シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第9話 完全詠唱! モブエルフ少女『人生のフルコース』

 シャドウガーデンで最も料理が上手なのは誰か。

 それについては個人の好みの違いで意見が分かれるため決められない。

 しかしシャドウガーデンで二番目の料理上手は誰かと聞けば、ウィクトーリアを除いて全員が8番の名を挙げる。

 昔から率先して雑用をこなしてきた8番は台所に立つ機会も多かった。8番の料理よりもミツゴシ系列の高級料理店で働く構成員の料理の方が遥かに美味であることは間違いない。しかしシャドウガーデンの少女たちにとって8番の料理こそが第二の家庭の味なのだ。

 さて、所属する全員がラムダの指導によりクソ不味い携帯食料で何ヶ月でも耐えられるよう鍛え上げられたシャドウガーデンにおいて、料理の腕が必要とされる場面とはいつか。

 それは今だ。

 シャドウガーデンは現在、七陰の主導によってシャドウ様魔剣士学園入学おめでとうパーティーを企画している。シャドウへの祝いが最大の目的であることは確かだが、このパーティーは一般構成員の息抜きも兼ねている。そもそも聖者の生誕祭に聖者本人が必ずしも居合わせるわけでないのと同様、シャドウは参加しない内輪の集まりだ。シャドウには七陰だけが参加する小さな祝いの場を別に用意する。ならば無理に豪華な食事を用意する意義はなく、一番でなくてもほぼ全員が好む料理を作れる8番が料理責任者に選ばれたのは当然の運びであった。

 メニューを決める権限を持ったアルファは8番に思う存分腕を振るって欲しかった。だからアルファはかつてシャドウから教えられた、一流の料理人なら誰もが胸に秘めているという『人生のフルコース』を初めて仲間たちに披露する大舞台として今回のパーティーを与えることにした。

 ちなみに8番は家庭料理しか作ったことがなく、フルコースなんて考えたことすらないという事実をアルファは知らない。アルファが8番を一流の料理人として認めていたために生じた不幸なすれ違いであった。

 

          ◯

 

 アルファ様から久しぶりに直接の御命令をいただいた。

 人生のフルコースをシャドウガーデン全人員分と予備を合わせて700食作れとのことだ。

 700食作るのは問題ない。私の手で生まれた時から育て上げた末に泣く泣く屠殺したかわいい家畜たちへの思いから、食事のたびに食材と命とアルファ様への感謝を欠かすことなく捧げていたら、いつしか私は食の真理を悟っていた。それ以来、私の調理の腕は格段に向上して、今となっては100皿分の調理すら秒で終えられる。

 だから問題なのは数ではなくその内容……人生のフルコースって、何?

 フルコースは分かる。前菜、スープ、魚料理、肉料理、メインディッシュ、サラダ、デザート、ドリンクからなる一連の料理だ。この形式で料理を作ったことはないけど、料理8種類作ればいいのだろう。そこまではいい。

 人生の?

 人肉で料理しろってことか……いやさすがにないだろう。嫌なこと思い出しちゃったじゃないか。

 アルファ様が詳しく説明しなかったのだから、愚かにも忘れているだけで私は既に知っているはずだ。

 アルファ様は「あなたの人生の」と言った。

 なら私の過去に正解があるはず。

 まだパーティーまで時間はある。

 気は進まないけれど、私の人生を振り返る必要があるらしい。

 

          ◯

 

 名も無きエルフの少女は気が付くとその村で暮らしていた。名前は与えられなかったので、ずっとエルフという種族名が自分の名前だと思い込んでいた。

 お前は捨て子だ。

 拾ってやった恩を返せ。

 お前が生きていられるのはこの村のおかげだ。

 片時も遊ばず村のために働け。

 いずれ子を産める身体になったら村のために子を増やせ。

 物心着いた時からエルフは村人たちにそう教え込まれて育ち、何も疑問を持つことなく奴隷のように生きていた。

 年齢的にもうすぐ子を成せるようになるという頃、エルフは悪魔憑きを発症した。

 聖教を呼べば悪魔憑きと引き換えに大金を貰える。しかし村人たちはエルフを聖教に売らなかった。

 なぜならエルフを聖教に売ったとしても、エルフを買うために使った金額には届かなかったからだ。

 エルフは捨て子ではなかった。いつまでも若く長生きする労働力、値は張るが自分で増やせば二匹目以降は実質無料のお得な奴隷。そんな売り文句を真に受けた村人たちが金を出し合い、ミドガル王国の貴族から購入したのだ。

