ホームルーム前の教室。オレがうとうとと頬杖をついていると、タブレットでニュース記事を確認していた黒羽がギョエっと変な呻きを上げた。
「朝刊にキッドに向けた挑戦状が載ってた?……ってそんなことするのは――」
「もちろん、鈴木財閥の相談役”鈴木次郎吉”しかいねえよ」
「だよなー……」
オレたちは乾いた笑みを浮かべるしかない。怪盗キッドを釣るための
現鈴木財閥会長の従兄であり、金持ちの老後の道楽として怪盗キッドを追いかけ回す御年72歳の元気な爺さん……もとい次郎吉相談役。
中森警部並みにキッドへお熱な次郎吉相談役だが、わりとオレたちにとってはありがたい存在でもある。普段は海外が所有していて中々日本ではお目にかかれないビックジュエルでも、キッド確保のためにと金にモノを言わせて日本で展示会を開いてくれるのだ。
この間、千影さんに頼まれて小悪党の悪事を世間に暴露したときも確か次郎吉相談役所有の博物館を利用させてもらった。キッドの名を出せば簡単に動いてくれる彼はまあ便利っちゃ便利な人だ。……仕掛ける罠に込められた殺意が初代並みであることを除けば。
「んで、今回の獲物と場所は何だって?」
「えーっと、展示されるお宝は”
「相変わらず派手なこと好きな爺さんだな……」
だが、宝石の警護のことを考えるとそう悪くないアイデアなのかもしれない。狭い空間に、管理しやすい乗客。大荷物は怪しいことからハンググライダーは持ち込み辛いし、適当な変装も出来ないのは中々に面倒くさそうだ。あと、キッドの世間的注目を利用して列車の宣伝にもなる。そう思うと中々ヤリ手の爺さんだ。
「その汽車ってのがえーっと……これか。年に一回だけ運行される行き先不明のミステリートレイン”ベルツリー急行”。乗客参加型で推理ゲームを楽しめるっていうのが売りの鈴木財閥所有の豪華列車だそうだ。それを宝石展示のために来月臨時運行をするってよ」
「へえ、随分と黒羽を特別扱いしてくれてるじゃないか……だけどその”ミステリートレイン”っていうの最近どこかで聞いたような……」
そうそう、確か先週末にカラクリ屋の仕事で行った先のご婦人が話していた。毎年特等席を予約して乗っているのよーって自慢された。
「うちのお得意さんが今年の通常運行は1週間後だって言ってた。それに乗ったら来月に向けて下見できるが……どうする?」
「でも超人気で予約困難の列車なんだろ?しかも宝石展示される場所は良い個室の車両だろうし……こんな直前にチケットは手に入らねえよ。誰かに変装するにしても1週間で乗客を特定して、そのプロフィールを調べて、っていうのは間に合うかどうか……」
「いや、簡単にできると思う」
「マジ?」
疑問符を浮かべる黒羽に、オレはお得意さんのご婦人との会話を伝える。
「そのお得意様はかなりのミステリーファンで、毎年その列車の特等席を予約していてもちろん今年もチケットを手に入れていたそうなんだが高齢の方というのもあって体調が優れないから今年は見送ろうかとボヤいていたんだ。……仕事中にさんざんミステリートレインがいかに良いか語られたから、多分オレが興味を持ったって声をかけたら喜んで譲ってくれるんじゃないかな」
「……オメー金持ちの知り合い多いよな」
”旧家”の金持ち、という注釈はつくが確かにオレの商売相手は金持ちばかりだ。ならばガッポガッポ稼げそうなものだがあくまでウチが贔屓にしてもらっているものは骨董品や金庫の管理サービスのみ。もっと儲かる他の分野に手を出そうとしてもその分野はその分野で金持ちの客層を占有している老舗があるものだ。世知辛いものである。
カラクリ屋の財政事情はさておき、放課後にご婦人へと連絡をすれば、オレの読み通りあっさりとチケットを譲ってもらえることとなった。何なら余らせた一般車両のチケットも一枚譲ってくれた。知り合いへの布教用にと数枚買っていたらしい。……次郎吉相談役といい、世の中には金を持て余している老人が一定数いるものだ。
チケット受け渡しの日時をメールでやり取りし、スマホをポケットにしまおうとした時、スマホから着メロが鳴りだした。まだ取り決めることがあったかな……と思いながらも電話に出ると、相手はご婦人ではなく羽田のおばさん……つまり秀吉兄さんの義母だった。彼女から電話がかかってくるとは珍しい。
「もしもし?」
『鍵太郎くん?突然ごめんなさいね。ちょっと急ぎで電話しないといけないことがあって……』
何だろう?羽田のおじさんが入院したとかか?
