その日、天内理子は学校の地域の歴史を知ろうというあまり興味もない授業のために事前に班の友人と決めた順番に庭園などを回ることになっていた。その中の一番先に訪れた庭園は事前に調べていたよりも美しいと感じた。興味がない、楽しくないと思っていたこの時間だが古い建築物が好きな友人が班にいたため、美しい庭園を見たことからももしかしたら楽しめるかもしれないと考え始めていた。
平日の午前中だからか他に人は数えるほどしかおらず、彼女たちは貸切気分を味わっていた。班の中でも一番元気な佐藤由花などははしゃいで道を軽く走って残りの四人を置いてけぼりにしていた。
彼女に四人が追いついた時、四人はかなり疲れていた。そこで、少しだけ休憩を取ることにし、すぐ近くにある庵に向かうことにした。理子としても休憩を取ることは大賛成であったし、座ってこの庭園を眺めたかった。
だが、庵に近づくと先客がいることがわかった。平日の朝からだらしなく寝転んでいる女性、ということで理子としてはあまり触れたくなかった。先客がいるし他の場所に行こうと理子はみんなに言うつもりだったのだが、由花がお話ししに行ってみようと楽しそうな表情で言い出したため、みんなで仕方なく着いていくことにした。
引き戸を開けていの一番に庵の中に突入して行った由花は先程寝そべっていた女性を見るなり声をかけた。相手の女性も何事かと訝しげな様子であり、理子は止めておけばよかっただろうかと考えた。一言、二言と由花と女性が言葉を交わしていく。その流れで由花がナンパ師だと思われたことには理子も笑わずにはいられなかった。
確かに由花は美形であれば男女問わず興奮して黄色い悲鳴を上げることは理子も知っていたため、ナンパ師というのも案外間違いではないのではないかと考えた。それから意外にも彼女との会話は弾み、何故か自分たちの一日に同行することになった。誘う方も誘う方だが、乗る方も乗る方だ。今日初めて会った中学生に着いてこようとするなどどこかズレている。
そもそも一応は学校の授業の時間だというのにこんなことをしてもいいのだろうかと理子は疑問に思ったのだが、由花を除いた面々で話したところこれも社会勉強であるとしておくことになった。無茶苦茶なことを言っている自覚は理子にもあったが、なんだかんだこの面子はそういう悪ノリが好きな者たちが集まっていたためあっさりと決まった。
明音と名乗った女性はどこか不思議な雰囲気を纏っていた。目が不自由で杖をついているというのもその一因ではあるだろうが、それだけでは醸し出せないものがその女性にはあった。そもそも朝からこんな場所で寝ている時点で普通ではないと言われればその通りしか言えないのだが。
月明かりのない夜の闇のような髪を腰の辺りまで伸ばし、全体的に白と黒の服を着こなし、丈の長い黒コートを羽織っている。色彩がない服とズボンを履いていることで大人の女性であることが演出され、妖しい色気を出していた。杖を持ってはいるがその足取りは軽やかで背筋も真っ直ぐ伸びており目が不自由であることを感じさせない。
それに瞳を隠していても美形だと分かる顔もあるというのにこれでナンパを一度もされたことがないというのが理子には信じられなかった。だからこそ由花があれほどにハイテンションで話しかけているのも頷けた。
そのままだと由花だけがずっと明音と話すことになってしまうということで、由花が妙な気を回したのか突然ペアシャッフルなどと言い出した時は理子だけでなく明音も含む他の四人も目を丸くした。目的地を訪れるごとに変えるというその突然のことにまたいつもの思いつきかと理子らはため息をついたが、明音は困惑しているようだった。
その様子が同性ながら可愛らしいと思わされるものだったが、困惑しているところに当然のようにくじ引きを持ち出して流れで全員がくじを引いた。その結果、まずは由花が明音と組むことになった。これが愛のなせる技だよ、と由花は満足げに言って自然に明音の腕を組んだ。
その後もクルクルとペアが変わりながら各所を回ることになったが、由花ではなくても明音は楽しそうに話をしていた。今日初めて会ったというのに自然と馴染んでいることに理子は驚いた。話が好きな子相手にはやわらかく受け止めて静かな子には優しい口調で話を振る。最初は不安に思っていた理子だったが、その様子を見て案外悪くないと考えた。
今日は最後に東京タワーに行くことになっていた。階段で登ってみたいと誰かが言い出して無理矢理予定に入れた。そこで理子は明音とペアになった。何回もくじ引きをしたがこれが初めてだった。
先に階段を使って上に行った人はしばらくいないということを聞いてならばえんりょすることはないと由花がペアの鏡花の腕を引っ張って駆け足で階段を上がって行ったのを尻目に明音は「私たちはゆっくり行こう。」と理子に声をかけた。
一段ずつ確実に踏み締めて上がっていく途中で、理子は疑問に思っていたことを明音に問いかけた。そもそも何故自分たちについてこようと思ったのか疑問に思ったのだ。
「なんで今日一日一緒に過ごそうと思ったの? 予定もあったんじゃない?」
明音はなんだそんなことかと肩をすくめた。その動作さえも様になっていて理子は一瞬目を奪われた。
「楽しそうだと思ったから、じゃあだめ? 同年代の子と遊ぶなんて経験が殆どないから乗ってもいいかなって思ったんだ。」
思ったよりも単純な理由だったことに理子は面食らったが、それ以上に聞き逃さない発言があった。
「同年代?」
「え、うん。私14歳だよ。」
衝撃の事実。低く見積もっても18はあるだろうと理子は考えていた。それが全員の共通見解だったのだが本人が言うには明音は14だという。そう言われて理子はよくよく観察をし始めたが、どこからどう見ても中学生には見えなかった。
だが本人が言うのならそうなのだろうと理子は自分を納得させたが、それならば学校はどうしたのだろうかと考えた。今日は祝日でもなんでもないため普通の中学校であれば登校しているはずだ。しかし明音はあの時間に外で寛いでいた。不登校かサボりか、そう理子は考えた。だがどちらにしても他人が触れていい問題ではない。理子は追求しないことに決めた。
「私、学校通ってないんだ。色々事情があってね。」
「触れないようにしたんだけど。」
「いいよ、別に大したことじゃないし。まあそんなわけだからこうやって普通の同年代の人と遊ぶっていうのが新鮮で面白そうだと思ったんだ。」
閉じた瞼の裏でどこか遠くを見ているような顔をして明音は言った。何か言わなくてはならないと理子は感じた。何故そう感じたのかは分からないが、気づけば理子の口は動いていた。
「じゃあ、最後まで楽しまないとね!」
そう言うと理子は明音の腕を掴んで階段を駆け上がり始めた。星漿体として未来を決められている理子だからこそ日々を目一杯楽しむべきだという考えのもと明音の腕を引っ張ったのだ。
理子の行動に明音は面食らったようだったが、理子が楽しそうに自身を引っ張る様子を見て小さく笑みを浮かべた。
「なら、どっちが先につくか競争しようか。」
「もちろん私が勝つけどね!」
二人は笑いながら階段を駆け上がっていった。