禪院真希はその姿を見ていた。自分たちにとって恐怖の対象だった父を相手に余裕を持っている。そればかりが父を挑発して怒らせている。あれほど冷静さを失い怒りに震えている父を見たことはなかった。
いつもだったらそのことが怖くて仕方がなかっただろう。だけど何故だろう。不思議と恐怖は感じられなかった。
それよりも父と戦っているあの人から目が離せなかった。自分よりも歳上ではあるけれど父とは倍以上離れていて、それに女だ。そんな人が父を圧倒している。才能もあるのだろう。だけど激しい修練をしてきたことが窺えた。
体の軸はぶれず、重心もしっかりしている。未だに攻撃する様子はないが、繰り出されるとしたら間違いなく重い攻撃だろう。
「かっこいい……。」
妹も戦いに見入っていたが、ふとそんな言葉がこぼれ落ちた。その言葉には私も同意するしかない。女でありながら私たちの恐怖の象徴だった父を圧倒しているのだ。かっこいいと思わないわけがなかった。
自分もあんな風に戦えるようになるだろうか。たくさん修行すればあの人みたいに強くなれるのだろうか。強くなって、自由になれるだろうか。妹を守れるだろうか。
そんなことを考えながらも目はずっとあの人のことを追っていた。呪霊を見ることができない目ではあるけれど、他の人よりも目は良かった。だから、余さず目に焼き付けるんだ。
絳禰は内心落胆していた。仮にも特別一級術師である人物がここまで弱いとは思っていなかった。圧倒的に勝つつもりではあったが、もう少し苦戦することを想定していた。だから一切の油断はせず、煽って冷静さを失わせようとした。それは上手くいったが、あまりにも簡単だった。
呪術師ならば感情の制御はできるようにしておくべきだろう。感情を利用されて実力的には勝てる相手に負けてしまったなんてことは珍しくもない。
そういったことから考えると扇は未熟と言えるだろう。少し煽られただけで怒り、冷静さを失ってしまったのだから。
そんな相手と戦うのに苦労などしようがなかった。扇を完膚なきまでに叩きのめして実力を見せつけるつもりであったのだがこれではあまり意味がないだろう。
ならば、一撃で決め、実力を見せつけるしかない。
「もう、いいです。大体分かりましたから。」
「何が分かったというのだぁ!!!」
もう底が知れたと言わんばかりの態度に扇が憤慨する。まるで今すぐにでも自身を殺せるとでも言いたげで、お前はそんなものだと言われているように思えた。
「【我流簡易領域】」
絳禰を中心として領域が展開される。その範囲はおよそ半径五メートル。本来ならば更に広げることも可能だがこの程度で良いと判断した。
絳禰の開発した簡易領域の効果により術式が中和され、扇の刀に纏わされていた炎が忽然と消えた。
自身の術式が突如解除されるという異常な事態に扇は戸惑いを隠せない。こんなものは今まで一度たりとも経験したことはなかった。
だが、これは通常ならば起こり得ないことだ。何故なら術式を中和すると言っても完全に効果をなくすほどの出力はすぐには出せない。徐々に簡易領域を通して術式の解析をし、その後に完全な中和が可能になる。その術式が複雑で強力なものであればあるほど解析にかかる時間は長くなっていく。
今回は絳禰と扇の術式が同じものであったこと、術式が単純だったことにより一瞬で中和した。
「襲脚【鉄鎚撃】」
簡易領域に組み込んだ数多のプログラムの中から高速の蹴撃を選択し、それが扇に放たれた。
術式は使っていないが、天与呪縛によって強化された肉体、その肉体を呪力で強化し、秘伝落花の情と簡易領域の応用をした全力の蹴り。それを刀が振り切られたタイミングで放ち、横腹を捉える。
「オゴァァッ!!」
蹴りが直撃した扇は面白いように吹き飛んでいく。だが、あの蹴りをまともに受け、痛みが襲う中でも刀を離すことがなかったのは矜持かそれとも偶然か。
ドガァッ!!
吹き飛んでいった扇は速度を落とすことなく壁に突っ込んだ。壁の方を見るとヒビが入り、土煙が立ち昇っている。
「ふむ。なかなか飛びましたね。」
絳禰は蹴りを放った時の体勢のままでそう呟いたが、警戒は絶やさない。例え今の攻撃で終わった確信があったとしても勝負の世界で絶対はないのだ。もしかしたらここから立ち上がってくるかもしれない。以前の絳禰のように反転術式を習得する可能性だってある。
だが一秒、二秒と待っても扇が動く気配はない。
そして土煙が晴れるとそこには気絶している扇の姿があった。
「当主様。」
「うむ、そうじゃな。この勝負、禪院絳禰の勝利とする!!」
その言葉を聞き、観戦者たちに動揺が走る。呪いの子が扇に勝ったのだ。いくら扇が弱いと見られていても驚愕せずにはいられなかった。観戦していた者たちはみな、絳禰が扇に殺されるところを見にきたはずだった。試合中の事故となれば誰も文句は言わない。それが呪いの子となれば尚更だ。今までは呪力のないとはいえ実力はそれなりにあった甚爾が近くにいたために手を出すことはできなかったが、今なら何の問題もなかった。
だが、絳禰は扇に勝ってしまった。それも術式も使わずに圧倒的な実力差を見せつけた。それでも呪いの子に手を出そうとする者など誰もいなかった。
絳禰の元に一人男が降り立った。
「流石やなぁ、絳禰ちゃん。分かってはおったけど余裕やったね。」
「ありがとうございます。それで、直哉さんはどうされたのですか?」
「俺とも戦ってくれんかなと思って。」
直哉は昔、絳禰に手も足も出ずに敗北した。それ以来、絳禰に並び立つために修行を重ねてきた。先程の戦いを見て、差は縮まっていないことは分かった。だがそれは直哉にとっては関係のないことだった。自分たちとは違うアッチ側の人間と戦える機会などそうはない。今の自分がどのくらいの強さなのか確かめるために胸を借りるつもりだった。
「私は構わないのですが……。」
「ん? ああ、そういうこと。別にええよな?」
「本人が納得しておるのに許可しない理由がなかろう。好きにやれ。」
襲脚は蹴り技全部についてる。
技名をいちいち叫んでいるけどあれはそういう縛り。技名を叫ぶことでどんな技がでるか相手にバレてしまうし口に出すから反応がしやすくなる。あとシンプルに恥ずかしい。この縛りで技の威力を上げている。
別に言わなくても問題ないように縛りは結んでいるが、技名を叫んだ方が威力が高いので決めにいく時は大体叫ぶ。