『あの……こんなおばあさんに聞かれても答えづらいのは百も承知なのだけれど……鍵太郎くんってお付き合いしている子とか気になっている子とかいたりするかしら?」
「はい??」
深刻な話題を覚悟していたところの突然の恋バナ展開にオレは目を点にするしかなかった。
『ほんとにごめんなさいね……”はい”か”いいえ”かだけでいいから……』
「それなら”いいえ”ですけど……」
言われた通り2択で答えると、おばさんは『そう……ありがとう』とだけ言ってあっさりと電話を切っていった。
何だったんだ?この前の小泉さんや千影さんといい……最近は女性の中で恋愛ドラマでも流行っているのだろうか?
オレは頭を疑問符で埋め尽くしながらブルーパロットへと向かった。
列車の運行まで一週間を切っているということで黒羽とオレはブルーパロットへにて急ピッチで計画を立てていた。
「うーん。チケットを譲って貰えた訳だが、オレたちの名義で行くとただの高校生が一等車両って怪しいことこの上ないよな。やっぱご婦人……小蓑さんに変装していくっていうのが良さそうな気がする。あの人少し偏屈なところがあるから人付き合い多くないし、わざわざ今回自分が不参加なことは言いふらさないと思うんだ。ただ……」
「ただ?」
「小蓑さん、昔火事にあったかとかで足を悪くして車椅子生活なんだ。だから、いつもメイドの住友さんって人が身の回りの世話をしていて……」
「つまり2人に変装しなきゃいけねえってことか。そんでオメーの演技力は……」
皆無に等しい。
ちょっとした嘘でもすぐバレる。周囲の人間からの評価は「目線がとても分かりやすい」「声が棒読み」等々さんざんな言われようなのだ。
「んじゃー……まあ、ジイちゃんよろしく!」
「は、はあ……」
こんな時のための何でもできる便……マルチスキル持ちの寺井さんに雑に仕事が振り分けられる。……と言っても流石に声真似は寺井さんもできないだろうから変声機は急いで用意しよう。
そして一週間後。
「わー、すっごーい!!蒸気機関車って初めて見る!」
「オレも!」
「大迫力です!」
「……」
とてもよく聞き覚えある子どもたちの声にオレは顔をしかめさせ、急いでキャップを深く被った。ベルツリー急行の出発地点である東京駅のホーム。声の方向に目を向けると、案の定そこには探偵クン含む少年探偵団たちがいた。
……うん、心の準備をしていなかったオレが悪かった。ミステリートレインなんだからそりゃあ探偵クンの1人や2人来る。オレとしたことが当たり前のことを忘れていた。
「ほーらガキんちょ共!ベルツリー急行のオーナーである鈴木財閥に感謝しなさいよ!特別に席を取ってあげたんだから」
少年探偵団のそばには阿笠博士と二人のオレと同年代の少女。1人は確か探偵クンの保護者である毛利探偵の娘さんで、もう一人は確か……鈴木財閥会長の次女!?
そういえば前の仕事でも博物館で見かけた気が……探偵クン、とんだ大物をスポンサーにつけているな。
まあ、オレたちの今回の目的はあくまで下見。派手なことを起こすつもりはないし特に問題はないはず……多分。
幸いなことに少年探偵団たちは6号車のようだ。黒羽たちは8号車でオレは5号車。そう顔を合わせることもないだろう。
オレはさっさと列車に乗り込むこととした。今回はただの下見だし、オレまで乗る必要はさほど無かったのだがあとでチケットを融通してくれた本物の小蓑さんに感想を根掘り葉掘り聞かれるだろうから、一般車チケットをありがたく使わせてもらうことにしたのだ。
万が一探偵クンに詰められたとしても本当にただのプライベートなのだから大丈夫大丈夫。今回は気軽に行こうじゃないか。
オレに充てられた5号車は相部屋だった。荷物を整理している最中、ドアがノックされる。「どうぞー」と声を返すと開いた扉から現れたのは、自分と同年代ほどの黒いハットを被った細身の少年だった。
「キミが同室の人かい?よろしくな!」
「ああ、よろしく」
快活そうな笑みを浮かべ手を差し伸べてくる相手に、オレも軽く挨拶を返しながら握手に答える。
しかしちょっと意外だ。ミステリートレインという催しはどちらかというと客の年齢層は高めだと思っていたが、自分と同年代が同室とは。
この感想は向こうも同じだったようで、「驚いたなー。ボクと同じ年ぐらいの人が一人席を予約してるだなんて!君いくつだい?ボクは高校2年生なんだけど……」と興奮気味に話しかけてくる。
「オレも高校2年生だから同じ年だと思うよ」
