第1話 所詮8番は、七陰になれない敗北者じゃけぇ
私はエルフである。名前はもう無い。
かつては一端のエルフらしい平凡な名前で呼ばれていたが、今では基本的に数字で呼ばれる。この数字は何を数えているのか。それは現在私が所属している組織に加入した順番である。
組織の名はシャドウガーデン。影に潜み影を狩る、盟主シャドウと7人の側近が統べる黒の軍勢。
悪魔憑きという名の恐るべき病が存在する。発症すると徐々に身体が腐った肉塊へと変貌して、最終的に死ぬ。治療の術は今に至るまで見つかっていない不治の呪いだ。
それは世界における常識。しかしシャドウガーデンにおいては忌むべき血塗られた嘘。
悪魔憑きの症状は魔力暴走に起因するもので、外部から暴走を制御してやれば治まる。悪魔の呪いなどではない。むしろ大昔の英雄の血を引く証明であり、身に秘めた強大な魔力は祝福だ。
私が今なお生存している事実がその証明だ。かつて悪魔憑きとして死を待つ身だった私はシャドウガーデンの治療を受けて今ではすっかり健康体だ。なんてことない村娘だったのに、英雄の血によってもたらされた膨大な魔力のおかげで大国の正規の騎士すら正面から叩き潰せてしまう。
幾人もの悪魔憑きが民衆に迫害され、家族に拒絶され、世界に殺された。英雄の子孫という真実を誰もが忘れ、悪魔の呪いという虚偽を誰もが信じている。なぜか?
答えはかつて英雄が打ち倒した魔人ディアボロスを崇拝する悪しき存在、ディアボロス教団が真実を隠蔽したからだ。
ディアボロス教団は世界を陰から操り、英雄の子孫を貶め、魔人ディアボロスの復活を目論む邪悪の権化だ。多くの国がその影響下にあり、表立って抵抗した勇者たちは皆潰された。
陰の支配者に抗するためには自らも陰に踏み込まなくてはならない。だから我々シャドウガーデンは陰に潜む。
誰も陰の戦いを知らない。陰の戦いの中で私がどれだけ血を流そうとも、何を成そうとも、誰の記憶にも残らない。
それでもいい。
自分自身の復讐のために。
先祖の献身を無駄にしないために。
何より恩人である盟主シャドウと七陰のために。
私は生まれ持った全てを捨て、8番として陰を狩る。
◯
どれだけ立派な信念を秘めようとも、心と身体は別物だ。心ばかりが前へと駆けて私の身体は置き去りになっている。
「ぺぎょえええええええ!」
多くの同僚が見守る前で、私は情けない悲鳴を胃の内容物と共に撒き散らしながらきりもみ回転で吹き飛んだ。
私を吹き飛ばした黒い肌のエルフ女性、オメガ様は、漂う臭気に眉を潜めながらも、油断なく剣を構えている。
「勝負あり! 救護班はそこに転がってるボロ雑巾を捨ててこい!」
オメガ様とは別の隻眼エルフ女性、ラムダ様が控えていた部下に指示を出す。ゲロ塗れの上半身を避けたのだろう、私はエルフの少女たちに足首を捕まれて引きずられ、訓練場の外へと放り出された。
立ち上がれるようになるまでしばらくかかりそうなので、反省をかねて経緯を思い出そう。
まず、ここはアレクサンドリア。龍の毒霧に守られたシャドウガーデン本拠地だ。
そして今日はシャドウガーデンで不定期に開催される昇格試験の日だ。
シャドウガーデンの組織構造は、頂点に盟主シャドウ、次が7人いる最高幹部である七陰、次が幹部であるナンバーズ、最後が大勢の一般構成員となっている。そして私8番は一般構成員だ。
七陰以降でシャドウガーデンに加入した構成員は加入順に番号を与えられる。つまり私は七陰を除けば最古参だ。しかし私は組織における立場としては最底辺に位置している。
理由は簡単。私が弱いからである。
シャドウガーデンに年功序列はない。七陰は不動だがナンバーズは入れ替わることがある。基本的に戦闘力による地位であり、実績ある者に称号をかけた挑戦権が与えられ、決闘で勝てば交代となる。
昇格試験にほぼ毎回選出されている私は決して弱くない。加入順が早いということは、それだけシャドウガーデンにおける訓練期間が長いということ。たとえ基盤が凡庸な村娘であっても積み上げた努力は無駄にならない。数字が100違えば格が違うと言われているが、才能に差がなければ1の違いでも追いつけない。私が最強の一般構成員であることは七陰の皆様も認める事実である。
しかしシャドウガーデン加入前から戦いを生業としていた者は、その分だけ厚底の靴を履ける。世の中には天才だって少なからず存在する。
