米花博物館で下見をした後日。
「計画はこうだ」
「まず鈴木財閥へ予告状を出し、敢えて姿を見せながらも真珠を盗まないことで米花博物館にある真珠がニセモノであるとこちらが気付いていることを示し、向こうのプライドを刺激するんだ」
「ほう」
黒羽の説明に、オレは相槌を打ちながら清書した予告状のコピーを手でつまみペラペラと仰ぐ。
「次に…」と黒羽は言葉を続けると同時に中指も立て、”2”を示す。そしてその右手を振ると、いつのまにかその指の間にはカードが挟まっていた。そのカードにはオレが今持っているものと同様、裏面にキッドの姿を抽象化した”キッドマーク”が記されている。
二枚目の予告状だ。
「同時に予告をする。『船上パーティーで漆黒の星を頂く』ってな!鈴木財閥の奥さんは気が短いらしいから、きっと挑発に乗ってパーティーに本物の漆黒の星を用意してくれるぜ……!」
ターゲットである鈴木財閥の家族メンバーのプロファイリングは寺井さんがしてくれたらしい。テーブルの上に所々付箋書類が積み重なっている。
ほんと寺井さん何でもできるな……。
「オーケー、じゃあ
「その代わりオメーには船上パーティーの方でしてもらう仕事がいっぱいだけどな!」
しばらくは自身の作品制作に没頭できる!と思った矢先、黒羽はいい笑顔のもとオレにバインダーを押し付けてきた。
「えっと、小道具の発注リストに……なんだ?コレ。オレこんなこともしなくちゃならねえの?」
「ああ、オメーにしかできないことだよ。任せたぜ、”坊ちゃん”!」
いつかの仕返しと言うように語尾を上げ、黒羽はその笑みを深めた。
予告日の前日、3月31日。
怪盗キッドの予告は世間に公開され、ニュースはその話題で持ちきりだ。ラジオをイヤホンで聞き流しながら、オレは米花博物館近くのビルに入っているカフェの窓際の席を陣取り、上空のヘリコプターの数や機動隊の位置を確認する。
「あー、もしもし黒羽?ヘリは6機ほど、機動隊は東側に配置が偏っている。恐らく、警察は暗号を解き間違え、お前が川の方向から来るんだと思ってるんだろう……いや、ちょっと公会堂付近にも集まってるか?
まあ、どちらにせよ南西方向はガラ空きだ!」
オレも予告状の言葉の意味はさっぱり分かんねえけど……
そんなボヤキを心の中にしまい、オレは大まかなヘリや機動隊の位置を図表で示したものを画像として送信しつつ、黒羽に報告の電話をする。
「りょーかい!まあ、青子から話を聞く限り恐らく白馬から助言された中森警部はオレが現れる場所が分かってるみたいだけど……。現場に”眠りの小五郎”っていう名探偵がいるとかなんとかで、ソイツの推理が優先されちまったらしい。
今夜は可哀そうな警部と二人っきりのランデブーといきましょうかね!」
「相変わらず中森警部、キッド本人に情報流しまくってんな……」
娘の幼馴染、しかもいつもご飯を一緒に食べる息子同然の仲のヤツが仕事で追ってる窃盗犯とは。彼も中々に報われない。
予告時間の夜、予告通りに行動するならば黒羽の仕事は米花博物館の南西に位置する杯戸シティホテルの屋上に立つだけだ。というわけで、裏方のオレも特にすることはない。
アジトであるブルーパロットでのんびりくつろぎながら、黒羽につけたカメラ越しに観戦を意気込んでいた。
予告時間の4月1日の0時30分。
黒羽は白い衣装に身を包み、ハンググライダーで杯戸シティホテル屋上へと降り立った。誰もいないその静かな屋上に降り立つ……はずだった。
「よおボウズ……何やってんだこんな所で……」
屋上の端にただずむ一人の蝶ネクタイが似合う小学校低学年ほどの幼い男の子。
彼は身に着ける大きなメガネのレンズを逆光に反射させながら答えた。
「花火!」
……ホントに何やってんだ!!?
ソファに腰を掛けながらコーヒーを飲んでいたオレは、画面先の光景に思わず吹き出しかけた。
「あ、ほらヘリコプター♡こっちに気付いたよ!」なんぞえげつないことを可愛らしい声音で話す男の子。なに?新手の妖怪??
