シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第12話 はたらかされる細胞 vs シャドウガーデン vs ○○○○○

 アルファの仕事部屋に出頭する道中でシャドウガーデンの兵と争う魔臓鬼の群れを見たイータは、その明晰な頭脳で瞬時に言い訳を考えた。

 

「シータを助けるために集めた素材が逃げ出した。全部捕まえてくれたらシータは目覚める。素材の損傷と不足次第でちょっと記憶障害が起きるかもしれないけど仲間の身の安全の方が大事なので無傷で捕まえてとは言えないから全力で戦って損傷させていい」

 

 部屋に入るなりどうした急に。

 突然の長文どうした?

 そんな口を挟む隙もないほど早口でイータが言い切った。

 イータの早口言葉なんて初めて聞いた七陰が呆けている隙に、「全てはシータを救うためだから私も戦ってくる」と一方的に言い放った諸悪の根源が証拠隠滅するべく姿を消した。

 

「どうしますアルファ様。連れ戻します?」

 

 ベータの進言にアルファはしばらく目を閉じて考えた後で答えた。

 

「シータを救うためだったら……それは……仕方ないわよね。私たちも参戦してなるべく無傷で捕獲できるように努力するしかないわ」

 

 イータを追いかけた他の七陰が前線に到着すると、そこは阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

「かゆい! なにこれ身体中がかゆい!」

 

 治療法未発見の未知の感染症にかかっても一日で治してしまう、免疫系の魔臓鬼の能力を受けた者。

 

「ひいっ! 臭い! 汚い!」

 

 圧縮が解かれて大蛇のようになった、消化器系の魔臓鬼を切って吹き出した中身を頭から被った者。

 

「うわっあいつまたやる気だ! みんな柱にしがみついて!」

 

 二時間無呼吸でいられるだけの空気を圧縮して蓄えておける、呼吸器系の魔臓鬼に暴風を吹き付けられて吹き飛んだ者。

 

「何よこいつら! 全然減らないんだけど!」

 

 その気があれば緑の宇宙人みたいに自らをアップデートしたクローンを産むことすら可能とする、生殖器系の魔臓鬼が生み出した下位個体の数の暴力に呑まれる者。

 臓器移植で記憶の転移が起きた事例が存在する。臓器には記憶が宿っているのだ。だから魔臓鬼はシャドウガーデンの者に対して殺傷目的の攻撃はしていない。胃や膵臓の魔臓鬼なんて自分の存在が危険過ぎるから同胞に頼んで自分を破壊させたほどだ。こいつら切って消化液被ったら骨になっちゃうからね。

 それでも、行動不能にするための能力行使だけでも一般構成員では手のつけようがないという有様だ。

 現状、無限湧きする増殖した下位個体が10体もいれば一般構成員との戦いが成立する。

 一方で流石というべきか、参戦したナンバーズとイータは既に膨大な数の下位個体と、何体かの魔臓鬼を破壊している。

 一般構成員を指揮しながら、自らもスライム製の鞭を縦横無尽に振り回す鬼教官ラムダ。

 汚い汁を被っても怯まずに突撃して、何体か倒したところで臭いに耐えられなくなって逃げ出し、それでも身体を洗ってすぐに戻って来る、今この場で一番辛い思いをしている嗅覚デルタ超えの犬系獣人パイ。

 抜群の連携で互いの背を守りながら戦う元ディアボロス教団チルドレン1st兼元ベガルタ七武剣のカイと、元ベガルタ帝国軍教導官のオメガ。

 シャドウが見れば感心するレベルの魔力操作能力を誇るダークエルフのミュー。

 尋問のために相手を殺さず痛めつける剣技という、物騒だが今この時に一番欲しい能力を持っているニュー。

 壁や天井を蹴って跳ね回る脅威の機動力と脚力を見せる兎系獣人イオタ。

 今しがた泌尿器系の魔臓鬼を爆散させて盛大に失禁させた修羅の国ワコク出身のシグマ。アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

 そしてこの場で最も猛威を振るうのは、できるだけ多くの魔臓鬼を粉々にしたくてやる気に満ち溢れている、スライムで作った大量の武器でどこかの金色英雄王様のような攻撃をする七陰のイータ。

