シビルドンドンシビルドン!   作:ムラムリ

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ポケモン小説wikiの第二十回短編小説大会に『今日も今日とて戦々恐々』というタイトルで投げてた話。
一応健全の範疇だと思います。


レントラーがシビルドンに性癖を目覚めさせられる話

 体が、軋む音を立てている。蔦で巻き取られ、何も出来ないまま口の縁についた目が獲物である自分の味を想像するかのようにじろじろと眺めてくる。また、蔦は自由自在に動いて自分をくるくると回し、背中も腹もそして顔も股も余す所なく観察され、観察され。

 必死に体から電撃を放っても草タイプであるそいつには通りが悪く、意に介すどころか、更にぎゅっと締め付けられて肺から空気が飛び出した。

「ヒュッ、ヒュッ……」

 助けて、と先に叫ぶべきだったのに。もうそうする余裕もなかった。口に蓋をしているような大きな葉が持ち上げられて、もったりとした甘い匂いが鼻を支配してくる。

 体がより一層持ち上げられて、その口の中が見えてくる。胴体は薄く光を通しており、中ははっきりと見える。詰まっているのは溶解液。骨をも容易く溶かす、強烈な……。

 最早呼吸すら出来なかった。自分の頭がすっぽりその中に入れられて、視界がそれだけになる。

 ぐちゅ、んちゅ。

 けれど、そいつは、ウツボットはすぐに溶解液に自分を浸す事なく、再び味を確かめるように口を引き締めて自分の顔をひたすらに撫で回す。

 ……ん?

 ところどころに硬いものが当たる。まるで牙のようなそれ。ウツボットに牙なんてあったっけ?

 …………目が覚めた。

 視界は真っ暗だった。そして、強く抱き締められていた。

 シビルドンに。

 真っ暗な視界は、シビルドンの口の中だった。

「うわあああああああああああああああ!!??!!??!!??!!!!」

 

「……酷い目覚めだった」

「ごめんごめん。何かお詫びするわ」

 つい最近、主人の新しい手持ちになったシビルドン。長い事野良として暮らしながら、農家の害となるポケモンを率先して駆除、食べる事で人間と共生していた個体だ。

 だから、人間と生きる事に慣れはあるものの、生き物を殺す事に躊躇いがない。

 その気になれば俺を鯖折りにした挙句ぐちゃぐちゃに噛み砕きながら飲み込む事も出来そうな口に包み込まれて、本当に生きた心地がしなかった。

 朝から精魂疲れ果ててしまった俺に、シビルドンはそう言うものの。

「お詫びって、何が出来るんだ? オドシシとかリングマとかでも狩ってくるつもりか?」

「そのつもりだったけれど。あれ? 何かダメだったりする?」

「……コラッタでいい」

「随分と少食なんだね?」

「そういう事じゃねえんだけど……いや、良い。とにかくコラッタで」

「小さくてすばしっこいの、捕まえるの苦手なんだけどねえ」

 ここが如何に田舎とは言え、そんなオドシシやらを道中引き摺ってきたらヤバいってのは、流石に俺でも分かる。

『おはようございます。……はい。はい、その件に関しては……』

 そしてギリギリまで寝ていた主人はもう朝飯も食わずにパソコンに向かって仕事を始めてるし。透視してみれば、パソコンのカメラに映る上半身だけきっちり着替えて、下はパジャマのままだった。

 そしてラロア(アローラライチュウ)はさっさと外で今日もサーフィンしているだろうし。今日も寒いっていうのにあいつは本当に元気だ。

 で、俺とシビルドンがこたつの中。四つ足である俺は寝転がってるだけだけど、シビルドンは体を起こして、その爪しか生えていない手で丁寧にオレンの実を向いてぱくりと食べている。

「……で、いつ行くんだ?」

「せめてもうちょっと暖かくなってからー」

「…………」

 俺は正直、こいつの事が苦手だ。

 人間と共に生きたいと思いつつ、そこまで積極的な行動に移せずにずっと人間の側で生きてきたこいつの心情を理解して、主人はこいつを手持ちに勧誘した訳だが。

 そんな生き物を殺す事に躊躇がない癖に寂しがりなこいつは、どうにも不気味さを覚えてしまう。

 それなのにレントラーという、とりわけ電気で意思疎通をする事が得意な性質のせいで、ラロアより俺の方がこいつの言葉が分かるようになっちまったという、何とも言えないもどかしさ。

