ミドガル魔剣士学園は魔剣士として戦い方を学ぶ場所だ。午後は全学生が同時に実技の授業を受けるため、学園には屋外にも屋内にも実戦訓練のための広い訓練場が複数ある。
その中で最も立派なのがブシン祭の学園枠選抜大会でも使われる闘技場……まさに今クレアとシタラが向かい合っている場所だ。
ブシン祭優勝候補として名前が挙がる学園屈指の強者クレア・カゲノーと、新入生でありながらミドガル王国屈指の強者アイリス・ミドガル第一王女に匹敵するか超えている魔力量の持ち主と目される特待生で、入学初日に肉体関係のある男子生徒に全クラスメイトの目の前で別れを告げられるという伝説を刻み、その後も英雄の子孫やら何やら噂話の尽きないシタラ・アラヴァの決闘。
全生徒どころか全教師、さらには学園に潜伏中の全ディアボロス教団員まで注目するこの一戦。
時は放課後。
観客席は満席。
賭けの人気はクレアが若干の優勢。
「私に勝って証明してみせなさい……あんたの愛を!」
今ここに、クレアが最もシタラにかけてはいけない言葉を発した瞬間、愛の決闘の火蓋が切られた。
先手を取ったのはクレア、瞬きの間にシタラに迫り、剣を振るう。
シタラはそれを最小限の動きで回避し、剣の横腹で軽くクレアを叩いた。
「〜〜〜〜〜ッ!?」
両者とも一般生徒とは隔絶した速度で動いたため、シタラにその気があれば既に決着していたと理解できたのはクレア以外ではローズ・オリアナ生徒会長やアレクシア・ミドガル第二王女といった一部の実力者のみだった。
もちろん、その実力者の中にはシャドウことシド・カゲノーも含まれる。
シドは何が起きたのか理解できていない凡百の学生たちを見て、心の中で「君たちじゃ分からないか、この領域の話は」と陰の実力者ムーブをキメて悦に浸っていた。
ちなみにこのシド少年、この場において最も観戦を楽しんでいる存在と言っても過言ではない。
やりやがった!
マジかよあの野郎系主人公!
今まで誰からも注目されなかったぼっちが実は学園最強で……という野郎系主人公に憧れる者なら誰もが一度は考える展開をやりやがった!
シータすげえッ!
これをやると陰の実力者じゃなくてただの実力者になってしまう一度限りの展開だから、野郎系主人公ではなく陰の実力者を目指すシド自身は絶対にやれないことだ。だからこそ、見せつけられたら素直に称賛するしかない。
いいぞシータ!
存分に姉さんを噛ませ犬にしてやれ!
こんなことを本気で考えてるなんて、こいつに弟の心とかないんか?
ああ、前世に置いてきちまったからな。
シドにとってクレアは血の繋がった他人だ。
「舐めるなああああああ!」
クレアの怒涛の連撃をシタラが紙一重で避け続ける。
周りから見れば必死にギリギリで避けているように思えるそれは、見る目のある者が見ればわざと最小限の動きで避けているのだと分かる。
シャドウガーデンの剣……すなわちシャドウの剣の基本にして奥義。無駄なく避けて、瞬時に肉薄して、斬る。言うは易く行うは難しいその技術を、シタラは七陰とナンバーズに次ぐレベルで修めている。
ナンバーズ級が相手だとギリ避けに失敗してやられるのがお約束となっているが、あれはナンバーズが強過ぎるのだ。七陰に次ぐ最古参、8番の数字は伊達ではない。上澄みであっても学生レベルの剣技なんて見てから回避よゆーでした。
幾度もあった反撃の機をシタラがあえて見逃し、クレアの一方的な攻勢が続くこと数分。息が切れて動きの鈍ったクレアは、瞬きの間にシタラの姿を見失った。
シタラは速度でクレアを上回っているが、決して弱くはないクレアが見失うほどの俊敏性は持ち合わせていない。だからシタラは自身の立ち絵を消して相手の認識から消える技能を併用したのだ。乱戦だとあまり意味のない技能だが、一対一の決闘では凶悪な性能を発揮する。
「どこに」
「お姉様の後ろです」
クレアが振り向きざまに振るった横薙ぎは虚空を斬った。
「お姉様があんなこと言うから、私、本気で悩みました」
背後から声、振り向いて攻撃、空振り。
「愛を証明するにはどうしたらいいんだろうって」
背後から声、振り向いて攻撃、空振り。
「それで思いついたことがあるのでやってみることにします」
再び空振ると、今度は少し離れて正面にシタラが現れた。彼女はクレアを攻撃することなく、両手を左右に広げて天を仰いだ。
「可視化させた魔力で私の愛が見えるようにしてみました。さあお姉様、一緒に受け止めましょう」
クレアはシタラの熱のこもった視線を追って上空を見上げ、そこにある輝きに目を灼かれた。
天から落ちてくるのはピンクに輝く巨大なハート型の魔力。太陽が増えたかのように見紛うそれが地上に落ちれば、闘技場どころかミドガル魔剣士学園、さらには隣のミドガル学術学園まで跡形もなく消失するだろう。
死期を悟ったクレアは迫りくる愛の塊に向けて微笑んだ。
——こんなに大きくて力強い愛を向けられるなんて、さすがは私の弟ね。
最期まで弟のことだけを想って、クレア・カゲノーの人生は幕を閉じる……ことはなかった。
何が起きたか不明だが、愛の塊は突如正中で左右に割れた。まるで失恋を表すかのごとく割れたそれは、大気中へと霧散して消えた。
「ぴぎゃああああああああああ! 私の愛が……なんでぇぇぇぇ!? どうしてぇぇぇぇ!?」
シタラが凄まじく取り乱していることに気付いたクレアは、なぜか愛する弟から背を押された気分になって駆け出し、シタラを斬り伏せた。
倒れたシタラは肉体の負傷よりも精神の負傷が深刻すぎて立ち上がれず、狂ったように何かをぶつぶつ呟いて、やがて気を失った。
クレアとシタラの愛の決闘——勝者、クレア。
◯
野郎系主人公は何かやっちゃうのがお約束だけどさあ……これはさすがにやり過ぎなんだよバカ!
