シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第33話 ディアボロスの雫作ってみた

 シータは1週間経ってもディアボロスの雫を手に入れることができなかった。これだけ時間が経ってしまうとラウンズ連中は雫を使用してしまったはずなので1年後まで入手機会を見込めない。任務は完全に失敗だ。

 男子寮を訪問したシータは涙をぼろぼろ溢しながら土下座でシドに謝った。

 

「なんの成果も……得られませんでしたぁ!」

 

 それに対してシドは「あ、うん。いーよ別に」と軽く流した。暑さも落ち着いてきたので水芸への熱も冷めたのだ。

 こうして任務失敗しておきながらお咎めなしとなったシータは、それでも未来のアルファの笑顔を奪った自分を許せず「私は悪い子! 私は悪い子!」と何かにつけて頭を硬いものに打ち付けるようになった。

 通常なら死んだ脳細胞は再生しない。

 しかしシータの細胞は色々とおかしな性質を有しており、彼女の脳細胞は筋細胞のように超回復を起こして強化された。それによりシータは天啓を得た。

 ディアボロスの雫と言っても所詮は人の手で作られたものに過ぎない。

 誰かが作れるものを私が作れない道理はない!

 

「イータ様! 今ある飲み薬全種類ください!」

 

「お代……実験台」

 

「はい!」

 

 イータの実験台にされたシータは幸いにも肉体が約1680万色に輝くようになった程度で済んだ。

 無事に多種多様なお薬を手に入れたシータは、そのままイータの実験室の片隅を借りて夏休みの自由研究を開始した。

 

          ◯

 

 まずイータ様から鍋を借ります。

 そこに大量の薬の中から選び抜いた身体に良さそうな秘薬を投入していきます。

 遺伝子すらも若返るという売り文句の『二重螺旋』。

 魚や獣など多様な生物の通常なら食用としない頭部から健康に良い有効成分を抽出して作られた『兜割り』。

 生まれ変わったように健康体となれる『ニュータウン』。

 誰も知らない原初の元気を教えてくれる『黄金の実』。

 兜割りの強化版『真兜割り』。

 心臓を刺されない限り不滅だという生命力に溢れる吸血鬼の伝説にあやかった『安息の地への道』。

 真兜割りの強化版『極兜割り』。

 特異点の秘薬『コギト』。

 霧の龍の毒から祝福のみを取り出した『ジョラゴン』。

 ディアボロスの雫は悪魔憑きを原材料として作られると仮説が立った直後にイータ様が試しにわざと私の悪魔憑きを再発させて、採取した肉腫より抽出した『デビル』。

 昔イータ様がやらかしてシャドウガーデンを壊滅寸前まで追い込み、シャドウ様のおかげで解決されたおっぱい事件、その原因となった薬品に対する拮抗薬『散枯啞』。

 極兜割りの最終強化版『超兜割り』。

 コギトの改良版『エルゴ・スム』。

 イータ様が極微量を入手して培養したシャドウ様の細胞から抽出した『陰の実力者』。

 これら14の栄養剤(一部劇薬)を混ぜて煮詰めていく。

 そして完成したのが約1680万色に照らされてなおも光沢すら見られない漆黒の液体である。

 すんすんすーん。

 素材の中には鼻が灼けるような激臭の薬も含まれていたのに完成した液体は無臭だ。

 味もみておこう。

 怖いので一滴だけ舌に垂らして飲み込まずに味だけ確認する。

 むみぃ……無味無臭だ。

 では覚悟を決めていただこう。実験して効果を確認しなければシャドウ様にお渡しできないのだから。

 見るからにヤバそうではあるが、素材は全てかつての私が一度は摂取して死にはしないことを確認したものばかり。濃縮して効果を強めても致死性はないはずだ!

