転生したら禪院家の女でした   作:苦鳴

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これから週一ぐらいで投稿できたらいいかなと思ってます。


消えない記録

 東京タワーの展望台に辿り着き、大差で負けたことを理子は悔しがっていた。理子は息も絶え絶えという様子だが明音は余裕綽々で息も上がっていない。彼女はかなりの速さで走っていたがそれでも手加減していたのだろうということは理子はすぐ分かった。普段から最低限の運動しかしていない理子に対して明音は相当負荷の強い運動をしていると思われた。ともすれば黒井よりも運動能力が高いのではないかと理子は考えたがそんなことは大した問題ではないと思考を放り投げた。

 

「はい、これどうぞ。」

 

 明音が差し出した水を理子はありがたく受け取った。キャップを捻ると新品を開けた時の感触はなく、一度開封した後のようだった。理子は疑問に思って水の量を確認してみたのだが半分ほどがなくなっていた。もしやこれは明音が口をつけたものではないだろうかと理子は考えた。これを飲んでも良いものかと逡巡していると明音は困ったように笑った。

 

「もしかして、私が飲んだやつだから気になった? 嫌なら新しいのを買ってくるよ。」

 

 気をつかせてしまった、そう理子は思った。別に理子が水を飲まずに止まっていたのは嫌だったからではない。これって間接キスなのではと理子の乙女の頭が考えてしまったせいだ。だが明音にそんな意図はないだろうし、女の子同士だし気にするだけ無駄だと理子は考えた。

 

「大丈夫、ありがとう。」

 

 理子が水を飲み始めたのを確かめた後、明音は階段の方に声をかけた。

 

「あなたも何か飲みますか?」

 

 知り合いに話しかけるような気安い言葉。しかし他の四人はすでにこの展望台におり、言葉をかけるような他人はいないはずだ。明音が誰にでも優しさを振り撒くような人間であれば話は違ったのだろうが、そうではない。

 

 確信を持ったその言葉に誤魔化すのは不可能かと観念して一人の女性が現れた。いかにも使用人といった服装をした女性だ。その女性を見た理子は少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐに納得した表情に変わった。

 

「いたんだ黒井。」

 

「ええ、はい。念の為少し離れたところで様子を窺っていたのですが、そこの方には気づかれてしまったようですね。」

 

「そういう気配には敏感なんだ。」

 

 なんでもないことのように明音はそう言った。だがそれはどうにもおかしい。明音は知り得ないことではあるが、黒井は理子の護衛も兼ねており気配を隠すことだって可能なのだ。本職の人間からすればお粗末なものかもしれないが、少なくとも一般人に気づかれるほどではないはずだ。目が見えないと言っておきながら階段を恐れることなく駆け上がったことと言い、ただの一般人ではないと思われた。だから黒井は心の内で目の前の少女に対する警戒を強めた。

 

「なんてね。」

 

 そんな黒井の警戒を笑うように明音は気の抜けるような言葉を言った。先ほどの言葉はなんてことのない茶番のようなものだったとでも言うように。

 

「私は目が見えない代わりに耳が普通の人よりもいいから音を立てたらすぐに分かるんだよ。さっき階段駆け上がる時に自分たち以外にも一人慌てて駆け上がっている音が聞こえたから分かりやすかったよ。」

 

「あ。」

 

 蓋を開けてみればなんてことのない種明かしだった。理子から長時間離れるわけにはいかなかった黒井は二人が階段を走っていくのを見ては自分も同様にしなければならなかった。流石に走っている時の階段を踏み締める音は黒井にも誤魔化しようはない。もう一人ついてきていることがわかればあとは推測だ。一定の距離を保ってつけてきているのであればそれはストーカーか護衛だ。理子が気にしている様子を見せなかったから後者だと判断したのだろう。

 

 無駄に疲れさせちゃって申し訳ないね、と言って明音は目の前の自動販売機で水を買ってペットボトルを差し出した。そこまで大袈裟に警戒する理由がなくなった黒井は恐る恐るそれを受け取った。

 

 コク、コク、と水を飲み始めた黒井を横目に明音は理子に話しかけた。

 

「護衛がついてるなんてもしかして結構いいところのお嬢様だったりする?」

 

 コテンという擬音が鳴っていそうな動作で首を傾げた明音を見て理子は可愛らしい動きだと思いながら答えを返した。

 

 自分の過去のこと。つまり幼い頃に事故で両親を亡くしてからはずっと黒井と暮らしてきたということだ。もちろん自分が星漿体と呼ばれる存在であるという機密事項は一般人の明音に言うことはなかったが。言ったところで意味が理解できるわけではないだろうが、それでも言わないに越したことはない。

 

 どの話も今日会ったばかりの人に話すようなことではなかったが、明音が黙って聞いてくれるものだからついつい口が滑らかになってしまった。

 

「最後まで聞いておいてなんだけど、聞かない方が良かったりしない?」

 

 どこか不安そうにそう言った明音に理子はそれを吹き飛ばすように笑ってこう言った。

 

「大丈夫、黒井がいるから。」

 

 それを聞けば憂慮することなどなく、明音は安心したように笑った。笑みを浮かべたまま手のひらをパチンと打ち合わせ、黒井と理子の腕を掴んだ。

 

「さあ、休憩は終わり。せっかく展望台に来たんだから景色を楽しまないと。私は高さに驚き慌てている様子を楽しませてもらうから思いっきりビビってね。」

 

 腕を掴まれて窓際に引っ張られている二人は顔を見合わせて、不敵な笑みを浮かべた。その表情からは自分が高さに恐怖するなどとは微塵も思っていない様子だった。明音のその願いは叶わないとでも確信しているらしい。腕を引かれていたはずの理子はいつのまにか前に出て逆に引っ張る側になっていた。

 

「二人とも遅いよ! って、一人増えてる!?」

 

 窓際に向かうとこちらの姿を見つけた由花が焦れたように声を張り上げた。それなりに大きな声だったので周囲の人に迷惑でしょうがと共にいた三人に一発ずつ頭を叩かれていた。殴られた後の頭を抱えてしゃがみ込む動きがやけにコミカルだったものだから理子は指でさして笑ってしまった。

 

「もう、笑ってないで写真撮るよ!」

 

 促されるまま理子と明音は輪の中に入っていく。それを黒井は一歩引いたところから眺めていた。それに気づいた明音が彼女は写らないのか聞くとどうやら撮影に専心するらしい。

 

「完璧に撮ってみせます。」

 

 ……らしい。撮影技術に自信があるらしい。子どもの頃から一人を撮り続けていればそれなりに身につくのだろうが、それに加えて軽く学んだことがあるらしい。それならばと遠慮することなく全会一致で黒井に撮影を頼んだ。誰なのだろうかという疑問はあったが理子の保護者だと説明すればすぐだった。

 

「はい笑ってー。」

 

 今日の主役だからなどという言葉で丸め込まれて中心に配置された明音を囲むようにして全員で並ぶ。戸惑いから苦笑いを浮かべていた明音を両横を陣取った理子と由花が頬をつっ突くことで無理矢理顔をほぐさせた。そんなことをされて苦笑いを浮かべ続けられる人間などいるはずもなく、花が咲くような笑顔を作った。

 

 全員分の携帯電話に加えてなぜか黒井が持っていたデジカメで彼女たちは思い出の時間を記録に残した。目が見えないから自分の分はいいと断った明音もまたいいからいいからと流されて真っさらな写真フォルダを初めて埋めた。得たものは視覚がなければ何の価値もないはずの写真。それが入った携帯電話を手に、明音は誰にも見えないところで淡い笑みを浮かべた。

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