転生したら禪院家の女でした   作:苦鳴

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いつか

 階段を登ってきた後に帰りも階段で降りるなんて体力はあまりなかったため満場一致でエレベーターで下ることとなった。七人もいればそれ相応に騒がしくなるわけで、その矛先は当然明音と黒井に向かった。なにせ会うのは今日限りになるだろう明音と今まで会ったことのなかった理子の保護者だ。前者は別れを惜しんで。後者は理子の恥ずかしいエピソードを聞き出そうとして。

 

 明音と話をする方は比較的平和だったが、黒井に聞き出す方は話させまいと妨害をする理子とお嬢様のことを話したい黒井、揶揄いたい友人の争いになっていた。このままでは多勢に無勢。理子は助けを求めてこの場にいる一番助けてくれそうな明音に期待の目を向けた。

 

「私も気になるな。」

 

 裏切られた。その事実を認識した理子はそう絶望した。だが裏切るも何も、そもそも仲間になったことはないのだから事実無根なはずだ。もっとも、明音がそう主張したところで信頼していた仲間から裏切られたと思っている理子に響くことはないのだが。

 

「みなさまお聞きしたいようですからお話しさせていただきます。あれはお嬢様が9歳の時———」

 

「や、やめ、黒井!」

 

 理子が声を張り上げて続く言葉を遮ろうとするが時既に遅し。哀れ天内理子の可愛らしく本人にとっては恥ずかしい記憶は黒井によってつまびらかにされてしまったのだ。これから暫くはその話で弄られてしまう事は間違いないだろう。

 

 その元凶である明音に恨みがましい視線を向ける。だがその視線を向けられた明音は気づいているのかいないのか、ニコニコと微笑んでいた。その表情に思わず毒気を抜かれそうになった理子であったが、今こんな辱めを受けているのも今日の昼食に嫌いな食べ物が出たのも明音のせいだったことを思い出し、一層視線を鋭くした。

 

「お化けが怖くてしばらくの間トイレまで着いてきてもらってたんだ。」

 

「うわあああああああ!」

 

 不意打ち。あまりにも卑劣な一撃だった。聖母のように全てを慈しむような笑みを浮かべておきながらそのままの顔で鋭く言い放ったのだ。非道と言う他ないだろう。安心感を与えておきながらその手に隠し持ったナイフでブスリと突き刺す。これは酷い裏切りだ。1度だけでなく2度までも。到底許せることでない。

 

「ふ、ふふ……」

 

 おかしな笑い声を出し始めた理子を確認しておっとこれはやりすぎたかと心配し始めた周りだったが、理子の顔はどこか吹っ切れたような顔だった。何となく雰囲気からこの後理子が何をするのか予想がついた明音は心の中で合掌した。

 

「藍はアイドルグループに大金注ぎ込んで親に怒られたことがある!」

 

「ちょ!?」

 

「宮子は男子同士の絡みを書いた方を何冊も持ってる!」

 

「な!?」

 

「鏡花は実の兄が好きすぎて結婚したいとすら思ってる!」

 

「はあああ!?」

 

「由花は、特にない!」

 

「えぇ……」

 

 見事な復讐だ。一部誇張しているものもあるがおおよそ事実であるため、自分の恥ずかしい過去を知られたことに対する対応としては完璧なものだろう。そして最後に自分を裏切った元凶へと矛を向ける。が。

 

「明———」

 

 そこではたと気づく。明音とは今日会ったばかりであり報復するための情報を持っていないのだ。よりにもよって一番仕返しをしたい人間にできない。その事実は理子に悔しいという思いを抱かせた。

 

「ん? ああ……私のことはわからないんだ。」

 

 どこか意地の悪い声で明音は呟いた。

 

「くっ!」

 

「まあ、一つだけなら特別に教えてあげる。」

 

 だがこんな意外な提案があった。はてさてどういう意図だろうか。このまま黙っておけば自分だけは恥ずかしい思いをせずに済むというのに。理子には明音の考えが全くわからなかった。

 

「子どもの頃に家で棒を振り回してたら障子を破ったことがある。」

 

 随分とどうでもいい秘密だった。理子たちが知られたことに比べれば可愛いものだ。困惑しつつもどれぐらい恥ずかしい話をしてくれるのかと期待をしていた彼女たちにしてみればひどい裏切りだった。だが明音からしてみれば当然のこと。知られていない、知られたら恥ずかしい秘密を誰が人に話すものか。よく考えれば教えるはずがないということは想像できたはずなのだ。