黒羽は無言を貫いているが、内心はオレと同じように意味の分からない存在に対して顔を歪めているはずだ。
「ボウズ…ただのガキじゃねーな……」
黒羽は余裕たっぷりふうにそんな言葉を放った。ブランドイメージ保つのも大変だなあ。
そして、男の子は黒羽の問いにニッと口角を上げる。
「江戸川コナン……探偵さ……」
……それは小学生が深夜にホテルの屋上で世間で話題の怪盗を待ち伏せをし、花火を上げることで警察を誘導し怪盗を追い詰めていることに対する疑問への答えになっているのだろうか?
高校生探偵はそれなりに聞くが小学生探偵は初めてだ。探偵という職業は低年齢化が激しいらしい。
オレが社会はそんなものかと無理やり自分を納得させている間に黒羽は機転をきかせ、敢えて警官を屋上に集めることで閃光弾で視界を悪くしているうちに警官に紛れ見事に逃げきっていた。
「よおボウズ……知ってるか?怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが……
探偵はその跡を見て難癖つける批評家に過ぎねえんだぜ?」
と、推定探偵の妖怪の男の子にキザなセリフと、二枚目の予告状を遺して。
『4月19日
横浜港から出港するQ・セリザベス号船上にて
本物の漆黒の星をいただきに参上する
怪盗キッド』
幾分かの想定外はあったものの、目的である鈴木財閥への当て付けは達成した。
予告状を受け、鈴木財閥は上手く乗ってくれたようだ。
「お前に頼まれていた漆黒の星の模造品を作るために取引先の町工場に材料発注したらさ、『三水の坊も鈴木さんとこに真珠作り頼まれたのか?』って馴染みのおっちゃんに言われたんだ。話を聞く限り鈴木財閥は大量の模造品を業者に作らせているらしいぜ」
鈴木さんとこは金払いは良いんだが、納期の短さと作るモノの規模がイカれてるんだよな……、なんて愚痴も一緒についてきていた。
「へえ…船上に大量の模造品を用意しておくことでどれが本物か分からなくするって寸法か。金にものを言わした泥棒対策だな……」
黒羽も苦笑いを浮かべる。
そんな情報共有をしながら、オレは家の工房から持ってきたいくつかの模造品の真珠を机に並べた。
「一番右のは博物館にあったピカピカのやつのレプリカで、隣は本物に近いだろうくすんだ光沢にした。他のやつは見た目だけ真珠に似せた煙玉と閃光弾だ。まあ、上手く使ってくれい」
「おう、あんがと!じゃあ子庵、当日の”情報収集”も頼んだぜ!」
「へいへい」
オレは手をひらひらさせながら答え、ブルーパロットを後にした。
そして、4月19日。
パーティー会場であるQ・セリザベス号の出港地点の横浜港に、袴姿で訪れていた。
船上の西洋式のパーティーに適したとは言い難い服装だが、仕方がない。スーツがないのだ。財政難のうちが成長期のオレに合わせて採寸したスーツなんて持っているわけがない。
職業柄、和装をする機会はそれなりにあるため着物の着付けは自分でできる。そのため、押し入れにしまわれていた祖父の若いころのであろう一番立派そうな袴を引っ張り出してきた。
まあ、羽田のおじさんも秀吉兄さんもよく袴来てるしそういうキャラの家ってことでドレスコードをゴリ押せるだろうという考えだ。
船へ繋がるゲートの前に立った係員の男性に、オレは裾から招待状を取り出し見せる。
「ご招待いただきました子庵鍵太郎です」
「えーっと……はい!羽田康晴様の代わりに来られた子庵様ですね。では、ご入場される前にこちらのものを受け取ってください」
そう言われ手渡されたのは白い布地の高級そうなミニケース。サイズ的に間違いなく漆黒の星の模造品が納められている。
知ってはいたことだが、500人余りの乗客全員に模造品を用意するのは金銭力と執念がヤバすぎる。客への余興の意味合いもあるのだろうが、それにしてもだ。
時間ギリギリに来たため、オレが入場してすぐ船は出港した。
広間に入ると、舞台上で鈴木会長がパーティー開催の挨拶をしている。
「今夜はコソドロの事など忘れて……500余名が集まった優雅かつ盛大な船上パーティーをごゆるりとお楽しみください……」
堂々とした出で立ちでスピーチをする鈴木会長に、オレは思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。
