はたして正義とは何だろうか。悪とは、善とは、一体何なのだろう。
この問いの答えは存在しないというのが正解だろう。それら全てはひどく曖昧なもので、人それぞれ考え方は違う。ただ、世間一般で言う悪とはルールを破り罪を犯した他者へと害をなす者のことだろう。
詐欺や暴行、強盗、殺人などこういった明確な悪もあるが、社会の中では周りに合わせられない人間が悪だと捉えられることもある。
小学校や中学校などで一人だけ違う意見を言ったり、反対したりすればその子は周りからどう見られるだろうか。
当然、良い目では見られない。クラスの空気を乱したと判断され、イジメの対象になることが多々ある。ここで重要視されるのは個人の意見ではなく、皆の意見なのだ。周囲に合わせることができなかった者はそれだけ排斥される。
一つ例を上げてみよう。
あるクラスで学級会が開かれた。議題は遠足でのレクをどうするかだ。
このクラスは2週間後に遠足が迫っていた。少し遠くの公園に遊びに行くのだが、学年でのレクの後、クラスごとにレクをする時間があるのだ。今回の学級会はその時の内容を決めるものだった。
候補は二つまで絞られており、ハンカチ落としか氷鬼や増え鬼などの鬼ごっこだった。クラスのほぼ全員が鬼ごっこに手を挙げている中、ある男の子Kくんだけはハンカチ落としがやりたいという事を主張していた。
Kくんとその他の人の議論は白熱したが、結局時間内に決まりきらず、多数決で鬼ごっこをすることになった。
この話はKくんだけが自分のやりたいことを押し通し、周りのことを考えなかったとクラスのみんなに判断されてしまった。
その後Kくんはどうなったかというと、軽い嫌がらせを受けるようになったのだ。コイツはみんなのことを考えない最低な奴だという考えが広まってしまい、そういったことをされるようになってしまった。
幸い先生が注意をしたことでこの件は収まったが、ここで考えてみてほしい。この話で悪や正義とはなにかと。
確かにKくんはクラスの空気を乱した悪と言えるのかもしれない。ただ、Kくんは自分の主張を通したかっただけであるし、周りもその意見を少しは尊重するべきだった。時間に余裕があればどちらもやる。なければ次回はハンカチ落としをやることを決定するなどだ。こう考えると悪とはいえないだろう。ただ、クラスのみんなからしたら悪であるのは変わりない。
ではその後のクラスの行動はどうだろう。クラスのみんなはKくんを悪とし、その悪を排除するかのように嫌がらせという行動をとった。少なくともそれがそのクラスの中での正義だったのだ。
だが、よく考えてほしい。それは正義なのか否か。
クラスのみんなからすれば正義であるし、Kくんからしたら自分を傷つけてくる悪だ。周りから見た場合も同じく悪だろう。
つまり、正義というのは立場によって変わり、ある人にとっては正義でも、またある人にとっては悪となるのだ。
人間は正義の立場にいたとしても、些細なことで悪へとなる。その逆もまた然りだ。
人間なんて所詮はそんなものなのだ。
ここまで長々と正義とは何かについて語ってきたわけだが、その理由はそういった問いかけをたった今されたからに他ならない。
「つまり私たち呪術師は非術師たち弱者のために力を振るわなければならない。弱者生存、それがあるべき社会の形だと私は考えている。だから、私たちは正義とは何かについて考えなくてはならない。絳禰さん、君はどう思う? なんのために戦う?」
と、こんな感じで傑さんが綺麗ごとを並べてきたわけだ。正義がどうとか大義がどうとか、呪術師とはどうあるべきか、みたいな話をしてくるのだ。
どうにもこの人は人間を綺麗なものとでも思っているらしい。むしろ人間ほど汚い生き物はいないというのに。
「私は私のために戦っています。他人は二の次です。」
「それは良くないことだ。私たち呪術師は非術師を守る使命がある。」
滅私奉公の精神とでもいうのかな、自分ではなく他人に戦う理由を求めてる。世の中にはこういう人間が一定数いる。彼らはどうしてそこまで自分を蔑ろにできるのだろうか。私には分からない。人にそこまでする価値があるとは思えない。自分の近しい人間だけでなく、全ての人間に対してそんな態度を取る必要があるとは思えないのだ。
「はたして、そうでしょうか。」
「どういうことだい?」
「人は皆、幸せを追い求めるものです。自分の幸せを掴むために日々を生きている。その過程で他人の幸せを追うのを手助けしているに過ぎないと思います。だって、自分の幸せが分からないのに誰かを助けることなんてできないでしょう? 自分が満たされていないのに何かを与えるなんて難しいでしょう?
