シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第3話 陰の実力者にして後方腕組み師匠、その名はシャドウ!

 今でこそナンバーズ最強と噂される私ではあるが、それだけの力を得るまでの道は険しかった。

 かつてアルファ様は私にシャドウ様直伝の剣術を指導してくださった。しかし私に剣の才能はなかった。どんなに教えても遅々として進歩しない私を見て溜め息をこぼしたアルファ様を前に私は絶望した。命を持って罪を償いたかったが、私の命はアルファ様に頂いた物だから勝手に自害するわけにもいかなかった。

 アルファ様に見捨てられたくないという一心で私は力を求めた。完璧超人であらせられるアルファ様に教えられてなおも駄目なのだから、私は自分が剣士として大器晩成するという希望を持たなかった。聞くところによれば七陰でシャドウ様の剣術を主体に戦う者はアルファ様とベータ様だけで、他の方はそれぞれ得意な分野を伸ばしたらしい。だから私もそれに倣った。

 そしてついに行き着いたのだ。

 私の、私だけの特別な才能。

 そう。アルファ様への愛に。

 陰の叡智によると強い愛は重さを持つという。そして質量は重力を生むらしい。だから私はアルファ様への愛を核にすることで、七陰さえも不可能な密度でスライムを圧縮することに成功した。

 私の身体に秘められた愛がスライムを強く惹き付けたことで、自然とスライムは球体となって私を覆った。これにより隔絶した防御力を得た私は次に攻撃力を求めた。

 答えを見つけるまでに時間はかからなかった。なぜなら私は既に愛という真理を見つけていた。愛は身に秘めるだけのものではない。愛は伝えるものだ。

 圧縮されていた愛が解放される時、ついでに重力から解放されたスライムは凄まじい勢いで弾けた。最初に試した時は周囲一体を消し飛ばしてしまったほどだ。それでは使い所が限られてしまうから私は愛を一点に絞って解放する訓練を積んだ。その先で手に入れた攻撃手段がスライムカッターだ。最大まで絞ると殺意が高すぎてやはり慎重な扱いを要したが、絞りを緩めれば放水ならぬ放スライム程度の威力まで加減も効くため全開放よりは制御可能になった。

 弱点も見つけるたびにしっかり潰した。

 外殻に隙間を作れないせいで呼吸ができない問題は魔力で肺機能を強化して対処した。今では1時間は息継ぎしないで行動できるし、これからも伸ばせるだろう。

 移動できない問題は外殻のさらに外側に圧縮していない柔らかいスライムの層を作り、内層を軸に外層を回転させることで車輪のように運動させることで解決した。

 移動方法を解決すると同時に加速したら急停止できない問題が生じたが、それは愛を放つことなく少しだけ表出させると外殻に棘が生えることを発見してどうにかなった。床や壁に棘を刺して止まるので場所によっては自粛しなければならないが、敵地なら問題ない。

 力を得た私は意気揚々とアルファ様に報告した。

 そしたらなぜか七陰と模擬戦をすることになった。

 デルタ様の速度と反応には殺傷力を抑えた放スライムの速度では追いつかず、スライム外殻を砕かれることはなかったがさんざん転がされて中で吐いて窒息しかけた。

 アルファ様に攻撃するなんて論外だったし、攻撃されたら当然受け入れる以外の選択肢はないので、初めから勝ち目はなかった。

 だが他の七陰の5人には勝利した。

 七陰に勝ち越すという立派な結果をきっとアルファ様は褒めてくださる。私は愚かにもそう思っていた。

 

          ◯

 

 アルファには大きな後悔がある。

 かつてシータがまだ8番でしかなかった時のことだ。

 

「アルファ様、私、ついに私だけの力を見つけました!」

 

 自信に満ちた8番の姿にアルファは他の七陰が自らの生き方を自覚した時のことを思い出した。

 魔力は膨大なのに戦う才能を持たないガンマが知恵によってシャドウガーデンの財政を支える道を見つけたように。

 殺人の罪悪感から毎日のように悪夢を見ていたベータが文学によって救われたように。

 真実を知らず世界の全てを呪っていたゼータがディアボロス教団という真の敵を知ったように。

 劣等感に苛まれていたイプシロンが、アルファには分からない何かに気付いて自信を取り戻したように。

 

「これで私も戦えます。どんな敵でも細切れにして、アルファ様のお役に立ってみせます!」

 

 見せられた力はアルファの想像を超えていた。8番の前に立てば七陰が全員で協力しても為す術なく惨殺されるという恐ろしい光景が脳裏をよぎった。

 恐怖を否定するために、アルファは8番に七陰との模擬戦を命じた。もちろん殺傷力の高い攻撃はお互いに禁止した上で。

 

