シャドウガーデンがまだ8人しかいなかった、遠い昔の話だ。
シャドウの誕生日が近づく頃、アルファは手編みのマフラーを作る練習をしていた。当時はまだミツゴシ商会なんてなかったので、使える資金はシャドウがくれたお小遣いだけだった。だから七陰は、自分で獣や魚を捕らえたり、手作りの物を作ったりしていた。
シャドウに対する想いが薄く、何かを用意する能力もなかった8番は、家事をこなす一方で空き時間はいつもアルファを見つめていた。
やがてマフラーを完成させたアルファは、それを8番に贈った。まだ練習のつもりだったし、じーっと見つめる8番の興味がそちらに向けられていると思ったのだ。
もちろん実際はアルファを見ていたのだが、贈り物も凄まじく嬉しかった。今ほど愛に狂っていなかったので、望み通りのクリスマスプレゼントを貰った子供くらいのはしゃぎ具合だったが、とてもとても嬉しかったのだ。
それから数日後、七陰がシャドウに贈り物を渡して当時の仮の拠点に戻ってくると、七陰の速度に追従できないため留守番をしていた8番が出迎えに出てこなかった。いつもはアルファが帰ると欠かさず「おかえりなさい」を言いに来るのだ。
寝てしまったのだろうかと深刻に捉えなかった七陰は、拠点に入って息を呑んだ。
焼死体。それを表現するならばその言葉しか出てこない。髪は全て失われ、全身の皮膚は消し炭のように真っ黒焦げになり、瞼をきつく閉じて歯を食いしばっている。そう、その姿はまさに囮となって巨人の蒸気に炙られて親友に勝利を与えた誰よりも勇敢な兵士のようであった。
それでも8番は「ヒュ……ヒュ……」とかろうじて息をしていた。その後、彼女は七陰の懸命な治療と呼ばれてきた救命医シャドウの神の手により一命を取り留めることに成功した。
目覚めた8番に事情を聞くと、何が起きたのかまったくわからず、気付いたらあの惨状だったという。拠点の状態から考えて、8番が火の扱いを誤って自滅したわけではない。それなら拠点も燃えていたはずだ。
だから七陰の不在の隙に拠点が何者かの襲撃を受けて、捕まった8番は別の場所で焼かれた後で拠点内に投げ込まれたのだろうと推測した。そうなると仮拠点の場所を早急に変える必要が生じて、シャドウの誕生日を祝った余韻など吹き飛んでしまった。
楽しかった思い出を台無しにして、さらには大切な仲間を殺しかけた犯人を、報復のために七陰は今なお捜索しているのだが、ついに今に至るまで発見されていない。
この事件で幸運にも命だけは拾った8番は、その代償に身に着けていた全てを失った。もちろん、肌身離さず首に巻いていたアルファから貰ったマフラーも灰になった。
これが死んだ8番の肉体が記憶として沢山抱えていた未練の最初のひとつであった。
◯
魔鳥『卍 ドル・シータ 卍』の咆哮は重圧となってシャドウガーデンの兵たちの自由を奪った。
「うがぁ!? う、動けないのです!」
シャドウガーデンで最も強い肉体を誇るデルタすらも地面に押さえ付けられて動けずにいるのだ。能力の対象とされて抵抗できた者は誰もいなかった。
七陰を くりだせないので 戦うことが できない……!
しかし、ここには重力の影響を受けなかった者が……いる。ひとりだけ。
「その能力、魔力量が一定値を上回れば効かないみたいね!」
シャドウガーデンで最も多くの魔力量を誇るアルファは、窓から外に身を躍らせて空を舞う魔鳥に瞬時に接近し、さらには魔鳥を超えて頭上を奪った。
跳躍し、落下速度を加えて放たれるその一閃。陰の剣を振るうアルファの奥義『ラストバーンアウト』が魔鳥の頚を斬り落とした。
……かのように思われたのだが。
「マアァァァァァァァァァァイイィィィィィィィィィィテエェェェェェェェェェェ!」
愛の炎でその身を構成している魔鳥は流動回避でアルファの奥義を受け流した。
反撃が来る!
