魔剣士学園の実技科目は様々な流派からの選択式となっていて、中でも最大級の人気を誇るのが『王都ブシン流』だ。
その王都ブシン流教室はまさに今、存亡の危機を迎えていた。
原因はもちろん、愛の重さで学園を揺らしたり吹き飛ばしかけたりした、言わずと知れたやべー女ことシタラ・アラヴァ。しばらく見ていると性格は善良であるとすぐに分かるが、その実力を考えるとオリアナ王国にベガルタ七武剣が出現したようなもので、結局は触れたくない爆弾のような扱いが続いている。
元カレを追いかけて選択科目を同じ王都ブシン流にしたシタラであったが、実力に応じたクラス分けで元カレが最下級クラスに、シタラは最上級のクラスに配属されてしまった。
そのせいで心中穏やかではなかったのだろう。はい二人組作ってと言われて偶数人いるのに当然のように余ったシタラはクラスを担当する善良なゼノン・グリフィ先生とペアを組んで実戦形式の訓練を行い、彼を半殺しにした。
生徒会長の取り調べでシタラは「あいつ絶対裏で悪いことしてます! ディアボ……生ゴミの臭いがしたんです! 本当です! 調べてみてください!」と荒唐無稽な言い訳をしたそうだ。
事件を知った誰もがシタラの退学処分を確信した。
しかし大人の事情がそれを許さなかった。
シタラによって病院送りにされて全治一ヶ月の宣告を受けたゼノンはミドガル王国公認の剣術指南役だ。王族には彼の指導を受けた者も多く存在する。
そんな大物が特待生とはいえ新入生に惨敗した事実はあまりにも外聞が悪いため、お偉いさんたちはできる限り穏便に収めて話が広まらないようにしたかったのだ。
そんな経緯で「君強すぎるから実技出なくても単位あげるよ。というか単位はあげるから出るな」と学園側から通達されたシタラは、籍だけ王都ブシン流教室に残した幽霊となった。
それにほっとした生徒が大多数だが、意外にも例外がひとりいた。
アレクシア・ミドガル。
ここミドガル王国の第二王女であるため学園内で知らない者はいないが、立場以外では特に目立った実績を残していない1年生の少女。
……いや、入学から一ヶ月も経ってないこの時期に新入生が学園全体で噂になってる方がおかしいのだが。
アレクシアは自身の剣に迷いを抱えている。
常に優秀な姉と比較され、世間から凡人の剣と評されてきた、基礎だけを愚直に積み上げた派手さも面白みもない剣技が今のアレクシアの全てだ。
果たして自分はこのままで良いのだろうか。
今からでも姉のように技術よりも魔力で押し切ることに重きを置く剣に鞍替えした方が良いのではないか。
そんな誰にも打ち明けられない悩みを抱えて生きていたアレクシアは、クレアとの公開決闘でシタラの剣を見た。
あれは正しくアレクシアの剣の先に在る理想だった。最後の魔力攻撃は別として、途中までのシタラは普段と違って一切の奇行に走らず、ただただ巧みなだけの剣技でクレアを圧倒していた。
聞きたいことも教えてほしいこともたくさんあった。同じ王都ブシン流の1部に配属されたのだから、ペアを組めば簡単に叶うと思っていた。
しかしアレクシアがペア決めで他の多くの生徒に群がられて動けずにいたために、シタラはゼノンと組んで事件を起こして教室からいなくなってしまった。
それでもアレクシアは目的を簡単に諦めるような軟弱な性格ではなかった。王族権限をフル活用して寮内のシタラの部屋を特定、合鍵を勝手に作って踏み込んだ。
そこでアレクシアはやべー光景を見た。
薄暗い部屋の中、壁一面、天井一面に貼り付けられ、さらには壁から壁に繋げた複数の紐に吊り下げられた、異様に精巧なとある男子生徒の絵、絵、絵!