 

「二重螺旋! 兜割り! ニュータウン! 黄金の実! 真兜割り! 安息の地への道! 極兜割り! コギト! ジョラゴン! デビル! 散枯啞! 超兜割り! エルゴ・スム! 陰の実力者! 全ての食材とアルファ様に感謝を込めて……いただきます!」

 

 私は鍋の中身を一気に飲み干した。

 その瞬間、世界は闇に包まれた。

 

          ◯

 

 複数の薬品を濃縮した液体を飲んだ瞬間からシータはぴくりとも動かなくなった。

 

「シータ? おーい?」

 

 イータが目の前で手を振ってもシータは全く反応しない。

 脈や呼吸は確認できる。目も開いている。それなのに魂だけが抜けたかのように動かなくなってしまった。

 原因薬が残っていれば解析できるのにシータはご丁寧に全てを飲み干していた。素材となった薬品には在庫が尽きているものが多いため再現実験も難しい。

 

「実験台にしていい? 嫌なら首を横に振って?」

 

 シータは首を横に振らなかった。

 同意が得られたのでイータは未知の状態異常を発症したシータを思う存分実験台として活用することにした。

 

          ◯

 

 シータが作った薬の効果は主にふたつ。

 服用者の魂と肉体を切り離す。

 服用者の体感時間を大きく延長する。

 シータが飲んだ量の場合、現実時間でおよそ5時間後に効果が切れる。

 それに対してシータの魂が実感する時間は約5億年。

 肉体から入力される情報、すなわち五感全てが消失したシータは、何も無い暗闇の中で思考だけが存在する状態に陥った。

 最初の1週間は冷静に自分の現状を分析できるだけの心の余裕があった。

 肉体から魂が抜ける体験を済ましていたシータは自分が肉体と切り離されながらも完全に解放されたわけではないことを理解できた。

 最終的にどうにもならなくても近くにイータがいるため実験台にしつつ解毒してくれるとは思うが、できることならそうなる前に自力で対処したいと考えた。

 どうにか肉体と魂を再連結しようと足掻いて1年後、暗闇しかなかった世界に魂の輪郭を作ることに成功した。

 自分の足で歩くという概念を取り戻したシータは、肉体に戻るための道を探した。

 永遠に続く階段を駆け上がった。

 底のない奈落に身を投げた。

 天から垂れた糸をよじ登った。

 十年かけてあらゆる道を辿ったが、どれも終わりはなかった。

 ここに来てシータは自力脱出を諦めた。

 不本意ながらイータの力を頼りにして、自分はそれまでの時間を苦痛なく過ごすために力を注いだ。

 最初は現実の続きを妄想して、理想の未来を手に入れた。

 シャドウガーデンの仲間は誰も失われることなく、ディアボロス教団を滅ぼした世界で誰もが笑顔になり、シドと結婚したアルファと結婚していつまでも仲良く暮らして……百年もしないうちにシドが寿命で死んだ。そしてアルファもシドの後を追った。

 なぜ……どうしてですか……私ではアルファ様の生きる理由になれないのですか……。

 発狂して後追い自殺した瞬間、理想の世界は消滅して、その時になってようやくシータはそれが自分の妄想であったことを思い出した。

 妄想の世界から帰還してまず、アルファの死が現実ではなかったことに安堵した。

 次に百年経過しても自分の魂が肉体との連結を取り戻せていない事実に絶望した。

 原因となった薬が分かっているのだから、イータであればすぐに拮抗薬を作り出すはずだ。動けないシータを実験台にするため放置したとしても、最後には必ずアルファが叱りつけて対処させる。

 それが助からないまま百年も経過しているのだから、考えられる限り最悪なのは自分の認識している時間と現実の時間が一致していない可能性だ。

 いつ終わりが来るのか。

 もしかしたら終わりなんてないんじゃないか。

 先を見通せない恐怖に飲まれる寸前まで追い詰められたシータは、アルファのことを考えて精神を安定させた。

 そしてできるだけ楽観的に現状を捉えることにした。

 考える時間だけは無駄に沢山ありそうだから、この機会を活用してより良い未来に到達する流れを探そう。

 シータは何度もシミュレーションを繰り返した。

 全ての世界線がアルファの死によって終了した。

 千年後、シータはやはりアルファに死んでほしくないという結論に達した。

 アルファには永遠に生きていてほしい。

 シドがいなくなるとアルファが死ぬほど悲しむので、シドにも永遠に生きていてもらわねば困る。

 もしかしたら七陰の誰かが欠けても同じかもしれない。

 優しいアルファは部下の死もきっと悲しんでくれる。

 ディアボロスの雫は1年に12滴しか採取できないらしい。

 ディアボロス教団から全てを奪ってもシャドウガーデンの全員には行き渡らない。

 なら……やはり自分で作るしかない!

