―――夢を見ていた。
なぜだかこれが夢であると確信を持ってどうであると思えた。これは、いつの頃の夢だろうか。どこか見覚えのある景色だ。
―――ああ、そうだ、これは前世の光景だ。
ここはベッドの上だ。私は虚弱体質で、よく体調を崩していたから学校もよく休んでいた。親には心配をかけていた。まあ、過保護すぎて少し居心地が悪いと感じることもあったけど。妹もいて私はその妹をとても可愛がっていた。仲も良かったと思う。ただ、両親は私にばかりかまっていて妹のことは後回しにすることが多かったため、モヤモヤとした気持ちを抱いていた。
「お姉ちゃん!」
窓の外を眺めていると、年下の女の子の声が耳元で聞こえてきた。
お姉ちゃん、か。そう私を呼んだということは妹だろうか。もう、顔も思い出せない。振り返って妹の顔を見てもぼんやりしていてはっきりとは分からない。ああ、私はこんなにも薄情な人間だっただろうか。私も禪院家の人間というわけなのだろうか。死んでしまったことで私は自分の事しか考えられなくなった。
それでも、それでも、夢の中でくらい、誰かのために。
「なに?」
「ふふふっ! だーいすき!」
ああ、この子は私はここまで慕ってくれているというのか。それとも、これは私の願望? まあ、これは夢だからそこまで気にする必要はないかもしれないけど。
「私も、——が大好きだよ。」
私の口が勝手に動いた。だけど妹の名前は聞き取ることができなくて。やっぱりこれは夢なのだと再認識した。きっと、楽しかった昔の記憶。もう戻ることのできない大切な日々。だというのに私の記憶はもうほとんどなくて、大切なあなたの顔も覚えていない。
もう、私はここにはいないから。
でも、少しだけ、この時間を楽しみたい。
「うっふふー!」
「あ、そうだ! お姉ちゃんと一緒に行きたいところがあるんだ!」
そう言った妹の顔はぼやけていてハッキリとは見えないけれど、楽しそうな顔をしているのだろうなということだけは分かった。だってこんなにも明るい声だから。
「そんなに遠くないなら良いけど、大丈夫かな?」
「ふふん! 安心してよ! 親戚の叔父さんに車を出してもらう約束を取り付けたから!」
「そうなの? なら、後でお礼を言わないとね。それなら多少遠くても行けるだろうし。」
「叔父さんも可愛い姪っ子のためなら喜んでやってくれるってさ!」
叔父さん、か。どんな人だっただろうか。妹のことは頭のどこかにずっとあったけど、その人のことは一度も思い出せなかった。私はそれを寂しいと感じているのだろうか。もう戻ることのできないあの頃を夢にまで見て、過去に縋っている。
進むと、決めたじゃないか。
振り返らないと、決めたじゃないか。
前だけ見ていようって、
止まらないって、
私に過去はないって。
なのに、なのに———
「楽しみだよね!」
「そうだね。」
———私はもう少しだけここにいたいと思ってしまっている。
これは夢なのに。目覚めれば消えてしまう淡い時間なのに。この時間が心地よくて、張り詰めていた意識がほぐされて、もっとこの先を見ていたいって私の心が叫んでいる。
でも、そうだね。やりたいことをやらないのは私らしくないよね。なら、もう少しだけこの時間を楽しもう。
それから私はベッドから出て、朝ご飯を食べにリビングへ向かった。時計を見ると今は朝の六時半。家を出て学校に向かうのはいつも七時十五分程だ。それまでに朝ご飯を食べて制服に着替えないと。
「あ、私も手伝うよ。」
母が食器を運んでいるのが見えたので、私も手伝うと伝えた。見えた母の顔もやっぱり靄がかかったかのように何も分からない。この人の名前は一体何だっただろうか。
「——は手伝わなくていいわよ! あんまり無理しないの! お母さんに任せておきなさい!」
そう言われて椅子に座らされたけれど、本当は私も何かやりたかった。みんな私に気を遣って私が何かをやる前に先に片付けてしまう。それが私はもどかしかった。私だってそれぐらいは出来るのに、みんな私の体が弱いからという理由でやってしまう。私は何もできないわけじゃない。だというのに何でもかんでも気を遣われてしまうのは少しだけ悲しい。
私だってそれぐらいできるんだよ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。でも、どれだけそう言ったって私はずっとこのまま何もさせてもらえないのだろう。