 エルフがそれを知ったのは石と共に口汚い罵りの言葉を投げつけられた時だった。

 

「てめぇを買うのにいくら払ったと思ってんだ!」

 

「痛い……痛いよ……やめて……死んじゃうよ」

 

「そうだよわかってんじゃねえか! お前が死んじゃうからキレてんだよ!」

 

「後ちょっとだったのによぉ! この村お前以外女いないんだぞ!? 童貞捨て損ねた俺たちの怒り思い知れ!」

 

「どいてろお前ら。オラァ魔力も込めてやんよオラァ!」

 

 村長の投げる魔力強化された石は他の村人よりも痛く、強く、エルフの悪魔憑きの症状で肉腫となった部分を吹き飛ばした。あまりの痛みにエルフは声にならない悲鳴をあげた。

 

「さすが村長! あれでも昔ブシン祭本戦出場者だったもんなぁ!」

 

「マジかよすげぇ転落人生だな」

 

「おい見ろよ! 吹っ飛んだ部分がぶくぶく膨れて治ってくぜ!? キメぇ〜」

 

「ちゃんと死なねえように拷問しないともったいないもんなぁ! 勝手に治るんならちょうどいいぜ!」

 

 エルフは殺して楽にして欲しいと願ったが、悪魔憑きの呪いで変質した部位が再生するのを面白がった村人たちがそこばかり痛め付けたので、いつまでも死ぬことはできなかった。

 死を望むだけの日々の果て、エルフの地獄は唐突に終わりを告げた。監禁されていた廃屋がいきなり倒壊して、エルフは瓦礫に押し潰された。常人なら望み通り死ねた事態であっても、悪魔憑きのエルフは骨折しただけで生き延びてしまった。

 やがて誰かが瓦礫をどかした。現れたのはエルフと同い年くらいの三人の少女たちだった。

 

「……して、ころ、して……」

 

 エルフは少女たちに死を望んだ。

 しかし少女たちのリーダーらしき金髪のエルフはエルフを殺してくれなかった。

 

「拷問、いや……! おねがい……殺して……!」

 

 なおも泣き縋るエルフに金髪の少女は聖母のような優しい顔で言い聞かせた。

 

「今……私が楽にしてあげる」

 

「楽に……うん……お願い……」

 

 金髪の少女——アルファは確かにエルフを楽にしてくれた。

 殺すのではなく、悪魔憑きを治すという方法で。

 

          ◯

 

 アルファ様との……出会い……。

 それが私のフルコースの前菜だ……。

 すべてはあれから始まった……。

 

          ◯

 

 次に目覚めた時、エルフの目に映ったのはいい香りのする器を持ったアルファの姿だった。

 

「目覚めたのね。心配したのよ。とても衰弱していたから」

 

 アルファはエルフにスープの入った器を見せた。

 

「少し回復して良かったわ……でもまだ無理はしないでね。さぁ、温かいスープを入れたから。召し上がれ」

 

 エルフは匂いにつられて手を伸ばそうとしたが、衰弱した身体は動かなかった。村にいた頃は疲れて働けなくなれば叩かれていた。だから今回もそうなると思ってエルフは目を閉じ怯えたが、アルファはそんなエルフを咎めることもなく、スプーンでスープをエルフの口に優しく注いでくれた。

 食べ物って……こんなに温かいものなのか……。

 村人たちはエルフに残飯ばかり食べさせていたので、冷めていない食べ物を口に入れたのはこの時が人生で初めてだった。

 こんなに……こんなにおいしい食べ物……初めて食べた……。

 間もなく8番と名付けられる少女は生まれて初めて……腹一杯飯を食った……。

 

          ◯

 

 アルファ様の……施し——……。

 それがフルコースのスープ……。

 最初に食べたスープの味は……。

 死んだって忘れないだろう……。

 

          ◯

 

「アルファ様ぁ! コイツ何です? 新入り!?」

 

 初対面の相手に鼻を近づけて体臭を記憶しようとするデルタにアルファは笑顔で言った。

 

「ええ。新しい家族よ」

 

 アルファたち七人は8番がかつていた村の連中とは違った。

 誰も……8番を傷つけなかった。

 ぼさぼさの髪を切り揃えてくれたガンマ。

 栄養失調で平坦になった胸を見て、静かに8番を抱き締めてくれたイプシロン。

 暗い顔をする8番に嬉々として気分が良くなる新薬を試そうとしたイータ。

 誰も……8番を傷つけなかった……?

