シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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観客がいるとシータになれませんからね。
8番は闘技戦じゃ分が悪すぎます。


第28話 やっちゃいなさい、そんな亡霊なんか!

 聖地リンドブルムで開催中の女神の試練は、現在大勢の観客を白けさせていた。

 試練では挑戦者よりも少し強い古代の戦士を呼び出して戦わせるのだが、挑戦者が弱すぎるとそもそも何も出てこないのだ。

 今のところ戦士を呼び出せたのはベガルタ帝国から来た女魔剣士アンネローゼただひとり。

 最初は何も呼び出せずに退場していく弱々魔剣士たちを笑って見ていた観客たちも、そればかり続けば飽きてくるのだ。

 その中には観光目的でリンドブルムに来ているシャドウことシド・カゲノーの姿もある。

 シドはアルファの招きでリンドブルムに来た。何の用事で自分を呼んだのかアルファは明言しなかったが、おそらく女神の試練に出場するので応援しろということだろうとシドは予想した。

 もう完全に飽きていたシドはアルファの戦いを見たら帰ろうと思い始めていた。

 アルファの出番早く来てくれというシドの願いに反して、次の出場者もアルファではない知らない魔剣士だった。

 ハチミツ・クダサイという変な名前で、全身黒タイツを着て顔をかぼちゃマスクで隠した明らかな色物枠だ。登場直後にいきなり変な踊りを始めたし、なんかもう全てが狂ってる。

 こいつも期待できそうにないなと見切りをつけかけたところで、とある事故以来しっかり魔力の鑑別をするように心掛けているシドは気付いた。

 いや待てよ、この魔力……シータじゃん。

 シドの知る限りシータはアンネローゼより遥かに格上の魔剣士だ。アンネローゼが古代の戦士を呼び出せたのだから、シータも当然呼び出せるだろう。

 そうなると前回の学園テロに続いて今回もシータが変な格好をしている理由を理解できた。

 シータは最初誰も期待していなかった色物が実は超強いという陰の実力者ムーブをやろうとしているのだ。

 そうか、1回限りの真の実力判明イベントを気兼ねなく楽しむためには変装すればいいのか。機会があれば……そう、近々開催されるブシン祭あたりで真似しよう。

 新たな知見を得たシドのテンションは急上昇した。

 

「やってみせろよシータ!」

 

 他の観客がどうせまた駄目だろうと冷ややかな視線を送る中、シドだけはこれから始まる激闘を確信して、シータを激励した。

 

          ◯

 

 女神の試練が始まって間もなく、挑戦者控室で私は冷や汗を流していた。

 古代の戦士って出ないことあるの!?

 事前にそれほど調べていなかったので、私は女神の試練の仕様を今になって初めて知った。

 前夜祭までやって盛り上げた催しが、こんな興行として失格の仕様だなんてこと予想できないよ!

 今のところアンネローゼって人しか呼び出しに成功してないんだけど、私は大丈夫だよね?

 実際アンネローゼの試合を見た限りでは剣だけで戦っても私の方が強いと思うし、さすがに何も出ないなんてことはない……ないと思いたい。

 私は何度も大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 しかし出番が近付くにつれて不安が膨れ上がっていく。

 

「次は流浪の魔剣士! ハチミツ・クダサイ!」

 

 私の番が来てしまった。

 入場口から顔だけ出して観客席を見回すと、なんかもう冷え過ぎていたたまれない空気だ。

 しかも目立つ場所にある来賓席に複数の知り合いを見つけてしまった。ナツメ先生姿のベータ様と、オリアナ生徒会長と、アレクシアがいる。

 

「ハチミツ・クダサイ? いないのか? 棄権と見なすぞ!」

 

 畜生! こうなったら覚悟を決めるしかない!

 

「なんとでもなるはずだ!」

 

 なるようになるの精神で大舞台に飛び込み、お願いします誰か出てきてくださいと切実な願いを込めて祈祷の踊りを披露した。振り付けはなんか急に頭に浮かんできた。ディアボロス教団に反省を促す踊りというらしい。

 あっ、ちょっと周囲が光ってる!

 いけそうな気がしたので私はさらに激しく踊る。

 うおおおお! 来い! 来い! 来い!