「うわぁ!? ちょっと誰ですか今現像中なんで扉閉めて!」
「……あんた何してんの?」
扉を閉めることなんて忘れて、アレクシアはただただ立ち尽くすことしかできなかった。
◯
自分が不法侵入者であることを忘れて、騎士団気分で変態を尋問したアレクシアは様々な情報を得た。
異様に上手い手書きの絵と思われたものは、近頃急成長中のミツゴシ商会が取り扱っている『カメラ』という道具で作った『写真』というものらしい。
そしてシタラが行っていたのはより綺麗な写真を作るための現像という作業らしい。現像作業が不要な『ポラロイド』だか『ホラッポイド』だかも存在するが、現状の技術だと現像した方が綺麗なのでシタラは現像派なのだとか。
それは別にいい。素直にすごい道具だと感心したし、後でミツゴシ商会に買いに行こうと思った。
問題なのは、この写真だらけの部屋からひしひしと伝わるシタラの狂気だ。写真の適切な保有枚数なんて分からないが、同一対象で1枚や2枚ならともかく部屋から溢れそうなほどの写真の数は明らかに異常である。
「あなたの彼への思いは嫌ってほど伝わってくるけど……もう少し控えた方がいいと思うわ」
アレクシアが親切心で忠告してやると、シタラは「……他にやることなくなったんで」と俯いた。
アレクシアはそこに好機を見つけた。
アレクシアは他人に優しく寄り添うよりも、弱みを握ってマウントを取りたいタイプだ。きっと将来彼女と付き合う男性は苦労することだろう。
「暇を持て余しているのが自分だけだと思ってるなら大間違いよ? あなたが顧問の男を病院送りにしたから毎日自己修練しかできなくてみんな苦労してるのだから」
「うぐっ」
シタラは言い返せなかったので素直に頭を下げた。ゼノンをぼこったことに後悔はないが、それで周りに迷惑をかけたことはしっかり気に病んでいるのだ。
「……申し訳なく思っています」
「口だけならなんとでも言えるのよね。行動で示すことが大切だと思うわ」
「……できる範囲のことなら」
「決まりね! あの男が復帰するまで毎日、午後は私の訓練に付き合いなさい」
こうして目論見通りアレクシアはシタラと交流を持つようになった。
後にアレクシアは知ることになる。
この時の自分の選択こそが、愛する自国の未来を大きく左右する運命の分岐点であったと。
◯
私の名前は、シタラ・アイ・ラヴ・アルファサマ!
略してシタラ・アラヴァ!
ミドガル魔剣士学園のぴっかぴかの1年生!
最近とっても嬉しいことがありました!
仲良くなれたのは先輩ばかりで、同学年の知り合いがシド様しかいなかった私に……ついに同い年で同性の友達ができたんです!
いや真面目な話、最初に会った時は仕事の邪魔をされるわ脅してくるわで印象最悪だったけど、しばらく接してみるとアレクシアとの相性は意外と悪くないと分かったのだ。
何がいいってまず根本的に私と向き合って話をしてくれる部分がすばらしい。他のガキ共は私を見かけると距離取って陰口叩くからな。言いたいことあるなら直接言えよクソが全部聞こえてんだよ。
根も葉もない噂なら気に留めないが、実は英雄の子孫だとか実は世界の陰に潜む組織の幹部だとか偶然とはいえだいたい合ってるからつい気にしてしまう。
噂話をばら撒いてる勘のいいガキはどこのどいつだ……見つけたら脳天にスライムカッターぶち込んでやる!
おっと、いけない。アルファニウム不足で思考が荒れてる。こんな下品な口調ではアルファ様のお傍にいられなくなってしまう。高貴な方の配下には相応の気品が求められるのだ。
私は喫マフラーで気持ちを落ち着かせた。
さて、話をアレクシアに戻そう。
もちろん人間いいとこがあれば悪いとこもある。アレクシアの場合はちょっと強気できつい物言いが鼻に付く。しかしラムダ様のとにかく人格否定から入る初期訓練を突破した私にとっては、あの程度なら子犬に吠えられるようなもので微笑ましさすら感じる。
「もう一戦やるわよ!」
「いいよー」
意外と努力家な部分もいい。剣を交えることは対話となる。私と同じで剣士としての才能がそれほどないのに、流した血と汗の量で1年生最上位の実力者となったことが伝わってきた。
倒れても倒れても立ち上がってきたアレクシアだったが、さすがに体力の限界が来て立ち上がれなくなったので、今日の訓練はここまでだ。
「おつかれー。いい感じだったよー」
「ふん……どこがよ。いいようにあしらわれただけじゃない」
拗ねてる顔もなかなかかわいくて味わい深い。シャドウガーデンの新兵を見てるような気分になって、つい優しくしてやりたくなってしまう。
「才能って点では私もアレクシアとそんなに変わらないド凡人だよ」
アレクシアが私を睨む。
「今さりげなく私のこと馬鹿にしたわね」
「だって自覚あるでしょ?」
アレクシアが目を伏せて黙り込む。当然、自覚はあるだろう。私は彼女と剣を合わせてそれを読み取ったのだから。
「私とアレクシアの違いはね、たぶん訓練環境の違いだと思う」
「下手な慰めはよして。私はこれでも王族よ。与えられた訓練環境に文句なんてつけようがなかったわ」
それはそうだろう。金も伝手もあるのだ。望めばどこまでも居心地の良い環境を得られたことだろう。
だからアレクシアは成長できなかったのだ。
「違うよアレクシア。むしろ逆。私が剣を学んだ環境は……本当に、ほんっとうに! 最悪だった!」
アレクシアが聞きたそうにしてるので、個人名を伏せて教えてあげよう。
私が最初の二人の師匠たちと過ごした地獄の修行期間の話を。
◯
今では戦闘訓練に関してはその道のプロであるラムダ様に一任されているわけなのだが、ラムダ様のガーデン加入は私が加入した時よりも結構後のことで、それまでは七陰の皆様が試行錯誤して私を指導してくださった。
もちろん完璧超人であるアルファ様の手にかかれば赤子すらも立派な兵士に育つだろう。
しかし七陰で一番忙しいのは今も昔もアルファ様なのだ。
最も重要で難しい魔力操作の基礎まではアルファ様が教えてくださり、そこから先は他の七陰の皆様が交代で受け持ってくださることになった。
そうなると手が空いてる方ほど長く私の面倒を見てくださるのだが、手が空いてるということはそれだけ局所的にしか動かせない方々だったわけで……私の修行を見てくれたのは大部分がガンマ様とデルタ様だったのだ。
名前を見ただけで想像つくだろう?
