学園へと走って戻る途中、私はベータ様に呼び止められてミツゴシ本店に進路を変えた。
七陰は全員例外なく忙しいが、皆様にとって最も大切なのはシャドウ様の近くにいることである。だから最近は学園と同じミドガル王都にあるミツゴシ本店で寝泊まりしている姿を割と良く見かける。
現在ミツゴシ本店に滞在中の七陰はベータ様とガンマ様。御二人とも既にシド様冤罪事件について把握していて、さらにはアルファ様にも連絡して指示を受けているそうだ。
シャドウ様の真意はアルファ様であっても読み切れないらしいが、少なくとも自力で簡単に逃げられたはずのシャドウ様がおとなしく騎士団に拘束された時点で何らかの意図が存在する。
だから私たちは余計なことをせずに待機することになった。
ただし事態が動いた時のために戦闘準備自体は進めるようで、これから起きるであろう戦闘にはゼータ様とイータ様を除く五人の七陰に加えて即座に動員できる100人を超える人員を全て投入する見通しらしい。
これは間違いなくシャドウガーデン発足以来最大の作戦になる。
やばい騎士たくさん殺しちゃった学園戻れないかも任務どうしよう……と悩んでいたが、そんなことはもはやどうでもいい。
ぼっち学生のシタラは一時の仮面。
本当の私はシャドウガーデンのシータなのだ。
「ベータ様、もちろん私も参加させてくださいね」
「えっ、でもあなた学園は?」
「実は私も騎士団から目をつけられたようでして、私はシャドウ様と違って我慢できずに反撃してしまったので学園に戻るのは難しいかもしれません」
戦えば勝つのは自分だと分かっているのに我慢できるシャドウ様は凄いですよねと素直な気持ちを伝えれば、ベータ様は「能ある鷹は爪を隠す。シャドウ様のお言葉の通りね」と言って私の学園潜入任務中止を認めてくださった。
それからシャドウ様が騎士団に連日拷問を受けていると聞いて荒れたベータ様の愚痴に付き合ったり、私の手配書に盛られた罪状の羅列に失笑したりして時間は経過し、ついに事態が動き出した。
作戦内容はミドガル王国王都に点在するディアボロス教団アジトへの強襲。これまで明確な所在を突き止められずにいたが、教団がアレクシア誘拐に動いたことで生じた波紋を捉えたことで判明した。全てはシャドウ様がアレクシアに告白した瞬間から誘導されていたらしい。
どんな勝負でもシャドウ様が失禁コンビなんかに負けるわけないから不思議だったんだけど、そういうことだったのか。
すっきり気分で私は王都地下の教団アジトに突入する。
「敵襲! 敵しゅべっ!?」
私はうるさいディアボロス教団員を轢き殺した。
今回は単独で一箇所の襲撃を任せていただけたので最初からシータでいられる。
ある者は外殻で撥ねて、ある者は棘で刺し、ある者はスライムカッターで細切れにした。
はっきり言って害虫どもの殲滅は余裕だ。
しかし今回私に与えられた任務はそれだけではない。
私は参加しなかったが、しばらく前に襲撃したディアボロス教団のアジトでシャドウガーデンはとある人体実験に関する資料を回収した。
資料には犠牲となった227人もの悪魔憑きの少女たちについて記されていた。
大多数は死亡済みと記録されていたが、226番目の犠牲者であるレナという少女と227番目の犠牲者であるミリアという少女だけは生死に関する記載がなかった。
私はおっぱいとシャドウ様のおかげで悪魔憑きの治療ができるようになったので、その二人が生きていると仮定して、監禁場所として最も可能性が高いと推測された施設が私の襲撃先として指定されたのだ。
「アレを使うぞ!」
「だがアレは制御が!」
「こんな状況で気にしてられるか!」
害虫がコソコソと何かしようとしているが、私はあえて見逃す。回収した資料によると教団は悪魔憑きの少女を人体兵器に改造する実験をしていたようだ。だからここで出てくる教団の隠し玉は探している悪魔憑きの少女である可能性が高いのだ。
いいよ!