 全身全霊で舞を奉納したおかげか、私の望み通り古代の戦士の亡霊が現れた。

 現れた亡霊の姿を見た私は、興行的につまらない結果にならなくて良かったという思いに加えて、僅かながっかり感を抱いていた。

 なぜなら現れた亡霊と私は以前に飽きるほど戦ったからだ。

 来賓席でベータ様たちの近くに立っているハゲの目立つじいさんが叫んだ。

 

「オリヴィエだと!?」

 

 そう、私と対峙する亡霊は古の時代に魔人ディアボロスと戦ったと伝わっている伝説のエルフの英雄オリヴィエだ。

 世間では男性として語り継がれているが、実際はアルファ様に似た容姿の女性だ。そりゃ私たちのご先祖だからね、似ていてもおかしくないよね。

 以前別の聖域で戦った時は相手の行動範囲外からスライムカッターで切り刻んで、無限湧きしてうんざりさせられた印象しか持っていなかったため、私はちょっと油断していた。

 今回はオリヴィエの剣も私に届くのだ。

 出てきて早々にオリヴィエは瞬時に間合いを詰めて切り込んできた。

 うわっ、はやっ!?

 私は圧縮スライムソードで受けた。

 武器を持ってないように偽装できるスライムの利点が完全に潰れるが、どうせ私が不意打ちするなら毒物使うからいいよねということで、最近はシータの要塞用のスライムを剣の形にして持ち歩いているのだ。触手とかギロチンとかは正気じゃなかったな。最初からこうすれば良かった。

 オリヴィエの一撃は鋭く、並みの剣なら私ごと両断されていた。しかし私が圧縮したスライムは一級品のアーティファクトすら霞むレベルで頑丈だ。

 瞬殺されて観客をがっかりさせる事態にならなくて良かったが、それからしばらく剣を交わして次第に私が押され始める。

 正直なめてたけど、ちゃんと強いよご先祖。1年以上前とはいえ七陰全員相手にして拮抗しただけのことはある。

 このままだと私が負ける。

 そういうわけだから、馬鹿正直に苦手な剣で戦うのはここまでだ。

 魔剣士の決闘を観に来たであろう観客たちには悪いが、この催しで呼び出した亡霊は普通に挑戦者を殺しにかかるみたいだから、私も真剣に戦わざるを得ない。そして私の得意な戦い方は得てして剣士とは言い難い。

 シータの姿を衆目に晒すのは無理でも、私はアルファ様のお役に立つために日々進化しているのだ。

 目には目を。歯には歯を。亡霊には亡霊を!

 

「アルファ様に勝利を捧げるぞ。ズルムケ、君に決めた!」

 

「ファルファルファァァァァァァァ!」

 

 私はバケモンボールを投げて、以前野生の遺跡で捕まえた亡霊を解放した。こいつはアルファ様に尽くすことでしか幸せを感じられなくなったので、今ではアルファ様のためだと言って命令すれば忠実に動く。私は見た目で判断してこいつにズルムケという渾名を付けた。

 

「ズルムケ、そいつは捕獲するから殺すなよ……いじげんラッシュ!」

 

 次の瞬間、ワープホールを通って転移したズルムケの拳が、四方八方からオリヴィエを襲った。

 このオリヴィエには僅かだが心があるとさっき剣を交えて分かった。

 シャドウガーデンの目的のひとつはディアボロス教団に捻じ曲げられた歴史の真実を知ることだ。

 オリヴィエは当事者なので捕獲後に情報を引き出せば戦力として運用するよりもアルファ様のお役に立てるはずだ。

 そうなると聖域展開で捕獲して言語能力を失わせるわけにはいかない。仕様を知らない時に捕獲したズルムケはファルファルとしか言えなくなったからな、別にいいけど。

 じゃあどうするのかというと、別に難しいことはしない。

 口さえ聞ければ問題ないのだから、四肢を切り落としてそのままお持ち帰りするだけだ。

 

          ◯

 

「オリヴィエだと!?」

 

 踊り狂うかぼちゃ頭の変態の対戦相手として英雄らしからぬまだ若い美少女が呼び出されて観客たちがざわつく中、喧騒にかき消された聖教のお偉いさんであるハゲの叫びは、近くにいた来賓の少女たちの耳にだけは届いてしまった。

 

「オリヴィエって……まさか英雄オリヴィエですか!? 男性のはずでは」

 

 オリアナ王国王女であるローズがハゲに質問した。立場上ハゲは蔑ろにできないため、言い淀みながら説明を始める。

 

