「―――は?」
襲撃者が発した言葉により思考と動きが止まる。
まさかそれが狙いか、と思い至るがそれらしき行動は一切ない。まさか本当に降参するとでもいうのか。
「は? じゃねえよ。降参するっつってんだろ。」
「―――は?」
軽い現実逃避。先程まで殺し合っていて、未だ余力が有り余っている相手が唐突に降参してくるという事態に思考が追いつかない。
「はあー、チッ! 面倒くせえ、降参してんだからさっさと受け入れろよ。」
「いやいや、無理ですよ。私の実力がこの戦いで跳ね上がっているのは分かっていますけど、それでもあなたのほうが圧倒的に強いじゃないですか。」
そう、絳禰の実力はこの戦いで急激に伸びていた。
生まれて始めての命をかけた圧倒的な格上との戦い。黒閃が発生し、反転術式を習得しなければ命を落としていた。最初から勝ち目などなく、足掻いていただけだった。その戦いの中で絳禰の術師としての才能が叩き起こされ、その実力を跳ね上げた。
それでも届かぬほど遥か遠くの強さを持っていたのが襲撃者だった。それが降参するなどありえない。
「まずそもそもの大前提が違えんだよ。」
「……?」
「俺は別にお前の命を取りに来たわけじゃねえ。」
「え? いや、いやいやいや。思いっきり殺しに来たし、さっきなんて私の心臓を貫いたじゃないですか。」
あれを忘れたなどとは言わせない。そう絳禰の表情からありありと伝わってきた。
「最初に仕掛けてきたのはお前だろうが。」
「確かにそうですが、私の問いに答えなかったじゃないですか。」
絳禰は最初に質問をしたはずだった。何をしにここに来たのか、と。
呪いの子として扱われている自身に名前を知られたくはないかもしれないと考えた上での質問だった。その質問に彼は一切の反応をしなかったのだ。それなら仕方ないだろう。
「それだけで自分を殺しに来た判定出して逆にこっちを殺しに来たお前が全面的に悪ぃだろうが。」
ぐうの音も出なかった。
「俺が今日ここに来たのは明日からお前の世話をさせられることになって、事前に様子を見に来たからだ。」
「それならそうと言えばいいじゃないですか! そしたらこんなことにならなかったんですから!」
「無理に決まってんだろ。本来お前と会うのは明日の予定だったんだからよ。あっちに悪いものを持ち込まねぇように色々と準備をしてから俺をお前につけるって当主命令だったんだ。破ったのがバレたらどうなるか分かったもんじゃねえ。」
―――悪いもの。
自分がどうしようもなく最悪の立場にいるということを突きつけられて、熱が冷めた。そこまで自分は恐れられているのかと、愕然とした。
が、それはそれこれはこれ。
「とりあえずあなたの言い分はそれでいいですね?」
「あぁん? 言い分だぁ? 即座に切りかかってきたお前が悪ぃに決まってんだろうが。それ以外に何があるってんだ?」
確かにそれはそうかもしれない。しかし絳禰にも言い分はあった。
「まず一つ目。私の感知網に引っかからずにあの距離まで接近してきた事です。あのときはそこまで集中をしていなかったので精度はイマイチでしたが、私は常時五感の三つと呪力感知により周囲の把握をしています。あの状況下でしたら少なくとも半径七メートル以内は完全に私の感知圏内でした。
それをあなたは私に一切察知されることなく二メートルほどの距離まで近づいてきた。足音を消し、呪力も感知させなかった。その時点で警戒を抱かないほど私はぬるい人生を過ごしてきていません。ずっと、いつ禪院家から刺客が送られてきてもおかしくないと思っていたんです。そんなところに現れたんです。敵だと判断しないほうがおかしいでしょう。」
「次に、私があなたを認識した後の私とのやり取りです。私はあなたを私を殺しに来た刺客だと判断しましたが、万が一ということがあるので念の為何をしにここに来られたのか、あなたは誰なのか、と問いかけました。しかしそれに対する返答はなく、沈黙するのみでした。それらの問いに答えない。これはあなたを敵だと判断するのに十分すぎる理由ではないでしょうか。」
淡々と自身が悪いのではなく、そちら側が全面的に悪いのだと話していく。自らに非はないと、自己弁護を重ねていく。
が、更に言い合いはヒートアップしていった。
◇
「ええ! 本当に禪院家ってクソですよね!」
「ああ、あの家にはゴミしかいねえ!」
―――いつの間にか、なぜか二人は意気投合していた。
「私が権力を手に入れたらすぐにでもあんな家叩き潰してやりますよ!」
「おお、いいじゃねぇかそれ! そんときは俺も混ぜろ!」
「ええ、もちろんですよ!」
しかも自分の実家を死ぬほど扱き下ろし、将来潰す計画まで立て始めていた。
話をしてみたらお互いに禪院家の中で最低の扱いをされている者同士、話が合った。二人して、“あのクソッタレな家を潰す”という考えが出て、それを一切否定しようとしない。それだけで禪院家がいかに酷いところであるかが窺える。
「あ、そういえば今更ですが自己紹介をしていませんでしたね。私の名前は禪院絳禰、六歳です。」
「ああ、知ってるよ。お前のことは世話係に決められたときによく聞かされたからな。」
「まあ、そうでしょうね。」
呪いの子の世話係につけるというのだ。自分たちにも何らかの危害が及ばないように彼が不用意なことをしないよう言い聞かせていたに違いない。
「まあそれはいいとして、俺の名前は禪院甚爾だ。ああ、禪院呼びはやめろよ? 虫唾が走る。」
「―――ふぉえ?」
―――変な声が、漏れた。
みんな大好きパパ黒登場。
あと甚爾視点はそのうちやる。