儂はその日、新しく生まれたという赤子を見に行った。呪力量も多く、将来有望であるとのことだった。だが、惜しむらくはその赤子が女だということだろう。例えどれだけ才能があろうともこの家では女は下に見られる。
これにはくだらないとしか言いようがない。それでどれだけ多くの才が埋もれてきたことだろうか。呪術に女も男も関係ないだろうに。
儂はその赤子を見た瞬間、えも言えぬ気持ちになった。実の子である直哉の時でさえこんな気持ちにはならなかった。儂はこの赤子に何かを感じたのだろう。注意深くその赤子を観察してみると、どこか自我を持っているように思われた。
あり得ないことだ。生まれたばかりの赤子が意思を持っているなどと、一笑に付すような話だ。だが、確かに儂はこの赤子に何かを見た。五条家に生まれたという六眼と無下限呪術の抱き合わせの子にも比肩するのではないかとあり得ない妄想までした。それ程のものをこの赤子から感じ取ったのだ。真っ白な肌と両腕に赤いあざがあるがそれは大した問題ではない。禪院家の女としては致命的ではあるが、呪術師であれば関係はない。
だが、一つの問題が発覚した。
その赤子は目が見えないことが分かったのだ。違和感を覚えた者が確かめてみたところ判明したらしい。目が見えないという無能。呪力量が多く、期待されていただけに落胆が大きいだろう。そもそも母体としか見ていなかったとしても、それだけの欠陥があるならば価値は下がる。
この赤子が折れぬようにするにはどうしたものか。
もう一つ重大な問題が起きよった。
その赤子を産んだ女が死におったのだ。産む前も産んだ後も健康で、病気などもなかった。完全に突然死だ。
その女が死んだ時に一緒にいた者に話を聞いてみると、本当に何の前触れもなく死んだらしい。それまで普通に話をしていたが、急に返事を返さなくなり、おかしいと思って確認したら死んでおったらしい。
産んだ子について話をしていたらしく、色々と文句を言っていたようなのだが、死ねばいいのにといった発言をした直後らしい。欠陥があるとはいえ自分が腹を痛めて産んだ子にそんなことを言うのはどうなんだと思わなくもないが、重要なのは死んだタイミングだ。
赤子に対して死ねばいいと言った直後に死んだのだ。何かしらの因果関係があると考えるのが普通であろう。ただの赤子だったのならそんなことは考えないのだが、この赤子は盲目、あざ、白い体という他にはない要素を持っていた。他の者が疑念を抱くのは仕方ないとも言えた。
そして一人の者がこう言い出しおった。
「あの呪いが我らに災いを齎す前に確実に処分するべきだ。」
人を呪いと同じだと断じたのだ。自分たちと血が繋がっている赤子を害ある存在だと決めつけ殺すつもりらしかった。
儂は馬鹿らしいと思ったが、あの赤子に感じたものが本物ならば殺させるわけにはいかん。五条悟という怪物が生まれたことで間違いなくバランスは五条家に傾くであろう。そうならないためにはこの家にも傑物が必要だ。だが他の誰も匹敵するような者はおらん。儂の子も怪物と呼ばれるような者たちには届かないであろう。甚爾はその枠組ではあるだろうが、呪力がないというのは呪術界では致命的だ。
だが、あの赤子は間違いなくそうであると儂の直感が言っておった。
あの赤子が殺されぬように色々と根回しをしなければならん。下手に放っておくと本当に殺されてしむやもしれぬ。いくら傑物であろうとも赤子のうちは無力なのだから。
儂が赤子を殺させぬために奔走しておった折、赤子を殺すべきだと訴えておった男が赤子のいる部屋で倒れておった。赤子の様子を見に行った際に儂が発見したのだが、その手には呪具を持っておった。殺すつもりだったということはひと目で分かった。だが、またも死人が出たのだ。その赤子が引き起こしたという考えが家中に広がってしまった。
これにより殺すべきだという発言が多くなった。だが、実行するのに名乗り出る者はいない。そんなことをしたら自分が呪いの餌食になるのではないかと恐れているのだ。
今は恐れて誰も手出しをしようとしないが、そのうち殺されることになるだろう。儂に当主として殺すように頼んできた者たちもおったが、適当な理由をつけて断った。
早くなんとかせねばな。
なんとか殺されるという事態は回避することに成功した。あの後に何度か赤子を殺そうとした者が悉く死んだことが効いたのであろう。ある程度死なないような歳になったのならば山のもう古く使っていない屋敷に一人で暮らさせるという条件で殺さないという言葉を引き出した。だが、子供を一人で山に放置するのだ。あわよくばそのまま死んでしまえばいいという考えが透けて見えた。その条件を撤回させようと奮ったのだが、家の者共はどうにも臆病なようでそこだけは譲らなかった。そのうえ毎日三回の食事を運ぶ者を毎回変え、そこに訪れた者は一日隔離されるという徹底ぶりだ。呪いを自分たちに近づけたくないらしい。
儂は馬鹿馬鹿しいと思いながらも赤子に害をなそうとする者が死んでいったのは赤子の仕業であろうというのは本当だと思うようになっていた。あれだけ立て続けに死人が出たのだ。信じぬほうがおかしいと言えよう。
だが、死んだ者は全員害意あるものだけで、それ以外の者には一切の被害が出ていない。恐らく赤子がしっかりと判断しているのだろう。山奥に放置することを決定したのは儂だが、流石に問題はないはずだ。
少し恐怖心もあるが、この赤子は傑物だという実感が強くなっていた。自身の身を守るためにこれだけのことをしているのだ。未熟な赤子でこれならば成長すればどうなるのだろうかと期待せずにはいられんかった。
一人山奥に放置して成長をしないのではないかという懸念も浮かんだが、そんなことはないだろうとすぐに消えた。この間様子を見に行ってみるとなんと呪力を操作しておったのだ。呪力の操作はある程度成長してから学ぶものだ。それを生まれて間もない赤子が誰に教えられるでもなく自力で行ったのだ。
ありえない話だ。自我も持たない赤子が呪力を操作しているのだ。それもただ操作しているだけではない。試行錯誤するかのように様々なことをしていくのだ。呪力操作だけならまだしもそんなこと普通はありえない。やはりこの赤子は何かをもっているのだと実感した。
あの赤子―――絳禰という名前らしいが、絳禰はいよいよ山奥の屋敷に送られることになった。儂は死んでしまうのではないかと恐れながらも、何処か信頼しきっている自分がいた。儂が見た傑物の可能性を信じているのだろう。或いはこの程度の試練を乗り越えてこそ傑物足ると考えているのやもしれぬ。
絳禰に対して実の子にも感じることのなかった親心のようなものが芽生えているのは分かっていた。何度も会いに行き、生かすために苦労をしたのだから覚えて当然かもしれぬ。だが、儂は今から親としては失格のことをする。
なんにせよ、儂が絳禰に会うことはもうきっとずっと訪れない。会えるとしたら成長して力をつけてからであろう。ならば生き延びて儂の前に再び姿を見せることを楽しみにしておこう。
気にかけているうちに情が湧いてしまった。だけどどうすることも出来なかった。