なにが「”コソドロ”の事など忘れて……」だよ。コソコソせず一番目立ってる”コソドロ”はお前のことだろーに。
なんとまあ、あの鈴木会長は黒羽の変装なのである。パーティー会場で盗みをするのにその主催者に化けて侵入するとは、全く大した胆力のある怪盗だ。
鈴木会長()のありがたいスピーチの後、会長の奥さんが入場の際受け取った黒真珠のブローチを全員胸につけるように言い、1人だけ招かれざる客が混じった奇妙なパーティーが始まった。
客各々が自由に交流をしだす。皆世間を賑わす怪盗キッドが自分たちの中の誰かに紛れているかもしれないという状況に色めきたっているようだ。
オレはあたりを見渡し、見知った”お得意様”を探す。
「あっ、網代さん!お久しぶりですね!うちが作った金庫の開け方まだ覚えていらっしゃいますか?」
なんて冗談を言いながら彼らに声をかけていく。
この前黒羽には「オメー学校では全然喋んないくせに外では割と愛想良いよな」と言われたが、こちとらコミュ力が大事な個人営業主なんだ。
仕事ができても、愛想がないことがどれだけ個人営業において致命的かはジジイの背中を見てよーく学んでいる。学校では仕事の疲れで眠いだけで、決して大人とは話せるけど同年代と仲良くなる方法が分かんないというわけでない。ないったらない。
「いやー、しっかしこの漆黒の星……模造品だろうけど凄くキレイですよねー。家宝といえば……お宅の
お得意様たちと雑談をしながら、さりげなくお宝の近状を聞き出す。
今回オレがパーティーに参加する目的は、心配でヤキモキしている寺井さんに変わって黒羽の様子を見守るってのが一つだが、どうせ職人屋のオレが現場で出来ることなんてたいしてない。
メインの目的は、金持ちが一堂に会するこのパーティーで宝石の所在に目星を付けることだ。黒羽が探している宝石はビッグ・ジュエル。推理するまでもなく大抵金持ちが所有しているため、今回のパーティーは中々いい情報源となりそうなのだ。
ヘラヘラと笑みを浮かべながらお得意様たちに胡麻をすっていると、ふと誰かからの視線を感じた。
振り返るとそこにはウエーブがかかった黒髪にぴっちりとした黒いスーツで身を固めた大柄な男性がこちらを凝視していた。
その横には、対照的に華やかな紅色のドレスを纏った女性。
ん……?あの子どこかで見覚えがあるような……
「あら、そんな眉間に寄せはって。まさかウチの顔忘れたんじゃあらへんやろうね……”かりほの
そのどこか厭味ったらしい関西弁に、オレはアッと小さく声を上げる。
「もしかして紅葉ちゃん!?」
「覚えててくれて何よりですわ」
明るい色のショートヘアにたれ目、そしてこの言い回しは間違いなく大岡
最後に会ったのが確か中学1年生の頃。しばらく会わないうちにずいぶんとスタイルがよく……特に胸が……
スッと突然冷たい刃のような視線が隣の男性から突き刺さってきたので、オレは慌てて目をそらす。
「雰囲気が大人っぽくなってて気づかなかったよ」
「そういうあんさんは逆にちょっと間抜け面になりはったんちゃう?その袴姿と合わさって太閤名人に似てきはったかもね」
「よしてよ……オレ兄さんほどぼんやりしてないって」
彼女は羽田家と縁のあるこれまた資産家の大岡家の令嬢だ。昔羽田のおじさんに連れられ何回か会ったことがある。
特に彼女の家に行ったときは、百人一首の歌の漢字を読み間違えたことで延々と笑われたためよく覚えている。そのこともあってオレは少し彼女には苦手意識があったりする。
「そや……おじい様から羽田さんとこにそのうちお願いしたいことがあるって言うてはったわ。またよろしく伝えといて」
向こうも中身については大して変わっていないな……なんて考えながら話していると、舞台付近が騒がしくなってきた。
どうやら催しとしてマジックが始まったらしい。
広間の端にいるオレたち付近からは舞台上のことはよく見えなかったが、足元に転がってきた黒真珠を見てオレは黒羽が動き出したことを察した。
黒真珠からプシュッという音と同時に大量の煙が噴き出される。黒髪ウェーブの男性が素早い動きで紅葉ちゃんを庇う。彼はボディーガードなのだろうか?
