ミドガル魔剣士学園は平和だった。
王族としての義務感ゆえかアレクシア・ミドガル王女が愛の狂人シタラ・アラヴァを抑え込むこと一ヶ月、ついに病院送りにされていたゼノン・グリフィは無事に退院して復帰した。
アレクシアから解放されてしまったシタラがどうなるのかと思えば、彼女はなぜか意気消沈しておとなしくなり、午前の講義は全て机に突っ伏して寝て過ごし、昼休みになったらどこかに去って翌朝まで姿を見せなくなった。
なお実際にはシドからいつまで経っても何も求められないためにいよいよシタラが学園生活に見切りをつけて、座学の時間を睡眠時間にあてて残りはシャドウガーデンのシータに戻ってディアボロス教団を狩る生活に切り替えただけという話である。
シタラのいない学園は平和だった。
そう、『だった』なのだ。
先日のことである。シタラが不在の放課後の夕方頃、とある男子生徒がとある女子生徒に告白をした。
男子生徒の名前はシド・カゲノー。
女子生徒の名前はアレクシア・ミドガル。
この話を知った誰もがシドの正気を疑った。
下級貴族である男爵家の後継ぎですらないモブ男子が王女に告白したというのも相当に馬鹿げた話だが、そんなことは誰も気にしていない。それだけなら身の程を知らない愚者の笑い話が増えるだけだ。
しかしこのシドという少年は、よりにもよってシタラの片想いの相手なのである。
それが他の女に言い寄ったとシタラの耳に入るだけでも恐ろしいのに、あろうことかアレクシア王女はシドの告白を受け入れてしまった。
シドのモブ友であり、今回罰ゲームという形でシドがアレクシアに告白する羽目になった元凶であるヒョロ・ガリは語った。
「あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。俺はシドが振られる姿を見て嗤おうと思ってたら、いつの間にかシドが王女と恋仲になってた。な……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺もどうしてそうなったのか分からなかった。催眠術だとかそんなもんがあるなら俺にも教えやがれ!」
ちなみにこの低能な男、自己防衛本能によりシタラに威圧された時の記憶を失っている。本能的に危険を感じるようになったためシタラには接近しなくなったが、シドが爆発物の導火線であることを認識できていない。
ヒョロ・ガリの心中について、後半はともかく前半は学園中の共通認識である。王女に告白したシドの真意も、告白を受け入れたアレクシアの真意も、誰も何も分からずにいる。
それは、翌朝になって学園に登校したシタラも同様である。
アルファ様という御方がありながらどうして?
自分の頭の回転が七陰と比べて大きく劣っていると自覚しているシタラは、分からないことがあれば考えることを放棄して素直に分かる人に聞く性質だ。
個人名を伏せてシタラはシドに思いの丈を明かした。
「シド様には他にもっと大切な存在がいるはずです! どうしてアレクシアと交際してるんですか!?」
シドは苦虫を嚙み潰したような顔になって言い捨てた。
「僕が聞きたいよそんなこと。聞けるものならアレクシアにでも聞いてみてくれ」
「ではそうします」
というわけで間髪を入れずに別のクラスへと突撃したシタラは、席についたままにこやかな顔を崩さないアレクシアに詰め寄った。
「アレクシア、聞きたいことがあるんだけど」
一触触発の張り詰めた空気。過呼吸を起こす生徒もいる中で、ソトヅラの厚いアレクシアは冷静に呼びかけた。
「この教室にいる皆様、申し訳ないのだけれども大切な話をするのでふたりきりにしてくださる?」
◯
他の生徒が脱兎のごとく逃げ去った教室で、私はアレクシアから事情を聞いた。
「罰ゲームで告白!? あのシド様が!?」
私とトランプとかで遊んでくれる時は手加減して勝ったり負けたりしてくれるシド様だが、本当は七陰相手にあらゆる勝負で常勝無敗の方だ。魔剣士学園の同級生を相手にして罰ゲームを受けるに至った経緯が全く想像できない。
「そうよ、あいつとつるんでいる悪い意味で有名な奴らに吐かせたから間違いないわ」
ヒョロ・ガリとジャガ・イモは失禁コンビとして学園内に悪名が知れ渡っている。そのことを本人たちは知らない。愛を知らない奴らは本当にろくでもないな。
それに比べてこんなくだらない罰ゲームを粛々と実行するシド様は誠実で素晴らしい御方だ。