そう覚悟して防御姿勢をとるアルファだが、いつまで経っても魔鳥は攻撃してこない。
その変わりに魔鳥は嘴を天へと向けて咆哮した。
「マアァァァァァァァァァァフウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥラアァァァァァァァァァァ!」
すると這いつくばるシャドウガーデンの者たちが纏うスライムが剥がれ、魔鳥の口元に集まっていく。
やがて集められたスライムは魔鳥サイズの長いマフラーのように変形した。
アルファは魔鳥に敵意がないことに気付いて、その行動を見守った。
魔鳥はアルファの前に降り立ち、マフラーを咥えて頚を差し出した。
「マイテェ……マフラァ……マイテェ……」
そう、魔鳥は誰かを傷つけに来たのではない。アルファに会いにきただけなのだ。マフラーを誰かに巻くためではなく巻いてもらうために、彼女は鳥になったのだ。
アルファはマフラーを受け取り、大きさに手間取りながらも、しっかりと魔鳥の頚に巻き付けてやった。
「アイガト……ダァスキィ……」
巻かれたスライムマフラーが圧縮から解放されて、魔鳥の頚がぽーんと空高く飛んでいき、やがて鎮火するように空に消えた。
◯
何が何だったのかまったくわからないが、不思議としんみりした気分になったアルファ。
重力から解放された七陰たちは、ナンバーズに事後処理を託してアルファの周囲に集まった。
「今度こそ終わり……でいいのよね?」
アルファが聞くと同時に6人分の視線がイータに向けられる。
「未知の魔獣だから分からない。だからあの門があった場所を解析する」
「その前に早くあの子を起こしなさい! それが終わるまで他の研究はさせません!」
アルファママのお叱りに他の七陰も頷く。
そこに、知ってるようで知らない声で、理解不能な言語の言葉が乱入してくる。
「皆仲良羨、我混」
ぞわり、と先程の魔鳥を遥かに超えるプレッシャーを感じた。
七陰たちはその存在を視界に捉えた瞬間、震えを止められなくなった。
思い出すのは、かつて対峙した恐るべき存在。
とある遺跡の調査中に発動させてしまった防衛装置。それは、その後の調査で大昔の英雄の亡霊を呼び出すものと推測された。
今よりもずっと弱かったとはいえ当時の七陰全員を相手にしてなお余裕を見せた怪物、アルファに似た姿をしたエルフの英雄『オリヴィエ』。
ちなみに防衛装置の仕様で一定範囲に侵入しなければ攻撃されなかったため、凶悪な遠当て手段を持つシータを呼んだら普通にサイコロステーキにできた。でも無限湧きするみたいだったので結局は撤退した。
修行を積んだ今の七陰であればひとりで戦ってもオリヴィエに勝てると思っている。
今の七陰はそれだけの実力がある。
しかし目の前に現れた化け物は記憶の中のオリヴィエ像さえも矮小なものに貶める。
心はどこに宿るだろうか。頭か、心臓か。イータをもってしても解明できずにいる。
しかし人は愛がどこに宿るか本能で知っている。愛の形はハート、すなわち愛は心臓に宿るのだ。
マゾウキ。捻りのない読み方には言葉遊びの余地すら無い。その化け物の名は『魔臓姫』ハート。シータの心臓に宿りしアルファへの愛の結晶。
その姿は醜い鬼と異なり、人そのもの。桜色の長髪が目元を隠し、絢爛なワコクの姫の装いに身を包む。体格が可変ゆえにマザコンが祟って普段はロリ陰時代のアルファと同じ身長に抑えているシータが、変な生態を身に着けることなく大人になったかのような姿。
「ふぅぅぅぅ……怖くない……怖くない……怖い! 怖いのですぅ!」
あのデルタでさえも恐怖に屈する、圧倒的な存在の格。
宿りし異能は他者の血液に対する干渉。
心筋だけはデルタの筋力を超えていたシータの心臓で構成された肉体は、戯れに放つデコピンの一撃で七陰を半壊させるだろう。
戦いになればシャドウガーデンの総力をも単独で容易く滅ぼす破滅の化身は……。
お互いに顔を見合わせる形でアルファと対峙して……。
「我」
ただひと言、アルファに伝えたいことを言い放ち……。
「愛」
穏やかな微笑みを浮かべて……。
「貴」
桜色に輝く粒子となって崩れ始めた。
お前……消えるのか?
そこまで性能盛ったのに、戦いもせずに消えるのか?