黒羽は上手く漆黒の星を盗んだようで、本物を身に着けていた奥さんの悲鳴が広間に響き渡る。
煙玉を爆弾と勘違いしたのかパニックになる客たちに紛れ、オレは広間の外に出て人気のない廊下の一角に身を寄せる。
そしてスマホアプリを移動し、映し出されるホー太郎の目線を確認する。そこには無機質な鉄でできた装置が並ぶ機械室らしき場所が映っていた。
確か黒羽の逃走経路は屋上に隠していたハンググライダーだったはずなので、オレはん?と頭を傾ける。
「げっ!」
オレは思わず悲鳴をあげた。
だってカメラの先には先日のあの”妖怪少年”が映っていたのだ!
彼は黒羽が扮したオレと同年代の少女の前で、どこからか取り出したサッカーボールをリフティングしている。暗がりの機関室でポーン、ポーンとボールを蹴り上げる様はほんとに妖怪だ。
妖怪少年は目の前の少女が黒羽……怪盗キッドであることを言い当て、それだけにとどまらずキッドが真珠を盗んだ手口を次々と暴いていく。
ひいい……とオレが漏れそうになる声を押し込めながら見ていると、黒羽が機内電話を使い人を集めようとした。
前回同様集まった人々に紛れ逃走する算段だったのだが、突如として妖怪少年が蹴りだしたサッカーボールがドン!と鈍い音をたて電話を破壊してしまった。
もはや悲鳴すら出なかった。
何?電話が煙をあげながら壊れるサッカーボールの威力って……なんか靴ビリビリしてるし……
「優れた芸術家のほとんどは死んでから名を馳せる……お前を巨匠にしてやるよ怪盗キッド……
監獄という墓場に入れてな……」
また怖いこといってるー!てか前の黒羽の置き言葉を根に持ってんじゃん!
凶器で追い詰められた黒羽だったが、閃光弾を使いなんとか逃げおおせたようだ。作ってて良かった閃光弾。
オレは妖怪少年の足音が遠ざかっていくことを確認し、そっと機関室に入る。階段の隅にキッドの白い衣装が脱ぎ捨てられていた。それをオレは証拠が残らないようと念の為圧縮袋に入れ回収する。
黒羽はハンググライダーでの逃走を諦めて海に飛び込んだようだ。確かに東京港は目先にあるが、まだ四月半ばで夜中に寒中水泳とは大丈夫だろうか?携帯用の浮き袋も仕込んでいたはずだし何とかなるとは思うが……。
スマホで黒羽につけているホー太郎の位置を確認してその情報を寺井さんにながし、黒羽の救出を依頼する。
「はは……あの子スゲー怖かった」
壊されてしまった電話を横目にオレは身を震わせた。
……しかし”巨匠”か。
三水の初代は間違いなく生きていたころから巨匠と言えるだろう。しかしその後の吉右衛門は世間に作品を知られることなく死んでいった。
死んでもなお影にいる芸術家は何のために作品を生み出したと言えるのか……
次の日、黒羽は見事に風邪をひいていた。気の毒に。
周囲には「船を見に行って海に落ちた」と説明したらしく、一日からかわれていた。
散々な仕事だったとぼやきながら、オレは放課後に阿笠博士の家に向かう。
「博士ー、品受け取りに来ました!……ん?その靴は……」
「ああ、これは近所の子にオーダーメイドで作ってやってのお。今はメンテナンス中じゃ」
そういえばそのメガネも蝶ネクタイも……。
阿笠博士は楽しそうに靴紐の中に隠れたダイヤルを弄っている。
……彼の手を止めなければ、自分たちが”巨匠”になる要因はサッカーボールになるかもしれない、とオレは唾をごくりと呑み込んだ。
今年の映画で改めて思ったけど、犯人目線のコナンくんってやっぱりちょっと怖いですよね。
次はまじ快回書きたい。