111番のカイ様は、かつて武力の国ベガルタにおける最強の7人、ベガルタ七武剣に名を連ねていたという。
123番のオメガ様は、かつて国軍の幹部だったらしい。
本人が番号を忘れているので私も加入順を知らないが結構後の方だった気がするパイ様は、生まれ持った獣人の身体能力という才能だけでナンバーズ最強格だ。
私が最古参ということは現存するナンバーズの番号は全員が私より後なわけで、すなわちナンバーズの数だけ私は抜かされてきたわけだ。私は間違いなく最強の一般構成員だ。なぜなら私より強い者は皆、ナンバーズに名を連ねているのだから。
ゆえについた二つ名は不合格ラインの8番。私より強い者は昇格試験に合格する。だから私に勝てたら昇格試験の候補に挙がるし、私に勝てる新参がいないときは私だけが昇格試験を受け、そして負ける。結果が分かり切っているから、今となっては昇格試験の参加者が私だけの場合、日々の訓練の休憩時間で手早く済まされる始末である。
「8番! いつまで寝ているつもりだ? 貴様は芋虫に生まれ変わったのか!」
訓練場から響く声に、私は慌てて「ノーサー!」と返す。そして急いで訓練場に戻ると「臭い! 出ていけ!」と追い出された。
涙が頬を伝う。きっと吐瀉物の臭いが鼻を刺したせいだ。
魔剣士の道は、かくも残酷である。
◯
経歴に比べて肩書こそ情けない私だが、決して同僚に軽んじられてはいない。
シャドウガーデンの作戦行動は3人1班を基本単位として行われる。私が参加する場合、誰と組んでも班長を担うのは私であった。さらには複数の班が動員される場合、ナンバーズが参加しなければいつだって私が指揮官に任命された。そのことに不満を漏らした同僚は今のところ1人しかいない。
さて、今回も私は3つの班を率いて任務に向かっている。任務内容は先日ナンバーズによって討伐されたディアボロス教団の幹部が拠点としていた施設の制圧、つまりは残党狩りだ。この施設の戦力調査はずいぶん前から済んでいて、幹部を始末した今となっては雑兵しか残っていない。施設自体の重要性も低く、ナンバーズが出向くほどの案件ではないということで私に一任された。
「総員、私に続け!」
将は2つに分類できる。後ろでどっしり構えて指示を出す知将。先陣を切って突撃する猛将。私は作戦を考えられるほどの軍事知識がないから後者だ。
「ひゃっはー! 逃げる奴は教団員だ! 逃げない奴も教団員だ! 教団員は皆殺しだ!」
「うわあ蛮族だ!」
部下が臆さないように檄を飛ばしているだけなのに教団員が失礼なことをのたまうので、無礼者を斬り捨てながら訂正する。
「違う! 我らはシャドウガーデン! 陰に潜み陰を狩る者!」
私はシャドウガーデン標準装備の黒い剣で教団員を斬る。部下たちも同じく黒い剣で教団員を斬る。
あっという間に教団員の骸で山ができる。
そこで私は違和感に気付く。あれ、山ができるほど教団員が湧いてるの、おかしくない? こんなに人員が配置されてるとは聞いてないんだけど。
惨殺される教団員の野太く汚い悲鳴に混じって、きゃあ、と少女の高い声が聞こえた。それはすなわち味方のものだ。
見れば肉塊と見紛うような大男が大槌を振り回して部下たちを弾き飛ばしている。その特徴的な外見を私は知っている。ナンバーズが始末したはずの教団幹部、肉団子のオデ・ブゥ。巨大ミートハンマーで多くの魔剣士を挽き肉にした猟奇殺人鬼で、教団のスカウトを受けて幹部となったクソ野郎だ。ついでにサイズの合う服が存在しないからと裸エプロンで出歩く変態でもある。
「このデブぅ! なぜ貴様が生きている! 駄目だろー! 死んだ奴が出てきちゃ!」
大槌を振り下ろそうとしているデブと動けずにいる部下との間に割り込み、横薙ぎに剣を振るう。鈍重なデブを両断したはずの一撃は、しかし虚しく空を斬った。
「オデ、デブじゃない。オデ、マッチョ!」
どうやら動けるデブらしい。ゴリゴリの筋肉質な男が軽快に踊っているのを見たらなぜか可笑しく思えるのと同じで、デブが大槌を持ったまま回転しながら跳び回るその姿はどう考えてもこちらを笑わせにきている。
私は笑いをこらえてデブに斬り込んだ。私の怒涛の連撃を、デブはときに器用に大槌を操って弾き、ときに軽やかに回避する。
