『怪盗1412号、通称”怪盗キッドの犯行は現在まで143件です』
『うち、15件が海外でアメリカ、フランス、ドイツなど12ヵ国に渡ります』
『盗まれた宝石類はのべ152点、被害総額は387億2500万円です!』
刑事たちによって次々と報告されていく怪盗キッドの罪状。
こう言葉を並べられると、とんだ犯罪者だ。……普段、学校で幼馴染のパンツを躍起になって見ようとしている奴と同一人物とは思えないな。
『……その怪盗キッドから昨日、新たな犯行予告状が届いた』
壇上でそう重々しく告げる人物は警視だろうか。
彼の横にセッティングされたスクリーン。そこに一枚のカードが映し出される。
【黄昏の獅子から暁の乙女へ
秒針のない時計が12番目の文字を刻む時
光る天の楼閣から
メモリーズ・エッグをいただきに参上する
世紀末の魔術師 怪盗キッド♡】
「今回もえらく洒落た暗号を考えたもんだな、黒羽」
「おうよ!一晩頭を悩ました自信作だぜ!」
スクリーンに映るものと全く同じ記述がされた手元のカードを、オレは細目で眺める。
相変わらずさっぱり意味が分からない。……秒針が取れたのならオレが修理してやろうか?
オレたちはブルーパロットにて、寺井さんが用意してくれたアイスクリームを優雅に食べながら、カメラを通して警視庁で行われている”怪盗キッド特別捜査会議”を眺めていた。
映像の出所は最近オレが新たに開発したネクタイピン型カメラ、”ホー三郎”。
銀の鳩の形を模したそれは壇上で熱心に暗号の解釈を説明している最中の中森警部の胸元で、控えめな輝きを放っていることだろう。
もちろんのこと、家でお見送りをしてくれた息子同然の少年にプレゼントされたものだ。お労わしや、中森警部。
「まんまとミスリードに引っかかってくれちゃって!こりゃあ楽な仕事になるかもな」
黒羽は上機嫌にアイスクリームをつつく。
「しっかし、本当に獲物にするとはな。香坂さんとこにあった図面を見る限り確かに宝石の装飾はありそうだったが、お前がいつも狙っているビックジュエルといえるサイズはなさそうだ。メモリーズ・エッグを盗んでも骨折り損になるぞ」
「んなこと百も承知だ。だけど、お前は香坂夏美さんに届けなきゃならないんだろう?世紀末の魔術師、香坂喜一からのメッセージを」
「ああ……付き合わして悪いな」
「いいよいいよ。オレもメモリーズ・エッグに隠された秘密ってのは気になるし!」
ケケっと軽快な笑い声をあげる黒羽に、オレも小さく笑い返す。
今回のキッドの仕事はオレから頼んだものだ。
”メモリーズ・エッグを正統な持ち主、香坂夏美の手に渡るようにして欲しい”と。
香坂家のカラクリの整備を担ってきたカラクリ屋だが、そのきっかけはどうも2代目と香坂氏が親しかったことにあるらしい。2代目が仕事をオレ含む子孫に引き継ぐために書き留めた文書には、香坂家の防犯装置の維持方法の他に、”
前回の蔵整理の依頼の時は全く意味が分からず特に気にしなかった言葉だったのだが、先月テレビで見たニュースを機に話が変わった。
「ロマノフ王朝の秘宝、インペリアル・イースター・エッグの51個が鈴木財閥の蔵から発見された」というニュースとともに映し出されたエッグの写真。そしてエッグの製作者とされるロマノフ王朝末期の宝石細工師ファベルジェが資料に遺していたというエッグの図面と正式名称、”ボスポニナーミエ"。日本語では”思い出”と訳すとニュースキャスターは解説した。
そのエッグ図面を見て、名の意味を聞いた時、オレの頭の中で香坂家の蔵から出てきた楕円型の細工の破れてしまった図面と一緒にしまわれていた錆びた鍵、そして二代目の文言が繋がった。
香坂氏はパリ万博で広く名が知られた後、さらに腕を磨くため海外に修行に出たはずだ。蔵に保存されていた金細工の多くはロシア風のデザインのものが多かった。
……もしや、アレが”鍵”か。
そう思い至り、ウチにあった香坂家の資料、寺井さんに頼んで集めてもらった鈴木財閥保有のエッグの情報を漁れば漁るほど辻褄は合った。
