四代目カラクリ吉右衛門伝   作:於涼

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♦ 白鶴の涙の巻 ≪前編≫

コン

 

 っと乾いた音が厳かな日本庭園に響く。すぐさま口を上へと戻した鹿威しをオレは目で追う。

 縁側から一望できるこの庭は何とも見事なものだ。特に庭の中心にある澄んだ大きな池が美しい。だが、二時間も見ているとどんなに素晴らしい庭園でも流石に飽きてくるというものだ。

 

 しかし、あくびはとてもじゃないができない。代わりにオレの背中は汗びっしょりだ。胸ポケットを撫でると固い感触。すべての元凶である紙切れが入っている証だ。

 

「次の満月の晩、12時の鐘が鳴る時 白鶴の涙(クレイン・ドロップ) を頂きに参上! ねえ…」

 

 心臓の高ぶりを抑えるように紙切れに書かれていた言葉を呟いた時。後ろ、襖の奥からゴオンと鈍い鐘が響いた。汗ばむ手を握りオレは立ち上がる。

 

 美しい池。鐘の音に合わせ揺れる水面。そこにくっきりと映っていた満月が揺らぎ形を崩す。ふとその朧月に黒い影が走る。

 

 音もなく、彼が舞い降りた。そのことを知らすのは水面を飾る波紋だけ。

 彼はオレの方を一瞥すると、フフッと笑った。

 

「予告状通り、宝石を頂きに参りました」

 

 神出鬼没の大怪盗は大胆に、そして白鶴のように優雅に現れた。

 

「悪いがそう簡単に渡すワケにゃいけねんだよ。「からくり吉右衛門」の名……そしてオレのしばらくの生活が懸かってんでね」

 

 精一杯口角を無理やり上げ言葉を返す。

 

 

 

 何故オレが世間を賑わす大怪盗サマとご対面するはめになっているのか。それは一週間ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 オレは高校生。ただの高校生ではない。超がつくほどの貧乏高校生だ。

 

 実家は江戸時代から続く鍵師の家系。しかし母は若くにして病で亡くなり、それがショックで自棄になったのか婿入りしていたオレの父親は酒浸りになり出奔してそれっきり。門下生は数人いたが皆見切りをつけたのか去ってしまい、細々と一人家業を続ける祖父のもとでオレは育った。

 かなり高齢だった祖父も一年前に死に、オレには今時流行らない鍵開け業のおんぼろ店と最低なことに父親がオレ名義で借りた借金の返済だけが残った。

 

 最低限の生活の面倒を見てくれる知り合いはいるが、向こうも苦労しているのであまり迷惑をかけたくない。よってオレは地元の公立高校に通いながらバイトを掛け持ちし、稀にくる家業の依頼をこなす生活を送っている。

 

 

 そして今日、オレの下には稀な家業の仕事の依頼がメールで届いていた。

 

「今回はいつの年代の代物かねえ」

 

 居酒屋バイト帰りの眠い目を無理矢理こじ開けながらメールを開いた。

 

「えー依頼者は高島英輔……確かジジイの昔馴染みの客だったか。依頼内容は金庫の整備とその警備い?」

 

 オレの鍵開け業は名の通りの金庫開けといった仕事よりは古い個人用金庫の整備や修理の依頼の方が多い。その為最初の整備は問題ないのだが、警備という仕事の依頼は初めてだ。金庫は貴重品を守る為にあるのに、それをさらに警備とはどういうことだ。

 

 というか、そういう仕事は鍵師ではなく警備会社や警察に頼んだ方が良いのではないか。疑問が湧き出る中オレは文章を読み進める。

 

「金庫の中には先祖から伝わる大きなダイヤモンド 白鶴の涙(クレイン・ドロップ) が入っている。それが怪盗キッドに狙われているから守って欲しい!?」

 

 怪盗キッド。それは現在世間を賑やかしている正体不明の泥棒。マジックを用いて獲物を鮮やかに盗んでいくが、人を決して傷つけない。そして何故か宝石しか狙わず、しかも必ずあとで送り返してくるということから犯罪者でありながら市民から大人気の人物である。

 新聞やニュースで見ない日はないのだから世間の動きに鈍いオレでもしっている有名人だ。…いや、狙っているのが怪盗キッドとなれば尚更普通の高校生のオレには荷が重い話だ。丁重にお断りしよう…と依頼主のメールアドレスを確認しようとしたのだが…

 

「報酬金50万円だと!!?」

 