ここに来て私は気付く。分厚い皮下脂肪で攻撃を凌ぎ反撃を狙うというオデ・ブゥの戦い方と、目の前のデブの戦い方は似ても似つかない。手に持つ獲物もよく見たらミートハンマーではなくダンベルだ。まさか別人とでも言うのか。似た人間は世の中それなりに存在するものだが、こんな異様なデブが近場に2人もいると言うのか。
「ははは愚か者どもめ! このお方こそチルドレン1stにしてネームドチルドレン、筋塊のマッス・ルゥ様だ!」
「説明どうも! さよなら!」
ごちゃごちゃ五月蠅い高位の雑兵を斬り伏せ、デブと距離をとって構える。目線だけ周囲に送れば部下たちも態勢を立て直せたようだ。デブ以外の雑兵の始末を終えてデブの周囲を取り囲んでいる。
幹部残ってるじゃないかと事前調査の担当者に文句を言いたい気持ちもあるが、今回は事故だと割り切ろう。見分けのつかないデブの幹部が複数いるなんて誰も予想できない。それに、もう終わる。
デブは大槌を振り回して私たちを接近させないようにしているが、あれでは体力が尽きるまで大した猶予はないだろう。
「動けるデブが動けないデブになり次第、囲んで剣で叩くぞ」
「了解!」
部下たちの返事は僅かな乱れもなく重なって聞こえた。ラムダ教官にしごかれた部下たちの統率された姿にデブは気圧されたようだ。数は力だ。いかに強者であっても練度の高い軍隊に包囲されたと自覚すれば平静を保てない。
やがて汗で滑ったらしく大槌が明後日の方向へ飛んでいき、当然の帰結としてへばったデブを私たちの剣が針鼠に変えた。固くて剣が深くまで刺さらない上に、地面に身体を丸めて急所を守っているせいでなかなか息の根を止められないが、このまま続ければ失血死は確実だ。
「お前ら卑怯! オデをいじめるなぁ!」
「うるせぇクズが! 先に私たち悪魔憑きをいじめたのはお前らディアボロス教団だろうが! 因果応報だボケ!」
私の過激な発言に周囲の部下たちが頷く。ディアボロス教団に恨みのない者はシャドウガーデンに存在しない。
私刑執行! 囲んで剣で叩く! 囲んで剣で叩く! 私も部下たちも一丸となってうずくまる肉塊に恨みをぶつける。
「うっ、がっ、うぼおおおおおお!」
「総員散開!」
なぶるつもりはなかったが、結果として時間をかけ過ぎたせいで体力が回復してしまったらしい。腕を振り回して独楽みたいに回転するデブからたまらず距離をとる。
「まずいな。お前たち、撤退しろ」
「そんな! なぜですかリーダー!」
「あと何回か繰り返せば仕留められます!」
「いや駄目だ。あのデブの魔力防御に対して私たちでは攻撃力が足りてない。時間をかければ敵の増援が来るかもしれない」
さらに悪いことに、デブがエプロンのポケットから赤い錠剤を取り出すのが見えた。
「殿は私がやる! 脱出してナンバーズに救援を要請しろ!」
デブが錠剤を飲み込む。その瞬間、暴力的な魔力が迸り、気付くと目の前に巨大な拳が迫っていた。
◯
デブが使った薬はディアボロス教団の幹部が使う奥の手だ。副作用が強めのその薬を使い、死ぬことなく力を得た存在を覚醒者と呼ぶ。
ディアボロス教団の幹部であるチルドレン1stとシャドウガーデンの幹部であるナンバーズとを比べれば、圧倒的に後者が格上である。チルドレン1stはガーデンの一般構成員であっても古参の者ならば1対1の戦闘が成り立つ程度の格でしかない。なにしろチルドレン1stは割と結構たくさん存在するので、選りすぐりのナンバーズに比べれば基準が低いのだ。
しかし覚醒者は駄目だ。ナンバーズであっても1対1は危険、安定をとるなら七陰が出張るべき案件となる。
デブの一撃を顔面に受けた私は、直撃寸前に自ら後方へと跳んだことにより、かろうじて潰れたトマトにならずに済んだ。鼻の骨は折れただろうが、昇格試験の時も頻繁に折れていたので慣れている。
「オ前潰スゥ!」
私の幸運はこのデブが覚醒者といってもギリギリ薬に耐えた程度で、ほぼ理性が蒸発していることだ。おかげで目の前をうろちょろする私ばかり追いかけて逃走する部下たちに見向きもしなかった。
しかし私の不運は、魔剣士としての私の強さが目の前で暴れ狂う異常者よりも遥かに格下であることだ。
私の剣術では魔力量の優劣を覆せない。
私の体捌きでは技術の欠片もない乱雑な拳打の嵐すら掻い潜れない。
デブの拳が私の体の芯を捉えた。吹き飛んだ私は吐瀉物を撒き散らしながら施設の壁を突き破る。途中で一瞬だけ脱出中の部下たちが見えた。彼女たちは私の名を呼んでいた気がした。
——8番!
