朝、私は瑠璃さんが早くから起きて準備してくださった朝食を食べていた。当然私は味を感じることはできないけれど匂いだけで美味しいと言える。まあ、その分食べたときの虚しさが増すわけだけどそれは黙っておくべきだろう。
「それで、恵くんには話しましたか?」
私は朝ご飯を食べながら目の前にいる甚爾さんに声をかけた。昨日の夜二人で話はしたし流石にしただろうとは思いながらも念の為確認をした。そう、念の為だ。
「いや? これからだが?」
「…………は?」
私は数秒ほど硬直した後、かろうじてその言葉を吐き出した。
なぜまだ言っていないのだという頭の中に疑問が浮かぶ。私が起きてからいつも通り走りに行って、その間に話す時間はあったはずだ。にもかかわらずまだ話していないだって? これはキレてもいいのでは?
「……念の為、言い訳を聞いておきましょうか。」
「恵がさっきまで寝てて話せなかったんだが?」
あ、そういうこと。なら仕方ないか。
「それならいいですが、ひょっとして今話すつもりですか?」
今この場には恵くんだけではなく非術師の瑠璃さんと津美紀ちゃんがいる。それなのに話すというのは避けた方がいいことなのではないだろうか。聞いてしまえば否応なしに関わることになってしまうのだから。
「話さねえわけにもいかねえだろ。これからのことを考えるとな。」
「まあ、それもそうですね。では、甚爾さんからお願いします。」
先程から私と甚爾さんの会話を興味津々で聞いていた三人の方へ体を向け、甚爾さんが話すように促す。
そうして、甚爾さんが口を開いた。
甚爾さんは呪術界について知っている限りのことを話した。その上で恵くんにもそういった力があることを告げた。当然、話の流れで私が呪術師であることも知られることになったが、大したことではないし構わないだろう。
以外にも瑠璃さんと津美紀ちゃんは驚いたような様子はみせなかった。どうやら何かしらを甚爾さんが隠しているのは気づいていたらしい。それにたまに魔法みたいな現象を起こす人が甚爾さんと会っているのを見たらしい。そりゃあバレるよね。甚爾さん迂闊すぎ。
「甚爾さん……もう少し気をつけましょうよ。」
「どうせ話すことになったんだから別にいいだろ。」
………まあ、そういうことにしておいてあげよう。
「まあ、それで私に恵くんを鍛えてほしいって頼まれたんですよ。」
「親父じゃだめなのか?」
恵くんが心底不思議そうに訪ねてきた。確かに甚爾さんが教えればいい話ではあるけれど、そういうわけにもいかないからなあ。だって甚爾さん呪力ないし。
「俺はそういうの持ってねえんだよ。だからコイツに頼んだんだ。」
「呪術のことはまだしも体術とかは甚爾さんが教えてくださいね? 正直言ってどっちも教える時間はないので。」
まあ言われなくても最初からそのつもりなんだろうけど。私に体術を教えてくれてるのは甚爾さんだし当然でしょう。
「と、いうわけだ。やるかどうかはお前の自由だ。好きに選べ。」
一度でもこちらの世界に入ってきてしまえばもう二度と抜け出すことはできないだろう。この世界にいれば仲間の死など辛いことがたくさんあるはずだ。それでも呪術師は進み続けなくてはいけない。そんな地獄に入ってくるというのなら、私が精一杯鍛えてあげよう。
だってこの子は躊躇いもなくこちらの世界に来るだろうから。この子は呪いというものを知ってしまった。家族や友人などの大切な人々の命が脅かされると知ってしまったんだ。ならばこの子は力を求める。大切なものを守れるように、取り零さないように。
「やる。俺が強くなれば母さんや津美紀、絳禰さんを守れるんだろ? なら、迷う理由はない。」
恵くんは力強く確固たる意思をもってそう言い放った。それを聞いて甚爾さんはニヤって笑って恵くんの頭をクシャクシャと雑に撫でた。そんな甚爾さんはどこか嬉しそうだった。
瑠璃さんや津美紀ちゃんも嬉しそうだ。きっと恵くんが自分たちを守るために私達に教えを請うことを決めたのだ、だからだろう。それに、息子の、弟の成長を感じられてってところだろう。そういえば私の名前も入ったいたが、私は誰かに守られるつもりなんて毛頭ない。自分の道は自分で切り開き、自分の身は自分で守ってみせるさ。そもそも私の方が年上だし私が守る側だけどね。
「それで、今日から始めますか? 明日は用があるので教えられないんですが、できるだけ早いほうがいいですよね?」
「分かった。お願いします。」
「ねえ! 私もそういうのってできないのかなあ!」
そうやって話を進めていると津美紀ちゃんが唐突にこんなことを言い出した。ふむ、気持ちは分からんでもない。そういうのってこの歳だと憧れるよね、分かるよ。
「私もみんなを守りたいの!」
…………違った。全然違った。私が考えてたくだらない個人的な理由ではなく他人のことを考えてのことだった。え、何この子、めっちゃ良い子じゃん、抱きしめていい? というかお持ち帰りしたい。………いや流石に冗談だけど。
「うーん、残念だけど津美紀ちゃんにはそういった力はなさそうですね。」
だって、本人も知ってるけど津美紀ちゃんには禪院家の血は流れてないし非術師のはずだ。甚爾さんが前にヒモになっていた女性の子供らしい。自分じゃ育てられなくなったから甚爾さんを頼ってきたとのことだ。
「そっかあ……。」
う、目に見えて落ち込んでいる。肩をガックリと落として俯いてしまった。ま、まずい。何かしらのフォローをしなくては。
「でも、護身術を学ぶぐらいならできると思いますよ? もしもの時のためにもなりますし良いかと思います。」
まあ津美紀ちゃんの気持ち次第ですけどね、と続けると落ち込んでいた津美紀ちゃんが満面の笑みを浮かべて顔を上げた。自分で仕事を増やしてしまった気もしなくはないがまあいいだろう。津美紀ちゃんは可愛いし。うん、津美紀ちゃんは可愛い、異論は認めない。
「やります!」
と、こんなわけで恵くんと津美紀ちゃんの二人を鍛えることになった。
津美紀ちゃんだけなんか扱い違う。