「と、いうことでここはオレの持ち物。私有地ってやつだ。しかもこの仏さんのように死人がでるような超超危ない場所。だから悪いが宝探しは諦めてくれ」
そう言ってオレは今にも屋敷に突入したそうにうずうずしている子どもたちを諌める。顔見知り、しかも子どもが犠牲になるのは流石に気分が悪い。
だが、子どもたちが全く納得がいかないという風に頬をふくらませる。
「ええー!でもキッドもお宝を狙ってるですよ!お兄さん彼に先を越されてお宝を盗まれちゃってもいいんですか?」
「キッド?」
なぜキッドの名が?今日は黒羽も先ほど来たばかりだから子どもたちと出会っていないはずだ。
「この亡くなったトレジャーハンターさんが持ってた手帳にこう書かれていたんだ!『なかなか使える相棒と組めたし…これならあのキザなコソドロを出し抜ける…何度も煮え湯を飲まされたあの手品師を…』ってね。それにここに隠されているお宝は”拳に溢るる仁王の石”……つまりダイヤモンド、それもビックジュエルと呼ばれるサイズのもの。あの泥棒が狙うにはピッタリの代物だと思うよ」
探偵クンがどこか挑戦的に微笑む。いや、確かに予想は的中しているが、もうとっくに審美した後なのだ。
「そうは言ってもな……危ないものは危ないから……」
「あと、このトレジャーハンターさんは絡繰りの罠で死んだんじゃないよ」
何とか子どもたちを帰らす流れに持っていこうとしたら、また探偵クンに遮られる。罠で死んだんじゃない?じゃあ何が……
「首の細い痣……この人は絞殺されたんだ。遺体の状態から見てそう時間がたっていない。このまま警察がこの現場に来ると一番怪しい容疑者は子庵兄ちゃんになっちゃうよ?」
「はあ!?」
ここで殺人事件が起きた?しかも容疑者はオレになるだと?
第一発見者は子どもたち……それに一応阿笠博士か。彼らはキャンプ場に泊まっていたらしいから目撃者は多くアリバイもあるだろう。それに対してオレは私有地の様子を見に来たという説明は立つが、道中の監視カメラなどを調べられたら不自然に昨日も訪れていたことがバレる。それに同行している黒羽についても深掘られたら面倒だ。正直オレたちには探られて痛い腹しかない。
……なんか朝からどんどん事態が悪化している。不運が留まることを知らない。運勢占いも聞いてから家を出るべきだったかな。ラッキーアイテムは何だろう?今ならロングスカートとか言われたとしても穿いてやらんことはない気分だ。
「きっと犯人はまだこの屋敷に潜入していてお宝を探している。捕まえるなら今がチャンスだ!だから、子庵兄ちゃんも宝探し……いや、犯人捜しを手伝ってくれない?屋敷に詳しい人がいるとすっごく助かるなーって!」
オレは脳内でデメリットとメリットを天秤にかけた。殺人犯が潜む罠だらけの屋敷を子どもたちと一緒に回るのは言わずもがな非常に危険なことだ。しかし、オレは今ある程度装備を持ってきているし多分自衛ぐらいはできる。そして探偵クンもいつも通り博士のイカれたメカを持っているだろうし、黒羽もこちらの様子を窺っているだろうからいざという時の助けも求められそうだ。犯人が誰かを突き止めるのは探偵クンの得意技だろうから、オレは犯人の確保に注力して免罪を勝ち取る。……分の悪い話ではないハズ。
「……分かった。君に協力する」
「ホント?子庵兄ちゃん、ありがとう!」
ニコニコ満面の笑みを浮かべる探偵クン。
そうか……クールキャラの男子高校生がこんなにあざとい系路線で頑張っているのか。そう思うと不気味さより同情の念が増してきた。
というわけでオレは少年探偵団を引き連れ屋敷に入る。
「そこの柱触ると天井が落ちてきて死ぬぞー」
そう言って元太くんを牽制したり。
「そこの引き戸開けると矢が飛んできて死ぬぞー」
そう言って歩美ちゃんを牽制したり。
「そこの食器棚に触れると床が抜けて死ぬぞー」
そう言って光彦くんを牽制したり。
そうやって屋敷を探索するうちにだんだんと子どもたちの元気が無くなって、最初の無鉄砲さはどこへやら恐る恐るといった歩みになってしまった。探偵クンが呆れたように大きなため息を吐く。
「…子庵兄ちゃん、あまりみんなを驚かさないでよ」
「だってホントに死にかねないし…」
