オレはここ一週間めっちゃ頑張った。バイト先の同僚に頭を下げシフトを代わって貰い何とか学校終わりの時間を空け、毎日高島邸に足を運んだ。屋敷のあちこちを這いずり周り細工を仕掛けていく。
最初は恐々と引き受けた仕事だったが、やってみれば正直かなり楽しい。今まで自分でからくり人形を作ったりしてきたが、屋敷丸まるいじれるとは滅多にない機会だ。使用人さんたちが饅頭の差し入れもいっぱいくれるし、何なら晩御飯も御馳走してくれる最高な環境。
高島さんオレを常勤で雇ってくれねえかな…使用人としてで良いし。
そして高島さんが怪盗キッドから予告された日である今日。高島さんに細工した仕掛けを耳打ちすると、
「我が家がとんだ忍者屋敷になったものだ」
と苦笑いしていた。
そしてカラクリを起動させればまともに歩けない家になってしまうので高島さんたちには今晩は外泊して頂くようお願いした。
いざ決戦の時。相手に怪盗キッドとは不足なし!
ああ、そうだとも。負けるわけにはいかない、50万円の為に。
どこからか舞い降りてきた白い怪盗。コイツがどんなに凄い奴でも、オレの腕はもっとスゲエんだ。
「使用人さんしか使わねえ屋敷の裏戸。部外者を寄せ付けないようそこに仕込んでいた罠が一昨日壊れていた。入ろうとしていたコソ泥はお前か?」
「なるほど。一切見当たらない警察の代わりに番犬として用意されたのは貴方でしたか。ええ…ショーの準備に仕込みをさせて頂こうかと思いましたが白昼堂々と忍び込むにはこの屋敷は針の筵になっていましてね」
モノクルの奥に隠れる瞳を興味深そうに細めオレを見るコソ泥。怪盗キッドは鮮やかな盗みを行うために現場に予め仕込みをしていることが多いらしい。
「ちゃんと準備をする奴は嫌いじゃねえ。だがオレも仕事。お前には二時間の間警察の手出しが無い代わりにオレの土俵で戦って頂きたくてね。お前はマジシャンを名乗ってるそうだな。オレはカラクリ師だ。どちらも”初めて”を提供するからこそ楽しんで貰える仕事。ネタバレは面白くねえだろ?」
「ほう、私と貴方の真向勝負と」
「まあそんな感じだ。オレはもうお前に立ち向かう為の準備をしきった。工具を離したこの手で直接お前の邪魔はしねえ。オレのカラクリとお前のマジックの真向勝負だ!存分に楽しんでくれ」
はっはっは、と高笑いをするオレ。いやまあ実際はオレには物を弄る頭と手しかなく、身体を張って怪盗キッド相手に警護をするのがまあ無理だっただけなのだが…。
「これは面白いお誘いだ。互いに演者であり互いに観客であるとは。是非受けたく……!?」
一歩踏み出した彼の足が白石が敷き詰められた地面に埋まる。
「よーいドン!と言い忘れたが屋敷に仕込んだ全てのカラクリを起動させた。じゃあ、頑張ってくれい」
すっぽりと空いた穴を覗き落ちていったコソ泥に声をかける。返事の代わりに「ギャー」と思いの外コミカルな悲鳴が聞こえた。涼やかな雰囲気を纏い紳士ぶった奴だと思っていたが、案外愉快な奴なのかもしれない。
「じゃあホー太郎、頼んだぞ」
そう呟いてスズメバチほどのサイズのカラクリ鳥を投げ入れる。オレは約束どおり現状の仕掛け以上に手を出さない。コイツはただのカメラを仕込んだ観戦用のオモチャだ。
ホー太郎から送られてくる映像をスマホの画面で確認する。コソ泥が落ちたのは高島邸の地下室。落下地点には人を気絶させる程度の電流を流した線を設置していたのだが、コソ泥はそれを察知したのか咄嗟にどこからか取り出したワイヤーを地下室の天上に引掛けぶらさがり回避していた。
「身軽なやつだな…」
オレは素直に感心する。だがオレのカラクリ大サーカスはこれからだ。
地下室から一階への出入り口には10個ものダイヤルを設置している。それぞれを1から24の正しい値にしなければならないのは勿論、その正しい値というのは一分ごとに変わっていく。流石の奴といえど中々に多分、きっと難しい。そのため我が”カラクリ屋”代々の掟、「絡繰は人を楽しませる遊戯なり。相手が盗人であろうと盤上の決まりを示すべし」を守り、ヒントは地下室に隠しておいた。
