暇だった日の夕方、例のガキを見に行くことにした。あらかじめジジイから詳細な場所を聞いていたため、迷わず進む。かなり荒れた山道を歩くこと三十分程。ようやくその場所が見えてきた。
そこは少しボロボロではあるが、お屋敷と言っても良いほどの大きさの建物だった。こんな場所を今まで知らなかったのかと思うのと同時にまだ顔も見たことのないガキに対していいご身分だなという感想が湧いた。
それから俺は暫くの間この家の周りを見て回ることにした。
この家は元々山で修行をする時のために建てられたらしい。最近は使われなくなっていたが、呪いの子を隔離するには丁度いいということで選ばれた。
他の御三家の奴らにバレないようにするためにここら一帯には隠す結界が張ってあるらしい。そんなことをしていてもいずれ何処かから漏れそうな気もするが、俺には関係のないことだ。
建物の様子を見てみたが、俺が思っているほどいいものではなかった。遠目からでは綺麗に見えたが、よく見てみると屋根に穴が空いていたりしている。あれでは雨が降った時には雨漏りがひどいだろう。他にも柱は軋んでいる様子だったりとかなり深刻な状態だった。本来だったらすぐに直すべきなのだろうが、今回ばかりは丁度いいということだろう。
その後、例のガキはどこにいるのだろうかと思い、気配を探ってみるが、どうやらここにはいないらしかった。
なぜだろう。俺は面白いことが起きる予感がした。きっとそのガキは何かをやってくれるそんなことを思った。そのまま探しに行くのもいいが、来るまでここで待ってみようと思った。
そうしてしばらく待っていると、人の気配を捉えた。かなりの速度で移動しているようだった。聞こえる音は全力で走っている音。それにカチャカチャと刀が揺れている音だ。
急な斜面をただ走っているだけでなく、木を蹴って移動するなどパルクールのようなこともしている。
一体何をしてやがるんだと思った。刀なんてどこで手に入れたんだ、だとか、何で走ってるんだ、などの様々な疑問が頭に浮かぶ。こんな扱いをされている中でなぜそんなことをしているのか。あまりの扱いに頭がイカれたのか。或いはただの馬鹿か。
どちらにせよ、そんなことをしているガキにかなりの興味が湧いた。元々興味は持っていたが、そこまでのものではなかった、だが、このことでより強い関心を持つことになった。
そしてそのガキが帰ってきた。
初めて見たそのガキは真っ白な髪と肌をしていた。さらに、盲目であることを加味しても整った顔。恐らく成長すれば美人になることは間違いないだろう。歳と女の割には鍛え込まれた肉体も特徴的だった。
そのガキはボロボロの服を着ていた。生地も薄く、寒さなどは一切凌げないほどだ。ところどころ穴も空いていて、修繕している様子もない。それほど酷い服だ。
だが、俺が気になったのはそんなことじゃない。
そのガキはどこか生き生きとしていた。こんなクソみたいな状況に置かれているのにも関わらず、前を向いているようだった。何か掴み取りたいものがあるような、希望があるかのような、そんな表情だった。
理解ができなかった。
——なぜ前を向ける。
——なぜ希望を持っている。
——なぜ、
そんな
お前は自分の立場がどんなものか分かっているはずだ。どうして自分がこんな扱いをされているか、その見当もついているはずだ。なのになぜ、進むことを止めない。
子どもだからか? いや、そうではないだろう。やはり、ジジイが言った通りこのガキには何かがあるのかもしれない。
それからそのガキは素振りを始めた。決して子どもがやるようなお遊びではなく、しっかりと様になっていた。ずっと修練を積んできたということが見て分かった。何のためにそんなことをしているのかは分からないが、本気だということは分かる。
やがて素振りが終わり、瞑想をするようだった。どうやら今日はこれで終わりにするようでもあった。いい機会だと思い、ガキに近づくことにした。気取られないように足音は消していた。
近づいて様子を窺ってみるとかなり集中していた。心を落ち着かせているのだろう。呼吸音と心臓の鼓動の音だけが耳に響いた。
そこで少し好奇心が湧いた。
今小さく音を立ててみればどうなるのだろうかと考えた。気づくのか、それとも気づかないのか。だから、普通にしていても気づかないようなほんの僅かな音を立ててみた。
すると少しの間はあったものの、即座に傍に置いてあった刀を掴んで俺から跳んで離れた。そして刀を構えて警戒を露わにしている。
何やら思考しているようだったが、考えがまとまったのか何かを口にするようだ。
「あなたは一体何のようでここに来られたのですか?」
とりあえず不審者の情報を集める気なのだろうか。別に答えてもいいが、それでは面白くない。あえて何も言わず、反応を見てみる。
「そう、ですか。私を殺しに来たのですね? ですが、私も黙って殺されるつもりはありません。」
俺が黙っているとこんなことを言い出した。
ふざけてんのか、と思った。何で質問に答えなかっただけで殺しに来たと判断するんだ。どう考えたって頭のおかしい奴の思考だろう。俺だってそんな判断はしない。こいつは間違いなくイカれてやがる。
「術式解放 【焦眉之糾】」
そんなことを考えていたら、このガキは急に術式を使いやがった。どうやらこのガキは持ってる側だったらしい。まあ、当然だろう。てか、呪いの子とか呼ばれているくせに持ってなかったらお笑いもんだ。
(は?)