「へえ!それは奇遇!この列車にわざわざ一人席で予約したとは……さてはキミも相当コアなミステリーファンなのかい?」
「いや……ミステリーは詳しくないんだけど、知り合いに勧められたからさ……。そんな君はミステリー好きなのか?」
初対面にも関わらず次々と話しかけてくる少年に圧倒されながらも、オレは何とか受け答えをする。
「ああ!実はボク探偵でね……ああ、ごめん。先に名乗らなきゃいけなかったね。ボクは
そう言って力強く胸を叩く世良。見た目はどちらかというとクール系だが、せわしく変わる表情から見るに中々陽気な性格のようだ。しっかし探偵ね……まあ探偵クンほど怖い探偵はいないだろうからこれ以上知り合いに探偵が増えても同じことか。
「そうか……なら今のうちにサインを貰っとくべきかもな。オレはまあフツーの高校生の子庵鍵太郎だ」
そう名乗り返すと、世良は突然キョトンとこちらを凝視してきた。ええ?オレは変なことを言っただろうか。
「子庵……へえ、コイツが……ふうん」
何やらボソボソと呟きだした世良に居心地が悪くなりながらも、オレは荷物整理の続きをすることで気を紛らわすことにした。
オレはリュックから唐草模様の風呂敷包みを取り出す。中身はチョーカー型の変声機。今回ほとんど仕事のないオレだが、これだけは黒羽たちに手渡さなければならない。
急いで寺井さん用の変声機を作っていたのだが、一週間という期間は中々に短く、いくら阿笠博士の家で試用品を見たことがあったとはいえ間に合わせるのはキツかった。昨夜徹夜で何とか完成させたためまだ寺井さんに渡せていないのだ。最悪、黒羽が腹話術で何とかするとは言っていたが渡せるならば早いうちが良いだろう。
「今からちょっと部屋を離れるから、席広く使っててくれていいよ」
そう世良に一言声をかける。
「まだ出発したばかりだってのにどこに行くんだい?」
「いや、この席のチケットを融通してくれた人が一等車にいてさ。その人にちょっとお礼の挨拶をしに行こうと思って」
風呂敷包みを掲げて見せると世良は納得したようだが、何故か彼も席を立ちあがる。
「そうか。じゃあ一人でいても暇だしボクも移動しようかな。ボクも一等車に友達がいてね」
それじゃあレッツゴー!と背中を押され一等車両である8号車に共に向かうこととなった。
「趣味は?」
「睡眠」
「得意なことは?」
「睡眠」
「好きな食べ物は?」
「睡眠」
「あはは、キミ相当眠いようだね」
移動の短い時間にも質問漬けされた。やたら絡んでくるな……。
8号車に着き、「また後でね!」と手を振り世良が入っていったB室からは先ほどの女子高生たちの声が聞こえてくる。そこと知り合いなんかい!……世間は狭いものだ。
オレはその2つ奥のD室へと踏み入れる。
「寺井さん、遅くなってすいませんでした。コレ言ってた変声機です」
「いえいえ。こんなに早く作ってくれるとは!ありがとうございます子庵くん」
部屋で待っていたのは車椅子に乗った老女……小蓑夫人に変装した寺井さんと、そのメイドの住友さんに扮した黒羽。
「黒羽、首尾はどうだ?」
「ぱっと部屋全体を確認したが特に細工はされてなさそうだな……あの爺さんのことだからこれから手を加えるってこともあり得なくはないが、恐らくこの列車自体に仕込むというよりは、何か特殊な装置を持ち込んできそうだな」
「ほうほう」
オレも部屋の家具を触りながら、次郎吉相談役がしてきそうなことを3人で予想していると、突如廊下が騒がしくなった。
様子を見ようとオレは廊下に出たが、思わずうめき声を漏らしそうになった。隣の部屋のドアの前に集まっていたのは女子高生2人と少年探偵団と探偵クン……それに世良も。
「あっ!子庵の兄ちゃんじゃねえか!」
何も見なかったことにしようとドアをそっと閉じようとしたが、少年探偵団に気付かれてしまった。
「子庵のお兄さんも参加してたんですか?……って大変なんです!お隣の部屋で人が死んでるんです!!」
「はあ?死んでる??」
何の悪い冗談だ。……うわ、ホントに死んでる。
隣の部屋を除くと確かにソファに座った中年の男性がこめかみに穴をあけ死んでいた。振り返るとメガネを全反射させて底知れない微笑みを浮かべる探偵クンと、ニコニコ目を細める世良。
「子庵兄ちゃんは何でここに?」
「子庵くんはコナンくんたちと知り合いなのかい?」
ああ、この列車に乗るんじゃなかった。
オレは眉間に親指を押し込みながら、深く後悔の念を浮かべた。