「これは……無理。今ある……技術じゃ……勝てない。時間の無駄」

 

 最初にイータが負けた。アルファはイータに8番の情報を教えて、準備期間を与えていた。しかしイータが用意した対策は8番に通じなかった。毒ガスは呼吸をしていないので通らず、魔力撹乱は圧縮率が高すぎて無効化された。

 イータは研究開発が本業で戦闘はおまけだ。負けるのも仕方ないことだとアルファは自分に言い聞かせた。

 

「ん、駄目だね。壊せそうにないや」

 

 ゼータは数回攻撃しただけで模擬戦を投げ出した。

 まったく、飽きっぽい子なんだから。そう呆れることでアルファは自分を落ち着かせた。

 

「そんな!? この私が干渉できないなんて」

 

 魔力操作の緻密さではアルファを超えるイプシロンでさえも8番のスライム制御を崩すことはできなかった。力は時に技術をねじ伏せる。どうやったのかは不明だが異常なまでの力で圧縮されたスライムには技で突き崩せるような綻びが存在しなかったのだ。

 イプシロンさえも敗北したことにアルファはただただ戦慄した。

 

「うがあ! 全然壊れないのです!」

 

「ちょ、目が回る、やめてくださおろろろろろろ」

 

 デルタが勝利したことで少しだけ安堵したが、続いて最終的に模擬戦であることを忘れて本気を出していたデルタの攻撃が命中してなお通じなかった事実はアルファの胸に棘を残した。

 

「しゅー! やった当たった! あれ? 無傷ですって!?」

 

 強力な魔剣士すらも塵に変えるガンマの全力の一撃を受けて傷1つ付かない場面を見た時には、アルファの呼吸は荒くなり心臓の鼓動は早まった。

 

「嘘……斬れない」

 

 ベータの剣技はシャドウの剣技であり、アルファの剣技でもある。ベータが斬れないのは未熟さゆえのこと、より剣の高みにいるアルファであればきっと斬れる。アルファは自分に必死に言い訳をした。

 そしてアルファの渾身の刺突は8番を貫いた。

 後輩に負けるような無能集団はシャドウに見限られるかもしれない。そんな恐怖から解放された安堵と歓喜に呑まれたアルファは、8番が殺傷力のあるスライムカッターを封印して模擬戦に徹した事実を忘れ、8番がアルファの名誉を慮ってわざと攻撃を受けた真実に気付けず、最悪なことに一刻を争う致命傷を負った8番への治療を遅らせてしまった。

 結局、七陰だけでは8番の延命はできても昏睡状態から回復させることができず、情けなくもシャドウを頼ることになってしまった。偶然シャドウがアレクサンドリアを訪れていたおかげで助かったが、もしかしたら全てを見通すシャドウはこの事態を見越していたのかもしれない。

 アルファから事情を聞いたシャドウは事も無げに8番を完治させ、それから8番と2人きりで話をした。

 

「シャドウ様からシータの名を授かりました」

 

 シャドウが去った後、8番がイータに続くシータの名をシャドウから貰ったと聞いて、酷く動揺したことを覚えている。なぜならその名はアルファがシャドウに相談して欠番にしておくと決めたはずだったから。七陰とナンバーズに連続性を持たせないための欠番をアルファとの取り決めを反故にしてまで与えたのだから、シャドウは8番を七陰と同じ地位に引き上げるのだと思った。

 

「しかし私は陰にあらずとも言われました。私の扱いはアルファ様に一任するとのことです」

 

 陰にあらず。すなわち七陰を八陰に増やしたり、誰かと入れ替えたりするわけではない。

8番の努力を切り捨てるシャドウの決定をアルファは嬉しく思ってしまった。本当に8番のことを思っていれば、シャドウの意見に異を唱えるべきだったのに。

 シャドウの忠実な配下として、彼に異を唱えることはありえなかった?

 そんなことは言い訳にもならない。

 アルファがシャドウに同調したのは、それがアルファにとって好都合だったというだけの話だ。

 シャドウが七陰の7人だけを特別視していると知って嬉しかった。

 家族同然に生きてきた七陰の輪の中に異物を入れたくなかった。

 シャドウを愛する1人の少女として恋の競争相手を増やしたくなかった。

 全部、確かにアルファの内側から湧き出た醜い感情だった。

 きっとシータはアルファを恨んだことだろう。それでもアルファに悪魔憑きを治療された過去がシータに我慢を強いたのだ。

 負い目からシータに注目せずにいられなくなったアルファは気付いてしまった。

 8番がシータとなったあの日から、シータは一度もアルファと顔を合わせようとしていないことに。

 

          ◯

 