そんなことを考えていたのだが、このガキはあろうことか俺に全力で斬りかかってきやがった。それも人間相手に一切の躊躇いも持たずに。想定していなかったわけではなかったが、これには流石に面食らった。
だが、たかがガキの攻撃。避けるのに何の苦労もなかった。
その後も俺に向かって何度も刀を振るってくるが、受けてやる道理はない。炎を纏っているせいで少し間合いが読みづらいが、大したほどではない。
いい機会だ。このままこいつを見極めさせて貰おう。ある程度手は抜くが、それでも殺しにはいく。それで死んだらそれまで。俺は五千万貰える。だが、もし俺に何かを示せたのなら直毘人のジジイのいう通り、面白いことになるだろう。
その後も攻撃を続けてくるが、目を見張るようなものは何もない。あくまで子どもにしてはやるな、というレベルのものだ。こんなものでは傑物などとは言えない。
魅せてみろ。
そして俺はこのガキの両腕を蹴り折った。力が入らなくなった手から刀を奪い取り、体を動かなくした後に首に向かって振るった。
だがこのガキは振るわれた刀対して何の対応もしようとしなかった。俺が確かに覚えた落胆。俺と同じ持たざる者が何かをしてくれるのではないかという期待が心の何処かにあった。それを裏切られたような気分だった。
そんな失望とともに刀を振りきったのだが、斬った感触が全くしなかった。確実に捉えたはずの一撃がどういうわけか外されたのだ。失望した後だったため、らしくなく動揺してしまう。
その隙を突いて目の前にいるガキは頭突きをしてきやがった。僅かに反応は遅れたが、ガキの一撃程度受けても判断したため避けるつもりはなかった。だが、直後に悪寒。何かを感じとり、直撃とほぼ同時に後方に跳躍した。
その判断は正しかった。このガキは黒閃を出しやがった。術師でも一生出さないで終わる者がいる中で六歳で黒閃を出す。それは紛れもなく偉業であろう。
だが、それに満足せず炎を噴出して俺の方に突っ込んでくる。そこまでの速度はないため、脅威ではないが、先程の黒閃のこともある。警戒は怠らない。
どうやら再び何かをするようだった。術式で攻撃でもするのだろうか。
「秘伝 落花の情・操身」
その言葉とともにガキの速度が急激に上がった。動かなくしてやったはずの足で大地を踏み締め俺の方に駆けてくる。そこから跳びはね、俺に跳び蹴りを繰り出してきた。この時、なぜか受けてみようという考えが浮かんだ。普段の俺だったら絶対に考えないようなこと。俺はこのガキに何かを感じ始めているのだろうか。
そして再びの黒閃。今回は足に術式も使用していた。そこから間髪入れず次の攻撃。空中で無理やり体勢を変え蹴りを放ってきた。流石に三回連続で黒閃が出るようなことはなかった。
黒閃とはいえ所詮はガキの攻撃。俺にそこまでのダメージはなかった。術式の炎も天与呪縛により肉体が強化されている俺には通じない。やはり、ジジイの言っていたような傑物にはなりえないだろう。
そう判断した俺はすぐさま攻めに転じた。ガキの攻撃を振り払い、刀による攻撃を高速で叩き込む。大量の血が俺にも飛び散るが、そんなことはどうでもいい。
最後に心臓を貫き、トドメを刺した。
自分と同じ虐げられている何かを持っていない人間には複雑な感情を抱くことになった。