——8番ちゃん!
——8番さん!
違う。そうじゃないだろう。
この状況で呼ぶべき名は、いつまでも底辺で燻っている雑魚魔剣士のものではないだろう。
この窮地に呼ぶべき者の名前。それは——。
◯
部隊において最強の8番を一蹴した怪物が背後から迫りくる絶望の中、前方よりそれは現れた。
黒い大球。それを形容するには、その一言で足りてしまう。
転がってくる大球をシャドウガーデンの少女たちは通路の両脇に張り付いて避けた。大球は少女たちに興味を示すことなく通り過ぎ、奥から迫るマッスに衝突した。
覚醒者となった怪物と、謎の大球との真っ向勝負。その結果は、拮抗。両者とも静止する。
「いだぁぁぁぁい!」
否。互角ではない。大球の表面から飛び出た大棘がマッスの肉鎧を貫いている。マッスが悶え苦しみながら後退する。
「あの硬い化物の筋肉を貫通した!? あれは何なの?」
敵か味方か分からずシャドウガーデンの少女たちが警戒を見せると、それに応じるように大球の表面に金色の記号が象られた。
θ。シータ。
「まさか!? 『魔球』のシータ様! 最強のナンバーズ!」
盟主シャドウの表の肩書すら秘匿されていないシャドウガーデンにおいて唯一、番号不明、容姿不明の謎の存在。分かっているのはシャドウガーデンの秘匿技術であるスライムを七陰すらも超える圧縮率で扱い、漆黒の外殻で身を隠しているということと——その戦闘力は七陰に匹敵する、最強のナンバーズであること。七陰の末席イータに次ぐ8番目の記号を与えられたナンバーズ。それがシータだ。
「よぐもやったなぁ!」
マッスのラッシュがシータに迫る。シータはそれを避けられない。
否。避ける必要がないからシータは動かなかった。暴風の如き連打を受けてなお、シータの外殻は無傷。それどころか殴ったマッスの拳が砕ける始末だった。
『終わりか?』
外殻に金色の文字が浮かんだ。シータは正体の隠蔽に徹底し、声すら誰にも明かさない。
『ではこちらの番だ』
極限まで圧を加えて細く鋭く収束させた水は分厚い鉄板すら切断するという。盟主シャドウの陰の叡智の一欠片、『ウォーターカッター』だ。シータはそれをスライムで再現した。
断末魔の声すらなかった。シータの外殻から糸よりも細い何かが飛び出て、それがマッスの肉体を縦横無尽になぞったかと思うと、次の瞬間にはマッスは細切れの肉片となって崩れ落ちた。
シャドウガーデンの強さに一役も二役も買っている魔物、スライム。ミスリルですら50%にも満たない魔力伝導率だというのに、スライムは脅威のほぼ100%である。ガーデンでは鎧としてスライムボディスーツを纏い、剣としてスライムソードを振るう。しかしシータはボディスーツではなくスライム要塞を纏い、剣ではなくスライムカッターを振るう。その姿を見た盟主シャドウは、魔剣士というよりは『魔球』であると言った。
◯
私は地面に倒れている。
誰かが私の首に触れる。脈と呼吸を確認したのだろう、その誰かは「生きてる!」と叫んだ。
身体を揺さぶられ、私は呻き声を漏らしながら飛び起きるように目を開けた。
「畜生! あの腐れ筋肉達磨が! 手足切り落として本物の達磨にしてやる!」
「あっ、思ってたより元気だ」
「というか元気過ぎるでしょ。もしかして8番ちゃんもガンマ様みたいに頑丈なの?」
ぶち切れて叫ぶ私に少女たちは一歩引いた。
私は興奮を引っ込めて釈明する。
「いやまさか、あの方と比べないでよ恐れ多いから」
ほら見てと言って私は周囲に散乱した大量のスライムを指差した。
「いつもナンバーズの方々に吹っ飛ばされて痛い思いをしてたからさ、スライムでクッション作れるように練習したんだ。おかげで命拾いしたよ」