ここは初代が維新勢力に一泡吹かせるためだけに作った代物なのだ。初代の他の作品と比べても殺意の本気度が違う。
「まあそれはそうだけど……。ところで、子庵兄ちゃんは床に這いつくばって何をしてるの?」
探偵クンの問いにオレは手を動かしたまま答える。
「ん?地下室への入口を見つけたから鍵を開けてる」
「ええ!?」
昨日はあえて罠に引っ掛かることで、地下室へ降りたというか落下した。着地が非常に怖かった。だが、そのルート以外にも初代がこの屋敷を建てる時に使っていただろう安全なルートがあるはずだと考えていたのだ。実際にじっくり調べてみると、案の定床の張り板に紛れてに鍵付きの引き戸があった。香坂氏の屋敷のものとよく似たパターンだ。だが、こちらは暗号など洒落たセキュリティではなく、単純に複雑なダイヤル式の鍵で封じられていた。
初代のカラクリは真っ当な防犯用のものというよりは、挑戦者との知恵比べを主な意図としている節がある。この入口は開け方のヒント等もないため、初代としては正規の扉ではなく、本当に作業用のものとして作ったのだろう。
他人に開けさせる気のない複雑なダイヤルだが、オレは多分世界で一番この作り手の”クセ”を知っている。ある程度の時間をかければ……
「ほら、空いた!」
「……ピッキング早いね。3分もかかってないんじゃない?」
「んー…まあ。一応本職だし」
最近はキッド関連で機械いじりをしていることが多いものの、カラクリ屋に舞い込む依頼自体はその大方が金庫の修理か、開け方が忘れられている場合の鍵開けだ。しかもそれが身内が作ったものとなれば手慣れたものである。
「実はさ、ボク前のメモリーズエッグの件の時、子庵兄ちゃんに怪盗キッドが化けていると最初は思っていたんだ」
「ふうん……」
何ともないように引き戸を押しながらオレは相槌を打つが内心汗ダラダラだ。何で急に怪盗キッドの話が始まった?
「子庵兄ちゃんは香坂家の城の構造に詳しすぎた。城の整備は今まで先代が担当していたから自身が来るのは初めてだ、って言ってたけど子庵兄ちゃんは城の間取り、さらには罠の位置も全部把握していたよね。部屋に入った瞬間から罠があるだろう位置を凝視していた……。建物の設計資料を見たことがあったとしても反応が早すぎる。だから、ボクは一度下見を済ましたキッドの変装だと思ったんだ」
何かデジャヴを感じる。前も罠がある場所を無意識に見ていて、それを利用された経験があるような……。
「だけど、キッドが化けていたのは白鳥警部だった。だから、子庵兄ちゃんの反応の速さは単純に絡繰りや建築への造詣の深さからだった。あと、子庵兄ちゃんは空間認識能力も凄く高いからっていうのもあるんじゃないかな?図面から立体への組み立てや、物同士の位置関係の処理が異様に正確だ」
空間認識能力……そんな大そうなモノなのだろうか?
黒羽も図面を一度頭に入れたら初見の建物でも道迷わないし、一般人の秀吉兄さんだって街中でのドライブ中に地図を見ただけで、数台前の車に追いつく信号込みでの最適経路を導き出す。
何でそんな経路を考えていたかって?
ドライブ中暇だったからそういいう思考ゲームをしていたのだ。何度か実際に考えた経路で追いかけてみたが、兄さんが考えた経路で9割、オレが考えた経路で7割ほどの精度だった。兄さんには「立体交差道路が多い場所なら君に負ける」などと慰められたが、結構悔しかったことを覚えている。
「あの時スコーピオンの動きを罠で止めてくれたのも子庵兄ちゃんでしょ?2階から防犯装置を起動してスコーピオンの頭上に見事命中させた……」
「だけどあれは──「キッドと連携をとったから当てられた、だろう?」
思わず口からこぼしそうになった言葉を寸止めしたものの、その甲斐なく探偵クンに続きを言われた。……そこまで気づかれてたか。
何とか言い訳を並べようとオレが口を開きかけたとき。
「コナンくん!このおじさんとお姉さんもお宝探してるんだって!一緒に探していいよね?」
さっきまでの意気消沈ぶりはすっかり消え去り元気一杯に部屋へと入ってきた子どもたち。その後ろにはがっしりした体格の30代後半あたりの男性と、ショートヘアの細身の若い女性。頼りになる大人を見つけて元気を取り戻したらしい。
しかし、オレたち以外で屋敷内にいる奴って……殺人犯の可能性大じゃねえか?
