ミドガル魔剣士学園入学式は恙無く終了し、私は晴れて学園生となった。
この後のガイダンスのために教室に戻った私は、教室内にシャドウ様の姿を確認する。ゼータ様が工作して同じクラスになるよう調整したのだ。
私はシャドウ様に今後の指示をいただくために声をかけた。
「シド様」
カゲノー男爵家の長男、シド・カゲノー。それがシャドウ様の学園における肩書だ。
シャドウとして行動していない時のシド様は本来の実力を完全に隠し切り、どこにでもいる男子学生にしか見えない。
ほとんどの七陰の皆様はシド様の姿を擬態と言うが、アルファ様だけはシド様の方を素として見ている感じがする。私としても気安く接することができる分シャドウ様の時よりシド様の時の方が好きだな。
「お久しぶりですシド様。例の件なのですが……場所を変えてふたりきりで話せませんか?」
まさか衆人環視の中でシャドウガーデンの任務の話をするわけにもいかないため当然の提案をしたつもりであった。
しかし、なぜかシド様は顔を僅かに引き攣らせた。
ついでにどうでもいいけど周囲もざわついた。
それからシド様は立ち上がり、なぜか私なんかに丁寧に頭を下げた。
「本当に申し訳なく思ってます。あれは一時の過ちだったんです。反省してます。どうかもう忘れてください」
「えっ? いったい何をおっしゃって……」
「もう放っておいてくださーい!」
シド様は教室から出ていってしまい、追いかけたら男子トイレに入ってしまったためそれ以上追えなかった。
……なんで?
私の任務については七陰の皆様からシド様に報告書で伝達されている。仕事内容は多岐に渡るが、基本的にシド様のご意向に従って戦闘から雑用まで何でもやる方針だった。
それが不要になったということだろうか?
確かにシャドウ様ほどのお力があれば私たちシャドウガーデンの助力がなくても全て独力で解決してしまうのだろうけど……これそのまま伝えたらアルファ様哀しむだろうな。しばらく内緒にして様子を見よう。
私は気持ちを切り替えて教室に戻った。その直後である。
「かわいそうに、嫌なこと全部忘れさせてやるから俺と付き合おうぜ」
そんなことを言って迫ってきたのは、名前のわからないヒョロヒョロでガリガリの男子生徒。
さらにはジャガイモみたいな頭の男子生徒まで「いえいえ付き合うなら僕と」と便乗してきた。
ナツメ先生の学園恋愛小説で見たことがあるので、私はこれが告白であると理解できた。
まさか現実で私がされることになるとは考えたこともなかったのでびっくりした。
もちろん私はアルファ様に操を立てているため拒否一択だ。それでなくても初対面の異性に交際を求めるような性だけ求めて愛を求めない輩は嫌悪の対象以外の何者でもない。
とはいえ辛辣な物言いをして積極的に敵を作る意味はないため、苛立ちを隠して丁重にお断りした。
「ごめんなさい。私には心に決めた方がいるんです」
「おいおい、気持ちは分かるけど現実見ようぜ。あのバカは君を弄んで捨てた最低の」
その瞬間、私の枷が外れた。
バカ?
最低?
「アルファ様のことを……言ってるのか?」
私の内から湧き上がる怒りが魔力の奔流となって放たれ、学園全体を揺らした。
ドンッ!
しまった……寸前でまずいと思ってかなり抑えたけど、それでも結構漏れた。
至近距離で直撃したヒョロガリ男とジャガイモ男は白目を向いて泡を吹いて失禁して失神した。
他のクラスメイトたちも震える身体を縮こまらせて立ち上がれずにいる。
その後、しばらくして駆け込んできた教員と生徒会の混合集団に私はおとなしく連行された。
私は生徒指導室に連れ込まれた。そこで教員すら私にびびって腰が引けている中で唯一臆する様子を見せなかったローズ・オリアナ生徒会長から事情聴取を受けた。
「なぜあのようなことを?」
冷静に答えようとしたのに、思い出したらまた怒りが湧いてきて声が震えた。
「だってあいつら……私の大切な方を侮辱したから! あの方が私を弄んだとか、捨てたとか、そんなことありえないのに……」
絶対にありえないことだが、ちょっと想像してしまって涙が溢れてきた。
生徒会長は優しく私の背中をさすってくれた。
「同じ女性としてあなたの気持ちは理解できます。しかし、だからといって級友を魔力で威圧してはいけません」
「……はい。申し訳ありません」
「あなたは魔力を放出しただけで攻撃はしていないと確認が取れています。膨大な魔力が災いした不慮の事故だったのでしょう。被害者が多かったのでお咎めなしとは言えませんけれど……」
情状酌量の余地ありということで退学は避けられたが、私は翌日まで寮内の自室で謹慎するよう命じられた。
それから翌日。
元悪魔憑き標準装備の強大な魔力で盛大に脅した挙げ句、自己紹介やら何やら初日の顔繋ぎに参加できなかった影響は大きく、私とクラスメイトの間には埋めようがない深い溝ができてしまったが、それは別にいい。
なぜか私程度の魔力なんて鼻で笑えるシド様まで私を避けるようになったが、それもまあいい。
私は任務で学園に来たのだ。遊びに来たんじゃない。
教室で誰からも話しかけられないのも。
グループを作る時にいつも私だけ余るのも。
廊下を歩くと色んな人から後ろ指を差されるのも。
混雑時の食堂で私の周囲の空席だけ誰も座らないのも。
ときどきディアボロス教団が襲ってくるのも。
なにひとつ!
