シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

16 / 72
第15話「バケモン娘になりたくないっ!」イェーイめっちゃバケモン!!

 アルファと一緒にお風呂に入ってアルファニウムを特濃で摂取した8番は、その後のカウンセリングでパーティ後の事件におけるヤク中特有の突飛な思いの丈をアルファに打ち明けた。

 曇ればいいのか宇宙猫になればいいのか、全部理解したらハロウィンのことしか考えられなくなりそうな情報だったので、アルファは全てを棚に上げて8番に別の話を振った。

 

「今私があなたに抱く感情は……感謝。それだけよ。シータ、あなたにお礼がしたいの。できる限りのことをするから何でも言ってみて」

 

 じゃあ結婚したいと言う寸前だったのだが、密かに未練の魔鳥が消える時に散布された魔力の波動を浴びていた8番は、昔に失ったマフラーへの未練に心の舵を奪われた。

 その後、モブの気配の薄さゆえ、盗み見しているメスガキの存在に気づかないままマフラーを要求して、幸せで顔を溶かしながら軽やかな足取りで私室に向かった8番は、道中で七陰一行に遭遇した。

 

「あっ、ちょうどよかった。これはあなたが持っておくべきだと思うから、渡しておくわね」

 

 ベータから差し出されたのは記憶に今なお色濃く刻まれているアルファが作ったマフラーだ。

 なんか……完成するの早くない?

 いやでもアルファ様だし、そのくらいできるか。

 できれば直接受け取りたかったし、もっと言えば直接巻いて欲しかったんだけど、アルファ様は忙しい御方だから仕方ない。

 そんな言い訳を自分に言い聞かせて、とにもかくにもずっと後悔を引きずってたマフラーが戻ってきただけでも良しとしようと、8番がマフラーに手を伸ばしたその瞬間。

 陰から飛び出てきたちっこいのがマフラーを掠め盗った。

 

「今のは昔の8番!?」

 

「過去に戻ったんじゃなかったの!?」

 

「追いかけるです? デルタが狩ってくるです?」

 

「デルタが力加減に失敗したら、昔のあの子じゃ簡単に死んじゃうわよ!」

 

「とにかく早く行かないと……8番?」

 

 七陰はすぐに追いかけようとしたが、ふと目に映った8番の顔を見て動けなくなった。

 8番は初めて見る表情を浮かべていた。自分が死ぬまで不自由な運命の奴隷であるという未来を知ってしまったかのような、驚愕とも絶望とも憤怒とも違う、本人以外の誰にも理解できない感情がそこにあった。

 

「思い……出した!」

 

          ◯

 

「ゴベン……ゴベン……ゴベンバザビ……」

 

「いやあああああ来ないでえええええ!」

 

 8番(昔)は現在、重低音で何かをブツブツ呟く化け物に追われて必死に逃げている。

 その化け物は全身が黒に覆われていて、脚が4本、腕が6本、頭が2個生えている。

 この少女の園シャドウガーデンに似つかわしくない存在は……思い出した記憶で見た通りにスライム製の見た目だけのハリボテを纏った8番である。

 必要なことだからと七陰を説得して別の頼み事をした後、わざと8番(昔)を捕まえない速度で追い回し、ある部屋に誘導する。

 そこは陰の叡智の再現『エアコン』が普及しつつある拠点内で、今なお巨大な暖炉が残されている談話室だ。

 暖炉の前まで8番(昔)を追い詰めると、ゆっくりとマフラーに手を伸ばす。

 床に尻もちをついて後退りをする8番は、背中に暖炉の熱を感じて逃げ場がないと悟り、衝動的にその行動に及んだ。

 

「アルファ様ごめんなさい!」

 

 化け物に奪われるくらいならばと、8番(昔)はマフラーを暖炉に投げ込んだ。

 マフラーはあっという間に眩い炎に包まれ、灰となって消えた。

 8番(昔)と共に目を逸らすことなくマフラーを見送った8番はハリボテを解いた。

 8番(昔)も8番も泣いていた。

 そこにイータを除いて他の七陰を従えたアルファが現れた。七陰の五人が8番に頼まれてアルファをここに連れてきてくれたのだ。

 今現在、直線上に並んだ立ち位置の関係でアルファからは8番の背後の小さな8番(昔)が見えていない。

 

「お待たせ。さっきようやくできたの」

 