コソ泥は壁や床を石橋を叩いて渡るがごとく壁や床を片っ端から確認しながら進んでいく。初っ端にいきなり落とし穴を仕掛けたのが悪かったのだろうか。
彼を疑心暗鬼にさせてしまったようだ。彼はダイヤルの前にたどり着くと顎に右手を当て考えこみ始めた。そしてふと何か思いついたように先ほど歩いた地下室の廊下に戻る。
そして彼がある一か所の壁を押すとギギっとゼンマイの音が鳴る。壁の材質を確認しながら歩いていたのだろう。早くも他と異なり裏に空間がある壁を把握していたようだ。
壁の一部が回転して「クルッポー」という鳴き声と共に鳥のからくり人形が出てくる。コソ泥はからくり人形…ホー次郎の口に咥えられたメモ用紙を抜き取った。
その紙を眺めながら再びダイヤルの前に立つ。そこで彼は何故か半笑いの表情を浮かべた。そして迷いがない手付きでダイヤルを回していく。作業を始めて約5分、彼はその短時間でオレの自信作の扉を開けてしまった。
…まさかこれ程とは。一度でも失敗すれば扉から閃光弾を放ち奴の目を潰すことができたのだが。さっきの半笑いは余裕しゃくしゃくの態度だったのだろうか。凄く悔しい。
奴は高島邸に仕掛けた数々の罠をその俊敏な動きで避けていく。驚異的な身体能力だ。殺傷力が無い単純な罠ではこのコソ泥を止めることは難しいらしい。
そしてとうとう金庫がある二階の高島氏の寝室に辿り着く。
コソ泥はおもちゃ箱を見つけたと言わんばかりも笑みを浮かべ金庫の解錠に取り掛かる。高祖父が作った金庫は若干の修理を行ったが解錠の仕組みには一切触ってない。まだまだ未熟なオレではまだ高祖父の作品に手をつけるのは逆に堅牢性を損なうと考えたためだ。
「あっ…」
地下のダイヤルでは一切間違わなかった奴だが、今金庫の解錠手順を間違った。すると金庫の隣にある箪笥の引き出しがあき、中からパンチグローブが飛び出す。金庫に夢中になっていたコソ泥の顔面に見事ヒットした。
ううむ…清々しい光景だが、奴を夢中にさせた物が自分の作品ではないことが悔やまれる。
奴は両手でグローブを引き離し恨めしそうにそれを睨みつける。しかしそこで気づいたようだ。グローブの拳の中に隠されたメモに。そしてそのメモを確認し…また何故か半笑いを浮かべた。本当になぜ??
そこからはまたもや一瞬にして彼は金庫を開けてしまった。そして今彼はスマホ越しに見るまでもなくオレの前に立っている。慎重にも確実に罠がない彼が一番最初に立っていた場所に着地して。
「見せつけるように宝石をかざしているのはオレへの当てつけか?」
「まさか、あなたの作品はスリリングで素晴らしいものでした」
コソ泥…もとい怪盗キッドは首を横に振ってそう言った。いやあ、でもコイツは内心オレを馬鹿にしているだろう。実質のタイムリミットも一時間ほど残し余裕綽綽の様子で立ってるし。それに…
「解錠中にえらい半笑いを浮かべてたじゃねえか。アレも簡単過ぎだって思ってたんだろ!」
オレは今普通に落ち込んでいる。結構落ち込んでいる。だって、だって一週間かけた力作が余りにも簡単に突破されてさあ。
「いや……あれは、カラクリはどれも今まで見たことのない緻密な動きをし、予想外の動きをしてきました。屋敷中の仕掛け、あれは”貴方の瞳が語る”ヒントが無ければ一時間で進むのは困難なものだった」
「オレの瞳?」
「ええ、穴に落ちる前にそちらの松の木に小型カメラを付けておいたのです。そして貴方が私の様子を観察するのを逆にこちらからも観察していた。貴方はとても正直な方のようですね。必ず仕掛けがある場所を注視して見ていた」
おおう…オレの方も観察されていたとは…!。しっかし、オレの様子を窺ってたからってスマホを見るオレの微妙な視線の動きを把握し、尚且つそれを元にオレに気取られない自然さで罠を避けていくって……人間業じゃねえ。
勝ち誇っていいはずの怪盗キッド。だが彼は「しかしながら…」としかめっ面で頭を抱えながら言葉を続ける。
「問題はあのメモ。ヒントを教えて頂けるのは良いのですが……良いんだけど……内容雑過ぎねーかアレ!?」
先ほどまでの紳士然とした態度は何処へやら、彼はぐしゃぐしゃと髪を搔きむしりながら叫んだ。