散乱したスライムが私の背に集まって、3対6本の翼のようになって垂れ下がる。
「私が飾り付けのためにこんな大きな翼を背負ってたと思ってた? 違うんだなこれが」
スライムボディスーツの意匠に規定はない。しかし細かな装飾を増やすには高度な魔力制御技術を要するので、大多数の同僚は身体に密着し凹凸の少ないスーツを形成する。背中に無駄にでかい翼を付けている私は珍しい例だ。
「いや、てっきり見栄を張ろうとしてるのかと」
「見栄ちゃうわ! 100%実用目的だわ」
「正直後ろ走る時に前が見えなくなるから邪魔だなって思ってた」
「それはごめん。というかそういうことは遠慮せず言ってよ」
「翼のつもりだったの? 触手じゃなくて?」
「背中から触手何本も生えてる奴とか化け物じゃん。やだよそんなの、一応女の子なんだぞ」
「せめて羽を一枚一枚作り込まないと分からないよね」
「イプシロン様じゃないんだから、そんな手の込んだことできんわ。それができたら私はとっくにナンバーズだよ」
それからも同僚の心無い言葉に打ちのめされ、私はしょんぼり項垂れる。
「酷いよーみんなー。いちお怪我人なんだぞー」
同僚たちは言い過ぎを自覚したのだろう。強引に話題を変えようとする。
「あー、そういえば8番がやられた後にね、なんと! あの! シータ様が助けに来てくれたの!」
「すごかったんだよ! 私たちじゃ手も足も出なかった筋肉お化けをこう、ズババッ! ビチャ! って感じで倒しちゃった」
「えっ、まじか。あのクソ筋肉死んだの? じゃあ任務完了じゃん」
我々シャドウガーデンは影に潜み陰を狩る者。用事が済んだら、いつまでも光の届く場所に姿を晒しておくべきではない。
私は手を叩いて注目を集めた。
「総員、これよりアレクサンドリアに帰還する。帰るまでが任務だぞ。いいな!」
一糸乱れぬ了解の声が高らかに響く。欠員はゼロ。怪我人1名。ご機嫌な大勝利だ。
◯
誰も欠けることなくアレクサンドリアへの帰還に成功した後、指揮官を担った私は休む間もなく上司である七陰への報告に向かった。報告相手は七陰筆頭、アルファ様だ。
「8番です。報告に参りました」
「入りなさい」
私が執務室の扉の前に立って呼びかけると、女神のごとき美しい声で許しをいただけた。
扉を開けると、そこには1人の世界で最も美しく尊いお方であるアルファ様がおられた。
「あっ、太陽」
私は私の太陽が放つ後光に眼を焼かれてふらついてしまう。
「大丈夫? 負傷したの?」
訝しむような視線に混じる心配を全身に浴びたことで、私の肉体はクソ筋肉にしこたま殴られた事実を忘れ去った。
「いえ、問題ありません」
「そう、ならいいのだけど」
「お心遣い痛み入ります。それで、今回の任務なのですが」
私はアルファ様の足元に跪き、床を見ながら任務の経過を話した。想定外のディアボロス教団幹部と遭遇したことも、秘薬に適合し覚醒者となったことも、シータがそれを仕留めたことも、全てを伝えた。
「そう。やはり懸念は正しかったのね」
「さすがはアルファ様です。僅かな情報から外見の似通った幹部が複数いる可能性を想定なされた。感服いたしました」
「確証は得られなかったわ。そして、それでも動かざるを得なかった」
私はアルファ様が微笑んだことを察知した。見たかったが、見たら興奮で報告どころではなくなるので視線は床から動かせない。
「シータ。仲間たちを死地から無事に連れ帰ってくれてありがとう。あなたにはいつも助けられているわ」
アルファ様の褒め言葉に感極まった私は、そのまま意識を失った。