来いよ!
おら待っててやるからさっさと出すもん出せや!
私がスライムの中で中指を立てて悪態をついていると、壁をぶち抜いて期待通りの相手が現れた。ちなみにコソコソしてた害虫どもは解放されたその存在から生えた触手に握り潰されて絶命してた。
私と相対する異形の存在は、まるで私の鏡写しのような球体だ。複数の人間を圧縮して作ったかのような歪で巨大な赤黒い球体には、ところどころ手足のようなものが生えていて、乱雑に配置された目や口などの顔のパーツは確実に複数人分ある。
ディアボロス教団っていつもそうだな……!
私たちのことなんだと思ってるんだ!?
悪魔憑きとなっただけの罪のない少女が弄ばれ汚され命を奪われている。
私は辛い耐えられない。
死んでくれディアボロス教団。
教団が存在しているからこの世の理が狂わされたのだ。
頼むから滅んでくれ。
いや、私が滅ぼしてやる。
「だがその前に私は私の責務を全うする……これ以上あなたを苦しませない!」
悪魔憑きの少女の触手攻撃を外殻で防ぎながら接近する。
とにもかくにも無力化してからだ。シャドウ様ならできるかもしれないが、私の技量では動かずに集中しないと悪魔憑きの解呪は難しいのだ。
相手を傷つけずに無力化せよ。ちょっと前までの私ならどうしろってんだよと文句を言っていたと思うが、アルファ様の手作りマフラーを手に入れた私には最適の手段がある。
「聖域展開」
悪魔憑きの少女を効果範囲に捉えて、私は『好き好き大好きアルファ様ワールド』を0.2秒だけ発動させる。
亡霊で実験を重ねて判明した、確実に後遺症なく聖域展開の影響から回復できる時間、それが0.2秒であった。
一瞬の布教ではアルファ様の素晴らしさを伝えきれないが、数分はアルファ様に心を奪われて動きが止まる。それだけあれば治療には十分だ。
聖域解除と同時に私は外殻を溶かして生身を晒す。シャドウ様は簡単そうに遠隔でやってるけど、未熟な私は接触しないと他人への魔力治療ができないのだ。
私は動きの止まった同胞に手を伸ばした。
しかし私の手は届かなかった。
確実に聖域展開に巻き込んだはずの悪魔憑きの少女は平然と動いていて、伸ばした触手で私の四肢を巻き取って吊り上げたのだ。
私の目から涙が漏れた。
それは私が今にもひと昔前の処刑方法のように四肢を引きちぎられそうだから、ではない。そんなの筋力で問題なく抵抗できてる。
私が哀しいのは、気付いてしまったから。
私の聖域展開は魂のない存在には効かない。
だから、私が救うはずだった目の前の悪魔憑きの少女はもう——死んでいるのだ。
◯
100回も200回も実験に失敗すれば、溜め込んだゴミも大量となる。
悪魔憑きは短期間で大量に手に入るものではないため、ディアボロス教団の研究者たちは次の被検体が手に入るまでの暇潰しとして無駄にたくさんあるゴミで遊ぶことにした。
所詮は暇潰しなので彼らがやったのは大したことではない。
消しゴムのカスを集めて捏ねて大きくするのと同じことを、死んだ悪魔憑きの残骸を使ってやってみたのだ。
そしてできあがったのが巨大な腐肉の球体。
生命は失われているのになぜか緩慢に動き、触手を伸ばして近付いた生物を捉え、消化管と繋がっていない口に運んで咀嚼する姿を見て、教団員たちはばらばらにした虫の部位が動くのを見て笑った子供時代を懐かしんでほっこりしていた。