「毎年、冬はね。穴を掘ってずっと、ず〜〜〜〜っと寝て時間が経つのを待つだけの季節だったからね。

 こうやって、暖かくのんびり過ごせるのは、それだけでとても楽しいの」

「…………」

 だから、こいつの心情も俺が一番先に理解しちまって、色々と分かるっちゃ分かるんだが。

 

*

 

 デデンネやらが家に巣食っていないかの見回りの日課を終える頃に、ラロアが戻ってきた。

「あれ? ドンさんは?」

「俺への詫びにコラッタを狩りに行った」

「今日、寒いよ? ドンさん、途中で冬眠しちゃうかもよ」

「えー……」

「ほら行った行った。私はこれからお昼ご飯作らなきゃいけないんだからさ。ご主人、今日も朝ご飯食べてないし、たっぷり作らないと」

「へいへい」

 見回りも透視で楽してたから、外に出るのは今日初めてだった。

 ドアを開けた途端に冬の風の鋭さが毛皮越しにでも突き刺さる。雪こそ降っていないが……こりゃー、毛皮すら持たないシビルドンには相当厳しそうだが。

 けれど小山の方へ行ったのは臭いで分かった。

「律儀な奴だなー……」

 別にまあ、そんな寒いならさっさと戻ってくれば良かったのに。

 全く。

 

 右側、畑、畑、用水路、道路。左側、家、空き家、荒地、空き家、空き家、家。

 舗装され、雪かきをされてひび割れが沢山見えているアスファルトの道路。

 主人と共に、都会から地元に帰って来てからの初めての冬。そしてシビルドンが新しく加わってからの初めての冬。

 しょーじき、まだまだ俺は慣れていない。さっさと慣れてしまったラロアとは別に俺、オトラはそういうのにどーにも繊細らしい。

 この田舎であいつはずーっと生きて来て、それで俺もコリンクだった、コトラと名付けられていた小さい頃から見て来た訳だけど、ヘイガニどころかシザリガーまでをも電撃でバチっとするどころか、その殻ごとバリボリ噛み砕いて食べる様は俺にとって恐怖でしかなかった記憶は、今でもずーっと残っている。

 蛇のように俺の首まですっぽりと入ったその大きな口。甘噛みだったとはいえ、四つの牙が俺の皮膚をぷっつりと突き刺していた。ぎゅううと俺を抱きしめる二本の腕はそのまま俺の肋骨もそして背骨もバキバキにへし折る事も出来そうな程だった。

 シビルドンは都会でも時々見かけたけれど、やっぱりあのドンさんは違う。主人はこの田舎にやってくる前は別のトレーナーの手持ちだったのではと推測しているが、そうだとしても、野で生きるべき弱肉強食の論理があいつの身には染み付いてしまっている。

 バトルに出してしまったら、うっかり相手を殺してしまう事もあり得そうな。

 そんな事を思っていると小山が近付いて来ていた。鼻に意識を集中してみれば、ドンさんの臭いがやはり続いている。

 ここで待ってりゃ良いかなと思いつつも、こんな寒いところでじっとしているのも性に合わず、そのまま臭いを追う事にした。

 

 ……頬のヒゲがピクピクと動いている。全身の毛がぞわぞわと逆立っていく。

 こういう直感がする時は、それに従った方が良いと経験則から分かっていた。

 小さい頃からそうだった。親元でまだ小さかった頃、無性にヒゲがピクピクして急に恐ろしくなって巣の外に飛び出したら。ハブネークが巣穴に顔を突っ込もうとしているところだった。親も、兄弟もそれきり会う事はなかった。

 ひもじい思いをしながらとにかく安心出来る場所をと家の下に住んだ事もあった。でも程なくしてヒゲがピクピクし始めて逃げようとしたその時、別の穴からどこかからかやって来たブニャットの体がぎゅむぎゅむと入り込んで来ていたのが見えた。

