は知らない。
女子高生と男子高生のグループに混ぜ込まれたアウラは久々のしっかりした食事に期待していた。時間を狙って半額シールを張られたスーパーの弁当などを買うのは毎回屈辱である。アウラはユニフォームを着替えて中学生が来てそうな『Australia』と国名の入った黒い半そでのシャツを着ていた。
リーニエ、ラント、フェルン、ユーベルはそれぞれ高校の制服に着替えている。
その中でとりあえずフェルンがそれぞれの飲み物を全員に聞いて頼む。ウーロン茶やらジンジャーエールやらの高校生らしいソフトドリンクの中でアウラは何でもいいと答えたため、フェルンが気を遣ってお酒を頼んだ。
そして生ビール(ピッチャー)を頼んだ。
一人でそれなりの量を飲むことになるアウラ。それはお酒についての知識がないフェルンのやさしさから来た小さな悲劇であった。
しかし誰もそんなことは気にしないリーニエとシュタルクはお肉を何を頼むのかをメニューを見ながら目を輝かせている。
「みせろよー」
リーニエはシュタルクに身を寄せてのぞき込む。その距離に応じてフェルンのほっぺたに空気が注入されるかのように膨れていく。
お肉はハツだとかロースだとかカルビだとかとりあえず食べられるものはどんどん頼んだ。野菜など高校生が注文しないだろうと思ったがラントが一人手を挙げて「僕は野菜で」といった。あとはそれぞれに白米のご飯を頼んだ。
焼肉屋の中は騒がしい。じゅうじゅうとお肉を焼く音がする。笑い声が混じり、大人も子供の声も楽しげだった。その中で「乾杯」とアウラの席でもがちゃーんとグラスをぶつけあう。一番元気なのはシュタルクであるがほかの子は微妙に暗いので、
「も、もっと声を出そうよ」
そうシュタルクは訴えたが無視された。それよりもアウラは自分の飲み物としてそびえたつ巨大なピッチャーに目をやっていた。並々ビールが注がれたそれが彼女の横に置いてある。それを全部飲むだけでおなかが膨れそうだった。
「焼くぞー」
アウラなどどうでもいいし眼中にないリーニエが金網にお肉を置いていく。じゅうと音がして赤い肉がだんだんと色を変えていく。リーニエは容赦なく肉を並べていく。人数分というよりも敷き詰める感じであった。
「ちょっと、ペースを考えようよ」
ラントが言う言葉は無視された。いい焼き加減でリーニエはお肉を自分でとってタレにつけて白いご飯を書き込む。食べ終わったら次である。この魔族そっくりのかわいらしい女の子はどうやら「自分で取れ」という意味で肉を敷き詰めたらしい。
それに気が付いたフェルンの瞳が光った。紫の艶やかな髪をした彼女はさい箸を使っていい感じに焼けたお肉をさらうかのように食べる。一歩で遅れたシュタルクもお肉をとろうとするが取ろうとした肉が目の前でリーニエに奪われる。
気が付くのが遅かった。ここは戦場なのである。
「お、俺の肉」
「うまいうまい」
リーニエはがつがつ白飯をかきこむ。お肉を食べる。そしてその横で静かに肉を異空間に消していくフェルン。気が付いたら金網の上には肉はなく、焼け焦げたカボチャやキャベツがあった。仕方なくシュタルクはカボチャを食べる。ラントは付け合わせの漬物と野菜でご飯を黙々と食べている。
「甘い……」
シュタルクは泣きそうな顔でカボチャを味わう。
そしてアウラはまだ何も食べていない。ペースが早すぎて何が起こったかわからなかった。気が付いたら肉がゾルトラークを食らったように消失していた。目の前の起こった現象に呆然としていた。リーニエが焼いたかと思うと肉が消えていた。
「カルビ追加」
リーニエが店員を呼ぶボタンを押して肉を注文する。リーズナブルなお店は回転が重要だからこそ店員も速い。注文されたお肉がすぐに持ってこられる。リーニエがそれを焼いて、焼き終わるや高校生たちが貪り食らう。
「何よこれ」
白飯を手に固まるアウラ。キムチでご飯を食べる以外なにもしていない。肉が食べたい。
それを遠くで見守る存在がいた。青い髪をした御しとやかな女性であるソリテールは自分が食べるよりもその様子をたまに見に来て楽しんでいた。
ただアウラとしては冗談ではない、肉を食べに来たのだ。トングをリーニエから奪い自分で焼くことを思いついた。そうすれば主導権が得られると思ったのだ。
「私が焼くわよ?」
策略を仕掛ける魔族にリーニエはちらっと視線をやった。それからトングで微妙に焦げた肉をアウラのさらに乗せる。主導権を渡す気はないようだった。
「おめー家賃をはらえよー」
「い、今は関係ないじゃない!」
世間は厳しい。すべてを見透かしているリーニエの言葉にアウラは反発しつつも、次の手に出た。一つの肉に集中して焼けたところをかっさらうのである。リーニエが置いた肉にターゲットを絞り、アウラは目を皿のようにして待った。