掠めるだけで私が赤い煙に変わる剛剣を振るっておきながら、当てたいものに当たらず当ててはいけないものに当てるガンマ様。
デコピン一発で私は消滅するというのに、待てが苦手なのですと公言しているだけあって手加減できない暴力の化身みたいなデルタ様。
あの二人と対峙して剣なんて振ってる暇あるわけないだろ!
逃げるだけで精一杯だったよ!
そもそもアルファ様も御二人にだけは私の訓練に付き合えと言わなかったのだ。それなのに留守番で退屈していた御二人が勝手に私を訓練に誘ってきて、立場的に私は断れなかったのだ。
「ちょっと待ってください! 目標はなんですか!?」
「シュシュシュシュシュシュシュッ!」
「うるさい! デルタはせんせーやるの初めてなのです!」
「訓練ならせめて目標を決めてください! 何も教えずに襲ってくる先生がいますか!?」
「シュシュシュシュシュシュシュッ!」
「黙れ! 準備うんどーしてからが本番なのです!」
ガンマ様は大太刀をばたばた振り回すことに集中していて話を聞いてくれなかったし、デルタ様はそもそも普段から私の話なんて聞かなかった。
私はガンマ様の大太刀とデルタ様の爪から必死に逃げた。御二人とも大振りだったし、私には敵に背中を向けて無様にガンガン逃げる才能があったようで、どうにかラムダ様が来てくださった日まで生き延びることができた。
「あ!」
「ああぁあぁあぁああぁ!」
正確にはガンマ様が手を滑らせて放り投げた剣が近くに着弾した衝撃で吹き飛んだりしてたので逃げ切れてはいなかったが、愚かな私が自ら火を継いで死にかけて以来、妙に身体が頑丈になってたおかげで最悪でも致命傷で済んだ。
即死でなければ大概の負傷はアルファ様が治してくださったし、無理でもシャドウ様呼んでくださったから致命傷でも平気だったのだ。
あの時の地獄の修行を私は今でも最悪だったし二度とやりたくないと思っている。しかし全くの無意味だったかというとそうでもない。
シャドウガーデンの剣……すなわちシャドウ様の剣で特に大事なのは、相手の攻撃をギリ避けする際の恐怖を捻じ伏せることだ。びびって身体が竦めばそこで終わる。
あの時の地獄を思い出せば、掠っても重傷で済む程度の攻撃に向かって突っ込むことのなんと気楽なことか。
恐怖さえ克服できればシャドウ様の剣はひたすらに基礎を磨き上げていくだけだ。
そうなると練習に費やした時間が物を言う。
途中でシータとしての戦い方を見つけてからも、私は後輩に示しがつくようにと剣の訓練はやめなかった。
剣を初めてこの手に握ってからそろそろ2年、才能の暴力で私を追い抜く新人が現れることは何度もあったが、それでも8番の名に恥じないだけの剣を身につけた私はシャドウ様の剣の正当後継者であるアルファ様の剣の正当後継者を名乗ってもいいのではないだろうか?
私は剣才のない凡人だ。
でも私はただの凡人じゃなかった。
何度でも心の強さで立ち上がり、前に進んだ。
ド級の凡人——ド凡人だ!
◯
「あなたは凡人というより変人だと思うわ」
「あれぇ?」
死ぬ寸前まで修行して死ななかったから強くなれた。
シタラの話を要約するとそんな感じだ。
同じことをしたら十中八九途中で死ぬだろうし、たとえそれで強くなれたとしても後遺症があの部屋の状態のような奇行だとすれば……あんまり参考にしたくはないかなぁ。
そんな結論に至ったアレクシアはシタラが天才とか凡人とかの括りにいない変人なのだと理解して嫉妬も憧憬も感じなくなり、やがてゼノンの復帰に伴って二人は疎遠となった。
アレクシアから訓練に誘われなくなって再び午後が暇になったシタラは、アレクシアと出会う前よりも顔を曇らせながら、薄暗い自室に閉じこもってひとり寂しく七陰のためにシドの写真を現像する日々に戻っていったという。
待たせたな。
お前ら笑うなっ!
8番は誰も知らねぇとこで、毎日シャドウガーデンで過酷な訓練してんだよっ!
お前らは毎日シャドウガーデンで訓練して、血反吐出してんのか?
出してねぇやつは笑うなっ!
……これじゃおもしれー女じゃなくて普通に頑張ってる子でつまらないですね。