レギオンと名付けられた玩具に実験体226番レナが加えられたのはつい最近のことだ。
実験の負荷に耐えきれず、間もなく死ぬからと見切りをつけられたレナは、まだ死んでいない状態でレギオンに混ぜ込まれた。
するとどうだろう、錆びついたブリキの人形に油を差したかのようにレギオンの動きが良くなった。
試しにそこそこ強い奴隷魔剣士と戦わせてみれば、どんな攻撃を受けても再生して迫り、触手によって拘束し、かつて自分たちがされたようにばらばらに引き千切って殺してのけた。
レナを混ぜたレギオンの力は兵器として十分だった。
研究者たちは失敗から拾った成功に湧いた。
きっと俺達の日頃の行いがいいから女神様からのご褒美だなと肩を組んで酒を交わして笑いあった。
意思疎通ができず扱いづらいという改善点はあるが、敵地に放って暴れさせる爆弾のような使い方はできる。
いつか実用される日まで地下深くに閉じ込めておくことになったそれに、研究者たちは新たにレナギオンと名付けた。
さて、ここからは魂というオカルトを欠片も考慮していなかった研究者たちは知らなかったことだが、レナが混ざることでレギオンに変化が見られたのはレナの魂こそが原因だ。
レギオンに混ぜられて間もなく、レナは肉体的には間違いなく死んでいた。
しかしレギオンという肉の器の中で死んだために天に昇るはずだった魂が閉じ込められてしまった。
長い時間の中で擦り切れ、砕け、もはやシータの聖域に魂として判定されない状態になった今でも、哀れなレナは腐肉の檻に囚われている。
シータの魂がアルファへの愛を叫んで肉体に力を与えているように、レナの魂の苦痛への嘆きもまたレナギオンの力の源となっているのだ。
◯
死んでしまった者を生き返らせることはできない。そんなことができたら、もはやそれは神様だ。きっとシャドウ様であってもそこまでのことはできないだろう。
だから私が救えなかった少女にしてやれることは残された肉体を丁重に葬ること。
私は四肢を拘束する触手を逆に引き千切って脱出し、外郭を形成、スライムカッターで少女の遺体を両断した。
しかし少女の遺体の再生力は尋常ではない。
切断してもすぐにくっついてしまう。
魔力放出で吹き飛ばしてもビデオレターの逆再生のように戻ってしまう。
イータ様特製の毒も効果が見られない。
はっきり言って手詰まりである。
「それが苦しめるだけだと、なぜ分からない」
アルファ様が私を叱る言葉が聞こえた気がした。
アルファ様の言う通りだ。
私は弔うはずの相手を無意味に痛めつけている。
本当に、最近の私は無能としか言いようがない。
久しぶりに死にたくなってきたので、気持ちを落ち着かせるために喫マフラーでアルファニウムを摂取する。
アルファ様、どうか愚かな私をお導きください。
そう願ってくんくんすんすんして顔を上げると、天が神々しく輝いて見えて、舞い降りた光り輝くアルファ様が私に啓示をくださった。
「絶対大丈夫、そう信じなさい」
嗚呼、アルファ様!
また、私を導いてくださるのですね!
私の女神様であるアルファ様がそうおっしゃるのであれば、私は私の愛の力を信じます!