探偵クンの様子を窺うと、案の定彼は難しい顔をして二人を見ていた。……取りあえずはオレから意識を逸らしてくれたようで。
少年探偵団に加えトレジャーハンターだという二人も一緒に階段を下る。宝探しの中に紛れる殺人犯……こういうシチュエーション人狼ゲームにありそうだ。
地下に降りると、石碑の前に小汚い婆さんが座り込んでいた。
ん?婆さんが背負っている鞄は今朝黒羽が……なんだ、黒羽の変装か。ひょひょひょ……と変な笑い方をする色物キャラのこの婆さんはどうやら三水吉右衛門の墓参りに来たという設定らしい。
ここを墓だと思い込んで来た、というのは適当過ぎる設定じゃないだろうか?ほら、早速探偵クンも胡散臭そうに見てる。今殺人犯探しもしてるんだからミスリードを増やすんじゃない。
計9人と大所帯となった一同は、探偵クンの推理により悩むことなくスラスラとカラクリ吉右衛門の謎かけや罠を乗り越えていく。昨日黒羽と進んだ時とどちらが早かっただろうか。
順調に辿り着いた地下の最深部。
しかし、ここに来て探偵クンは「暗号の意味が分からない」とあっさりお宝を諦めて踵を返す。
トレジャーハンターたちはもう少し屋敷内を探るといって別れて行った。一応ここ私有地なんだけど……とは言い出せないままオレは彼らの背を見送った。黒羽も子ども達にオレの傍から離れないよう念押しして何処かへと去って行った。
「おい!いいのかよ……帰しちまって……」
「もしかしたら殺人犯なのかもしれないんですよ?」
疑念の声を上げる元太君と光彦くん。それはオレも思う。結局誰が殺人犯かオレにはさっぱり分からなかった。
「真犯人分を見つけ出さなきゃ犯人第一候補はオレになるって脅してきたのはキミだけど……」
もちろん分かったんだよな?
と、オレが縋るような目を向けると、探偵クンはニヤリと黒羽と良く似た笑みを浮かべた。
「まあ、とにかく皆ついて来て!お宝の在処も犯人も……全部分かったからさ!」
彼に言われるがままついて屋敷の外に出た。空はすっかり日が沈んで暗くなっている。探偵クンは屋敷の横の沼を前に足を止める。……探偵クンは確かに宝の在処が分かったらしい。しかし、
「ここに安置していた死体がなくなっている……」
「犯人がまた隠したようね」
なるほど!殺人をなかったことにすれば犯人もなにも無くなる!……いや、ダメか。どうせそのうち行方不明届が出されて捜査が行われる。そしたら結局またオレに容疑がかかることとなる。
やっぱ確実に犯人あの二人のどっちかだよな……と、沼をぼんやり眺めていると背後から気配がした。
「死体ってどういうことだ?」
そこには先ほどの大柄の男性がいた。
「「「そんなあ!」」」
沼の奥の方からは子どもたちの声。
目を向けるともう一人のトレジャーハンターの女性が岩に腰をかけていた。
「ヒョッヒョッヒョッ……さすが天下の大泥棒じゃ!!浮世をまやかすあの怪盗に盗られたのならばカラクリ吉右衛門さんも本望じゃろうて……」
いつの間にか小汚い婆さん()もすぐ横に。……それ、自分で言うし子孫の前で言っちゃう?
昨日、もう誰も宝石に触らないようにと宝石の隠し場所の近くに『仁王の石は頂いた』と記して貼った紙が無事に効力を発揮しているらしく、トレジャーハンターたちはもう宝石はないと勘違いしてくれたようだ。
だが、これで残念はい解散、とは上手くいかなかった。
滑って沼に落ちてしまった光彦くんが、水面に顔を上げたと同時にこう言葉を漏らしたのだ。
「あ、ありました……泥に隠れていましたけど…沼の底に確かに光る石が!!!」
それを聞いたとたん、大柄の男は「もらったぜィ!!!」と沼に飛び込む。
「取ってはならん!!!」
「ダメだ!!」
オレと黒羽の叫び声が重なる。
だがその制止の声も虚しく泳ぎ進んでいく。ああ……これは本当にまずい。
「おっと動かないでよ!」
今度は何だと振り返るとトレジャーハンターの女性が銃を黒羽に向けていた。
また銃!!
警察と国際指名手配犯はまだ銃を持っていることに納得したが、コイツはただのトレジャーハンターだろう……?ここ日本!ここ法治国家!
ああ、今こんなのを相手している場合じゃないのに!……いや、待て。今彼女は銃を見せびらかし自身が殺人犯と誇示しているようなもの、というか現在進行形で脅迫している最中。スマホのボイスレコーダーを起動させておけば……。
オレがポケットの中でごそごそと指を動かしている間に、探偵クンは女性に誘導尋問を行い、さらにあっさりと女性を腕時計に仕込んでいた麻酔針で眠らせてしまった。えっ、1針で大人が卒倒する麻酔ってどんな成分入れてんの??