これっぽっちも!
問題ないのだ!
……ごめん、やっぱ辛いや。
◯
入学式の日、新入生の中にシータの姿を見つけたシドは焦った。
シータが魔剣士学園に入学したこと自体はなんとも思わなかった。何をしようとシータの人生だ。他人の進路に口出しするつもりはない。
しかし、そういえばちょっと前にアルファから変な写真見せられたけどコスプレして遊んでたわけじゃなかったんだなーと記憶を掘り起こしていたシドは、すっかり忘れていた事故でシータを殺しかけた事実を思い出してしまった。
シドはアルファからは許されたが、直接の被害者であるシータから許すとはひと言も言われていない。
もしかしたら怒ってる?
わざわざ学園に入学してきたのは文句言うためだったりする?
いや、さすがにそんな……などと努めて楽観的に考えていたシドに対して、シータは凄まじく真面目な口調で例の件の話がしたいと言ってきた。
うん、許されてないな。
シドは全力で謝り倒して、シータが呆気に取られている間に女子不可侵の聖域である男子トイレに逃げ込んだ。
その後、シドが個室に隠れてどうしたものかと頭を悩ませていると、突如として学園全体が揺れるほどの巨大な魔力が放たれた。
かなり抑えられていても、シドにはそれがシータの魔力であるとすぐに分かった。
まさかそこまでブチギレてるなんて……マジでどうしよう。
それから休み時間が終わってしまうためやむなく頭を抱えながら教室に戻ると、シータは暴力事件を起こしたとかで教員に連行されていた。
よっしゃあ!
これで先延ばしにできる!
なんならシータが退学処分になってれば完璧だ!
残念ながらシータは一日で戻ってきてしまったが、考える時間があったので対処法は決まった。
ちょうど昨日、シータがこのレベルの低い学園に似つかわしくない魔力量を見せつけたことから思いついたのだ。
その名も『シータ野郎系主人公化計画』。
野郎系とはシドの前世に存在した物語の分類で、主人公がチートで最強でハーレムで何やっても上手くいく感じのものを呼ぶ。
学園といえば野郎系主人公。野郎系主人公といえばイベントだらけで忙しい。忙しければシドのようなモブに構う暇がなくなる。完璧な帰結だ。
この学園に対して高すぎて不釣り合いなシータの実力なら、野郎系の定番である「私また何かやっちゃいました?」や「私の魔力が少なすぎるって意味だよな?」が放っておいても実現するだろう。
さらにシドが裏で誘導するのだから、シータには野郎系主人公になる以外の道なんて存在しない。
そしてシドが「実はあの子は英雄の子孫なんだよ」などと野郎系主人公にありがちな盛りまくりの設定を吹聴すること数日。
気付けばシータは野郎系主人公ではなく、ぼっちになっていた。
僕……何かやっちゃいました?
