侮っているつもりはなかった。油断も、驕りも、していないと思っていた。
だけど、それは間違いだったのだろう。きっと心の何処かで彼のことを下に見ていたのだ。彼の実力はこんなものなのだと勝手に決めつけていた。別に術式を使っていないのが問題なわけではない。心の問題だ。
いつから私は自分のことを強いと勘違いしていたのだろう。
この世界はどんな強者も容易く死ぬような世界だ。自分に酔いしれたやつから死んでいく。一つの油断が命を奪う。どれだけ強くなろうともこの世界で十分はないんだ。私はまだまだ弱い。それを忘れてはいけない。
死にたくないなら油断をするな。驕るな。侮るな。思考を止めるな。研鑽を止めるな。
そういえば術式を使わせてみせてくださいとか言ってたっけ。ここまでやられて使わないわけにもいかないよね。本当なら自分への戒めも込めてこのまま術式なしでやりたいところだけどそれは彼に失礼だろう。
ガッカリするかもしれないけど、見せるよ。
◇
黒閃を決めたけど、これじゃ終わらんっていう確信があった。あの絳禰ちゃんがこの程度で倒れるなんてあり得ないと考えていた。術式もまだ使っていないし、それでこのまま退場なんて有り得ない。
何より未熟な俺の攻撃で絳禰ちゃんを倒せるなんて絶対にない。
それを証明するかのように晴れてきた土煙の中に絳禰ちゃんが見えてきた。
平然としてこちらの方に歩いてくる。それなりにダメージは与えたはずなのに、それを微塵も感じさせない立ち姿や。
でも、これだけやったんやし術式ぐらいは使ってくれんかな。
そんな俺の思いが通じたのかは知らんけど、空気が変わった。これは来るな。
「では、約束通り。」
そう言うと絳禰ちゃんは自分の胸に腕を突き刺した。
(は?)
自傷を前提とした術式? いや、あるいは縛りか?
そんな俺の疑問はすぐに解消される。
絳禰ちゃんは胸から一本の小太刀を引き抜いた。鞘には入っていない抜き身の刀身。腕が貫いたはずの胸部には傷などなく、先程までと同様の姿であった。
収納系の術式か? 自身の体内にあらゆるものを体積なんてものは無視で収納できるような術式か? だとすれば限界はどれぐらいで、自身にかかる重さは? それとも自分には重さが一切かからない異空間にでも放り込んでいるんやろうか。
だが、俺のその予想は全く違うようやった。
「勘違いをされてそうなので訂正しておきますが、私の術式は体内に何かを収納する術式ではありませんよ。これはあくまで術式の拡張です。もっとも、最近完成したものですけどね。」
たかが術式の応用でこんなことが出来るんやろうか。もともとそういう術式ではないのにどうやってそんなことが出来るんや。
「ああー、まあ、とりあえず分かりやすく私の術式を見せますね。」
そう言うと絳禰ちゃんは右手に打刀を構え、左手に小太刀を構えた。
「術式解放【焦眉之糾】」
絳禰ちゃんの体と刀が、轟々と燃える炎に包まれた。少し離れたここにもその熱気が伝わってくる。
術式自体は扇の叔父さんと同じやけど、全然違った。一番違うのは色やろうか。叔父さんの炎は赤色だけど、絳禰ちゃんの炎は真っ白や。思わず綺麗やなんてことを言ってしまいそうになるほどその炎は美しかった。火力だって見るからにこの炎の方が高い。
叔父さんなんて縛り結んであれなんやで。どうせ縛りなんてたいしてしてないやろうにこの火力とかどうなってんねん。
それにしても扇の叔父さんと同じ術式か。何でよりによってあの人と同じ術式やねん。もっと他にもあるやろ。アレと同じとか絳禰ちゃんが可哀想やわ。どうせなら俺が絳禰ちゃんと同じ術式が良かったわ。
……いやおかしいやろ。どうやったらあの術式で体の中に武器しまえんねん。
「不思議そうにしていますし、少し説明しましょう。」
頼むわ。