「ええ、まあ……聖教でも一部の者しか知りませんが、本当の英雄オリヴィエは女性だったと伝わっています。おそらく過去の男性権威主義者が事実を捻じ曲げて伝えたのでしょう。今では完全に浸透しているので訂正できないのです」

 

「じゃあ、あれは本当に英雄オリヴィエなのね。あの変なかぼちゃ頭、いったい何者?」

 

 女神の試練では挑戦者より少し強い相手が呼び出されるため、逆説的にかぼちゃ頭は古の英雄に迫る強者ということになる。

 事実、オリヴィエが先手を取る形で始まったこの戦い、今のところは互角の勝負を繰り広げているように見える。

 

「申請書類によると武者修行中の流浪の魔剣士らしいですが、あれほどの猛者が無名だったとは信じ難い。おそらくあのかぼちゃの中身はベガルタ七武剣すら超える名のある魔剣士なのでしょうな」

 

 アンネローゼがかつて名を連ねていたベガルタ七武剣は、強大な軍事力を誇るベガルタ帝国において選ばれた力ある七人の魔剣士に与えられる称号だ。

 かつてディアボロス教団最高幹部ラウンズの座を手にした者に七武剣がいたことからもその強さは折り紙付きである。

 

「あの剣筋……既視感があるような」

 

「アレクシアさんもですか? 実は私もなんです」

 

 かぼちゃマスクの中身であるシタラの剣はふたりの記憶にしっかり残っているが、オリヴィエを相手にギリ避けを狙うと避けきれないと判断していつもより型を崩していたため微妙に一致しなかった。

 一方、剣ではなく魔力でかぼちゃマスクの正体を看破したナツメことベータは困惑していた。

 休暇中のシータがリンドブルムに観光に来てることは知ってたけど、なんで戦いが好きではないあの子が任務でもないのに女神の試練に参加しちゃったの?

 あとあの奇抜な格好と踊りは何?

 しかも本気で戦えない状況でよりにもよってオリヴィエを呼び出しちゃうなんて今あの子結構危ない状況!?

 よくよく考えてみると思いのほかシータが危険な状況に陥っているので、ベータはいよいよ追い詰められるようなら救援に動こうと覚悟を決めていた。

 そんな心配をつゆ知らず、かぼちゃマスクはさらなる奇行に走った。

 変な球体を投げたかと思うと、どう考えてもそれに入らない大きさの気色の悪い皮膚のない大男が出てきたのだ。

 

「何よあれ……」

 

「寒気が……」

 

 アレクシアとローズが身を震わせる。

 オリヴィエに劣らない存在感を誇る大男は、七陰であるベータでさえも警戒してしまう冒涜的なプレッシャーを放っている。

 静まり返った会場の中かぼちゃマスクが一歩引いて見守る前で、観客の緊張を引き裂くように英雄オリヴィエと怪物が衝突した。

 

          ◯

 

 オリヴィエと怪物の激戦は大いに観客たちを盛り上げた。

 名前は分からないが美しく強いエルフの英雄。

 見るからに邪悪な怪物とそれを使役する異常者。

 まるで英雄譚の再現のような光景に観客たちは胸を躍らせて、誰もが英雄の勝利を願った。

 会場の一体感は応援の声となって爆発し、一気にアウェイと化した会場にかぼちゃマスクの中の人は唇を噛んだ。

 普通は挑戦者の自分が応援されるべきだと思うんだけどなぁ……なんでかなぁ……最近こんなんばっかだなぁ……。

 ハチミツは挫けそうになった。

 そして俯いて指示出しが遅れた隙をオリヴィエに突かれて、ズルムケが負傷した。アルファ漬けで思考停止しているズルムケは指示されないと回避すらできないのだ。

 

「戻れ、ズルムケ」

 

 消滅する前にバケモンボールで回収する。アルファニウムの効果でしばらく待てば傷は治るが、この戦闘中には復帰できないだろう。

 怪物が破れたことでさらに会場が湧く。

 

「いいぞ英雄! そのままかぼちゃ頭もぶっ殺せ!」

 

 観客席から殺せコールが巻き起こる。

 闘技戦ではよくあることだが、慣れていないハチミツは土砂降りのように浴びせられた罵声のせいで涙が浮かんでしまい、一瞬だけ視界不良となった。

 僅かな隙でしかなかったそれも、オリヴィエという怪物の前では致命的だ。

 ハチミツの首にオリヴィエの剣が迫り、多くの観客がハチミツの死を確信した。

 その刹那。

 