 薬品を混ぜる方向性は現在進行系で盛大に失敗している。

 考えてみるとディアボロスの雫はディアボロス細胞から作られるのだ。

 それは薬というより出汁ではないか?

 料理の一種と考えれば別の食材を組み合わせて味も効果も再現できるはずだ。ナツメ先生の作品で読んだことがあるから間違いない。

 シータは魂の空間に調理室を作り出した。さらに記憶にある全ての食材を顕現させた。農業や畜産をやらせたらシータはシャドウガーデンで一番だ。その能力を買われてミツゴシ商会で扱う陰の叡智の再現品のうちチョコレートなど加工食品の原料を最初に生産するのはシータに任されていた。しかもフルコース事件以来は料理の研究に力を入れてきたため、今では彼女が知る食材の数は世界でも随一だ。

 眠ることができないため試行錯誤はいくらでもできた。

 1万年ほど経過した頃、あとひとつ食材が足りないところでずっと足踏みしていたが、ある時ふとアルファを思って流した涙が混入してしまった。するとスープが妖しい赫に染まり、強大な力を感じさせるオーラを放ち始めた。

 そう、苦節1万年と2千年、愛するアルファのために諦めずに挑戦を続けたシータは、ついにディアボロスの雫を再現した。否、それはもはやオリジナルの雫すら超えていた。

 一口飲めば永遠に時を止める、不老どころか不死まで齎すそのスープを、シータはディアボロスープと名付けて全人類に分け与えた。

 それからさらに長い時を重ねて、シータが魂の牢獄に閉じ込められてから100万年が過ぎた頃、人類は生きることに飽きてしまった。

 奇しくも現実に永遠の命を持ってしまった霧の龍に代表される龍たちが死を望んでいたように、星に存在する全ての情報を食い尽くした人類も同じ道を進むことになった。

 永遠を押し付けた元凶であるシータは最初に全人類から責められた。そしてシータを痛めつけることにも飽きた人類は終わらせてくれと懇願した。その中にはシャドウガーデンの仲間たちも、七陰も、シドも、シータの最愛の存在であるアルファもいた。

 体感1000万年の時点でシータは不老不死となった者を殺す手段を発見した。

 シータは請われるままに人々を終わらせた。シータが24時間無休で動いても全人口と比べたら少人数ずつしか殺せないから、誰から死ぬかは抽選で決めることになった。

 終わる権利に当選したことを喜んで満面の笑みで死を受け入れる者たちに、シータは無表情で死の刃を振るい続けた。

 最後に残ったのはアルファだった。考え直してくれることを願ってシータが最後になるよう抽選に細工していたのだが、かつてと違って思考を停止したアルファはシータの悪巧みに気付いてくれなかった。

 最後にアルファがシータへと向けた視線には遥か昔のシータが愛してやまなかった母親の如き優しさは欠片も見当たらなかった。アルファはシータを見ていなかった。シータを通して待ち望んでいた死神だけを見つめていた。

 アルファは死んだ。

 シータが殺した。

 そして誰もいなくなった星でシータは自分を終わらせて、その瞬間に世界は崩壊した。

 何も無い暗闇に戻されて、これまでの全てが自分の妄想だったことをようやく思い出したシータは、安堵のあまり魂の底から笑い出した。

 フッ、キッキッキッキッキッキッ、キッキッ、ホへへへ、ヒョッヒョッヒョッ、モパポポ、ヌミョミョチャナナナ、ムピャピャッ、ガピピピピ、ノォポポンノォポォ。

 

          ◯

 

 体感一億年、壊れたシータの精神は時間経過によって自然と修復されてしまった。

 死にたいと思っても死ねず、考えるのをやめることもできなかったシータは、長い年月で摩耗した魂に唯一変わらず残されていたアルファへの愛を膨らませて、再び世界を創造した。

 その世界にはシャドウがいて、七陰がいて、アルファがいて……シータだけがいない。

 かつて最悪の結末を齎した自分を抹消した世界で、シータはアルファが生まれてから死ぬまでを見つめ続けた。最大の懸念だったシャドウは不思議と放っておいてもアルファより長生きするようになっていた。

 アルファが遠くに行ったら世界を再びやり直した。

 アルファが笑うたびにシータも顔を破るほどに笑った。

 アルファが泣くたびにシータもくしゃくしゃになって泣いた。

 300年を100万回繰り返す頃、シータはついに悟りを開いた。

 アルファはシータが存在しなくても自力で幸せを掴み、後悔のない一生を精一杯生き抜くのだ。

 アルファに永遠に生きていてほしいなどとエゴを押し付けるシータなんていない方がアルファのためになるのだ。

 アルファの幸福な物語において自分の存在こそが邪魔な異物なのだ!