 

          ◯

 

 魚料理は……初めての家族のぬくもり……。

 

          ◯

 

 心の傷はそう簡単に消えるものではなかった。

 夜になると8番は暗い廃屋に監禁されて拷問を受けた記憶を思い出してしまい、眠れなくなった。

 そんな時アルファは子供を見守る母のように、8番が眠れるようになるまでそばに寄り添ってくれた。

 

「おやすみ、いい夢を」

 

          ◯

 

 フルコース肉料理は……今でも、私の額に残るその感触……。

 おやすみの……。

 キス……。

 

          ◯

 

 してない。

 アルファは8番にキスしてない。

 それは8番の妄想だ。

 夢を現実だと思い込んでいる。

 アルファがしたのは手を繋いで添い寝してくれたところまでで、キスはたとえ頬や額であってもシャドウ以外にするつもりはない。

 というか同い年で十代の少女に母性を求めてんじゃねえぞマザコンがぁあ!

 

          ◯

 私のフルコース……。

 メインは……。

 いつも……。

 いつだって……。

 私にやさしくほほえんでくれた……。

 アルファ様の笑い顔……。

 それが私のメインディッシュ。

 そしてどんな時も……。

 こんな私の味方をしてくれた……。

 

「私なんかが、生きてて、いいの……? 悪魔憑きなのに……」

 

「悪魔憑きの私なんか、じゃなくて。誇りと自信を持つの。絶対大丈夫、そう信じなさい」

 

 決して忘れない……。

 アルファ様の励まし……。

 それが私のフルコースのサラダ……。

 

「これはね、悪魔なんかじゃない。英雄の子孫だって証なのよ」

 

 こんな愚か者の私を……。

 常に真っすぐ導いてくれた……。

 アルファ様の教え……。

 それが私のデザート……。

 

          ◯

 

 シャドウガーデンがまだ少数だった頃、七陰の仕事量と負担は尋常ではなく、8番は疲れ果てて眠り込むアルファという珍しい状況に遭遇した。

 起こしたら悪いと思い、8番はそっと近付いて布をかけようとした。

 その時、アルファが寝言で呟いたのだ。

 

「いつか……戻りたい……木の香りに包まれた……あの家に」

 

 8番はアルファの望みを叶える力になりたいと思ったので、木の香りの家について他の七陰に聞いて回った。

 そして8番は知った。

 かつてシャドウと七陰だけが時間を共有した真の家族だけの聖域は、遅れて出会った自分なんかが入り込める場所ではないことを。

 

 

          ◯

 

 そうだ、私の人生のフルコースは未来永劫揃うことはないんだ。

 だって私の最後の望み、フルコースのドリンクは……。

 ディアボロス教団を倒して平和を取り戻した日常で……。

 アルファ様から「おいで。一緒に食べよう」って……。

 七陰が囲む食卓に……。

 家族で囲む食卓に……。

 混ぜてもらうこと……。

 でも、アルファ様の求める平和な世界の象徴には……。

 私の知らない木の香りの家には……。

 本当の家族だけで囲む食卓には……。

 私の居場所なんてどこにもない……。

 ああ、いけない。長時間思い出に浸りすぎて服薬の時間を過ぎてしまった。

 私は常備しているイータ様特性の気分が良くなる薬を飲み込んだ。この薬さえあれば、私は余計なことを考えないでいられる。

 効果はすぐに現れる。飲んだ直後は最も気分が高揚する。

 ンギモチイィッ!

 最高に「ハイッ!」ってやつだアアアアアハハハハハハハハハーッ。

 ばっかじゃねえの!? 

 命と生き方貰ったんだから、それで満足しとけよ私!

 奴隷風情が欲張りさんかよ!

 そしてひとしきり腹を抱えて笑った後、自分の書き上げたフルコースメニューを見て頭を抱えた。

 食べ物がスープしかねえ!

 

          ◯

 

 思い出に……味はあるのか?

 シャドウガーデンに集った少女たちは、その答えを知っている。

 華やかなパーティーには似合わない質素な家庭料理の数々と……具材の入っていない、しかし保温だけはしっかりされた一際質素なスープ。

 その香りに包まれて少女たちは思い出した。

 まだ訓練中だったのでいつも留守番を任され、忙しい七陰に代わり新たな仲間の面倒を見る役割を担っていた8番との出会い。

 そして、アルファを真似して8番が作った、悪魔憑きから回復したばかりの弱った身体に優しい、味気ないが温かいスープ。

 少女たちは涙を浮かべて、思い出話に花を咲かせた。

 

「この煮付けの川魚……昔はよく自分たちで釣ってたよね」

 