桜吹雪が舞い散るように、魔臓姫ハートだった粒子は天へと昇っていく。ほんの少しだけアルファの周りを回った後に弾けた粒子も一部存在したが、大多数は天国に向かうかのように上を目指して消えて行った。
◯
魂の存在を観察はされていないが証明はされている。
前世の肉体をトラックに粉々に砕かれて、魂だけでこちらの世界に来てシド・カゲノーことシャドウとして転生した者がいる。
同様にラブラブアトミックで肉体が粉々になったシータは、魂が器から解き放たれて、お手々大好き爆弾魔に殺された被害者のように昇天しかけたのだが、途中で残っていた別の器に引き寄せられた。
そう、イータが保管してた暗黒の大陸の病に罹ったみたいになっていた個体だ。事前に器を用意しておいたおかげで助かったのだ、イータにお辞儀をするのだシーター。
器にしばらくまったく自我がなかったおかげで、魂情報インストールは数日という短期間で完了した。精神防御習得済みの魂なので理性封印アーティファクトからも逃れ、脱出。
なぜシータが外に……逃げたのか? 自力で脱出を?
シータは一発くらいならイータに無言で腹パンしても許されると思うよ。
とはいえ、状況を完璧に把握しているシータにとって、現状はパーティーを台無しにしたで賞で死刑を受けたのに生き返ってしまったという認識だ。
やはり、今度こそ自害を……と思い立っても、お薬が抜けて素面のシータにその勇気はない。
もう何もかも辛いのでアルファ様の顔が見たい……と光に誘引される羽虫みたいにふらふらと出歩いて、到着したら変な鳥。
言っとくけどお前の抜け殻だぞ?
状況に着いていけなかったシータは、建物の端から簡単作画で顔を半分だけ出してる変なのとなって、実はずーっとこの場にいた。
かわいい簡単作画は漫画版七陰の特権だぞ、お前みたいなバケモンがやっていいもんじゃねえ!
ハートが勝手に昇天し、七陰が呆然と見送っているのを見て、ようやく口を挟める空気になったと判断したシータは、コニャンに登場する横にスライディングしながらすごいスピード感で現れる女の子のように突撃、流れるようにシグマから教わったワコクの最大の謝罪を示す姿勢、DOGEZAを繰り出した。虎の名を持つ重力使いを超える深さで頭が地面にめり込んでいる。
「アルファ様! 深く深く! 深く深く深く深く! お詫びを申し上げます!」
えっ、何が?
七陰のほとんどはシータが何を詫びてるのか理解できずにいた。
都合良く解釈したのはイータだけだ。後でばれて怒られるよりも全部シータに押し付けた方がお得だと考えたようだ。
「きっと自分の臓器が起こしたこの騒動のことを謝ってる。みんな広い心で許してあげよう。お礼はまた実験台になってくれるだけで」
他の七陰の総攻撃を受けて、悪は滅びた。
そして、とにもかくにも無事に戻ってきてくれたことが嬉しくて、七陰たちは大切な家族を優しく抱き締めてやろうと迫り……途中で足を止めた。
誰もその理由は言わない。言えない。言えるはずがない。
否、ひとりだけなんでも思ったこと口に出しちゃう、鼻が良くて素直ないい子がここにはいる。
生ゴミに鼻を近づけたかのように表情を歪め、鼻を両手で押さえてデルタは言う。
「うがぁぁ! 臭いのです! 身体洗え!」
長期間ろくに洗われてなかった器は凄まじく臭い。イータもあまり接近すると食われるので、遠くから水をかける程度しかできなかったのだ。
シータは恐る恐るアルファに視線を向けた。アルファは僅かに視線を逸らした。
それだけでアルファの考えを理解したシータは……。
「わァ……ぁ……」
泣いちゃった!
「う~~ううう、あんまりだ……あァァァんまりだァァアァ」
意中の相手に臭いと思われたら、女の子は正気じゃいられない。
シータだって女の子。だから彼女は……壊れちゃった!
◯
魔臓鬼は砕け散って生贄となり門を開くために生み出された。
実はもっと下位個体が増えていれば、召喚される未練の魔鳥は一体では済まなかったのだ。
上位存在とはいえ系統的に同類であった魔臓姫も、死ねば生贄となって門を開くはずであった。
しかし今回は自壊だった。戦闘破壊されたわけではない。紙札で遊ぶには文章読解能力が必要なのだ。
本来の効果は発動せず、しかしまったく戦わなかったせいでアトミック並みのエネルギーが残っていた桜色の粒子は、空間を繋げる門ではなく時間を繋げる門を開いた。
「アルファ様まだかなー。早く帰ってこないかなー」
自らの首に巻かれたマフラーをぎゅっと掴んで大好きな人の帰りを待つ、まだ愛に狂わされていない普通のエルフの女の子。
そのお尻の下に門が開き、女の子は門の中へと落ちていった。