オレは探偵クンの冷徹なまでの判断の速さと、腕時計の開発者であろう阿笠博士の容赦の無さに戦慄した。
しかし、事態はまだ収まっていない。
「ハッハッハッハッ!!!仁王の石は頂戴したぜ!!」
と、沼から顔を出した男性が歓声を上げると同時に地響きが起こり、オンボロ屋敷の窓から大量の水が噴き出してきた。その様相はまるで洪水である。
探偵クンは男性にいち早く宝石を元の場所に戻すよう叫んでいる。気づいてくれてるようで何より。そう、このカラクリ吉右衛門の奇妙な屋敷な謎を乗り越えた先にあるのは、ビックジュエル!……というよりはそれを切符とした三途の川への旅路なのだ。宝石は絶対あげてやらない!と舌を出しておちょくる初代の顔が浮かぶ。
「ああ、もう!こうなるのが嫌だったのに!!」
オレはやけくそ気味に叫びながら、ワイヤー銃を屋敷の屋根に向けて発射し、子どもたちにワイヤーにしがみつくよう指示を出す。
水流を何とかかいくぐり、何とかオレたちは命からがら屋根上へと非難できた。宝石も元の位置に戻せたようで水の勢いは徐々に収まっていっている。
「まあ、幕府崩壊時に討幕派に財産を没収されることを嫌がった佐幕派の吉右衛門が考えそうな事だな……だから1回盗ろうとして止めたんだよな、バアさん……いや、天下の大泥棒さんよ……」
探偵クンの言葉と同時に、変装を解き、三日月を背景に純白のマントを翻す黒羽。怪盗キッドの衣装も持ってきてたんだ……準備のいいことで。
驚く子どもたちを前に、答え合わせと軽い問答を交わす探偵クンと黒羽。どうやら今回は探偵クンも見逃してくれるらしい。黒羽はサッカーボールに追われることなく優雅にハンググライダーで飛び去って行った。……いいなあ、オレも飛んでこの空間から逃げ出したい。だって、探偵クンは次はお前の番だとばかりに笑顔をこちらに向けてくるんだもの。
「以前メモリーズエッグを狙うようキッドを仕向けたのは子庵兄ちゃんだよね?先祖と縁のあった香坂氏の作品をよく知っていた子庵兄ちゃんは、アレが本物のイースターエッグだといち早く気づき、キッドに夏美さんの手に渡るよう依頼した」
「……」
黒羽が言ってた。キッド関連のことについてどれだけ詰められても、とりあえず頷いちゃいけないって。証拠がなきゃこっちの勝ちだって。
「で、今回はその依頼報酬としてキッドに自分が所有しているビックジュエルを提供しようとしたが、仁王の石は誰にも盗れないものだと悟りキッドと共に宝石を再び隠したってところかな。宝石の真実を知っていたから、わざわざ現地に来てトレジャーハンターを止めに来たんでしょ?」
「……」
ほぼ事実を当てられている。だがオレは黙秘する。子どもたちに「お兄さんホントなの!?」「ホントみたいですね……表情がとても分かりやすいです」と言われていようが黙秘する。
「子庵兄ちゃん、実はキッドと直接連絡をとれるんじゃない?もしかしてアイツのモノクルの下の素顔も知ってたりして……」
「……」
知らない知らない。オレは何も知らないただの金欠高校生。
探偵クンの尋問を受け続け10分ほど。彼は先ほど黒羽に「素顔を知る前にお前の正体を明らかにしてやる」と宣言していたことから、別にオレが口を滑らすことに期待はしていないだろうに、それは楽しそうにオレを推理で攻め続けた。
救助隊が来て、さあ屋根を降りるかとなったとき彼はとてもイイ笑顔を浮かべた。
「またゆっくり話そうぜ……太陽の下か、冷たい監獄の中か……そのどちらかでな」
オレは聞こえなかったフリをして素早く屋根を降りた。
……そして、降りた先には警察の方々が待ち構えていた。トレジャーハンターの女性の自白を録音していたこともあり、オレが殺人犯と疑われることはもちろんなかったが、署まで連れて行かれ屋敷の所有者、現場にいた者として事細かに事情聴取された。解放されたのは翌日の朝。
やっぱりとんだ厄日だった。
今日からは運勢占いは必ず確認するようにしようとオレは朝日を背に決心した。
次はまじ快回の予定です。