 瞬時にオレの脳は家計簿を浮かべる。

 いつもの食費、光熱費、借金の返済に今月はすっかり擦り切れていたジャケットの新調、新学期の定期代がかさんでいる。そして来月にはお世話になっている人の娘さんの誕生日だ。その費用も用意したい。となると……赤字だ。この状況で一介の学生に50万円も払ってくれる仕事…しかも失敗した場合の賠償金なし。

 

 

「……受けるきゃねえか」

 

 取らぬ狸の皮算用…とは分かっているが、オレの頭の中は一年ぶりとなるだろうご褒美のお寿司で一杯だった。へへへ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ来てくださいました、鍵太郎君。5年ぶりかな?大きくなったものだ」

 

 オレを見て感慨深そうに頷くふくよかな体躯に高級そうなスーツを身にまとった初老の男性、今回の依頼人の高島氏。

 

「こちらこそご依頼頂きありがとうございます」

 

「いやあ、おじいさんが亡くなられて"カラクリ屋"も無くなってしまうかと思うと寂しかったが、君が跡を継いでくれて本当に嬉しいよ」

 

 高島氏はオレの手を握りブンブンと機嫌よく振る。彼は地元の名士であり祖父の代からうちの店をひいきしてくれているらしい。しかし祖父のお得意様だったとはいえ、経験も少なく成人すらしていないオレに依頼をする人物は珍しい。しかも大金をはたいて。

 

 高島氏の屋敷の玄関に立てかけられた鏡に映るオレは唯一の正装として高校の学ランを纏い、一応鍵師ですと名乗るため工具箱を抱えてきょどっている未熟な少年だ。いやあ、それにしてもこの学ランやっぱりブカブカで見苦しいな。バイト先の先輩から譲ってもらったものだからしょうがないけど。

 

「あの…高島さん、本当に自分に依頼して下さったのは嬉しいのですがどうしてうちに?腕の良い職人は他にもいるでしょうし、しかも今回は鍵師ごときにできる案件なのでしょうか?」

 

 そう尋ねると高島氏はうむ…と立派な顎鬚をなでながらオレと目をまっすぐ合わせた。

 

「君じゃないといかんのだ。我が家に伝わる透明度が高く美しいと評価されるダイヤモンド、白鶴の涙(クレイン・ドロップ)は明治初期に天才によって作られた金庫の中で保存されている。そう、その金庫を作った天才というのがカラクリ屋初代店主であり、君のひいひいおじいさんの『三水吉右衛門』。私の代では依頼する仕事はすっかり機械の修理といったものになっていたが、”作る仕事”の腕も受け継がれているだろうね?当代の吉右衛門よ」

 

 …なるほど。鍵師のオレに対してではなく、「吉右衛門」としてのオレへの依頼ね。

 

 ”カラクリ屋”は鍵師として開業した訳ではない。名の通り”絡繰”作りの名人であった高祖父が開いた店だ。娯楽用のからくり人形から、その技術を活かした金庫、兵器、また晩年には電子機器も扱っていたというから多才な人だ。

 しかし、彼は佐幕派であったため、新政府が樹立した明治期には親しい知人にしかその技術を提供せず細々と商売をしたという。それが”カラクリ屋”の始まりだ。

 

 跡を継いだオレの曾祖父や祖父は皆、ひっそりと「からくり吉右衛門」の名を継ぎお得意さんのみに”そういう”仕事を引き受けていた。

 

「君には金庫が壊れていないかの確認、それと怪盗キッドが決して盗めないようにこの屋敷自体に細工をして欲しい。警備が薄いと油断して忍び込んでくるだろう大怪盗の鼻をへし折るためにね」

 

 高島氏は茶目っ気たっぷりに片目をつぶる。

 

「…分かりました。しかし費用はけっこうかかりますよ?」

 

「必要な分、いくらでも用意しよう。…白鶴の涙(クレイン・ドロップ)には私にとって値段で測れない価値があるんでね」

 

 高島氏の目線は棚に飾られている一枚の写真に注がれていた。黒髪を結い薄紫の着物を着た椅子に座る夫人。その椅子の手を置き立っているのは今よりかなり年若く見える高島氏。

 

 

「未熟者ですがこの仕事、全力で取り組ませて頂きます

 

 

……四代目からくり吉右衛門の名に懸けてね」

 

 

 

 

 ”吉右衛門”としての仕事初めてだけど。相手が怪盗キッドだけど。胃が痛いけど。……頑張るかあ。

 

 

 





映画みてからまじっく快斗1411全部見返しちゃったんだ…
それでも興奮おさまらなくて書いちゃったんだ…
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