肉が肉汁を垂れながら色を変えていく。アウラはそれをみてごくりとつばを飲み込む。そしていまだと思った瞬間にフェルンの口の中に肉は消えていた。
もぐもぐとフェルンは口を動かしている。
「魔法……?」
アウラはそうつぶやかざるを得ない。確かに見張っていたはずの肉が気が付けば消えていた。何が起こったかわからない。実は横にいたシュタルクもそうであった。彼も同じ肉を実は狙っていたのだが、反応すらできなかった。
この場は二人の女子高生に支配されている。
そこではっとアウラは気が付いた、目の前の赤毛の少年とは手が組めるかもしれない。アウラは目でサインを送った、それにシュタルクも気が付いてうんとうなずく、敗者同士で気持ちが通じている。シュタルクはそっとフェルンが使っているさい箸を手に取った。
(やった)
シュタルクの顔にそう書いてある。そして彼は肉を自分で焼き始める。それをアウラと二人で見張る。リーニエとフェルンという二匹の獣から肉を守るのである――
「メガネ君さぁ。野菜だけでいいの?」
そんな死闘を横目にユーベルはひとりもくもくと人気のない野菜を食べているラントに声をかけた。
「君こそあまり食べてないようだけど」
「そうだね。あとで」
ユーベルはあまり食欲ないのか、それとも表情に出ていないだけなのかカルスピウォーターを飲んでいるだけであった。氷がからんと音を立てる。ユーベルは試合の時とは違って髪を下ろしている。見る人にとって印象がかなり変わるだろう。
ラントは淡々とした口調で言う。
「今日の試合、君はなんだか動揺していた気がするけど」
「んー?」
少し遠くを見ながらユーベルは反応する、答えるとまでは言えない。彼女はジトっとした目でラントを見る。
「……何?」
それには特に答えずにユーベルは「別に」という。横で肉の争奪戦を行っているとは思えない穏やかさであったが、その限定的な静寂はアウラの悲鳴によって打ち破られる。
「私の肉よぉ!」
結局リーニエに肉を強奪されているアウラとシュタルクが騒いでいる。タイミングが悪かったのだろう、その声に少し驚いたラントがせき込んだ。
「のどに、げほげほ」
「大丈夫? メガネ君」
本当に心配しているのかわからない口調でユーベルは言う。ラントはせき込みながら近くにあったカルスピウォーターのコップを手に取り飲む。その瞬間に何も言わないがユーベルの目が開かれて、ラントが口をつけたそれが机に置かれるまでわずかに表情が変わった。
「……全く、少しくらい静かにしたらいいのに……」
「…………」
ラントに間接的な打撃を与えたアウラたちの死闘が続いていた。
ホルモンという焼くのに時間がかかるお肉をリーニエ、アウラ、シュタルク、フェルンが見ている。じいいいいと真剣な顔で肉を見る姿は面白いと遠くからソリテールが見ている。
その時フェルンがふうと息を吐いた。彼女はアウラを見ていう。
「このお肉、よかったらどうぞ」
突然のやさしさにアウラは固まった、一瞬脳内に銀河が広がったがすぐに正気を取り戻した。フェルンはつづける。
「結局アウラさんは全然食べれてませんし……どうぞ」
「いいこじゃない……」
なぜか感動してしまった。フェルンはシュタルクにも視線を向けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
シュタルクは感動して涙を流している。それを見ていたリーニエはトングでお肉を挟んでシュタルクの皿の上においてやる。
「くえよ」
それにシュタルクはとてもうれしそうな顔をしている。それを横で見ているフェルンの頬が少し膨らんでそのお肉を自分の箸で横取りする。
「な、なんで?!」
泣き顔で抗議するシュタルクにふんとフェルンはそっぽを向く。だが、そんなことはアウラには関係ない。
彼女はホルモンにたれをつけてご飯と一緒に食べる。
「……!」
言葉はないがアウラはいい顔をしていた。
次回。第七話
アウラ、夏祭りに行け
暑い夏を溶けたアイスのように部屋で寝そべっていたアウラ。そこに夏祭りのチラシが舞い込んでくる。地域のお祭りの最後には福引券も入っている。その第一等はクーラーであった。
この暑い中で冷房器具が手に入るかもしれないとアウラは立ち上がった。ピンポイントで自分の欲しいものが景品にあることの幸運だと思ったが、実は青い髪の女性の影がちらついてた……
祭りで出会う二人の少女、ラヴィーネとカンネの喧嘩に巻き込まれる。そしてまた宿敵フリーレンが迫っていた。
果たしてアウラは生き残ることができるのか