 お友達が出来た時もあった。けれど彼女は日の当たるところに出て、自分はヒゲがビクビクして足を止めたその瞬間、お友達はピジョンに連れ去られて行った。

 とにかく走った。どこに誰が居るのか分からなかったけれど、ビクビクしない方に逃げればそれで良いはずだった。

 走って、走って。

「うおっ」

 目の前にレントラーが居た。けれど唐突に飛び出して来た自分には驚くだけで、自分は今回も逃げられた。

 

 コラッタが飛び出して来たかと思えば、その先から浮遊したまま猛スピードで突進してきたシビルドン。

 目は冷徹で、無表情で、牙がいつもより鋭く見える、正に捕食者な。

「うおあああっ!?」

 そのでかい口が俺の目の前で止まった。

「あ、迎えに来てくれたの?」

 一瞬でその顔がいつものに戻って、口調もそのままで。宙を泳ぐような姿勢から立つような姿勢に戻る。

 小便すらチビりそうだった俺が必死に平静を努めながら言う。

「え、あ、ああ、うん。ラロアがこんな寒い日だからあんたが冬眠しちゃうんじゃないかって」

「まー、少しは耐えられるよ。溜めてる電気で熱も少しは作れるしね。でも、ありがと。……コラッタは、ちょっと見つけたのは警戒心がとても強くて捕まえられそうになかったけれど」

「いや、まあ。その位は別に良いよ」

「そう?」

「じゃあ、帰ろうか。家に着く頃にはもう昼だろうし、無理して外に出なくても良いだろ」

「うん。そうする」

 俺がシビルドンに背中を向けると。

「ねえ、寒いのは寒いから……良い?」

 何が良いかと言うのは、分かりきった事で。

「うー…………良いよ」

「ありがと」

 そういうと、俺の体にシビルドンの体が巻き付いてくる。骨も関節もない代わりに、全身筋肉なその体。ずっしりと重くて、大した力が入っていなくても引き離せる気がしない。

 命を握られている感覚がして、胸がきゅっと縮み上がる感覚がする。

「あ〜、あったかい。

 ラロアさんだったらこんな事してくれない」

「そうなのか?」

「うーん。ここだから言えるんだけどね。

 ラロアさんは私の事、客として扱っている感じなんだよね。それに対してオトラはもう私の事、家族のように扱ってくれてるじゃない?」

「んー……」

 何となく言っている事は分かるところがあった。

「ぶっちゃけると、俺、まだあんたの事苦手だけどなあ」

「でもオトラからは、何と言うか壁を感じないのよ。だから私はオトラの事好きよ。

 それに対して、ラロアさんと打ち解けるには、まだまだ時間がかかりそうな感じがする」

「そう、かぁ」

 俺も苦手だけど嫌いじゃないよ、と返すのは恥ずかしくてやめた。

 その代わりに、今まで何となく聞いてこなかった事を聞く事にした。

「……それで、一つ聞きたいんだけどさ。

 ずっと今まで、聞きたかったけれど、何となく聞けなかった事」

「なぁに?」

「俺の主人は、あんたには元々他の誰かの主人が居たんじゃないかって思ってるんだけど。

 実際、ここに来る前は何をしていたんだ?」

「…………。全部言うのは、もう少し後にしたいけれど。私は、主人と死別したわ。

 そして、食べた。私にとって、それが私にとって一番、愛を伝える方法だったから」

「……」

 返す言葉が見つからなかった。

 もし、主人が死んだら。そんな事を考える時は殆どなかった。寿命として俺やラロアの方が先に死ぬから。

 けれど……万が一、主人が何かの原因で先に死んでしまったら。俺もそうしたくなるのかもしれない、と思えるところはあった。

 俺はそれに対して何か所感を言う事もなく……ただ、一つだけ。

「ラロアには黙っておいた方が良いんだよな?」

「そうして貰えると、とても助かるわ」

 シビルドンは、ラロアより俺を信頼している。そんな過去を話そうと思うくらいには。

 相変わらず苦手だけれど……悪い気持ちじゃない。

 

