めんどくさい、それが戦ってみて浮かんだ感想だ。呪力の操作はそれなり、体術もそれなり。ただ、反射の術式、そして首にかかっている呪具と短刀のような呪具が厄介さをあげている。
反射の術式は言わずもがな。術式で炎を出して攻撃してみたのだけど、それも完全に反射された。殴ってみても相手には攻撃が通じず、逆に殴りつけた腕が破壊される。拳銃で弾丸を打ち込んでみたらどうなるかという思いつきの実験をやってみたが、綺麗に跳ね返ってきた。
意識しているか無意識かで上限が変動するという私の推測は当たっていたみたいで、戦闘が開始してから私の攻撃は一度も通っていない。上限を超えれば普通に攻撃が入ることを考えれば悟の術式である無下限呪術を破ることよりは可能性があるのかもしれないが、いかんせんその上限が高すぎる。
烈日を叩き込んでみても軽く火傷したぐらいとかいう相手にする側からしたら本当に面倒なクソ術式だ。言い換えれば、高専にいれば途轍もなく有能な人材だっただろう。呪術師の家系ではない一般家系の出だというのに、なんて便利な術式なんだろう。
強い術式大好きな禪院家がその術式のことを知っていればすぐさま取り込んでいただろう。まあ、本人が快楽殺人者という時点で高専所属になる未来はなかっただろうけど。
「シッ!」
気合い十分に放たれた踵落とし。普段であれば食らった者を尽く地に沈めてきた絳禰の強烈な一撃は兵藤には通用しなかった。
両手をポケットに無造作に突っ込み、避ける様子も見せない兵藤は、当然の如く頭に絳禰の足が突き刺さった。が、それを受けてもまるで痛くも痒くもないといった風にタバコをふかして笑っている。
直後、攻撃を仕掛けたはずの絳禰の足が砕けた。グシャリというどちらかといえば優しげな音ではなく、バギャリと骨が粉々に粉砕されたような激しい音が鳴る。骨が足から飛び出し、流れ出した血が純白の肌を赤く染めている。
だが、それに対して絳禰は顔を顰めることすらせず、冷静に反転術式を施す。それを見た兵藤は心の底から面倒であるという表情を隠しもしない。が、それは絳禰も同じこと。互いが互いに相手を面倒な敵だと認識していた。
「嬢ちゃん。誰に依頼されたのか知らねえが、ここは退いてくれないかい? このまま戦っても同じことだろう?」
「一度引き受けた仕事はなるべくやり遂げたいじゃないですか。私は余程の理由がなければやると決めたことを覆すつもりはありませんよ。」
「はあ……そうかい。なら、殺すしかないじゃないか。本当は殺したくなんてないんだけどね。」
この男はこんなことを言っているが、この男の本質は快楽殺人者である。人を殺すことで生の実感を得ることができ、殺人こそが最高の娯楽であると言って憚らないこの男にとっては、この状況はむしろ好ましいものであった。
「それなら問題はありませんよ。死ぬのは私ではなくあなたですから。」
それを絳禰も理解していた。この男は自身の術式に絶対の自信を持っており、過去の経験から他者から見下されるのが嫌いだということも。だからこそ挑発的に答えを返す。相手の冷静さを奪うためにわざと怒らせて。
「ははは、面白いことを言うじゃないか。君は僕に大した攻撃も喰らわせることができないというのに。ああ、もしかして呪力切れを狙っているのかな? もしそうだとすればそれは無駄だよ。僕が所持しているこの首輪型の呪具は僕に呪力を供給してくれるんだ。当然、限界はあるがね? だが、この呪具は身につけている間はいつでも呪力を吸収し、それを貯蓄している。この呪具がこれまで何年、何人の呪力を貯蓄してきたと思う? 分かるだろう? 実質限界なんて有ってないようなものさ。流石は一級呪具と言ったところだね。つまりは長期戦を狙ったとしても先に倒れるのは君の方というわけさ。」
呪具の効果の開示。これにより一時的に兵藤の呪力出力が上がる。兵藤の術式の都合上、出力の大きさは反射の限界に直結する。ということは先程まででさえ攻撃を通すことが叶わなかった絳禰にとってはより不利な状況となった。
しかし、絳禰は可笑しくて仕方がないとでも言いたげな表情をしている。それを見た兵藤は苛立ちのあまり怒声をあげた。
「何がおかしい!」
「いえいえ、聞いてもいないのにベラベラと話しているのが面白くて。先程まではあまり喋らなかったというのに急に饒舌に話し始めたのでどうされたのかと思ったのですが、不安を隠すためだったのですね。まあ、術式頼りでしか戦闘できないようですし仕方ないです。」
煽る。これでもかというほど煽る。怒りで冷静さを失わせるというのは戦闘時の常套手段であるが、ここまでくるといっそ相手が哀れに思えてくる。自身の地雷を的確に踏み抜かれ、ついでと言わんばかりに手榴弾を投げられたようなものだ。怒るなという方が無理であろう。
だが、禪院絳禰とはそういう人間である。使えるべき手は全て使う。卑怯と罵られようが、勝てればそれでいいのである。もし絳禰が武士道を叫んで死んでいった侍たちのことを知れば人によって考え方は違うと理解しながらも馬鹿だと断ずるだろう。
戦いでは生き残った者が勝者であり、死んだ者はもれなく敗者なのだ。何かに縛られて敗者となるなど、一度死んだ絳禰にとっては何よりも受け入れられないのである。
「……死ね。」
絳禰の言葉を受け、兵藤は怒りのままに短刀を突き出した。短刀が備える効果は攻撃範囲の拡大。縦幅4センチ程度の短刀をギリギリで避けたとしても攻撃範囲が拡大された刃からは逃れられない。その拡大された範囲は不可視であり、認識することは不可能である。
見た目通りの短刀の間合いではなく、避けることは困難。また拡大範囲は不規則に変化しているため、予測をすることも不可能である。
が、不完全とはいえ絳禰はフィジカルギフテッド。呪力で強化された程度の速度に反応できないはずもなく、容易く回避する。と同時に懐から玉のようなものを取り出し、地面に叩きつけた。
するとモクモクと煙が発生し、視界が覆われた。
「目眩しか。そんなことをしたところで反射を破ることはできない。」
「どうでしょうね。」
背後から声をかけられ、思わず後ろに振り向く。だがそこに絳禰の姿はない。
直後、右手に痛みが走る。そこを見ると先程までよりも深く刺さった刀があった。それを見た兵藤は動揺する。だが焦るべきではない、己の術式の上から致命傷を与えるなど不可能なのだからと思考する。
だが、回数を重ねるごとに少しずつだが着実に与える傷が増えていっている。それは兵藤自身がもっとも理解していた。
「このまま時間をかければ問題なさそうですね。」
術師殺しの弟子が凶刃を振るう。