『一度引き受けた仕事を棄てるは”カラクリ吉右衛門”の名折れ』
いつだかジジイが呟いたそんな言葉が脳裏をよぎり、オレは黒羽にこの件を話したというわけだ。
「さあて、予告日は3日後。オレたちも準備を進めますかね」
「頼みを受けてくれたのはありがたいが、お前が立てた今回の作戦規模がデカすぎるんだよな……」
ネット上から引き出したデータベースを印刷した紙束がカウンターテーブルの端に山積みになっているのを見て、オレはため息を吐くのを抑えられなかった。
束の間のアイスクリーム休憩を終えたオレたちは、再び膨大な作業へと身を投じるのだった。
8月22日
夏休み終盤の暑さ真っ盛りの頃。
オレと黒羽、それに寺井さんは大阪に訪れていた。
目的は食い倒れ……ではなく、もちろんメモリーズ・エッグのためだ。
大切な犯行日なのは重々承知であるのだが、オレはクーラーの効いたホテルの部屋でベッドに倒れ込み、完全にへばっていた。
「うう……、浪速区の大きい病院を片っ端から巡るのは流石にキツかった」
熱帯夜の中病院の敷地内に潜り込み、防犯システムを遮断しながら発電機を一部バラしたりして……いくらオレが機械いじりが好きといっても暑いし緊張感凄いしでめちゃくちゃ疲れた。
「お疲れ様ー!お陰でキッドのド派手かつ安心安全なショーができるぜ」
「いやあ……安心安全にしては色々ガバガバだけど……」
警察に送り付けた例の暗号の最初の一文は、黒羽曰く今日の19時20分の犯行時刻を意味しているらしい。その犯行を成功させるために、昨夜オレは下準備に浪速区中を巡っていたのだ。
「んで、中森警部の様子はどうだ?」
「ああ、オレの予想通りに動いてくれたぜ。メモリーズ・エッグはごく少数の警官しか把握していない秘密基地に隠すってさ!」
そう言って、黒羽はイヤホンを片耳だけ外しながら答える。
「それにしても、盗聴方法が鳩って今の時代流石にどうなんだ?しかも白鳩って!」
シーツに顔を埋め込みながら、盗聴音声の発信もとである愛くるしい白鳩の姿をオレは思い描く。
「オメーのホー三郎が早々に壊れちまったからしょうがねえだろ」
「中森警部がおかしいんだ!あの人、犯人逮捕に身体張りすぎて川に落っこちるとか……映像見てるオレの心臓が止まりそうだったよ!!」
そう、中森警部はこの短い三日という期間で窃盗2件、致傷3件を取り締まったのだ。この人は捜査一課ではなく二課だったはずなのだが通りすがりに事件が発生したとのことで見過ごせなかったらしい。
警部が突っ走りやすいのか、それともそもそも犯罪率がおかしいのか。後者な気はする。
そんなこんなで中森警部につけていたホー三郎はあっという間にお陀仏となったのだ。
そんなホー三郎の代わりとして、警察の動きを窺うために黒羽が用意したのは本物の鳩だった。よく躾けられたマジック用の鳩の足に盗聴器を装着したのだ。全身真っ白なため、目立つことこの上ない。
「確かに、今手持ちにホー太郎以外に長距離稼働可能なやつねえけどさ。本当にホー小三郎でいけるのか?」
「勝手に語呂悪い名前つけんな!アイツはメスだぜ!」
「じゃあホー子ちゃん」
「バリエーションが皆無……ネーミングセンスもねえのか……」
覚えやすくていいと思うんだけどな。
まあ、実際今ホー子ちゃんから盗聴音声が届いているんだし、アナログというのも侮れないようだ。
「……もう16時か。そんじゃあそろそろショーの準備を始めるとしますかね!
子庵、抜かりなく頼むぜ!」
「黒羽こそな」
オレは黒のキャップを、黒羽は白のシルクハットを目深くかぶりドアと窓からそれぞれホテルを後にした。
そして、予告時間の19時20分。
大都会の喧騒。そんな中でも一際耳を引くどこか間抜けな甲高い音が街中に響く。
思わず人々が足を止めた瞬間、ドンっと鈍い音とともに極彩色の光が難波の街の東方の空を華やかに彩った。夏の風物詩である花火。次々と打ちあがるそれは止む気配がない。
意味するはショー開幕の合図。
It's showtime!!
