シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第31話 出会い、そして結ばれる二人

 物心ついた時、私は既に奴隷だった。

 カゲノー領の辺境にある村に買われた私は毎日過酷な労働に従事し、口に入れることができたのは残飯ばかり、いつか成長すれば村の男たちに身体を捧げることが運命付けられていた。

 両親の顔も知らず、拾われた子供と言い聞かせられていた私は自分の境遇が辛いものだと認識することもできずにいた。それが当たり前だと信じて大人たちに言われるがまま酷使される日々を繰り返した。

 ある日のことだ。盗賊が村を襲撃した。

 盗賊たちは村人たちを皆殺しにして、金品、食料、そして唯一の女であった私を略奪した。

 幸いにも痩せこけた貧相な子供に興奮できる者がいなかったため、私はそのまま奴隷として転売されることになった。

 しかし今にも死にそうな子供の奴隷なんて労働力にもならず身体も売れないのだ。いつまでも売れ残り、やがては維持費を惜しんで殺処分されるか、もしくは餌を絶たれてじわじわと飢えて死ぬか、運命は2つに1つだった。

『そこまでだ盗賊ども!』

 そんな私を閉ざされた運命から救い出してくれた御方こそがシド様だった。

『僕はシド・カゲノー! この家名にかけて、僕の目が届く場所で悪事を働く者は絶対に許さない!』

 当時、カゲノー領では盗賊によりクレア様が誘拐された事件があった。

 クレア様は無事に救出されたが、お姉様をみすみす誘拐されたことを悔いたシド様は、自発的に領内の見回りをするようになった。

 

「あいつ、意外と立派なことしてたのね」

 

「未熟ながらも高貴なる者の義務を果たそうとする姿勢……さすがシド君です」

 

「私は面識ありませんけど、少し聞いただけでも分かる素晴らしい方ですね!」

 

「そうですね。シド様は世界で一番立派な男性だと思います。では続きいきます」

 

 シド様は魔剣士として修行中の身、そして盗賊団はかなり大規模だった。

 多勢に無勢であっさり破れたシド様は、カゲノー家の者であると宣言していたおかげで身代金目的に生け捕りにされた。

 

「くっ……普段ならこんな展開にはしないのに!」

 

「ナツメ先生の物語なら華々しく勝利して姫君を助け出しますものね」

 

「ふん、現実はそんなに甘くないのよ」

 

 ちょうど積み荷に奴隷用の檻があったため、シド様はそこにいれられた。

 そう、そこでシド様は出会ったのだ。

 銀髪青目の美少女エルフに!

 

「そこはあんたと出会う流れだったでしょ!?」

 

「あっ、いや、その……私昔はそんな感じだったんだよ。ネタバレになるけどこの後ディアボロス教団に捕まって、そこで投与された薬が副作用強い感じで」

 

「髪と目の色を変えてしまうような薬があるのですか?」

 

「ありますあります、それは間違いなく。投与されると幻聴が聞こえたり、言われた通りにしか動けない操り人形になったりします。シャドウガーデンの同僚にも昔その薬使われた奴がいまして、髪が変色してシャドウ様相手に目の色変えるようになっちゃいました」

 

「へー。世の中おっかない薬があるものね」

 

「ナツメ先生は知っていましたか?」

 

「えっ、あ、ええ……噂くらいは。使われると独特の甘い臭気がするとかそんな感じの話でしたから私たちも気をつけましょうね」

 

「まあそういうわけで、当時銀髪青目だった私は檻の中でシド様と出会ったわけです」

 

 シド様は私を見かけると、盗賊に捕まって怯えている女の子を励まそうと考えたのか、肩を寄せて優しく話しかけた。

 それまでの世界の全てだった村から良くも悪くも解放されて空っぽだった私は、無礼にもろくに返事すらできなかった。

 そんな私を見限ることなく、御自身も怖いはずのシド様は明るい笑顔を崩さずに語りかけ続けた。

 そんなシド様の優しさに絆された私は、ぽつぽつと自分のことを伝え始めた。

『私は村のために働いて、村のために子供を産んで、村のために死なないといけなかったのに……村はなくなっちゃったの。私はこれから何のために生きればいいの?』

 全てを知ったシド様は涙を流して私を抱き締めた。

『いいんだ……君はもう、十分に頑張ったよ。これからは自分を幸せにするために生きていいんだ』

『幸せ? ……分からない』

『分からないならこれからは僕が教えてあげる。まずは……はい』

 シド様は身代金目的で捕まったため、凍死しないようにと身につけていた防寒具を奪われずに済んでいた。

 ずっとボロ布の服しか与えられていなかった私にとってはどんなに寒くてもそれが普段通りだった。

 シド様はそんな私の首にマフラーを巻いた。

 それは私が初めて知った温かさだった。不思議と私の目から涙が流れた。

 マフラーだけではない。初めて他者から与えられた優しさという温もりによって凍り付いていた私の心は溶かされたのだ。

 