 手に完成したマフラーを持ったアルファが8番に歩み寄る。そしてマフラーを8番の首に優しく巻いてやった。

 

「お互いに背、伸びたわね。これからも、私の隣を歩いてくれるかしら——8番」

 

 普段は七陰以外の人目がなければ8番をシータと呼ぶアルファは、昔を懐かしんであえてこの場は8番と呼んだ。

 立ち尽くして音だけを聞いていた8番(昔)は、ここでようやく目の前の化け物が自分であることに気付き、なんか急に大きくなった七陰のことを思い出して、ここはもしかして未来の世界なのではと思い至った。

 

「ば……馬鹿なこと言わないで……まさか……お前は……」

 

「あら? この子は誰?」

 

 身を乗り出して8番の肩越しに覗き込み、8番(昔)を見つけて訝しむアルファ。

 8番はアルファの隣に立って振り向き、過去の自分と対峙した。

 

「それができたばかりなら……わ、私のマフラーは、どこに……」

 

「さっき自分で持ってったのです」

 

 聞かれたことに素直に答えてやっただけのデルタの言葉によって、8番(昔)は真実を知った。

 

「なら……灰となったのは……私のマフラー……!」

 

 8番(昔)は今にも転びそうな頼りない足取りで暖炉に近付く。そこにはもう、彼女の宝物は存在しない。

 大切なものを自らの手で灰に変えた愚かな少女は慟哭した。

 

「ああっ、あああああああああああああああっ! ああっ、あああああああっ、あああああああああああああっ! どうしてっ、どうしてこんなことっ」

 

「分からないのか」

 

 涙を流す8番が告げる。

 

「罰なんだよ。アルファ様を独り占めしようとして、他人のものを盗もうとした私に、バチが当たったんだ」

 

 ここで起きた出来事のおかげで8番は仲間に優しくなれた。これがなければアルファを奪われることを恐れて、仲間を傷つける最低のヤンデレクズになっていた。そして最後には涙をこらえるアルファの手で首を落とされていたことだろう。もちろんアルファは曇る。

 だから……仕方がなかった……こうなるってわかってたのに……自分の手で……この部屋に追い詰めて……。

 灰になったマフラーの後を追うように、8番(昔)は暖炉へと飛び込み、火を継いだ。

 

「ちょっとあの子何してるの!? 助けるわよ!」

 

 アルファは救助に動こうとするが、それよりも早くいつの間にかこの場に現れていたイータがスライムを伸ばし、身じろぎひとつせずに黙り込んだ燃える人型に注射器のように変形させた先端から何かを注入した。

 ちょうどその時、過去と現在を繋げていた門がエネルギー切れで閉ざされた。燃える人型は最初からそこにいなかったかのように、瞬きの間で忽然と消えていた。この時未来の記憶は僅かにしか持ち出せず、気付いたらマフラーが焼失したという認識だけが共に送られたのだ。

 涙を流して暖炉の灰を見つめる8番、状況が理解できなくて珍しく狼狽えているアルファ、何を考えているのか分からないがいつになく深刻そうな顔をしているイータを除いた、事前に軽い説明を受けてからこの場で全てを見ていた残りの七陰の五人は、同じことを思った。

 ……自滅だったのか。

 

          ◯

 

 イータは好奇心の奴隷だ。

 この世のあらゆる現象を研究対象としか思っておらず、どんなものでも怖いなんて感じたことはなかった。

 かつて自分が悪魔憑きとなって腐った肉塊に変貌していった時も、頭を占めたのは恐怖ではなくもう研究ができないことへの悔しさだった。

 そんなイータが今、初めて怖いなぁと思えたことがある。

 採取した8番(昔)の髪を観察してみたところ、そこに街はなかった。

 普通だったのだ。焼死寸前から奇跡の生還を果たす前の8番の体組織は、普通の人間と同じだった。

 だとしたらこれから8番にあの異常な細胞が入り込むのだと推測して、それがどこから来るのかを観測しようと考えた。

 結果、8番細胞を8番に与えたのはイータ自身だった。

 拠点内を探し回ってちょうど燃え始めた8番(昔)を見つけたイータは、あのままでは放っておけば8番(昔)が死んで、自分が8番を実験台にして作り上げたこれまでの全てがなかったことになると直感した。