なんてね。
ポチっとボタンを押すとオレの背後からは爆発音が轟く。
爆発、といっても小規模なものだ。数本のパイプが衝撃で外れる程度の小さな爆発。
だが、それが今夜のショーのセッティング装置なのだ。
「ジイさん、マークしていた入院棟がある病院の様子はどうです?」
『全施設の非常電源、正常な作動を確認。問題ありません』
「よしよし。キッドの方も通天閣から動き出した。無事メモリーズ・エッグの在処を見つけたようだな。……初動は完璧、っと」
変電所がある小高い丘から見渡せる難波の街は一切の光を失い、大都会に似合わない暗闇に包まれている。
今回の作戦は単純ながらも壮大だ。
獲物はイースター・エッグは持ち運びができるサイズかつ、鈴木財閥の個人所有物。いつものお宝同様、博物館の展示室に据え置かれるとは考えづらかった。十中八九、内密に目立たない場所へと隠されるだろうと黒羽は予測したのだ。
そして、隠される場所は小規模ながらも警備システムが用意されているはず。そのシステム保持のため非常電源も設置されているであろうことに、オレたちは目を付けたのだ。
メモリーズ・エッグが展示されている大阪浪速区の鈴木近代博物館付近を一斉停電させる。そしていち早く非常電源によって照明が復旧した施設のうち、病院やホテルでもない場所にイースター・エッグがきっとある。
大阪城に仕込んだ花火を陽動に、オレが停電を起こし、黒羽は通天閣の頂上から街中を見下ろして照明の復旧を観察する。黒羽の位置情報が動いたのを見るに、作戦は上手くいったようだ。
停電により万が一にも人命に影響がでないよう、昨晩オレは病院の非常電源の動作を片っ端からチェックしていたのだ。この停電で病院の方々には多大な迷惑をおかけしているが、電源に不備があれば小さなものでも全て修理しておいたので許して欲しい。
えっ?信号機停止による交通インフラの混乱はどうするのかって?
……大阪の人の運転モラルを信じようじゃないか。
メモリーズ・エッグの場所さえ分かれば停電はいち早く復旧させるに越したことはない。
変電所を攻撃したが、送電設備のキーポイントであるパイプ数本のみを狙ったため、修理にそれほど時間はかからない筈だ。漏電による火事も現状問題なさそうだ。
ライトを点灯させた車両が変電所に辿り着いたことを確認し、オレは音を立てないようその場から去った。
「く…キッド、こちらは順調だ。そっちは上手くいったか?」
ホー太郎を通して黒羽に無線を繋げる。
『ああ、メモリーズ・エッグは盗れたぜ!ただ……今、と予告状を読み解いた名探偵に追われていてさ、スリリングな逃走中だ。まあ、オレはハンググライダーで飛んでいるのに対して、アイツは交通インフラが麻痺している陸路。問題なく逃げ切れるさ!』
「名探偵って、あのメガネ少年か。大阪まで追いかけてくんのかよ……」
『何か鈴木財閥のお嬢様と知り合いっぽいぜ……。とにかく、オレは大阪湾に降りる。ジイちゃんも呼んでそこの12番港で落ち合うぞ』
「りょーかい」
変電所近くのコンビニに停めていた原付にまたがり、返事と同時にオレはエンジンを吹かした。
原付を走らせて10分ほど。オレは落合場所に着いた。夜の港は人っ子一人おらず静寂に満ちていた。
「もしもし?オレはもう港についたぞ」
『こっちもすぐにつく。だけど名探偵が存外早い速度……ってか爆速スケボーで追いかけてきているから、オレが降りたらすぐに逃げられるよう準備しといてくれ』
爆速スケボー?確かあれ太陽光発電で動いてるって阿笠博士言ってなかったけ?夜でも動くように改造したのかな……信号もない道路で車を交わしながら何の安全装置もないスケボーでぶっ飛ばす小学生に通りすがりの人たちは心底肝を冷やしているだろう。
「おっ。お前の姿見えたぞ。そこから左の倉庫裏にオレいるから……」
黒羽に手を振ろうとしたとき、
ピィュン
波風の中、微かに甲高い音が響いた。
同時に、黒羽の身体がのけぞる。
何か、強い衝撃を受けたかのように。
狙撃か!?