「アイ……ラブ……」
スライムの中で跪いた私は目を閉じて両手を組み、アルファ様への愛を込めた祈りの言葉を捧げる。
「アルファ様」
私の祈りにアルファ様は応えてくださった。
私を中心に愛の輝きが放たれて、それが私と悪魔憑きの少女の遺体を包み込む。
気付けば私はマフラー以外のすべての装備を失った身ひとつで真っ白な空間に立っていた。
白はどこまでも続いているけど、遠くの方に一際強い輝きが見えた。
私は輝きへと向かって歩いた。
輝いていたのは浮遊する小さな光だった。
それに触れると、私は見知らぬ赤子が見知らぬ大人の男女から笑顔で祝福の言葉をかけられている光景を幻視した。
「あなたの名前はレナよ」
「僕たちの子として生まれてきてくれてありがとう」
誰かの記憶を見終えた私が白い空間に戻ると、今度は別の方向に新しい輝きを見つけた。
私はいくつもの輝きを追いかけて、たくさんの記憶を見た。
それらはどれも、なんてことはないどこにでもいる普通の女の子の、平凡で、退屈で、しかし平穏で幸福な日々の記憶だった。
たくさんの輝きを集めた末に、白い空間に変化が起きた。
一箇所だけ暗闇に塗り潰されて、そこに何があるのか分からなくなっているのだ。
私は臆すことなく闇に踏み込んだ。
そこでも私は記憶を見た。
そこにあった記憶は、少女が悪魔憑きを発症した日の記憶だ。身体に黒い奇妙な痣が出現して、怖くなった少女は両親に相談した。いつも味方だった大好きな両親は、今回も自分を救けてくれると信じて疑わなかった。
しかし少女が悪魔憑きだと知った瞬間、彼女の両親は変貌した。
「ああ、女神ベアートリクスよ……どうか悪魔を産み落としてしまった私の罪をお赦しください……」
「僕たちが何をしたと言うんだ……どうしてよりにもよってうちなんだよ! 他にいくらでもあっただろ!?」
少女の両親は聖教に罪を懺悔し、女神の赦しを得るために自分たちの愛の結晶を嬉々として差し出した。
それから少女の身柄はディアボロス教団に渡り、そこで非道な人体実験に苦しめられ、ついにはその短い人生を終えた。
闇が晴れると、そこには異形となった少女が現れて、私に巨大な触手を伸ばしてきた。
私は迎撃も回避もせず、立ち尽くした。
触手は私の目の前で止まった。
少女は誰かを傷つけようとしていたのではない。
ただ……救いを求めて手を伸ばしていた。
私は少女の手にそっと触れて、青紫の生命の魔力を流した。
異形の遺体が粒子となって霧散していく。
やがて最後に残ったのは、記憶で見た悪魔憑きの少女……レナ。
「私の思い出……集めてくれてありがとう」
そう言って微笑むレナに近寄って、私は彼女を抱き締めた。
「ごめんね……私、間に合わなかった」
レナの姿は徐々に薄くなりつつある。
私は彼女を救えなかったのだと理解した。
ああ、まただ。
私たちシャドウガーデンはいつだって悪魔憑きの救出に成功してきたわけではない。手が届いた時には既に動かなくなっていた子たちを何度も見てきた。
そのたびに私は思うのだ。
こんな私が生きているのに、なんで彼女たちが死ななければならないのかって。
みんな私なんかと違って祝福されて生まれてきたはずなんだから、死ぬのが彼女たちじゃなくて私だったら良かったのにって。
「そんなことないよ」
私はレナの顔を見た。その表情に私を責める色は一切無かった。
「だって……だってそうならなかったから今、お姉ちゃんは私たちのために泣いてくれてるんだもん」
気付くとレナだけでなくもっとたくさんの少女たちが現れて、私を輪のように囲っていた。
私が救えなかった226人の同胞が、こんな私に「ありがとう」と言っては消えていく。
どうしてもっと早く来てくれなかったのかって言いたいはずなのに。
誰も私を責めたりしないで、優しい言葉だけ残して消えていく。
「ああ……救けたかったなぁ」
私は天を真っ直ぐ見つめて目を逸らさず、数多の魂が去っていくのを見送った。
そして、最後にレナも昇っていく。
「泣かないでお姉ちゃん。私たちはちゃんと救けてもらったから」
やがて私は元いた場所に戻っていた。
そこにあったはずの大きな遺体は消えてなくなっていて、代わりにかつて私が遺跡の亡霊を閉じ込めたものに似た手乗りサイズの綺麗な赤い球体が落ちていた。
どこからともなく声が聞こえてきた。
——私たちにも少しくらいお姉ちゃんのお手伝いをさせて。
そういうことなら、レナたちの想いはありがたく受け取ろう。
私は球体を拾って、中に宿る存在を確認するべく解放した。
それは美しい真紅に染まった巨大な右手だった。
右手は人差し指を私に向けて伸ばしてきた。
「ありがとう。これからよろしく」
そう言って、私も人差し指を伸ばして突き合わせた。
ありがとうございます、アルファ様。
アルファ様にもらった愛のおかげで、私たちは分かり合えました。