だからみんな自分の幸せのお裾分けをしてるんです。自分はこれだけ幸せなのだから他の人にも分けてあげよう、そう考えることで助け合いというのが生まれるんです。なら、まずは自分が幸せにならなくてはいけないと思いませんか?」
「……それは。」
まあ、一番の理由は人間が醜い生き物だからなのだけど。それは術師だろうと非術師だろうと変わらない。美しい部分もあるけれど、人の目には美しいものよりも汚いものの方が目に入るものだ。
「まあ、あまり他人に期待しすぎないほうが良いですよ。その期待が重ければ重いほど裏切られたときに受けるショックが大きくなりますから。それと、自分の生き方を他人を理由にしているのであればこの先やっていけなくなりますよ。結局他人は他人でしかないんですから。」
「君は、どうして……。」
彼が今私に抱いている感情はなんだろうか。私の考えに困惑しているのだろうか。それとも悲しんでいる? 私の考えが世間一般から見たら異端であることは理解しているし、理解されたいとも思っていない。私の中で他人が私を上回ることは絶対にないし、それでいいと思っている。
でも世間はそうは思わない。自分のことばかり考えてないでもっとみんなのことを考えなさいというのが普通なのだ。みんな自分を殺して生きている。集の中で生活していく中で集を乱す個は許されないから。
みんなのため、社会のため、世界のため。そんなのは自分を誤魔化しているだけにすぎない。自分を殺していることから目を逸らして、都合の良い言い訳を並べているだけだ。
この世界で生きていくためにはそれが正しいことなのかもしれない。人間は群れる生き物で、そうしなければ生きていけないのだから。だけどそれの何が幸せだというのだろう。自分という個を殺し、社会という集になる。そんな人生で幸せなんてつかめるのだろうか。
それでも幸せだと言う人はいるだろう。自分にはこれで十分だと言う人もいるだろう。人それぞれ幸せの形は違って、私の幸せを押し付けるのはおかしなことだ。でも、それじゃ妥協しているじゃないか。
そんなの、私は嫌だ。
私の人生に他人が口を挟む余地はない。一度死んで今ここに立っているのだ、そんなこと誰にも許しはしない。私は幸せに生きて、幸せに死ぬ。死因は殺されること以外なら病死でも事故死でもなんでも良い。ただその過程が重要なんだ。
「………なんて、長々と話しましたがこれはあくまで私個人の意見ですので、あまり気にすることはないですよ。結局最後は自分の考えが一番重要ですから。」
「ほらみろ、お前の考えはおかしいんだよ傑。」
こんなことを言っている悟が私に傑さんの考えをどう思うか聞いてきたのだけど、まあそれがこの話のきっかけだ。どちらかと言えば悟は私の考えに近いだから、当然その問いに対する答えも同じようなものになるのも当然だろう。本質は全く違いのだろうけど。
ま、これもまた一般家系出身と呪術家系の違いかな。……私と同じ人間なんていないわけだけど。
「私はそういうのどうでもいいけどねー。」
「他人を救うために足掻こうと、自分のために生きようと、結局のところ結果を出せずに終われば何もやってないのと一緒ですよ。だったら私は自分のために生きていたい。そう思うのが普通じゃないですかね。」
「じゃあ、君はどうして呪術師になったんだい?」
「……成り行きですよ。それが最善だったからそれを選んだ、ただそれだけのことです。」
「……そうか。」
私の言葉が彼にどう影響するのかは分からない。全知全能の神なんてものこの世に存在しないし全てを見通せる超能力者なんてのもいない。だからこの危うい人がどんな人生を歩んでいくかはこれから確かめるしかないだろう。
でもそれは私の役目じゃない。彼には心から信頼できる友人がいるのだから。
だからまあ、ちゃんと見守ってあげなよ、悟。
誰かと過ごすことで自分は孤独だと再認識する主人公。だけどそれにはみんな(直哉以外)気づいてない。
……おかしい、何故か直哉の株がどんどん上がっていく。