「黒羽!おい、黒羽!!」
返答はない。
無気力にただ滑空していくハンググライダー。
アイツ、気絶しているんじゃないか!?
このままいくと海に墜落だ。この速度ならば衝撃は大丈夫だろうが、気絶した人間は浮かない。
「クソ!!……いや、これなら……!」
オレは背負っていたリュックの中を漁る。
取り出したのは、黒羽がいつも使っている非殺生のトランプ銃二丁、その改造品だ。
これはワイヤーが取り付けられたトランプを発射し、トランプが突き刺さった場所を軸とした移動を可能とするもの。まだ試作品の段階だが……
距離は約20m。ワイヤーの長さはギリ足りる。
黒羽の身体が水面へと触れようとする瞬間、オレは損傷したハンググライダーと黒羽の間の装着固定器具を狙って右手で銃を撃った。そしてほぼ同時に左手でもう一丁の銃をハンググライダーの左端目掛けて撃つ。
着弾した瞬間、オレは右後方に走りながら後ずさり、左手の銃を全力で引っ張る。
するとハンググライダーはひっくり返り、黒羽はハンググライダーを背に水面へと浮き上がった。
「ジイさん!今どこ!?」
『渋滞を避けまわり道になってしまい、少し遅くなってなりましたがもう…』
「黒羽が気い失ってる、早く迎えに来てださい!」
『坊ちゃまが!?』
無線でジイさんに連絡を取りつつ、オレはワイヤーをポールに引掛け、それを軸としハンググライダーを引っ張る。
そして、すぐ駆けつけてきてくれた寺井さんとともに黒羽の身体を港へ引き上げ、車の後部座席へと寝かせる。ハンググライダー等を折り畳みバックヤードに突っ込んでから、オレも助手席へと乗り込んだ。
黒羽は気は失っているものの運よく被弾しなかったようで目立った出血はない。水も飲んでいないようで呼吸も安定している。片眼鏡があったはずの右目周りには小さな切り傷と打撲跡があることから、銃は片眼鏡にあたったのだと思われる。
「なんだよ、また銃かよ。ここは日本だってのに……」
黒羽のかすかな呼吸音だけが聞こえる静かな車内でオレは独り言ちた。
ああ、なんだか知らない世界に来たみたいだ。
魔法もある世界。しかし、そんなことよりも、
銃を持って人を狙撃する奴がいる。命を奪おうとする奴がいる。
そんな現実がオレには一番受け入れ難かった。
「す、すまねえ子庵……」
背後から息絶え絶えの声。
黒羽が目を開け、こちらを見ていた。
「喋るな、寝てろ」
「……エッグ、港に、置いてきちまった」
「よく海に沈めなかった。それだけで良い……」
オレが二代目の言伝を守り香坂家の”記憶の鍵”を探す理由。そもそも、カラクリ屋を継いだ理由。
それは、オレが”何者か”になりたかったからだ。
カラクリ屋を継ぐだけでオレは”四代目カラクリ吉右衛門”になれた。
でも、その名を得てもオレの心は満たされなかった。ずっと、■■に捉われていて。
それが、黒羽と出会ってから少しずつ変わっていった。
オレは”共犯者”になって、”ブルーパロットの従業員”になって、”江古田高の元ヤン”になって……。オレが”何者か”である名か増えた。
まだ、足りない。だけど、確実に前へ進んでいる。
きっと、オレの鍵は黒羽だ。
探し物が見つかっても、隣にコイツがいなければオレはきっと何も得ることができない。
だから、
「……もう、危険はお前一人に負わせない。オレはお前の”共犯者”だからな」
想定外の、エッグを狙う危険人物の存在。
「ショーの舞台を荒らす不埒な輩、オレたちで成敗してやろうじゃねえの?」
オレはスマホの画面を確認し、口角を上げた。
画面に映るのは大阪湾付近の地図とそこを移動する赤い点。
黒羽がメモリーズ・エッグの中に仕込んだホー太郎の位置情報だ。
『一度引き受けた仕事を棄てるは”カラクリ吉右衛門”の名折れ』
不純な心で継いだ名。
せめて、その名に相応しい働きをしてしんぜよう。