ゆっくりとだが、確実に己に刃が迫っているということが兵藤には分かった。情報の開示により術式の出力を増したのにも関わらず、反射の上限を容易く超えてきているのだ。
だが、体感として攻撃の威力が上がった気もせず、なぜ攻撃がここまで通っているのか理解ができないでいた。
兵藤は所有している術式の性質上、術式が発現して以降は大きな怪我を負ったことなどなかった。敵の攻撃がどれだけ強力でも、反射の限界を超えて自身に致命傷を与えてくるなど想像もしていなかった。兵藤はそれほどまでに自身の術式に自信を持っていたのだ。
だが、今戦っている敵はどうだろう。いつものように返り討ちにするだけだと、自身に殺人の悦びを与えてくれる獲物だったはずなのだ。不意打ちとはいえ最初に自身に傷を与えたことは驚いたが、それでもかすり傷のようなものだった。
その後の戦闘では意識して術式を使用していたため全ての攻撃を反射していた。その度に攻撃を仕掛けてきた女は腕が折れ、脚が折れ、肉は抉れていた。あそこまでの傷を負う攻撃を自身にしているということに震えたが、その相手を今完封しているという事実が自身を高揚させた。
このまま戦っていれば負けることはない、そう判断した。
この女は白髪で盲目、着物を着ているというどこか神聖さを醸し出していたが、そんな女をこれから自分の手で殺せるということに激しい喜びを感じた。その美しい顔を苦痛で歪め、純白の肌を汚すことを想像し、興奮した。
だがこの女は一切表情を変えない。
肉が千切れ骨がバキバキに折れたとしても冷静に反転術式を使い傷を治し、再び攻撃を仕掛けてくる。それを何度も何度も繰り返す。
兵藤の頭には何故という言葉が浮かぶ。自身が傷ついても攻撃をやめない。無駄だと分かるはずなのに攻撃を続ける。その様子に兵藤は思わず恐怖した。表情一つ変えず、機械的に襲いかかってくる敵に恐れを抱いた。早くコイツを殺さなくてはならない。兵藤は自身の快楽のためではなく、生き残るために殺しを決意した。
だがその決意を嘲笑うかのように兵藤の体には今も傷が増え続けている。反射の上限を超える攻撃を浴びせられ、術式が発現してからは感じたことがないほどの痛みが襲った。
煙幕で敵の姿は見えず、ただ一方的に攻撃されるだけ。反撃を使用にも相手の速度が自身の速度を遥かに上回っているため、触れることすら叶わない。
こういう時に自身の術式が広範囲への攻撃が可能であるものであったならばとどうしようもないことを考えるが、術式というのは生まれ持った才能であり、本人の意思ではどうしようもないのだ。
意外に粘るな。私の予想だともうそろそろ倒れている予想だったのだけど、未だに倒れる様子はない。反転術式を持っているというのはそれだけ大きな要素だ。さっき本人が言っていた通り呪力切れはないと考えると、倒すのは困難だろう。これは甚爾さんに依頼がいったのがよく分かる。甚爾さんの所持している天逆鉾であれば反射の術式なんて無視して斬り殺せる。
それで本命の甚爾さんがダメだったから次点で対抗可能と思われる私に回ったわけだ。この呪詛師、呪力操作もそれなりだし、恐らく黒閃を経験している。であれば並の術師は手も足もでないだろう。本当にその性格がなければ呪術界に勧誘していたというのに。
「なぜ俺に攻撃が通せる!? 出力が上がって反射の上限が増えたはずなのにお前にそんなことができるはずがない!」
やれやれ何を言っているんだか。呪術で絶対なんてことはないし、どんな強力な能力だろうと対抗策はあるものだ。余程自分の術式に自信があったみたいだけど、そういうところは甘いというかなんというか。
「そんなに気になるなら教えてあげますよ。」
知られたところでどうといったことはないからね。
「簡易領域といいまして、シン・陰流のものとは違って私のオリジナルなんですがこれは術式の中和が可能なんです。ただこの術には一つ欠点がありまして。欠点といっても縛りでそうせざるをえなかったのでどうしようもないですけどね。」
煙幕の向こう側から何か返答はなく、動く様子もない。とりあえずは情報収集に徹しようということだろうか。それにはなんの意味もないのだけどね。
「それは中和するのに時間がかかるということです。最初は全く効果がなく、術式を弱めることすらできません。じっくり時間をかけることで中和が可能になります。その際、術式が単純なものだったり、すでに中和したことがある術式であれば時間は大幅に短縮できます。適応、解析、まあ言い方は何でも構いませんがそのようなものです。」
反射の術式はなかなかに複雑というか面倒な術式なのでそれ相応に時間がかかる。それでも時間をかければ反射を破ることなど容易い。天穿ちでも放てば一撃で終わる。ただまあ、こういう相手と戦うときは時間をかけなくては術式を破ることができなからそこのところは今後の課題かな。こういうときに領域展延でも使えれば良いんだけど、あいにく私は領域展延を使えないしな。
と、そんなことを考えていると奴が逃げ出した。実力差を悟って逃げ出したのか、あるいは煙の中で視界がないことを嫌って視界の晴れた場所に行こうというのか。私の方が速いことは先程までの戦闘で分かっただろうから、恐らく後者だろう。
何をするにしてももう手遅れなわけだが、一体どんな考えがあるというのだろう。
帳はすでに張ってあるため、逃げられることはない。なので、逃げた兵藤のあとを歩いて追う。そして追いついた先には大量の爆弾を所持した兵藤の姿があった。それを確認した私は静かに失望をした。
「今更何のつもりですか? そんなものを使ったところで私には通用しませんよ。」
「ああ、それぐらい分かっているさ。だが、爆発の威力をお前さん一人に集中させたらどうなると思う?」
兵藤の考えはこうだ。自身の術式を拡張させ、自身以外にも反射の特性を付与する。その対象は現在絳禰の周囲を覆っている兵藤によって張られた結界。自身の呪力によって作られた結界は他のものに反射をするよりも遥かに簡単であり、反射を付与していることで内部からの脱出が困難になる。
そこに爆弾を投げ込む。通常であれば衝撃波などは全方向に拡散していくが、反射の術式が付与された結界内では全ての威力が内部にとどまる。今兵藤が手に持っている爆弾は破壊力がTNT換算190%のHNIWを使用したものであり、その威力は想像を絶するものだろう。
本来であればそんな威力に慣れていない自身以外への術式の付与では出力不足であったが、兵藤はこれを縛りを結ぶことで解決した。
「これで終わりだ。」
そう言うと兵藤は口に咥えていたタバコを手に持ち、導火線に火をつけた。
兵藤、お前適当に考えたキャラなのに結構強くないか?