 このままではシータを救うための鍵が破壊され尽くしてしまう。それでは困るので皆に事情を説明するべくアルファが呼びかけようとしたその時。

 

「バブブァザバ!」

 

「バブブァザババ!」

 

「ビバビギバズバブブァザバ!」

 

 ここでは人の言葉で話せと誰かがツッコむ間もなく、この場に残る全ての魔臓鬼が対峙する相手を無視して一斉に一点に向けて走り出した。

 こいつらが求める存在の座標が送られてしまったのだろう。

 スタンピード現象。それは大型の動物の集団が、興奮や恐怖のために突然同じ方向へ向けて走り出すこと。もちろん今回は興奮。その物量の圧力は七陰ほどの猛者であっても手加減をしようという考えを頭から吹き飛ばしてしまうほどだ。

 ベータが陰の弓より神速で放った矢の雨とイプシロンの三日月のような陰の大鎌から放たれた飛ぶ魔力斬撃がスタンピードの勢いを削り、足の止まった所にゼータが投げ付けた陰の円月輪が爆発して大多数を粉砕した。

 それでも日々お薬を処理して大きく強力に育った魔臓鬼リバー(肝臓)によって爆発から庇われた個体は破壊されなかった。

 そして怯まず残る全軍で突撃してきたが、アルファの左に立つデルタの陰の爪に引き裂かれて細切れとなるか、アルファの右に立って陰の大太刀を振るうガンマが珍しく攻撃を命中させたことで消し飛ばされた。

 これで魔臓鬼の群れは全滅したかのように思えた。

 しかし流動する身体を持つ魔臓鬼ブラッド(血)だけは死んだふりをして身を潜め、隙をついてアルファに飛びかかった。アルファは察知してサイコロステーキみたいに切り刻んだが、切った瞬間に元通りになるため止められなかった。

 

「アルファ様!?」

 

 赤い液体に全身を包まれたアルファを見て仲間たちが驚愕する。

 アルファは赤い液体の口腔内に侵入しようとする素振りを感じた瞬間、自分を溺死させようとしているのだと考えて両手で鼻と口を守りながら脱出を試みた。

 しかし赤い液体はアルファに纏わりついて決して放そうとせず、虫の王の護衛軍のような心理で自らを呑み込ませようと圧をかけてくる。

 ビバゴゾ、ビドヅビ!

 周囲の仲間もアルファを救出するべく手を尽くす。しかし液体を吹き飛ばすほどの威力で攻撃すればアルファまで傷つけてしまうため、打つ手がない。

 アルファの窮地を救ったのは、敵が何であるかをよく知っているイータである。

 イータは小さな試験管を赤い液体に投げ込んだ。

 試験管に入っているのは血液の主成分である赤血球に結合する抗体をイータが消化器系の魔臓鬼の残骸から抽出して精製したもの。

 8番の身体の中では人間の姿をした沢山の細胞たちが毎日笑顔で働いている。彼女らは自分たちの仕事に誇りを抱き、8番と同じで全ての仲間を大切にする優しい心を持っている。

 抗体を産生するのは免疫細胞であるB細胞さんから変化した形質細胞さんで、消化管には彼女らの家となる腸管関連リンパ組織が存在するのだ。イータはB細胞さんをお薬で狂わせて、仲間を傷つけたくないという意思を曲げさせて望んだ通りの抗体を作らせた。

 

「ほら……早く作って」

 

「や、やだ、仲間を傷つける抗体なんて作りたくない!」

 

「はーやーくー」

 

 オラッ! お薬!

 

「あへぇ……抗体いっぱいつくりゅぅ」

 

 薬の使い過ぎで身に付けた毒耐性があっても、抗体は毒ではないため防げない。

 仲間が作らされた抗体に苦しむ赤い液体は、それでも仲間を裏切り者と責めることはせずに、もがき苦しむようにしてアルファから離れた。

 流動する身体を持つ自然系の強敵であった魔臓鬼ブラッド(血)、その敗因は8番の面白おかしい身体を誰よりも知り尽したイータがこの場にいたこと。

 

 赤い液体の表面に口のようなものが形成され、意味不明の音を出す。

 