 七陰の皆様はシャドウ様に救われ、そして数年間を共に生きてきた、いわば家族だ。

 家族を模擬戦とはいえ傷付けた輩が褒めて褒めてと擦り寄れば、普通は腹に剣を捩じ込みたくもなるだろう。それでも殺されなかったのだからアルファ様は慈悲深いお方だ。

 模擬戦でアルファ様に刺されて出血多量で気絶した私が目を覚ますと、唐突に盟主シャドウ様との二者面談が始まった。七陰はシャドウ様にとっても大切な存在なのだから、アルファ様が許してくださってもシャドウ様も許してくださるとは限らない。私はシャドウガーデン追放を覚悟した。もしそうなったら機密保持のため自害する許しを請おうと決めた。

 

「貴様は陰を望むか?」

 

 しかしシャドウ様に聞かれたのは七陰の地位を求めるかということだった。

 

「いいえ」

 

 私は断言した。向上心がないことを咎められたとしても、それだけははっきりさせておくべきだった。なぜなら私はアルファ様を一番大切に思っているが、他の七陰の皆様も尊敬している。最推しはアルファ様だが七陰の箱推しも両立しているのだ。そこに私が混ざるなんて解釈違いにも程がある。推しには貢ぐものであって、自らなるものではない。

 

「私の望みは私を救ってくださったアルファ様とシャドウガーデンに尽くすことです。私はもう、命と生き方という大きな2つのものを授かりました。もちろん与えられるものはありがたく頂きますが、私から今以上に望むものはありません」

 

「ふむ、ではもう1つ与えよう。貴様はこれから、シータと名乗れ。陰の陰、すなわち陰にあらぬ者の名だ」

 

「このシータ、謹んで拝命いたします」

 

「後はアルファに聞くといい」

 

 私が跪いて頭を垂れると、次の瞬間にはシャドウ様は消えていた。

 何もいらないと言っておきながら、数字ではない名前、つまりナンバーズに任命されたことを私は喜んだ。ナンバーズになれば一般構成員よりも重要な任務に就ける。それはこれまで以上にアルファ様とシャドウガーデンに貢献できることを意味した。

 それからアルファ様に私の扱いを決めていただいた。訳あってシータの名を持つナンバーズの存在は公にできないので普段は変わらず8番を名乗ってもらうだとか、七陰からはナンバーズとして扱うので許せだとか色々あったが、それ以上に深刻な問題が発生していたので私は全てに脊髄反射で同意を返した。

 ナンバーズという七陰に近い地位に就いたからだろうか、その日以来、アルファ様は前より私のことをよく見てくださるようになった。

 それが恐れ多くて私はアルファ様の顔を直視できなくなったのである。

 

          ◯

 

 七陰を圧倒したその少女のことを知った瞬間、シャドウは察した。

 間違いない。この子、追加戦士枠だ!

 追加戦士。それは物語の序盤に主人公パーティと敵対、あるいは第三勢力として活動しておきながら、中盤になって主人公たちとの激戦を経た末に味方になる存在だ。味方になるまでの圧倒的強者感は陰の実力者ポイントが高いのだが、味方になると弱体化して主人公パーティに埋没してしまう悲しい運命を背負っている。

 他人事ではあるが陰の実力者を目指す者としてシャドウは見逃せなかった。

 そんな勿体ないことにはさせない!

 シャドウは陰の実力者ポイントを維持できる立ち位置を知り尽くしている。なぜなら前世でそういった存在の研究に余念がなかったから。

 シャドウは8番に相応しい肩書きをうきうきしながら考えた。

 七陰幻の8人目。なんかサポート特化なイメージがあるからボツ。

 真の七陰、今の七陰の一枠が実は代理。代理枠にされる七陰の誰かがかわいそうだからボツ。

 七陰を超えた者の前に現れる真のボス。それはシャドウの枠なのでボツ。

 他にも色々ボツにして、最終的にシャドウは自分の後追い、すなわち普段はモブキャラだが実は……というシンプルな陰の実力者をやらせることに決めた。

 シャドウはイータに次ぐシータの名前をアルファが欠番に設定したことを覚えていた。七陰からの報告を聞き流しがちなシャドウは欠番の理由は忘れていたが、どうせシャドウガーデンなんてごっこ遊びでしかないのだから、シータの名を使っても現実的な不都合なんておきるわけがないのだ。むしろ欠番のはずのその名を名乗る者は陰の実力者ポイントが高いので、こういう時のためにアルファが残しておいてくれたのだと都合良く解釈した。

 そして新たにシータという名の少女を誕生させたシャドウは遊びに来て良かったなぁといい気分になり、心地良い達成感を土産として蒸気機関車すら追い抜く速さで実家へと走り去ったという。

 

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