 だから、どこかの秘密組織の地下深くに隠された存在のように、気付くと白くのっぺりとしたものに全身を覆われていた臓物を抜いた後の8番の残骸から採取しておいた8番細胞を8番(昔)に注射して移植したのだ。

 卵が先か、鶏が先か。卵は鶏がいないと産まれないし、鶏は卵がないと生まれてこない。ではどちらが先かという因果に関する問題がある。ちなみ現在の学術都市の主流は卵が先派だ。鶏に進化する前の鶏ではない生物が産んだ卵が先にあったはずだ。その進化前の生物をどんどん辿れば、最初に卵を産むという生態に至った生物種が起源だったのだろう、という論調らしい。

 しかし8番細胞の起源は分からない。昔の8番はその細胞を持たず、イータの手でそれが植え付けられた。

 そして成長した今の8番からイータは8番細胞を入手した。

 ぐるぐる回るウロボロスの輪となっていて——それがどこから来たのか分からない。

 

          ◯

 

 シャドウガーデンでは未だに得られていない情報だが、この世界の外側には、魔の者が溢れる魔界が存在する。

 あちらからこちらに来た存在は、それぞれ格の違いはあれども例外なく強大な力を宿していた。

 かつて学術都市の礎となった天才、ロード・ラワガスが観測した第十二魔界。その世界の王でありながらラワガスに捕獲され、いずれこの世界に解放されるその時には危うくゼータとイータを殺す寸前まで迫りシャドウに消し飛ばされる運命が確定している、哀れだが強大な黒の魔龍『ニーズヘッグ』。

 かつてオリアナ王国に破滅をもたらしかけた魔界への扉『黒キ薔薇』、それが繋げた第四魔界よりこちらに呼び出され、やはりシャドウに消し飛ばされる運命が確定している巨大な燃える蝙蝠『ラグナロク』。

 そして第一魔界より流れ着いた何か。遠い昔、それを研究材料に、人間種の少女を実験台にしたその成れの果てこそが——世界に厄災をもたらした魔女であり、『魔人』と呼ばれた存在。切り落とされた四肢すら命をもって動き、細胞を植え付ければ只人を英雄に変え、分割された魂を世界各地に封じられてなお消えることなく今も在る者。

 魔人ディアボロス。その作り方をイータは意図せず再現してしまった。

 アルファのはじめて(の悪魔憑きの治療)を与えられた、かつて姿も名もなかった『悪魔憑きの少女』の運命は、一本道であったはずなのに途中で捩れて輪を作った。

 ウロボロスの輪の交点で、未観測の魔界……第∞魔界とでも呼ぶべきここではないどこかから、空間のみならず時間の理すらも超えていつの間にかそこにあったそれと遭遇した少女は、本来の運命から分岐した永遠の今に囚われた。

 偶然にもシャドウの前世に存在した愛の神話『ラーマーヤナ』のヒロインと同じ名を与えられた少女——シータ。

 シャドウはシータの戦う姿を魔の球と称したが……彼は時折する的外れな言動に定評がある。

 あれは卵、あるいは胎だ。

 アルファがくれた愛を固めてできた強固な殻は、中身を守るだけではなく、それが外に出ることを封じている。

 アルファの魔力は胎児を包む羊水だとシータに認識され、実際に今も消えることなくシータの内で継がれ、その心に悪意が生まれぬように心地よい安らぎを与えている。

 いつかアルファが失われ、苦しみの果てに愛などいらぬとシータが叫ぶ時、それは産声をあげるのだろう。

 それは魔人か。

 あるいは魔人すら超える——魔神か。

 いつかどこかの世界線で、星に根を張り華を咲かせた魔神『θ・トゥー・レイト』は世界に唐突な音ゲーを押し付け、全ての生命を洗脳して死ぬまで女神の陵墓を作らせる。

 その世界はきっと魔人の存在した厄災の時代すらも楽園と思えるような地獄となるだろう。

 

          ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ……アルファ様。

 

 

 

 

 

 私ね……すごく幸せだったよ。

 

 

 

 

 

 アルファ様の隣で眠ったり、隣で食事したり、隣で歩いたり、隣で戦ったり……隣で、夢を叶えられなかったけど…………すっごく幸せだったよ。

 

 

 

 

 

 ……おやすみ、アルファ様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなを連れてそっちに行くから、ちょっとだけ待っててね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。