「いただきます。」
そう言って私は焼き立てのトーストを口に運ぶ。サクッという音とともにトーストに塗ったジャムの甘みが感じられた。ずっと、何年も、何を食べても美味しいと感じられなかった。天与呪縛のせいで味覚がなくて、食を楽しむことなんてできなかった。また美味しいものを食べたいと毎日のように願っていた。だから、たとえ夢だとしても幸せだった。
こんな何の変哲もないありふれた日常の一コマがどうしようもなく幸せだと思ってしまう。体は満足に動かなくてもみんなが見ている景色を見ることができて、美味しいものを食べることができる。このときはこんなつまらないいつも通りの日常が幸せなことだとは思ってもいなかった。でも、今だからこそ実感できた。この光景が私の求める幸せなんだって。
そんなことを考えながらも私は食事を口に運ぶのをやめない。今日の朝ご飯はトーストに目玉焼き、ベーコン、牛乳という朝ご飯の定番みたいなものだ。目玉焼きに箸をいれると黄身が溢れ出した。半熟の目玉焼きは私が好きだった。
皿にこぼれだしてしまった黄身をトーストのジャムを塗っていない部分で拭き取って目玉焼きトーストにする。当然目玉焼きもトーストに乗せて、それを一口で口に放り込んだ。
別に高級なものを使っているわけでも珍しいものでもないけど、今の私にはこれだけでもごちそうだ。だって味が感じられるってだけで素晴らしいことだから。
「じゃあ、行くわよ!」
朝食も食べ終わって、顔も洗って、朝の支度は全て終わらせた。現在七時十二分。学校に向かう時間だ。いつも学校へは母に車で送ってもらっている。ただ、母は仕事に行かなくてはいけないから出発するのは早い時間で、いつも学校には早く着いてしまう。妹も一緒に車に乗るから二人して図書室で時間を潰している
窓の外を眺めていると景色が後ろに流れていく。朝の通勤、通学の時間だからかこれから仕事に向かうであろうスーツの人や学生服を着ている人たちが見えた。
学生の人たちは友人と話をしながら登校しているのだろう。それに憧れがないかと言われたら嘘になるけれどこうして家族と過ごす時間も楽しいから。だって、大好きな妹と母がいる。父は私達よりも早く出勤してしまっていて朝は話すことができないけれど夜や休日はたくさんお話ができる。これ以上、何を望むことがあるというのか。
――つまらないと思わない?
私は自分のやりたいことを何一つやれていない。私の前にある障害は全部誰かがなくしてくれる。その事自体に感謝はすれど怒るようなことはない。それでも、自分一人の力で何かをやりたいと思うのは当然のことなんじゃないだろうか。私はずっと誰かに助けてもらっていたけれど、みんな過保護なんだよ。私の心配をしてくれるのは嬉しいんだけどね。
クラスのみんなも私には気を遣っている。まあ、中には体の弱い私に優しくして気持ちよくなっている人もいるけど表面上は普通に気遣ってくれているのだし私もあえてそのことを指摘したりはしない。
私の人生には刺激がない。こんなことを思っていることを知られてしまったら、怒られてしまうかもしれないけれど、これが私の偽らざる本音。私も一人で何かをやってみたい。誰かに助けてもらわずに自分自身の力だけで。
そのためにも、まずは簡単にできることから始めてみようかな。
「ねえ、――。私、小説書いてみようかな。自分の思っていることとかを表現してみたい。」
「え、良いと思うけど急にどうしたのお姉ちゃん。」
妹は困惑したような表情をしたけれど、すぐにいつものように明るいひまわりのような顔になった。この子は私とは違って太陽みたいな子だなあ。
「頑張ってね!」
「うん、頑張るよ。」
そう言いながら私はこの子が太陽なら自分は月かな、なんてことを思った。
「……家に帰ったら、書き始めよう。」
ストーリーはどんなものがいいか、ジャンルはどういうものにしようか、なんて、これから書き始める小説に思いを馳せながら私は窓からありふれた日常の景色を眺めていた。
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「何か、懐かしい夢を見ていた気がします。」
生まれてから一度も感じたことのなかった温かい気持ち。なぜこんな気持を抱いているのかは分からないけれど、今だけは、このぬくもりを感じていたい。
前世の情報を小出しにしていくスタイル。
妹視点もそのうち書く。