「ぐすっ……そのマフラーにはそんな意味があったんですね」

 

「ぐすっ……はい、いい話ですよね」

 

「なんでシタラまで泣いてんのよ。しかも他人事みたいな言い方だし」

 

「えっ!? えーっと……だ、だって何年も前のことだよ? それだけ経てば他の人の話を聞いた気分にもなるよ!」

 

「シタラさん続き! 気になるので早く続きをお願いします!」

 

「ナツメ先生もこう言ってるし、気にせず進もう!」

 

 結局、私とシド様は自力で脱出する努力をしたものの最後まで上手くいかず、最終的に息子を救うためにカゲノー家が手配した魔剣士の部隊によって盗賊団は殲滅された。

 その時シド様は私のことを御両親に伝えなかった。私が孤児だと分かれば御両親は私を聖教が運営する孤児院に預けるだろうと予想したためだ。

 私に幸せを教えるという約束を守るために、シド様は私をカゲノー家の屋敷から程良く近い場所に見つけた廃屋に匿った。

 シド様は毎日屋敷を抜け出して私に会いに来てくれた。そのたびに私はシド様から沢山の施しをいただいた。

 最初にシタラという名前。

 残飯ではない温かくて美味しい食べ物。

 クレア様のお下がりだという清潔な衣服。

 身を守れるようにと教えてくれた魔力という力。

 狭い村に閉じ込められている間は決して知ることのできなかった世界の真実。

 怖くて眠れない夜に語ってくれた沢山のお話。

 自分だけの生き方を探せばいいという導き。

 安心できる匂い。

 女性らしさを磨きたいという思い。

 天涯孤独を忘れさせてくれる新しい家族。

 全てをより良く変えていくための叡智。

 木の香りがする家でシド様と二人きりで過ごした日々は穏やかで、今でも戻りたいと願ってやまない私の人生で一番の幸福な時間だった。

 私はずっとこのままでいたいと願っていた。

 しかし、永遠だと思っていた安寧の停滞は唐突に終わりを迎えた。

 ある日、シド様は私に真剣な顔で話しかけた。

『シタラはやりたいことを見つけられた?』

 私は即答した。

『シド様とずっと一緒にいることが私のやりたいことです』

 シド様は首を横に振った

『僕はあと1年と半年で王都にある魔剣士学園に行かないといけないんだ。そうなったら、今みたいに毎日会うことはできなくなる』

『そんな!? やだ、私シド様とお別れなんて嫌です!』

 無様に泣き喚く私はあさましくシド様に縋り付いた。

『私も連れてってください! メイドでも、奴隷でも、シド様のお近くに置いていただけるのなら何でもやります!』

『そんな酷いこと……できるわけないだろ!』

 シド様が私の顎をくいっと引いて、私たちは吐息のかかる距離で見つめ合った。

『シタラ、僕は君が好きだ』

『私も……シド様を愛しています』

 どちらからともなく距離を縮めて、ついに二人の唇が重なった。

 

「クソがああああああああああ! うっ、うぷっ」

 

「ちょっとナツメ馬車酔い!? ここで吐くんじゃないわよ!」

 

「うっ……私もちょっと吐き気が」

 

「シタラさんもですか!? すみません御者の方いったん止めてください!」

 

          ◯

 

 シド様とはいえアルファ様以外の方に愛してると言うのはとてもじゃないが耐えられることではなかった。

 

「おろろろろろろろろろろ!」

 

 私は木立の陰でしこたま吐いた。隣でベータ様も吐いていた。

 残りの台本を正確に読み上げる気力なんて残っていなかったため、続きは要約して語った。

 

「その後、身分違いの恋を成就させるために私たちは話し合いました。そして私はミドガル魔剣士学園への入学を目指して武功を立てるための旅に出ました。前任者に勝てばなれるベガルタ七武剣や学生を飛び級して騎士団にすら入れる女神の試練の合格者など、貴族でない者が学園に入学するための手段はいくつか思いついていました。学園で再会したらその時は結婚しましょうと約束して、私は涙を飲んでお別れしたのです。そして旅に出て間もなく悪魔憑きを発症した私はディアボロス教団に捕まり、投薬など凄惨な人体実験を受けて死にそうなところをシャドウガーデンに助けられて今に至ります」

 

 学園には任務のために入学したと話したが、シド様との約束を果たすために任務に志願したという感じで話が繋がった。さすがはナツメ先生の脚本、昨日話し合った時はシド様との恋愛絡みで酷く迷走したが、最終的にうまく辻褄を合わせた。