「とは言っても、そこまで詳しくは説明出来ませんけどね。」
「鉄は炎の中から生まれる。ならば炎に還るのは何もおかしなことではないでしょう。そこからまた鉄に戻るのも当然のことです。」
何言うてんねん。
「何言うてんねん。」
あまりのことに心の声が漏れてしまったが、それほど意味が分からない説明だった。炎を出すだけの術式がどうしてそんなことになるんよ。意味が分からん。
「今ので分かりませんか。そうですね、なら……。私の体は術式の影響で炎のようになっているんですよ。意識的に術式を使わなくても絶対に。ここからは自分でも完璧には分かっていないのですが、その炎は超高密度の熱エネルギーのようなものです。発電所、あるいは熔鉱炉ですかね? それが心臓の反対側にあるんです。あくまで感覚なので実際にそこまでのエネルギーがあるわけではありませんけど。」
おおぅ……。既に厳しいんやけど。
「それで、私の体は炎に変えることが出来るのですが、それを拡張して他の物体も炎に変えられないかと思ったんです。でも流石にそう上手くはいかなかったので、武器類のみという縛りを結んでギリギリ実現させました。ここまで行けば武器の収納も簡単に出来ると思ったのですが、炎の性質が自分の体の炎とは違いまして自分の炎に取り込むことが出来なかったんですよ。」
ていうか体を炎に変えるって何なん? もはや焦眉之糾やなくて別物やろ。これと比較されるとか扇の叔父さんが少し可哀想になってきたわ。いややっぱ絳禰ちゃんと同じ術式とか羨ましいからないな。
「そこで思い出したのがさっきお話しした超高密度の熱エネルギーです。そこならば多少の性質の違いなど関係なくいけるのではないかと思ったのですが、それが成功しました。炎に重さなんてものはないに等しいですからいくらでも取り込めますし、取り出すことも性質が違うということを利用すれば簡単に出来ました。そうして私はあらゆる武器を携帯することが可能になったんです。」
……え? てことはあの体の中に大量の武器が入ってるってこと? それも重さがほとんどから動きに支障もないとかズルすぎひん?
「あくまで熔鉱炉などの言葉は例えですから、右胸を攻撃されても何も起こりません。私の感覚の問題であって、実際に存在しているわけではないですから。」
「問題点としては等級が高い呪具を取り込もうとすると抵抗があることとそこまで私がたくさん武器を使わないことでしょう。正直な話、大抵のことは刀と拳でなんとかなりますから。だから多分、人の武器を運ぶ用の能力になると思います。」
だから何やねん。今はどれだけ体にしまい込んでるかは知らんけど、急に体から武器が飛び出してくることがあるってことやろ? 面倒この上ないやん。
「では、説明も終わったことですし、再開しましょうか。」
あ、そうやった。武器が出てきたことのインパクトで今戦闘中なのを完全に忘れとった。
武器取り出したことばかりに目がいっとったけど、あの炎もやばいわ。アレ食らったら俺間違いなく死ぬやん。
え? 絳禰ちゃん俺のこと殺す気?
いや、分かっとるよ? 俺が使ってくれないんか聞いて、使わせてみろって言われてそのために頑張ったんよ。で、絳禰ちゃんも約束通り使ってくれたってことやろ? でもな? これはいくらなんでもヤバいと思うねん。
あんなん絶対死ぬやん。一度も振ってないけど明らかやん。同じ術式の扇の叔父さんやと食らっても最悪なんとかなるけどアレはあかんよ。ロクな抵抗も出来ずに真っ二つにされるて。
「流石に加減はしますが、やりすぎても意味ないですからこれぐらいが丁度良いでしょう。」
うっそやん。アレで加減してるん?
「黒閃も決めましたし、あなたなら大丈夫でしょう。行きますよ?」
無理無理無理無理!!!
無理やって!!!!!
技名はシンプルに【炎身格納】