「思い出した、全然釣れなかった日があって、『このままじゃ夕食のおかずがなーい!』って叫んで8番が川に飛び込んで手掴みで捕まえたやつだ」

 

「豚肉の生姜焼きだ。私これ好きなんだよね」

 

「あなた昔はブーちゃんごめんなさいって泣きながら食べてたでしょ」

 

「いや私は全然だったよ。一番泣いてたの8番だったじゃん。『ごめん……ごめん……』ってすごい顔で、あれ見たら涙なんて引っ込んだよ」

 

「オムライスだぁ……相変わらず8番がケチャップで描く絵はぐにゃぐにゃで笑っちゃう」

 

「たぶん笑ってる人の顔のつもりだと思うけど」

 

 アルファの笑顔のつもりであった。

 

「あれ、あんたサラダ食べるの? 苦い野菜は絶対食べないって言ってなかったっけ?」

 

「いつまでも子供じゃありませんよーだ……みんなでピーマンだけ残して全部8番に食べさせたのは、今思うと酷いことしたね」

 

「『私は先輩……あなたたちより大人……すごく大人……なので私は、このピーマンの山も食べ切れる』ってすっごい必死に自己暗示かけてたもんね」

 

「プリンだ! 昔はご褒美といえばこれだったよね」

 

「でも8番が『今こうして生きてるだけでも偉い!』って毎日作るから、最終的にちょっと飽きてたよね」

 

 悪魔憑きを発症して本当の家族に見捨てられたその日から、少女たちの日常はディアボロス教団との命の奪い合い。

 いつ誰が欠けてもおかしくなかったのに、今こうして全員が集まって、一時の平和を享受している。

 豪華な料理なんていらない。家族と同じ食卓を囲めること、そんな些細な幸せに少女たちの胸が満たされる。

 8番は自分が七陰に与えられた幸福を独占することなく後輩たちに分け与えた。

 その優しい思い出は……。

 今もなお……熟成し……。

 変わらぬ旨みと味で、シャドウガーデンを満たし続けている。

 思い出話で溢れる涙こそが、少女たちの最高のドリンクだった。

 

          ◯

 

 せっかくのパーティーなのにみんなめっちゃ泣いてるううううう!

 そうだよね、なんも思い付かなくて近場で手に入る食材で作れる一番得意な料理で誤魔化そうとしたけど、ちゃんと豪華な料理食べたかったよね。

 薬の力で生き恥なんてなんのそのな私でも、600人を超える冷たい視線に晒される勇気はなく、この場から一目散に逃げ出した。

 みんなが呆れて怒る気をなくすまで、どこか遠い場所に隠れていよう。幸いなことに私は有給休暇が溜まっている。今が使い時だ!

 

          ◯

 

 ゼータによる聞き取り調査でパーティーにおける仲間たちの涙の理由を知ったアルファは、自分がやるべきだった仲間たちの心のケアをシータに任せきりだった事実を実感して曇った。

 しばらくして持ち直し、せめてパーティーを大成功させたという理由で今までの分も含めてしっかり感謝を伝えようと思った時には、間の悪い馬鹿は有給休暇申請書を残して行方不明となっていたという。

 ついでにシータが凄まじい日数の有給休暇を溜め込んでいたことも判明し、私はこんなになるまであの子を働かせていたのかと自責の念に駆られ、やはりアルファは曇った。

 禁断のアルファ曇らせ“二度打ち”である。

 




【8番が目撃していない部分の補足】


 悪魔憑きを騙る盗賊団に村を襲撃された時、日頃から本物の悪魔憑きを拷問している村人たちは臆することなく応戦した。

「うちの村長はブシン祭本戦出場者だ!」

「ふん。それがどうした。俺の首には800万ゼニーがかかっている。56人殺したのさ。てめぇのように本戦に進めた程度のことを自慢する生意気な奴をな」

 盗賊団は村人を皆殺しにしたが、後に来たアルファ、ベータ、ゼータに殲滅された。
 ロリ陰時代とはいえゼータが助けなければベータは死んでたかもしれないので結構強かった。

 他の部分を詳しく知りたい人はカゲマスをインストールしよう!





【次回のネタバレ】

 やめて!
 シャドウ様のアトミックでスライム要塞を焼き払われたら、中に隠れてる8番まで燃え尽きちゃう!
 お願い、死なないで8番!
 あんたが今ここで死んだら、死ぬならアルファ様の手でっていう願いはどうなっちゃうの?
 寿命はまだ1日残ってる。
 ここを耐えれば、シャドウ様に勝てるんだから!

 次回 『8番死す』 デュエルスタンバイ。
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