◯
辛い時はたくさん泣いて、たくさんアルファニウムをキメればスッキリする。
私は首にスライムで醜い火傷の跡を作り、それを隠すためという名目で学園内にマフラーを持ち込むことに成功していた。
辛い時、苦しい時、悲しい時、学園内の至る所でマフラーをくんくんすんすんした私は、やがて光明を見つけた。
逆に考えるんだ。シャドウガーデンの仲間以外にならどれだけ嫌われちゃってもいいさと考えるんだ。
ここまで孤立したなら、もはや人目をはばからずに動き放題だ。潜入中の身としてはこの上ない好条件だ。そうに違いない。
そういうわけなので私は堂々とシド様の観察業務を始めた。シド様の補助という仕事がなくなった今、この学園で七陰の皆様、特にアルファ様のために私ができることとは、シド様の行動を余すことなく記録してお伝えすることに他ならない。
「おっ、おい……あの子、まだ」
「一途、すぎんだろ……!」
周りのガキどもがうるさいが、無視無視。
シド様にさえばれなければ問題ない。
シド様の能力の高さを考えると覗き見なんて簡単にばれそうなものだが、実は人間であるシド様の感覚は獣人のデルタ様ほど鋭くない。そして私は標的の認知から自らの立ち絵を消す技術を習得したことでデルタ様を相手にかくれんぼで勝利したことすらあるシャドウガーデンのかくれんぼ女王だ。
私はシド様をどこまでも追跡する。ナツメ先生ほどの文章は書けないため、音の出ない特注の撮影用アーティファクトでシド様の姿を連写する。
「ちょっと」
「後にして、今忙しい」
誰かに声をかけられたけど無視無視……ぎゃっ!
私に声をかけてた誰かが後ろから勢いよく肩を組んできて、さらに反対の手で私の頬を挟むように掴んで引っ張った。
「許可取ってるの?」
息がかかる近さで顔を覗き込んでくるせいで相手の目しか見えない。誰だこいつ?
「ひょっ、ひょは?」
「取ってるわけないわよね。だって私が出してないんだから」
ええい、いい加減にしろ!
私は腕を振って組み付いてきた誰かを振り払おうとした。誰かは私の手を避けて自ら距離をとった。一般人にしてはいい動きをする。
「いったい誰……あっ」
大多数が家族に見捨てられた過去を持つシャドウガーデンの元悪魔憑きと違って、シド様には関係良好な血縁者がおられる。御両親、そして姉君であり現在ミドガル魔剣士学園の3年生であるクレア・カゲノー様……そう、今まさに私の目の前にいらっしゃる方だ。
シド様御本人ほどではないがシド様の御家族にも敬意を持てというのが七陰の教えなので、クレア様の立場は私より遥かに上と思わなければならない。
私はクレア様に跪く。
「これは失礼いたしました! まさかお姉様とは思わず……わっ」
蹴りが飛んできたので腕で受け止めた。
「あんたにお姉様と呼ばれる筋合いはない!」
「で、でもシド様のお姉様なら私のお姉様ですし」
アルファ様はシド様と結婚するだろうし、私はアルファ様と結婚するから、クレア様は私のお姉様だ。
「あんたいったいシドのなんなのよ!?」
私がシド様の何か、とはなかなか難しいことを聞かれてしまった。シャドウガーデンが関係する部分を全て伏せたら、私とシド様の接点は七陰の皆様ほど多くはない。たまに試作品のトランプとかで遊んでもらったくらいだ。
「えっと、えっと……たくさん遊んだ仲?」
クレア様からさらにもう一発!
「ちっ……反応いいわね」
受けた腕がじんじんする。シド様のお姉様だけあってなかなか強いな……600番代の新人の子が相手なら瞬殺されずに勝負ができるんじゃないか?
「あなたたち! 廊下で何を騒いでいるのですか!?」
「生徒会長……」
「オリアナ先輩。お久しぶりです」
騒ぎを聞きつけてやってきたのはまたもや生徒会長。この人何かあるといつも駆り出されて大変だな。会釈しとこ。
「クレアさんと……またシタラさんですか。今回は何があったんですか?」
「シド様のこと見てたらお姉様に襲われました」
「だからお姉様じゃない! こいつ弟のストーカーだから懲らしめてただけです!」
すごい形相のクレア様が睨んできたが、別に怖くもなんともない。本気になったデルタ様の笑顔なんかと比べたらかわいらしいものだ。
「事情はだいたい分かりました。個人的な人間関係の問題に口を挟むことはしませんが、せめて戦闘行為は訓練場でやるようにしてください」
「……分かりました。今から使用申請出すので承認お願いします」
「えっ、あのお姉様……私別にお姉様と戦うつもりなんて」
「つべこべ言わずに私と決闘しなさい! 私が勝ったら二度とシドに近付くんじゃないわよ!」
こうして私はクレア様と決闘することになってしまった。
名前や容姿は知ってたとはいえ間違いなく初対面のクレア様から中指立てられて目の敵にされる理由が思いつかないんだけど……私、何かやっちゃいましたか?