 

「それは卑怯じゃないかな!!!!」

 

 誰かが叫んだ。だがその声は全員の心を正確に代弁していた。

 

「そんな大事なこと教えるわけないでしょ。まあでも、一つ秘密を教えたからこれでみんなとおそろいってことで。」

 

 その発言を聞いてまだ何かを続けようとしていた者たちは口をモニョモニョと動かした。みんなと同じものを共有するためにこの発言をしたのだと推測できてしまったからだ。そんなことをされてなお責められるものはそういなかった。

 

「では、もうこの話はもうおしまいということでよろしいのではないですか?」

 

 年長者にそう言われてしまえばあまり続けるわけにもいかない。彼女たちはその話題を大人しくやめた。だが、恐らく近いうちに再びこの話を掘り起こし、全員揃って撃沈することになるだろう。

 

 

 

 日が沈み始めた空はオレンジ色に染まっている。カラスが何かを呼ぶように鳴き、否が応でも時間を意識させられた。全体の集合は5時半。その時間に遅刻すればお叱りは免れない。移動時間を考えればもうじき出発しなければならないだろう。だがそれは明音と別れることを意味していた。

 

 たった一日の付き合いだったが、仲を深めるのには十分だった。後少しだけ一緒にいたいというのが正直なところだった。先程で騒がしかった彼女たちの口数が明らかに減っていた。

 

「そろそろお別れだね。」

 

 先頭を歩いていた明音が振り返ってそう言った。背筋を伸ばして後ろで手を組み、なんてことのないようにそう言った。その顔に悲しみはないようだった。

 

「今日一日、みんなのおかげで楽しかったよ。新鮮な一日だった。それに記念もあるしね。」

 

 後手に握っていた携帯電話を突き出して笑った。

 

「私は京都に住んでいるからこの辺りに住んでいるみんなとはもう会うことは多分ないから、これでさよならだ。」

 

 そうなのだ。たとえ仲良くなったとしても物理的な距離があった。どうしようもない壁が高く高く聳え立っていた。たかが一日ともに過ごした人間に何をそんなに入れ込んでいるのだと笑われるかもしれないが、彼女たちの胸中は一様に寂しさが占めていた。もう会えない。その事実はせっかく友達になったのに、どうにかできないだろうか、そんな考えにさせた。

 

「あの、電話番号を交換すればよいのではないでしょうか?」

 

 バッ、と一斉に黒井の方に振り向いた。

 

「「「「「それだ!」」」」」

 

 なぜそんな簡単なことも思いつかなかったのかと軽く頭を抱えたが、解決策が見つかったのなら後は実行するだけだ。五人は意気揚々と携帯片手に明音に駆け寄った。

 

「まあ、できた縁をわざわざ切る必要はないか。」

 

 そのままこの場を去るつもりだったのだろう明音はそんなことを言いながら一人一人と番号を交換していく。流れでついでに黒井も交換することになったが、トラブルが起きることもなく無事に全員と連絡が繋がるようになったのだ。

 

「何か手伝って欲しいことや助けて欲しいことがあったら電話してくれていいよ。何でもは無理だけど大体のことは解決できると思うから。」

 

 どこか街でビラ配りや勧誘をしている人のような口ぶりだったが、真剣ではあった。

 

「それじゃあ———」

 

 

 

 

 

 

 

 ———またね。

 

 腕を軽く振った後、明音はすぐに背を向けて歩き出す。そのまま振り返ることはないだろう。そんな明音の後ろから、騒がしい声が聞こえてきた。

 

 どの声も再会を願うような言葉ばかりで、明音は思わず笑ってしまった。だが、振り返って立ち止まり、手を振ってることはなく明音は軽く片手を上げて返答とした。その後は止まることもなく人の中に消えていった。

 

「私たちも行こうか。」

 

 それを見届けた彼女たちは集合場所へと歩き出す。きっとまたいつか会えるのだから悲しむ理由もなくなった。

 

「って、時間やばいよ! 走らないと間に合わない!」

 

 連絡先の交換に時間を取られ、走らなければ危うい時間になっていた。彼女たちは誰が言うでもなく、自然と走り出していた。急げ急げと口々に叫ぶ。きっとこのまま走っていれば時間には間に合うだろう。

 

 今日の思い出を噛み締めていつものように騒がしく街を駆ける彼女たちの顔には、笑顔が浮かんでいた。




これが呪術廻戦……?
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