「雑な仕事はしてねえよ!オレはちゃんとただのヒントじゃなくて代々の決まりを守りなぞかけめいたものを考え記したぜ」
「アレのなーにが暗号だ!!ダイヤルの方は『この扉を通る方法 世界中の大きい棒と短い棒に聞いてみてね!』、金庫の方は『この金庫を開ける方法 鶴さんと亀さんに算数を教えて貰ったら分かるかも!』ときた。これ暗号って言っていいのか?なぞかけにしては結構直接的だし、妙に子供向けの文面だし!カラクリの難解さに合わせたもうちょっと厳かというかそれっぽい雰囲気あるやつ作れなかったのか!?」
あれで色々台無しだった、と怪盗キッドは憤慨している。
「しょうがねーじゃねえか、オレ国語の成績2しか取れたことねえんだから」
「ひっく!てか成績以前の問題だろ、あの残念さは。オメ―さてはバカだな?」
「ば、バカじゃねーし。天才カラクリ師だし」
「…確かにカラクリは見事だったけどよう」と、彼は大きなため息をつきこっちに残念なものを見るかのような視線を向けてくる。
「本当にお前の作品には
先ほどまでの表情とは一転して、ケケッと彼は無邪気な笑みを浮かべた。
「予定が押してるんでね、この宝石もお目当てのモンじゃ無かったし持ち主に返しといてくれ」
投げられた白鶴の涙を慌てて掴む。そのちょっとした隙に軽い音と共に煙幕が上がり、怪盗キッドの姿は消えてしまっていた。
完全敗北だ…。超悔しい。だが…
「白鶴の涙はちゃんと返してくれたし、依頼の内容はこの宝石を持っていかれないようにすることだし…」
依頼達成、報酬ゲットってことで良いんだよな?
朝高島さんが帰ってくるまで待っとくか。オレは再び縁側に腰を掛け満月を眺める。
「あっ、そういえばつけっぱだったわ」
ホー太郎、アイツに怪盗キッドを追跡させたままだった。壊されてるかな…、とぼやきながらオレはスマホを覗く。するとー…
『快斗おっそーい!今日はお月見するって約束したのに今何時だと思ってるの!』
『いやあ、ごめんって。ほら、オメ―が好きな饅頭もってきたからよ』
カメラに映るのはオレと同じぐらいの少女と少年。少年が手に持つのは高島邸によく用意されていた饅頭の箱。コイツが怪盗キッドの正体……!?
……まあ、良いか。アイツいい奴だったし。
オレはホー太郎に帰還だけ指示し、そっと画面を閉じた。
早朝、高島さんに白鶴の涙を返すと彼は胸に手を当てホッとした様子だった。
「これはねえ、高島家の者が代々妻となる人にプロポーズをする時に贈るものなんだ。守ってくれてありがとう」
と彼はオレの右手をブンブン振る。いやまあ一回盗られたけど…と頭によぎったがまあ現状誰も損してないし良いかと流す。
オンにしていたら日常生活に支障がでるほどのカラクリ屋敷に魔改造しまくった件もお孫さんたちに好評だということで、危険なものだけ取り外しそのままにしておくとのことだ。
これからも頑張るんだよ、としっかり報酬をくれた高島さんを神様仏様と心の中で崇めつつオレは帰路を辿る。
「そういえば今日は普通に平日だし学校があるなあ…一応午後からだけでも行っとくか」
丁度制服も着ているためオレは高島邸からそのまま高校へ向かった。
高校の校舎はひどく賑やかだった。今は昼休み中のようだ。あくびを噛み殺しながら自分の二年生の教室へと入る。
そういえばいつもは学校に来てもバイトの疲れでほとんど寝ているものだから久しぶりにクラスメイトの顔を見たなあと思ったその時。
「スリー、ツー、ワン」
朗らかな少年の声。それは夜耳にした…
黒板の前でマジックを披露する少年と目が合った。
「ああ!!お前はか、かいとー…」
叫びかけたオレの口を彼は無理やり抑える。そしてそっと耳打ちをしてきた。
「今日の昼食奢り……」
オレの脳は瞬時に購買のメロンパンとピザパンを浮かべた。うんうんとオレは首を縦に振る。彼は冷や汗だらだらの顔で改めてオレと向き合った。晩とは違い崩れかけたポーカーフェイスの笑み。
「もしかして話すの初めてか?オレの名前は黒羽快斗!よろしくな!」
続きは原作の出来事沿いになります。自分でトリックとか考えるのは逆立ちしても無理。