もしも私の心がアルファ様のものでなかったとしたら、代わりにシド様に愛を抱く未来もあったかもしれない。
でも、そうはならなかった。
ならなかったんですシド様。
だからアルファ様と結ばれてください。
アルファ様の幸せが私の幸せです。
「シド様の行動理由は分かったけどさー、それならなんでアレクシアは別れないの?」
アレクシアがシド様にひと目惚れして告白を受け入れちゃったところまではいいとして、後で告白の理由がこんな酷いものだと知ってしまえば、女の子ならみんな相手の頬を張ってさよならを告げると思うのだが。
「私にも好都合だからよ。実は……」
どうやらアレクシアはシド様と偽装交際することで婚約者候補の男を遠ざけたいらしい。
その婚約者候補の男というのが前に私が殺し損ねたゼノン・グリフィ。あいつは世間での評判こそ良いが、私を見る視線がここ最近襲ってきたディアボロス教団の連中と同一だったので、推定有罪で殺すべきだと思ってる。
生け捕りにして拷問にかけた教団員(故)の話によると、ミドガル王国王都に潜伏するディアボロス教団フェンリル派の連中は私が英雄の子孫で英雄の血を覚醒させたことで強大な力を手に入れたと思い込み、研究材料として私の血を狙ってるらしい。だから教団のクソ共は私をイータ様みたいな目で見てくる。ゼノン・グリフィも同じだった。
「確かにあの男と結婚とかありえないよね」
「よく分かってるじゃない!」
私が同意するとアレクシアの声に喜悦が混じるようになった。
あの男のどこが怪しいとかどこが気に入らないとか話すアレクシアはとても嬉しそう。
推定有罪男の表向きの評価が高いせいで誰とも悪口を共有できず、腹の中にたくさん溜めていたようだ。
今思ったのだがアレクシアって他の生徒の前だと猫かぶりしてるみたいだし、素顔で話す相手って私だけなんじゃないか?
もしかしてアレクシアは私のこと親友だと思ってるんじゃないか?
刹那、私の脳内にアレクシアと交流した存在しない記憶が溢れそうになったが、私はそれをアルファ様からいただいた愛で押し返した。
ごめんねアレクシア。君はいい友人だけど、私の素顔は君には見せられない。住む世界が違うがゆえの悲劇なんだ。
だからせめてものお詫びに、君があの推定有罪男との結婚を回避するお手伝いをしよう。
「そういう事情ならシド様はしばらく預けてもいーよ。期限はあるんでしょ?」
「ええ、婚約者気取りのあの男を排除でき次第、すぐにでもお返しするわ」
偽物の恋人関係であることもいずれ別れることも分かっているなら、今回の告白事件について報告書に書くのはやめておこう。
正直は美徳だが時には優しい沈黙もある。
ふりとはいえシド様が他の女性とお付き合いするなんて七陰の皆様は耐えられないだろう。
私もアルファ様が同じことをしたらと考えれば物理的に爆発しそうになるのでわかる。
幸いにも学園でシド様を見ているシャドウガーデンの者は私だけ。
私が口を噤めば七陰の皆様、特にアルファ様は知りたくないことを知らずに過ごせる。
全てが終わりシド様とアレクシアが別れたら、その時こそ私は隠し事をした罰として自分を極限まで痛めつけてから報告しよう。
……なにも!!! なかった……!!!!
◯
シータは知らないことだが、ミドガル魔剣士学園に潜入しているシャドウガーデン関係者はシータだけではない。
ゼータの個人的な配下であるその少女は、シドがアレクシアと恋仲になったことを知ったその日の内にゼータに報告した。
ゼータは諸事情により自分の部下の存在をシータに隠したかった。
そのためシータの報告していない学園での出来事を知っていることが悟られないよう、シータを巻き込まずに諜報部の人員だけを使って事実確認をした。
その結果、シドとアレクシアの交際を裏付ける証言が多数。シータほど直接的に関係者の話を聞いたわけではなく部外者の伝聞を集めただけなので、得られた情報の中に真相に至るヒントは皆無であった。
せっかくシータが気を遣ったのに、七陰は曇った。
特に荒れたのはベータである。嫌な噂を否定するためにわざわざニューに学園でのシドの姿を観察させて、その報告を受けた時の彼女のシャウトがこちら。
「はあっ!? (中略)んあああああああっ! (中略)なんなのぉぉぉぉ! (微略)よぉぉぉぉ! (台パン)のぉぉぉぉぉぉ!」
動物園みたいだろ。
公式なんだぜ、これで……。
ベータのエ○バはカゲマスのキャラストで見ることができます。
ベータはカゲマスだといつも叫んでる感じがします。運営に愛されてますね。