 真理に到達したシータは憑き物が落ちたように清々しい心持ちとなった。

 そして永遠の孤独を受け入れたシータは残りの1億年をひたすらアルファがくれた思い出に感謝して過ごし、ついに体感5億年の時を終えた。

 

          ◯

 

「……ータ……シータ……」

 

「ん……アルファ、さま?」

 

「シータ! 目が覚めたのね!」

 

 気付くとシータはアルファに抱き締められていた。

 状況が理解できずに周囲を見回すと、縛られてもがくイータが床に転がされていたのでシータは視線を向けないようにした。

 

「あっ、あっあっ、アルファ様……いったい何が?」

 

 無意識にアルファの背に腕を回しながらシータが質問した。

 

「またイータに変な実験をされていたのよ。身体が光っているし、目は開いているのに呼びかけても反応しないし、今回ばかりは本気で心配したわ」

 

「むー! むー!」

 

 イータが何か伝えたいようだが、猿轡を噛まされているため声にならない。

 

「申し訳ありませんアルファ様。ご心配をおかけしました」

 

「いいのよ。シータが無事なら、それで十分」

 

 アルファに優しい言葉をかけられたシータは急に涙を流し始めた。

 

「シータ!? どこか痛むの!?」

 

「いえ、身体が光ってること以外はなんとも……ただ、なんだかとっても怖い夢を見ていた気がして」

 

 実はシータの魂が肉体との繋がりを取り戻す際、5億年分の記憶は脳に持ち込まれずに消滅した。そうしないと負荷に耐えきれないと肉体が判断したためだ。

 だからシータが覚えているのはなんとなく怖い思いをしたという程度であった。

 

「あの、アルファ様、私アルファ様のお邪魔になっていませんか?」

 

「シータが邪魔なわけないでしょう? いつも助けられているわ」

 

「私これからもアルファ様のお側にいてもいいですか?」

 

「ええ、もちろん。私の方こそ、シータにいなくなられたら困るし、悲しいわ」

 

「〜〜〜〜〜! アルファ様大好きー!」

 

 その日の夜、イータの実験のせいで幼児退行したらしいシータを見守るために、アルファは久しぶりにシータと手を繋いで眠った。

 そしてイータの研究費は大幅に減額された。




【おまけ】

朝起きたら隣でアルファ様が寝ていた。
私は死ぬほど嬉しかった。
何せ夢にまで見たアルファ様だ。
私はアルファ様に初めてを捧げて、私がアルファ様の初めてを受け取る。
そして木の香りのする家で毎日幸せな生活をする。
そんなことを一瞬にして考えた。
でも、アルファ様は「シドはどこ? シドどこにいるの?」って言うの。
私のことは見向きもせずに。
その時分かったんだ。
アルファ様はシド様と幸せになるべきだって。
だから私はアルファ様をシド様のところに送り届けた。
やっぱりアルファ様の笑顔は私に向ける時よりシド様に向ける時の方が可愛い。
私は御二人が幸せになってほしいと願いながら自害した。
そんな夢を見た。
起きて隣を見た。
アルファ様が寝ていた。
まだ夢の中にいるんだと思ってスライムナイフで自分の頚を斬った。
どうせ夢だからと、それはもう躊躇なく深めに斬った。
「痛っ! え、嘘、これ現実、あ、ちょ、まっ」
頚から血が噴き出た。



ぬるい雨に打たれるような不快感でアルファは目を覚ました。
隣を見ると血まみれの8番が痙攣していた。
アルファは悲痛な叫びをあげた。
その後、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたアルファが必死に治療したおかげで8番は一命を取り留めた。



アルファの寝具と心地良い目覚めを台無しにした8番は反省しなさい!
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