二人の男女が相対している。お互いに武器を構え、戦意を漲らせている。
「逃げずによく来たな。」
男が声をかける。この男の名前は禪院扇。特別一級術師の一人であり、禪院家当主の弟だ。
「はは、まさか。私から頼んでいるのに逃げるなんてしませんよ。私としてはあなたが来たことの方が意外に思いますが。確かあなたは呪いの子を恐れている人の一人でしたから。」
それに女が答える。呪いの子と呼ばれる白い少女、禪院絳禰。丁寧な言葉遣いではあるが煽りを混ぜている。
「ぬかせ!!!」
「あら、怒ってしまいましたか。随分と短気なのですね。」
扇がその煽りに対して噛みつくが、絳禰はクスリと笑って軽く流した。嘲りを隠そうともせずにわざとらしい口調で話す。これから戦う相手を激昂させて冷静さを少しでも失わせようという意図だ。
「御託はいい!! 早く戦るぞ!!!」
「私はいつでもいけますが。では当主様、開始の合図をお願いいたします。」
「よかろう。」
公平性を保つために第三者に合図を依頼した。この場合、適しているのはこの場にいる者で最も偉い当主だろう。それを分かっていたため絳禰は直毘人に頼み、直毘人も快く受けたのだ。
「では、初めぃ!!!」
◇
奴が術式を持っているかは分かっていないが、持っていると想定して戦うべきだろう。どのような術式か分からない以上、速攻で決める。奴は呪いの子。奴に何人も呪い殺された。奴相手に油断などは許されない!!!
まず先に動いたのは扇だった。
「術式解放! 焦眉之糾!」
自身の持つ術式を発動し、絳禰に斬りかかる。秘伝落花の情を応用した上での高速の剣撃。この一撃で必ず殺すと殺意をこれでもかと込めた。首に向けて高速で振るわれた刀はズレることなく首に向かっていく。
絳禰は動かない。だが刀が迫っていることが分かっていないわけではない。分かっておきながらも未だに動かないのだ。扇は困惑せざるをえなかった。
そのまま絳禰は動くことはなく、刀が首に吸い込まれていく。
ガギィン!!!
「んなっ!?」
扇の振るった刀は間違いなく絳禰の首に直撃した。だが、確かに捉えたそれは絳禰の首に弾かれた。自身も同じ術式を所有しており炎には耐性があった。自身の炎だろうと誰かの炎だろうと絳禰がその身を焼かれることは決してない。
そして刀の攻撃はただ呪力で首を強化することで防いだ。元々天与呪縛により肉体の強度は常人のそれを遥かに超えており、それを呪力で強化したのだ。攻撃が首に向かっていることもわかっていた。だから首に呪力を集中させることで完全に攻撃を防いだ。
本来ならただ攻撃を避けるだけで良かった。だがそれをしなかったのは圧倒して勝つと最初に決めたからだ。今も自分の戦いを見ているあの双子に自分の姿を見せるためだ。
兄である直毘人には及ばずとも、扇も特別一級術師の一人だ。実力は申し分ない。死戦などいくらでも駆けてきた。数多の戦闘経験を積み、当主になるために努力を積み重ねてきた。その扇の渾身の一撃が10代の小娘に避けるでもなく受け止められた。その事実は扇の冷静さを奪うのに十分な出来事だった。
「どうしました? 些か火力が足りないように思えますが。」
「きっ、貴様ぁ!!」
激昂し、冷静さを失った扇の太刀筋は先ほどの一撃より随分と雑なものになっていた。怒りは大きな力を生むこともあるが、それで冷静さを失ってしまえば剣は鈍る。何より戦いで冷静さを欠くなどということは御法度だ。視野が狭まり、周りが見えなくなる。目の前の相手に集中するあまり、意識外の攻撃には対処が難しくなってしまう。
そして今まで受けに徹していた絳禰が足払いを仕掛けたところ、僅かに反応が遅れ、バランスが少し崩れた。
急に今までとは違う行動をしたことにより対応が遅れたのだ。絳禰は確かに唐突に素早く足払いを仕掛けたが、普段であれば容易く対応できたはずだ。
女などに負けるわけにはいかないという焦り、直近で刻まれた圧倒的な敗北と恐怖。それらが扇を締め付けていた。
負けるわけにはいかない。女などに、それも呪いの子に負けるなどあってはならない。
だが、そんな思いとは裏腹に攻撃が通るビジョンが浮かばない。絳禰はずっと余裕そうに攻撃を捌いている。
すると何かを思い出したかのように口を開いた。
「最初に決めていたことがあるんです。あなたと戦うことになって、やろうと思ったことが。」
戦いの最中だというのにまるで気負った様子のない、落ち着いた声でそう話し始めた。
「分かっているとは思いますが、もちろん私は術式を持っています。」
話している最中にも扇の攻撃が止むことはない。自身と戦いながら余裕そうにベラベラと喋っている目の前の呪いの子を殺す気だ。
それを絳禰は大した攻撃ではないとでも言わんばかりに軽く捌いている。術式を持っているというのにそれを使う様子を見せず、ただの呪力操作と体術で戦っている。腰に刺した刀も抜く気配は微塵もない。
「だけど術式は使いません。使わずにあなたを倒せば、この家の方針を否定できますからね。」
「ふざけるなぁ!! 儂を舐めているのか!!!」
扇は絳禰の言葉に思わず怒りを露わにする。それを聞くと絳禰は少し考える素振りを見せたあと、悪戯な笑みを浮かべた。
「なら、使わせてみてくださいよ。」
目一杯の嘲りを込めて、漫画やアニメなどでよく使われる言葉を発した。敵を煽る時、実力差を明確に示すときなどに使われるが、実際に言われた方はたまったものではない。
舐めプと言われるような戦いに扇の怒りが爆発する。
それが絳禰の狙いだとは気づかずに。