このままでは夢にまで見た学園モブとしての生活が始まる前に終わってしまう。
シドはシータすらも目に捉えられない速度で動き、天より迫る愛の塊をスライムソードで両断し、何食わぬ顔で観客席に戻った。
真剣勝負に横槍入れられると腹立つので、自分がやられて嫌なことは他人にもしない精神で普段のシドなら絶対にしないことだが、今回ばかりはやむを得なかった。
そして不本意ながら姉を応援した。
野郎系主人公たるもの、一度たりとも負けてはならないのだ。
シータには野郎系主人公失格となってもらって、今後はこんな感じでやっちゃうことがないように不憫だがぼっちのままでいてもらうことにした。そのためにも姉を勝たせなければならなくなってしまった。
「姉さんそこだ行けー!」
本日初めてシドの口から出た姉への応援。
観客の喧騒に掻き消されたはずのそれは、弟を愛する姉の耳が奇跡の頑張り物語を起こしたのか、確かにクレアの魂に伝わった。
◯
シータがミドガル魔剣士学園に入学してから二週間ほど経過した頃、アルファ宛にシータから届いたのは報告書に加えてイータが試作した映像と音声を同時に記録する陰の叡智『ビデオレター』の再現品だった。
専用の装置にビデオレターをセットして、アルファは映像を再生する。
『イェーイ! アルファ様見てますー?』
画面の向こうでなんかすごく制服を着崩した妙にハイテンションなシータが手を振っている。
『任務は順調でーす! なんかシド様と連絡の行き違いがあったみたいで最初は大変だったんですけど……クレアお姉様がふたりきりでお話させてくれて、シド様から何か用があれば呼ぶから普段はおとなしく学生やっててくれとのお言葉を賜りました! ですから今後も学園で陰に潜みたいと思います!』
連絡の行き違いだとかなぜか出てきたクレアさんの名前だとか色々と聞きたいことはあったが、録画に言っても仕方ないのでアルファは映像を進めた。
『話し合いの後、どうなったって聞かれたのでシド様から用があれば呼んでいただけるってことをクレアお姉様に言ったら、なんか抱き締められました。無理して笑わなくていいのよって言われたんですけど……なんで無理してるなんて思われたのでしょうね?』
前後の流れを知らないためアルファにも何がどうなってるのか理解できていないが、なんとなく嫌な予感がひしひしとしてきた。
『お友達もできたんですよ! クレアお姉様から紹介されたニーナ先輩です。この制服の着方はニーナ先輩が教えてくれました。かわいいですか? アルファ様に見て欲しかったのでビデオレターを使ってみました』
かわいいけど制服は崩さずにちゃんと着なさいと後で叱ることに決めた。
『シド様から全然お呼ばれしないので、最近はいつもクレアお姉様に修行をつけてもらってます。シド様にふさわしい存在になれるよう、実の姉として指導してくださるそうです。クレアお姉様ってガーデンのこと知らないはずなんですけど……実は私が知らないだけで関係者だったりしますか?』
『シタラー? 何やってんのー? 早くこっち来なさーい』
『はーい! 今行きますお姉様ー! ではアルファ様、これで報告を終わります』
ぷつんと映像が切れて画面が真っ黒になる。
アルファの脳は理解を拒んでいるが、その性能の高さのせいでひとつだけはっきりと分かってしまったことがある。
シドと男女の関係になるにあたり、避けては通れない最大の壁。
あの弟大好きお姉ちゃんであるクレア・カゲノーが……シータをシドの相手として認めた!
『アイシテルヨ、シタラ』
『ワタシモ、アルファサマヨリモシドサマヲアイシテマス』
「いやあああああああああああああああああ!」
勝手にシドとシータが結婚する光景を幻視したアルファは、自らの妄想で脳を破壊されて曇った。
アルファ的にどっちがどっちを寝取ったんでしょうね?