 

「つまり? つまりよ? あんたとポチの間に、その、最後までやることやったって噂があるけど……嘘なのね?」

 

 アレクシアがぐいぐい迫って質問してきた。ローズ先輩もそわそわしていた。

 

「ぎりぎり許容できたのがキスまでだから……ないです」

 

 シド様の初めてはアルファ様に捧げるべきものだし、私の初めてもアルファ様に捧げたいから、描写を我慢できたのはかろうじて接吻までだった。

 後方で腕を組むナツメ先生も頷いた。

 

「そっ、そう! それは良かっ……残念だったわね! しかも聞いた話だと学園で再会したのにポチは約束を取り下げたってことよね! 酷い男ね!」

 

「まあ1年半も会わなかったから、その期間でシド様は私よりも大切な人を見つけたんだろうね」

 

 私が失恋した悲しい話のはずなのに、私以外全員嬉しそうだ。作り話だから別に構わないけど。

 それから間もなく馬車に戻った私たちは、ディアボロス教団やシャドウガーデンの話ではなく服や食べ物など普通のガールズトークを楽しみ、やがて王都に到着した。

 別れ際に私たちは協力してディアボロス教団に立ち向かいましょうと誓い合った。アレクシアとローズ先輩は私の秘密を漏らさない。その代わりに私は可能な範囲で裏の世界の情報を融通する。そういう感じで取引が成立した。

 シャドウガーデンの機密は話せなくても、私こと8番に関する隠し事は沢山開示された。

 私に自分から話しかけてくれたアレクシア。

 いっぱい迷惑をかけたのに私を嫌わず普通に接してくれていたローズ先輩。

 どうやら私たちは……親友になれたらしいな!

 

          ◯

 

 なお色々と省略されたシドとシタラの物語は、その後『私』を『銀髪青目泣きぼくろの美少女エルフ』に変えて、十八歳未満に見せられない描写を盛り込んだチャプター2『絡み合い、溶け合う二人』まで執筆されたところで他の七陰に取り上げられた。

 

「ねえ、ベータ? シータから報告を受けたわ。王女様方と随分面白そうなことをしたみたいね?」

 

「新作を書いたならナツメ先生の作品を取り扱うミツゴシ商会の会長である私にも確認させるべきでしょう?」

 

「デルタは文字ばっかりの本は嫌いだけど、ボスの話なら頑張って読むのです!」

 

「こんの抜け駆け妄想女ぁぁぁぁぁぁぁ! 作家だからって好き勝手書いていいわけじゃないのよぉぉぉぉぉぉ!」

 

「これアルファ様にもらった捜査令状。室内を捜索させてもらうよ」

 

「ベータの妄想はどうでもいいけど……アルファ様が許可くれたから……実験台になって」

 

 主人公である『私』を読み手の名前に変えて読むという新しい形式の読み物は一名を除いて無事に七陰間で共有された。

 それからしばらくアレクサンドリアでは一名を除いてご機嫌な七陰の姿が見られるようになった。

 アルファの笑顔や一名を除いた他の七陰の笑顔を目撃したシータは、夢のようなみんな笑顔の世界に巡り会えた喜びにちなんで、そのきっかけとなった小説にこう名付けた。

 『夢小説』と。




今回の夢小説はベータとシータの創作なので時系列がめちゃくちゃです。
『第一のモブ』における正しい時系列は以下のように考えています。

七陰が木の香りの家を出てシャドウガーデンとして本格的に活動を始める
→8番を相手にアルファが初めての悪魔憑き治療
→冬頃にシドの誕生日で8番焼身自殺未遂(この時点で七陰と8番のみ)
→クレア誘拐事件(七陰以外は訓練不足のためガーデンメンバーに数えなかった)
→七陰が組織拡大のためシドから離れる
→七陰列伝開始してイプシロンがラムダを相手に初めて悪魔憑き治療
→七陰列伝第二部冒頭でシャドウがアレクサンドリアを初訪問
→その数日後に8番がシータの名を授かる

カゲマスの七陰列伝第一部第一章でラムダにしたのがイプシロンの初治療らしいので、おそらく七陰列伝開始前からアルファが何人か治療していたはずです。

ギリシャ文字だとイータとラムダの間にシータ、イオタ、カッパが入るので、カゲマスで外見だけ公開されてるイオタもかなり初期からいるのかもしれません。イオタがナンバーズに任命された時点ではまだ下っ端8番のままです。

後輩が次々とナンバーズに任命されるのを見て8番はとても焦り、伸び悩んでいる剣術以外で一気に強くなれる方法を探した結果、彼女は愛の重力に到達しました。
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