*

 

 帰って、昼ご飯。ラロアの作ったたっぷりのパンケーキを皆で食べて、主人は仕事の愚痴を俺達にぼちぼち吐いた後、また仕事に戻っていく。

 相変わらずパソコンに向かって何をしているのか良く分からないけれど、都会で働いていた時よりはよっぽど健康的な感じな主人。

 大きなコタツで俺達はぐだぐだ。ラロアは皿洗いをしている。任せっきりな訳だが、俺にもシビルドンにも手伝える事がほぼ無いんだから仕方ない。強いて買い物に行く時に荷物持ちになるくらいで。

 シビルドンが大きく欠伸をした。俺も少し眠い。

 シビルドンは、俺に近い……というより、また抱きついて来そうな予感がする。味を占めて、今日からずっと……。あんな夢を? あんな目覚めを?

 体がぶるりと震える、が、何故かそんな時に逆転の発想が思い浮かんでしまう。許せてしまうような。

「なあ、シビルドン。いや、ドンさん」

「なぁに?」

「あんたって、後どれくらい生きるんだ? 少なくとも俺や主人より十年くらいはもう長く生きてるんだろ?」

「……分からないけれど。何?」

「俺もラロアも、主人より先に死ぬんだ。後十年とかその位が平均寿命なんだってさ。

 だからさ、もし俺が先に死ぬなら、俺の事を食ってくれねえか? あんたが主人にしたようにさ」

「えっ……? いや、食べたって言ったけれど、私、あれは気付いたら食べてしまっていただけで、食べてる時の記憶なんてなくて」

「でも愛してたんだろ?」

「それは……そうだけど」

「食うなら俺を好きなだけ抱いても良いからさ。良いだろ?」

「え、いや、あの、その……」

「俺はもう寝るから。じゃ、そういう事で」

「え、え、ええー……」

 

*

 

*

 

 俺の体はぴくりとも動かない。俺は、俺の体を見下ろす形で見ていた。

 シビルドンがそんな俺の体を名残惜しげに見ている。暫く、じっと。

 それからシビルドンが俺の体を包み込むように持ち上げた。ぎゅっと抱き締めて、頬擦りをしてくる。けれど俺自身はそれを感じる事がない。ただ見ているだけ。

「……さよなら」

 シビルドンはそう言うと、俺の頭を口に入れて。ぎゅむ、ぎゅむ、と口が動く。シビルドンの口周りが、俺の頭の形になっていく。俺の頭蓋がみしみしと音を立てていく。

 俺の、体。シビルドンの両腕に強く抱き締められている隙間から見える俺の毛皮。それは気付いてみれば、最早ぽろぽろと抜け落ちてしまいそうな程に萎れていた。

 シビルドンの体に力が籠る。体に残っていた躊躇いが消えて無くなる。

 そして、ばきりと俺の頭蓋が砕ける音がした。

 

「…………」

 もはや、いつもの光景。悪夢から目が覚めると、パンケーキの匂いがする、湿った、真っ暗な口の中。

 今日も一日が始まる。

 もう、口に顔を突っ込まれている事にも、体を動かせない程に強く抱き締められている事にも、そしてそれが原因で見る悪夢にも、恐怖も感じなくなっている。

 それどころか、それどころか……。

 必死に自分を落ち着かせようとしていると、シビルドンの口が動く。

 俺を抱き締めていた腕が意思を持って下へ、下へと動いていく。

 ……あー、やっぱりお前も起きてるのか。

「なゔさうぇてあふぇうふぇ」

 俺の頭に直接響くような声。

 関節の一つもない筋肉ばかりの、大きな手。俺のそそり立っている下半身を包み込める手が、ぎゅっと掴んでくる。

 ……慰めてあげるね。

 俺は、やっぱりシビルドンの事が苦手だ。

 今日という一日がこんな始まりを迎える事が日常になる事にも、恐怖を抱かなくなっても。

 好きだけど、苦手だ。




デンキウナギ、ヤツメウナギの寿命そんなに長くないっぽいんだけど、まあ。

シビルドン

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