「頑張れー!」

 

 観客席から少ないがハチミツに好意的な声が聞こえた。

 それはこれから本領を発揮して陰の実力者っぷりを見せてくれるであろう弟子に期待するシドの声。

 それはどこか見覚えのある美しい剣を振るう者を応援するアレクシアとローズの声。

 それは大切な仲間の無事と勝利を願うベータとイプシロンの声。

 そして何より、いつだってハチミツこと8番を励まして勇気を与えてくれたアルファの声。

 

「やっちゃいなさい、そんな亡霊なんか!」

 

 オリヴィエの剣が首を断つ瞬間、かっと目を開いたハチミツは見ていたシドすら感嘆する完璧なギリ避けを成功させ、攻撃後の隙を見せたオリヴィエの腹を蹴り飛ばした。

 距離が開いた一瞬でハチミツが新たなボールを取り出し、投げる。

 

「私はもう挫けない。この子と一緒に教えてあげる……アルファ様が、最高ってこと!」

 

 現れたのは亡き悪魔憑きの少女たちが残した真紅の右手。

 

「トモダチ! 一緒に戦おう!」

 

 自分で考えて戦えるトモダチであれば、ハチミツは指示出しに専念することなく自分も戦える。

 立派なお父さんでもあった宇宙の偉い人は言った。戦いは数だよ!

 ハチミツとオリヴィエが戦えば若干の差でオリヴィエが勝つ。

 そこにトモダチが加われば、若干の差を埋めるどころか追い越せる。

 動き回る巨大な手を見つめるオリヴィエの空虚だった瞳にはなぜか次第に光が灯りつつあり、それに伴ってオリヴィエの動きも良くなっていったが、それでも友情パワーの輝きには及ばない。

 

「これが私とトモダチとアルファ様(アクリルスタンド)の愛と友情のストライクコンボだああああああ!」

 

 トモダチがオリヴィエの剣を白刃取りして上空に投げ飛ばす。

 さらにトモダチの助けを借りてオリヴィエよりも高く跳躍したハチミツがアルファの奥義『ラストバーンアウト』を真似て渾身の魔力を込めた剣を上から振り下ろした。

 捕獲目的であることをすっかり忘れたハチミツの一撃が空中で身動きの取れないオリヴィエを両断する寸前、心なき亡霊に過ぎないはずのオリヴィエは何かに縋るように手を伸ばして、その手はハチミツの懐からはみ出ていたアルファのアクリルスタンドに触れた。

 オリヴィエが鏡のような破片となって砕け散ってなおも落下するハチミツの勢いは止まらず、膨大な魔力を纏った剣が大地を叩き、土砂を巻き上げて盛大に爆発した。

 やがて土煙が消えると、そこには誰の姿も残っていなかった。

 

          ◯

 

 捕獲失敗は残念だが仕方ない。下手すると私が死んでたし、オリヴィエほどの強い亡霊を捕獲するには完全に準備不足だった。

 問題なのはなぜかアルファ様がリンドブルムにいて、しかも女神の試練を観戦していたことだ。

 私が変な格好で変な踊りするとこアルファ様も見てた!

 そのことに思い至った瞬間、恥ずかしさ支配された私は女神の試練の会場から一目散に逃亡した。

 亡霊バスターズはにげだした!

 

「シータ待つのです」

 

 しかしデルタ様に回り込まれて逃げられなかった!

 その後、私はアルファ様の前に引きずり出されて、今シャドウガーデンがリンドブルムで着手している計画のことを教えていただき、休暇を中断して任務に参加することになった。アルファ様は巻き込まれないようにと教えてくださっただけだが、私という戦力が増えて少しでも仲間の安全が確保できるならと志願したのだ。

 話している間アルファ様は私の痴態には触れないでくださったのだが、仕事の話が終わった後でひと言だけ私に忠告のお言葉があった。

 

「その、ね……人の目が多い観光地で独り言は目立つから、今度旅行に行く時は誰かを誘った方がいいと思うわ」

 

 リンドブルムに来てからの行動全て把握されていたと知った私は、アルファ様が立ち去った後、身体を掻きむしりながら地面の上を転げ回った。




アルファはここで8番と死にません。
8番はひとりで恥ずか死にました。
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