「ビバババババババババババババババババババダバダバダバダジビダグバビジビダグバビジビダグバビジビダグバビ! ゴベンバザビゴベンバザビゴベンバザビババビババブビゴデジダバババビバズバダバダバダバダジビダグバビ!」

 

「ちなみに……あなたの死因は……自己免疫性溶血性貧血」

 

 ちなみに8番は通常なら自己免疫疾患を起こさない。仲間を攻撃するなんて悪魔の所業、彼女の細胞は決してしないのだ。悪魔によって操られでもしない限り。

 

「ダズゲデ! バブブァザバ! ゴベンバザビバブブァザバ! ダズゲ」

 

 魔臓鬼ブラッド(血)は風船のように膨れて、ついには爆発した。

 

          ◯

 

 きたねえ花火となって敵が爆散したせいで廊下が殺人現場みたいになってしまったが、シャドウガーデンの少女たちはとりあえずひと息つく。

 

「仲間を守るためだから無傷で確保は難しかった。別に記憶がなくなってもあの子本人であることには変わらない。それで妥協して欲しい」

 

 ちなみに8番のプラナリアみたいな生態を知るのはこの場ではイータとニューだけだ。

 ニューは以前の呪われた絵画事件を見たまま全て報告している。その結果、ガンマに「あなた疲れてるのよ」と心配され、強制的な休暇を押し付けられてしまった。

 ガンマ、悪いのはニューじゃないんだ、変な生態たくさん持ってる8番なんだ。

 そして8番を面白おかしくした原因のひとつは間違いなくそこにいる研究狂なんだ。

 

「仲間を守るためなら……仕方ないわ。誰よりも仲間を大切にしてるあの子なら、きっと許してくれるはずよ」

 

 それはそうだろう。細胞のひとりひとりに至るまで優しさの塊なのだ。その細胞たちは今、終わり行く世界の中で絶望してるけど。ああ、空が暗くなってくよ……何も、見えない……世界が崩れて……全てが、消えて行く……。

 そんな人知れず起きてる終焉にも、諸悪の根源にも気付けなかったアルファは、とりあえず全員で協力して廊下掃除をしようかと考えた。

 酷い臭いが廊下中に充満しているので、一般構成員のひとりが換気のために窓を開けようとした。

 それが第二幕の始まりだった。

 

「大変です! 外! 窓の外を見てください!」

 

 慌てた様子の一般構成員が七陰に向けて叫んだ。

 言われた通り窓から外を見ると、いつの間にか空が怪しい紫色に輝いていて、そこに謎の門のようなものが浮かんでいる。

 さらに異常が起こる。辺り一面に転がる魔臓鬼と下位個体の破片が宙に浮かび、肉片の暴風となって窓を破って外へと出ていったのだ。

 僅かに開いた門の隙間にさっきまで命だったものが吸い込まれ、吸い込んだ量が増えるほどに門はどんどん開いていく。

 そして、捧げられた生贄によってついに門が完全に卍開された時。

 グリ、ドゥ、ザン……ゼーロ♡ ゼーロ♡ ゼーロ♡

 聞いた男をイライラさせるメスガキの無礼くさり声で読み上げられたカウントダウンと共に。

 

「マアァァァァァァァァァァイイィィィィィィィィィィテエェェェェェェェェェェ!」

 

 アレクサンドリアの巨大な拠点全体を震わせるほどの咆哮が天より響き。

 8番の髪の色と同じ桜色の愛の炎で形成された巨大な魔鳥の形をした化け物——『卍 ドル・シータ 卍』がここに召喚された。

 その卍ってなんて読むの?

 読まない。

 前のやつと後ろのやつ、どっちも?

 どっちも。

 




昔々、わけあって8番が焼死寸前から奇跡の生還を果たした翌日、イータは8番の細胞を顕微鏡で観察することにした。
8番の組織片の中では人型の細胞が街を作って生活していた。
イータは顕微鏡から離れて、目をごしごしこすった。
それからもう一度覗いてみる。

「誰かいるよー」「ほんとだー」「おーい!」

こちらに手を振る細胞たちを見たイータは宇宙猫になった。




いつも戦場に呼び出されて疲れてるみたいなので、ダーちゃんはお休みです。
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